第二十話
・・・あの時、「彼女」は夕日の沈んだほの暗い街中を、隠れるようにして走っていた。
川原の生い茂った草むらの中を走ったり、民家の屋根の上を、猫よりもしなやかに、
時にはムササビのように飛び移ったり・・・。
林の木々の中を駆け抜けて、時には自動車のヘッドライトに照らされながらも、
目的地の建物まで一息に近づいていた。
(もしもし、私 メリー・・・、今、あなた達の建物の前にいるの・・・)
この段階でターゲットの一人の携帯電話が使えるようになっていた。
「人形」の意識に頭髪の無い初老の男性が見える。
・・・遠隔透視・・・という単語が適切なのか、男性のこわばった表情も確認できた。
目標に目の前に近づいていることで、「彼女」のパワー・スピード、
あらゆる能力が強力になっていく。
そのスピードは野生の豹をも上回るであろう、目にも留まらぬスピードで建物の側面に廻り、
その壁に垂直にへばりついた。
遠目からなら、巨大な蜘蛛が壁を這っている様に見えるかもしれない。
「人形」の脳裏に瞬時に作戦が展開されていく。
それは狩猟生物の本能のようなものだ。
またもや初老の男性の携帯が鳴る。着メロは教会のテーマソングのようだが、
そんなことはどうでもいい。
「もしもし・・・ 私・・・メリー、・・・今、あなた達の部屋の外にいるの・・・」
「彼女」は二階の一室のガラスの外にいた。暗がりから部屋の中を窺う。
初老の男性・・・そう、その男の名前は児島鉄幹である。
そこには五人の男女がいた。恨みの大きさはそれぞれ違うが、全員処刑対象だ。
部屋の外には何人かの信者が待機しているようだが、「彼女」の目的に障害と判断されれば、
自動的にその凶悪な鎌の餌食となる。
「聖魔祭司」の称号を抱いた児島鉄幹は、一人怯えながら部屋の扉の外に注意を向ける。
他の幹部は、彼の狼狽ぶりが理解できずに戸惑っている。
・・・だが、部屋の外とは廊下側ではない、
窓の外だ!
「人形」はその死神の鎌を大きく振りかざし、渾身の力で部屋の窓を一気に破壊した。
悲劇的なガラスの割れる音が、建物中に響き渡る。
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最終更新:2007年04月17日 14:25