爺さんの立っている丘は、そこから広大な森が見渡せる場所だ。
いつの間にか、マリー達の両親も村の長老達も、爺さんに目が釘付けになっている。
しばらくすると、森のほうから一羽のワタリガラスがやってきて、
何とニコラ爺さんの握り締めている杖の先端に止まった・・・。
 グワ、グェグェ・・・ガ・・・、  まるで爺さんに話しかけているようだ・・・。
ニコラ爺さんは、片方の腕の指で、ワタリガラス咽喉とクチバシをなでてやると、
ワタリガラスは一鳴きした後、今度は湖のある方へと飛び立っていった・・・。
・・・ニコラ爺さんは厳しい顔をして・・・丘を降り、マリーの両親のところへやってきた。
 「・・・つらい事だろうが、もう、二人はこの世にいない・・・、砦の先の・・・谷坂に、
 エルマーの死体がある・・・。マリーは・・・死者の王ヴォーダンにその魂を奉げた・・・。」
その言葉を聞いた直後、母親は冷たい地面に泣き崩れてしまった・・・。
父親は呆然として妻を助け起こす事もできない。ニコラ爺さんは優しく彼の手を引き、
母親の身体を抱きしめさせた。自らも二人を抱きしめ、
 「二人の魂の安らぎを願うのじゃ・・・。」
それが爺さんの、この村人達が聞いた最後の言葉であった・・・。


第二十二話
湖では、マリーの人形が、
かつての自分を殺した領主を、水中に引きずり込むことに成功していた。
屈強な男の身体でどんなに暴れても、強烈な憎しみの思念によって動く、
「彼女」の腕をひきはがすことはできない。
さらに領主は、自分を捕獲しているものが生き物ではなく、
精巧な造りと貴族の娘のような姿の人形であることに気づいてパニックを起こした。
その気になれば、しばらくは息が続いたかもしれないが、余りの衝撃と恐ろしさに、
大量の水を飲み込み、自らの肺の呼気を致命的なほどに吐き出してしまう。
領主の目は、カッと瞼を見開いた状態で、人形の目に注がれる・・・。
彼が最後に見たのは、憎しみの念を放ち自分を凝視するグレーの瞳。
彼が最後に聞いたのは、水中でも伝わる、小さく、はっきりした声でつぶやく人形の言葉・・・。
最終更新:2007年04月14日 09:06