第十話
「あ、あ、あ、うッ・・・なんて事・・・、エルマーがぁ・・・うっうっう〜・・・」
そうだ、弟は殺されたのだ・・・あのヒトの皮をかぶった獣の領主に・・・。
マリーの記憶に、怒りと悲しみが一気に押し寄せてきた。
泣き始めたマリーに優しい言葉を掛けながら、老婆は質問を繰り返した。
「そうかい、つらかったねぇ、・・・でも、もう一度聞くよ、アンタは何でここにいるんだい?」
マリーはピタリと泣くのをやめた・・・、先ほどから何か自分が変だ・・・。
感情の起伏が激しいというか、思いをコントロールできないというか・・・、
しかし、今一度、老婆の言葉を噛みしめて・・・、おかしい、
あの後、領主に貞操を奪われたのまでは覚えている、あの屈辱、あの激痛、あの憎しみ、
全てがリアルだ・・・。でもそこから先が思い出せない、眠ってしまったのか?
それとも気絶してしまったのか・・・?
「あの・・・どうしても思い出せません・・・、私・・・自分でここに来たのですか・・・?」
老婆はしばらく黙っていたが、ようやく首を左右に振りながら答えた。
「いーや、・・・しょうがないねぇ、アンタはね、森深くの谷坂の斜面に『落ちて』たのさ、
弟さんと一緒にね・・・。」
マリーは老婆の言葉の意味が分らなかった・・・、だが、老婆が初めて顔をこちらに向けたとき、
驚愕と恐怖とが、強烈な衝撃と共に彼女を襲ったのである。
「 キ ャ ア ア ア ー ッ ! ? 」
そこにいたのは、ボロボロの髪を振り乱し、顔中、カビや蜘蛛の巣で覆われた化け物・・・
ミイラのようにしわだらけにも拘らず、黄金色に輝く眼球を顔面に浮かべた魔女・・・、
そう、村の年寄りやニコラ爺さんにさんざん聞かされた、あの森の魔女に違いなかった・・・。
「・・・フラウ・ガウデン・・・私はなんて所に・・・あぁ、誰か助けて!!」
「なーにを言ってんだい? アンタだって、もう、あたしらと似たようなもんだろう?」
またもやマリーは固まる・・・。いや、もう先ほどの衝撃で記憶は完全に蘇っていた。
⇒