第七話
 「あった、あった、確かあの子が二つのときだったかやぁ、
 家族がちょっと目を離した隙にいなくなっちゃって、
 そうさ、三日間ほど見つからず大騒ぎだったんさ。
 近くの山を流れる川の岩場で見つかってねぇ・・・。」
私のカラダからは汗がどっと噴き出した。
そして私は何かの気配を感じ、ほとんど反射的に後ろを振り返っていた。

・・・白い、妻、百合子の顔が私を見つめていた。
その紅い唇は閉じられ、その機械のように冷たい瞳は私に向かって固定されていた。
まるで蛇が獲物を見下ろすように・・・。
その顔からは何の感情も読み取れない、
それだけにいっそう不気味なものを感じる。
電話の向こうでは何か喋っていたが、私は一方的に別れの挨拶をして受話器を置いてしまった。
 「ゆ、百合子、どうした、買い物か?」
・・・何故こんなことになったのだろう、私はもう妻を疑っている。
しかし今まであれほど明るかった彼女が何故・・・?
いや、違う、・・・そうだ!
彼女の様子がおかしいのは、事によると私のせいなのかもしれない。
私が彼女を疑っているのを感じ取っているのだ。
百合子はあまりしゃべらず、私の言うことにただ機械的に反応するだけであった・・・。

私はふと、目が覚めた。午前三時・・・、
隣では、百合子が昔と変わるところなく、安らかな表情をして眠っている。
彼女は見たところ、体型も顔つきも二十歳ごろからあまり変化がない。
まるで時間というものが、彼女には何の効力も持たないかのようだった。
私はむっくりと起きて、麻衣の様子を見に行った。
麻衣の部屋はまた落書きの数が多くなっている。
字を覚え始めたのはいいが、机とか壁とかに書くのは何とかやめて欲しい。
何回言っても聞かないんだから・・・。
 おや? 今、気がついたが、所々同じ単語が書かれている。
何だろう、リ・リ・ス・・・?  リリス?


最終更新:2007年04月14日 11:39