第五話
彼らには時を計る手段はなかったが、時刻は8時を過ぎた頃だろうか。
風は森全体を揺らし、この世のものとは思えぬ唸り声をあげていた。
まるで夜空そのものが生きていて、ちっぽけな人間達の上に覆いかぶさり、
今にも人間を鋭い爪で捕まえに来るのではないか、とさえと思えてしまう。
彼らゲルマン人の目に、この凄まじい冬の風が、
戦場で死んだ荒ぶる霊魂の行軍と映ったのも、無理なからぬことであろう。
目的地には昼間でさえ辿りつくのに二時間はかかる。ましてや今は夜だ。
月は満月のはずだが、厚い雲に覆われているようで、森の大地に光は届かない。
辛うじて雲全体が、薄く光を放っているように見えるだけである。
その気になればたいまつ等も用意できたが、親にばれるし、
何よりも悪霊に見つかるほうが恐い。
いかに歩きなれた彼らとはいえ、闇に包まれた森の中を走るわけにはいかない。
真夜中の森には慣れていないのだ。
ヤーコブもトーマスもそれは計算違いをしていたようだ。
ところが父親が猟師で、多少暗くても狩りに付き合って慣れていたフィーリップは、
ここでその能力を発揮した。
・・・彼は夜目が利くのである。
しかもあまり彼は悪霊を信じていなかった。
彼はトップで目的地に到着した・・・。

カラダが小さいせいか、入り組んだ森の中では、トーマスはヤーコブより速いらしい。
目的地に二番目に付いたのはトーマスだ。
 「へっ、なーんだ、おいらが最初か、 ま、まあ第一関門突破ってとこかな。
 ・・・あいつら怖気づいたな・・・へへ、まあいいや、さっさとこの犬の頭を・・・。」
違う・・・。犬の頭・・・?
いいや、そんなものではなかった。
いかに暗いとはいえ、いいかげん目も慣れてきているので、
薄明るい雲の反射の光でも十分判る。
トーマスは触れる寸前、
それが犬の頭蓋骨よりケタ外れに大きい「馬」の頭部の骨であると気づいた。
  「うわわああああああっ!?」


最終更新:2007年04月20日 05:57