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池永正明

下関商2年時に春のセンバツで54イニングを一人で投げ抜き、優勝投手の栄光を勝ち取る。西鉄に入団すると65年の1年目から20勝を挙げて新人王を受賞。以後も順調に勝ち星を稼いで、入団からの5シーズンで99勝をマークする。勝率も.613と高く、やはり5年連続でオールスターゲームに選ばれるなど、故障してリリーフにまわった稲尾和久に代わるエースとなった。200勝はおろか300勝も夢ではないと思われたが、69年オフの「黒い霧事件」に巻き込まれ、翌年に球界から永久追放の憂き目にあう。


【参考資料】
「プロ野球60years 剛球&魔球 投手の怪物伝説」

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最終更新:2010年04月23日 11:14
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