入団当初に川上哲治監督の目に留まり、74年に初勝利、8勝2セーブの成績を残す。細身ながら、ダイナミックな重心の低いサイドスローで、シンカーなどの鋭い変化球で打者を詰まらせるのが持ち味。76年から2年連続で18勝、77年には沢村賞に輝いた。13勝した78年に起きた「江川事件」の犠牲となる形で、79年阪神にトレードされる。移籍1年目は巨人を8勝無敗とカモにし、22勝で最多勝となり2度目の沢村賞を獲得した。83年には8年連続二桁の13勝を挙げるも、肩の故障で思うような投球ができないとして引退。まだ31歳だった。
【参考資料】
- プロ野球60years「剛球&魔球」投手の怪物伝説
最終更新:2010年04月23日 02:37