ただ一点、曲がった首の瞳が、いつの間にか私というより、私の手元に注がれていることに気がついた。
私が握り締めているある物に。



 第二十二話
私が握り締めていたのは、コートと、妻からもらった毛糸の赤い手袋だった。
私はほんの一瞬、それらに目をやり、再び人形の視線を追った・・・。
やはり赤い手袋を見ているようだ。人形は、ゆらゆらと微妙にカラダを動かしているが、先ほどからほとんど動かない。
私は恐る恐る、赤い手袋を持った手を動かし・・・人形のほうへ動かしてみた。
・・・! 
やはりその銀色の眼球は手袋を追っている。
何故・・・!? 私は必死に神父の話を思い出そうとした。
 ヨーロッパの小さな町、しつけの厳しい母親、寒い日に母からのプレゼント、失くしてしまう・・・
 あ・・・ 
私の目には再び涙が溢れてきた・・・。
 「君が・・・ママからもらって 失くしてしまったのは この
 赤い手袋なのかい? ・・・メリー?」
 「一度、取り戻したけど、君は殺されてしまったから・・・、
 君はもう二度と手にすることのできなかったもの・・・
 それが、これなのかい?  」
「人形」は相変わらず動かない・・・。
私は涙で顔をくしゃくしゃにしながら、意を決して、一対の手袋をゆっくりと「人形」に差し出した。
しばらく「彼女」はじっとしていたが、私の動きと同じぐらい遅い動作で手を伸ばした・・・。
「彼女」の指が触れた。彼女はすぐには手袋を取らない・・・。
怖かったが、私は麻衣に接するかのように、彼女の指を優しく撫でた。
硬くて冷たい指だった。彼女はその間、じっとわたしの動きを見ている。
 「ママから もらった手袋・・・ 」
その時彼女は、小さいが、はっきりとした声でしゃべったのだ。
私がそれに驚くと、彼女は思い出したかのように急な動作で私から手袋を取り上げ、はじけるように、応接室の窓ガラスに身体を突っ込んだ。
  うぅ らぁ らぁ
彼女はガラスの窓枠にいったんしがみつき、
歌うような声をあげた後、二階へとかけ登っていった・・・。

しばらくして、階上の遠くのほうで小さな電話の音が何回か・・・、
そして、数人の男性の悲鳴が聞こえた。 県議会議員の断末魔の声も・・・。

最終更新:2007年04月13日 21:03