優しい性格で誰にも好かれる一方、気が弱く極度のあがり症でもあったため、素質がありながら一軍で結果が出なかった。苦慮した監督が酒を飲ませてマウンドに上げたところ、別人のように好投を見せたというエピソードが有名だ。70年ドラフト2位で入団、77年までにわずか6勝。しかし78年に史上14人目となる完全試合を達成すると、13勝でリーグ優勝に貢献する。「酒仙投手」という異名で81年に19勝で村田兆治とともに最多勝、84年は21勝と防御率2.93で最多勝、最優秀防御率のタイトルを獲得。89年以降は中継ぎや抑えも務めた。
【参考資料】
- プロ野球60years「剛球&魔球」投手の怪物伝説
最終更新:2010年04月23日 02:02