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間柴茂有

比叡山高から大洋に入団。プロ入り4年間は白星がなかった。5年目、初勝利を挙げるが、ようやく二桁勝利に到達したのは、日本ハムに移籍後の1980年。プロ入り11年目の遅咲きだった。

大洋時代から、真っすぐがナチュラルにスライドするクセ球が武器だった。だが、それだけでは勝てないと、80年終盤からフォークを習得。早いカウントで打者を追い込んでからの決め球ができた。課題の制球力も次第に改善されていった。

こうして迎えた81年のシーズン、間柴は大変身を遂げ、開幕から無傷の15連勝でこの年を終える。15勝のうち、チームが優勝した後期に挙げた勝ち星は10勝。間柴-江夏豊の左腕リレーも見所だった。

間柴がここまで勝てたのは、ベンチの起用法のお陰でもあった。相性の良さを優先し、左腕に弱いと言われた近鉄から7勝、南海から4勝を稼がせてもらったのだ。

優勝戦線真っただ中、9月1日の近鉄戦では、3-3の同点で間柴が9回を耐え抜くと、9回裏、古屋英夫がサヨナラ二塁打。中5日で先発した7日の南海戦では、門田博光の3ランでリードを許すも、9回裏の土壇場で味方が4点を取り、逆転サヨナラ勝ちで、日本新記録の13連勝を達成したのだった。

開幕15連勝の記録は、2005年にソフトバンク・斉藤和巳に並ばれるまで間柴の単独日本記録だった。


【参考資料】
「プロ野球70年 GREAT RECORDS 不滅の金字塔大全集」

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最終更新:2010年04月19日 21:31
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