第二話
私も傍にいた者たち同様、逃げ出そうとしたが、
それに触れてみたいという、抵抗しがたい衝動に駆られ、ゆっくりと手を伸ばした・・・。
・・・熱も冷気も感じることはなく、手にも異常が起きているふうでもない。
緑色の気体は、やがて大気中に拡がり、
それが痕跡していたという証拠すら残さず消えていった。
ただ・・・、何か一種独特な、懐かしくさえ感じるような不思議な匂いだけが残っていた。
ふと我に返ると、
うっぷしていた男の顔が目に入った。
その時、私の全身に寒気が走った。
何故ならその男の顔は、まるで蝋人形のように白くなっていたからである。
後で分ったことだが、何らかの方法でカラダじゅうの血液を一滴残らず吸い取られていたそうだ。
首筋に二つの傷跡を残して・・・。

 塞がなければ・・・、早く何とかしないと、あの小さくぬめぬめした生き物が・・・、
 誰か・・・、 ああ早く!
 奴らが今にも這いずり出てこようとしている。
 大きな暗闇の中は何千匹もの黒いものがウジャウジャ湧き出して、
 物凄い勢いで登ってきている・・・。
 私には見ているだけで何もできない、
 ・・・ああ、あいつら出てくるッ!

 「あなた、・・・あなたってば! 早く起きなさい、会社遅れるわよ?」
 「・・・え? ああ ゆ、夢か、朝から気分悪いもの見ちゃったなあ・・・、
 おはよう百合子。」
実際、あの事件を目撃してからというもの、神経がピリピリしていて、
何をやるにしても清々しい気分になることはなかった・・・。
 「恐い夢でも見たの?」
 「ん・・・とても大きい穴があったんだ、真っ暗で足を踏み外して落ちようものなら、
 穴の底でカラダが腐って・・・、
 自分の目には映らないのにどんどん醜い手足になっていくのが分るんだ・・・。」


最終更新:2007年04月14日 11:16