第六話
 (はぁぁ? 何を言っとんじゃい?) 
あの事務所からここまで車使ったところで五分はかかる。
先ほどの通話を終えてから三分も経ってない。
彼女の言葉を信じはしなかったが、慎重な男は警戒しながら部屋のドアを開け、
マンションの通路に出て階下をのぞいた。
・・・人の気配は感じなかった。
だが、耳を澄ますと、
遠くのほうでカツ、 カツ・・・というゆっくりとしたヒールの音が聞こえていた。
昇ってきている・・・。
男はコートの内側にナイフを忍ばせ、ゆっくりと音のする階段のほうへ向かっていった。
突然、音は止んだ・・・まだ階上まで上がりきってはないはずだ、
下の階の住人だというのか?
男は警戒したまま、息を殺し、足音を忍ばせ、
階段を見渡せるすぐそこまでにたどり着いた・・・
もし女が飛び出してきても、冷静に対処できる心構えがあった。
男は階段の防火扉を注視した。
身を潜めるにはそこしかない。
彼は十分に間合いを取りながら、その内側を覗く為に回り込んだ・・・!
  !!
 「うぉッ!!」
いたのだ! 銀色のカールした髪を垂らし、血の気のない白い肌、
肩のパフスリーブのレースの下から、折れそうなほど細い腕が露出している。
あらぬ方向を向いたグレーの瞳、薔薇の刺繍のついたドレスを纏った女・・・
だが、それは・・・精巧にできたマネキンだったのである。
警戒はしていたが、予想外の出来事に彼の心臓は早鐘を打った。
 「脅かしおって・・・!」 男は左手の拳でマネキンを叩いた。
間違いなく人形の感触である、・・・勢い余って人形は後ろに倒れた。
ゴトッ、無機質な音が階下に響く。
だが、いつからこの人形はあったのか? 男はあたりを伺って部屋に戻ろうとした。
 「待てよ・・・アレはもしかして・・・おとり・・・?」
彼は警戒態勢を保ったまま、部屋の前まで戻り、ゆっくりドアを開けた。
異状は・・・ないか? いや、またしても家の電話機に新しいメッセージが入っていた・・・。
彼は静かにドアの鍵を閉め、電話機の前に向かい再生ボタンを押した。
録音は、自分が外にいた、まさにその時だった。
 『・・・わたし、メリー・・・ 今、あなたの部屋の前にいるの 』


最終更新:2007年04月13日 08:15