1年目は二軍中心で一軍では1勝に終わるものの、2年目は先発に抑えとフル回転し、12勝8セーブの成績を残した。81年から主に先発となり、83年には18勝、186奪三振、防御率2.87の好成績で、投手主要タイトルを獲得し、沢村賞も受賞。フォークボールを武器に横浜大洋のエースとして成長した。2年連続最多勝、6年連続二桁勝利と輝かしい記録を残すも、87年、走塁中に右アキレス腱を断裂。これをきっかけに低迷するが、90年に抑え転向で21セーブを挙げカムバック賞を受賞。92年、球団名の「ホエールズ」とともに引退した。
【参考資料】
「プロ野球60years 剛球&魔球 投手の怪物伝説」
最終更新:2010年04月23日 09:56