高校時にアンダースローへ転向し59年、阪急に入団。62年、1試合17奪三振という当時の日本記録を樹立した。67年には20勝し、防御率1.75で最優秀防御率に輝き、阪急の初優勝に貢献。MVPにも輝く。その後も肩の故障を乗り越え、シンカーを武器に阪急を支えた。76年の巨人との日本シリーズでは最終戦に登板し、5万人の巨人ファンの応援と怒涛の攻撃に気圧されることなく、「もっと騒げ」とつぶやきながら見事に完投勝利。もともと巨人に強く、日本シリーズでの対巨人戦チーム8勝のうち5勝が足立の記録。V9時代の巨人を圧倒している。
【参考資料】
- プロ野球60years「剛球&魔球」投手の怪物伝説
最終更新:2010年04月23日 02:34