「肝試し」
「…肝試し?」
昼休み、教室でヒロトはきょとんとした顔で聞き返す。
「そう!肝試し!」
クラスメートの賢太郎――通称「ケンケン」は満面の笑みで答えた。
ツンツン頭の八重歯、まるで犬のような雰囲気を持っている留年常連の男だ。
梅雨が終わり、じわじわ暑くなってきたこの季節。
たしかに肝試しには最適な時期だろう。
「まぁ、いいけど…どこで?」
「近くに有名な廃墟があっただろ!そこにしようぜ!」
「有名な廃墟?なんかあったっけか…?」
ヒロトは特別な目があるせいか、幽霊なんて信じていない。
暗闇でも視界がはっきりと見えるこの力。
お化け屋敷に入っても楽しくもない。
「もしかして…山奥の洋館のことですか?」
恐る恐ると加瀬――通称「加瀬やん」が会話に入ってきた。
メガネをかけた背の低い華奢な男子。
いかにもいじめられそうな雰囲気を持っている。
「“山奥の洋館”?」
「はい。ここの近くの人通りのない山奥に洋館の廃墟があるんです。そこは誰も住んでいない荒れ果てた場所…でも夜な夜な声が聞こえるらしいです。」
「そー!そこ!さっすが加瀬やん!指摘!」
「それを言うなら知的な!?」
「あ、ありがとうございます…。」
「ま、とにかく面白そうじゃん!行ってみっか!」
「き、危険ですよ…!」
「おぉヒロト!お前ならそう言ってくれると思ってた!じゃ、メンバーは俺とヒロトと加瀬やん!」
「ぼぼぼ僕もですか!?…いやあの…その…」
「拒否権はねぇーっ!」
「そ、そんなぁ~…!」
―――その判断が後悔になるとも知らずに。
夜。3人は賢太郎の車で廃墟前に着いていた。
「着いた着いた!さぁー降りろ!今すぐ降りろ!」
「すっげー荒れ果て具合だな…。」
何年も人が手を入れていないのだろう。
庭の植物は伸び、雑草だらけだった。
だが、僅かに人が出入りしたような跡がある。
…俺達みたいに肝試しに来たやつらの仕業か?
「お、こっから入れるなー。」
「ほ…本当に入って大丈夫なんですか…?怒られませんか…!?」
「廃墟だから大丈夫だ!怒られても俺は悪くない!ヒロトが悪い!」
「ってなんで俺!?」
「とにかく中入るぞー!」
相変わらずの賢太郎の自由っぷり。
2人は賢太郎の後に続いた。
ギィィィイイ…
鈍い音を立てて大きな扉を開ける。
洋館の中は荒れ放題だった。
天井には蜘蛛の巣や穴、床には壊れた家具が散乱している。
当然人が使っていないので全く灯りがない。
他の2人は何も見えていないだろう。
「……賢さん?どうしたんですか?」
加瀬は持ってきた懐中電灯を点けながら、急に黙ってしまった賢太郎に話しかけた。
「…血の臭いがする。」
賢太郎は獣並みの優れた嗅覚の能力を持ったノーア。
一般人には全く分からない臭いを察知することが出来る。
「ここで殺人事件とか起きたから廃墟になったんじゃねぇの?」
「血の臭いがこびりついてる…10や20の数じゃない…」
「や、やっぱり帰りましょうよ…!賢さんがそんな表情するなんて中々ないですし…!」
怯えながらも足早に出口に近づく加瀬。
ボッ
「!?!?」
突然屋敷にある全てのロウソクに灯りが点いた。
それとほぼ同時に入って来た扉が鈍い音を立て、ひとりでに閉まる。
「な…なんで…!?勝手に閉まって…!?」
「…くそっ、開かない!」
加瀬とヒロトの2人がかりで押しても、扉はビクとも動かなかった。
「どうするんですか…!?このままじゃ僕たち…」
「俺が奥へ進んで、他の出口がないか探してみる。」
「一人で行く気ですか!?危険すぎます!」
「心配すんなって。…ケンケン、そんな顔すんなよ!」
「…俺の何かがここはヤバいって言ってるんだ…。…気をつけろよ…」
おう、とヒロトはみんなに笑顔を向けて奥へ進んだ。
ロビーの扉を開けると長い廊下が続いていた。
ロウソクの灯りが不気味に薄暗く照らしている。
扉がいくつかあったが全て部屋、窓は壊れて開かなかった。
「……ここもダメか…。…ん?」
少し遠くで何か物音がした。
部屋を出て廊下を見る。
音はどうやら廊下の突き当たりの部屋からしたようだ。
…誰か、いるのか?
警戒しながら扉を開ける。
そこはさっきまでの部屋と同じ屋敷とは思えないほどに整えられた空間だった。
かなりの大人数でも食事ができる程の長いテーブル。
そしてシミ一つない真っ白なテーブルクロス。
テーブルの上には綺麗な花やキャンドルが飾られていた。
「気に入ってもらえたかね?」
呆然としているとふいに誰かの声が聞こえてきた。
さっきまで誰もいなかったはずのテーブルの向かい側に男が座っていた。
「いつの間に…!?」
「まぁ、座りたまえ。貴公と話がしたいのだよ。」
男は妖しげな笑みを浮かべている。
オールバックの髪、歳は50前後だろう。
…幽霊ではない、それは確かだった。
だが、幽霊以上に何か危険な香りがする。
『血の臭いがするんだ…10や20じゃない…』
先程の賢太郎の言葉を思い出し、警戒する。
殺したのはこいつなのか?
「聞こえなかったかね?座りたまえと言ったのだが。」
「…!!…あ、あぁ…。」
優しい口調だが、有無を言わさない威圧感。
ヒロトはその言葉に従い、席についた。
男が手を上げると、使用人と思われるメイド服の女性が紅茶を運んできた。
「まさか貴公が来るとは思っていなかったよ。偶然とは面白いものだ。」
「俺のこと、知ってんのか…!?つかここはあんたの屋敷なのか!?どうして扉が開かなくなったんだ!?」
「はは、落ち着きたまえ。貴公のことは知っている、とだけ言っておこう。それと…ここは私の屋敷ではない。使ってはいるがね。」
紅茶を一口飲み、間をあけてから男はじっとヒロトを見た。
「…その色は私の目には偽物にしか映らないな。」
「偽物って…なにがだよ?」
「貴公は自分の本当の力に気づいているかね?…いや、気づいているのだろう?」
「なんの…ことだよ…」
「その力の真実は見えていないようだ。」
心臓がドクドク五月蝿いほどに聞こえた。
それを、言わないでくれ。
その反応を見て男はフッ…と微笑み、話を変えた。
「さて…貴公は命の重さを考える者かね?」
「……命の重さ…?」
「一人の命は一人分の重みがあると考える者なのかね?」
「そりゃ…当たり前だろ。命は重いんだ。みんな同じ重みがある。」
「そうかね。では………あの二人を殺すとしよう。」
「!?」
さらりと言ったとは思えないセリフだった。
あまりに突然のことに言葉がでない。
あぁ、と男は構わず続ける。
「頼まれても君が身代わりになれるのは一人だけだ。命の重みはみんな同じなのだろう?」
囁くようにして聞こえたその声はとても冷たく恐ろしかった。
「そんなの…理不尽だろっ…!そんなことさせねぇ…!今すぐ俺がアイツらを連れて逃げれば……」
「紅茶を飲んでから立ち去りたまえ。それがマナーと言うものだ。」
「アイツらの命がかかってるのにマナーとか言ってる場合じゃねぇだろ!!!」
バンッとテーブルを叩き、勢いで部屋を飛び出す。
「いやはや…騒がしい青年だ。どれ、少し余興をしてみるかね。」
落ち着いた様子で紅茶を飲みながら男は言った。
全力で走り、さっき2人と別れた場所にたどり着く。
「ヒロト…!」「ヒロトさん!」
「大丈夫か!?無事か!?」
「大丈夫って…扉が開かないから大丈夫とは言わない…けど…」
2人の表情や見た目は先程別れた時と同じのようだった。
何もされていないことを確認し、安心する。
ゴブッ
突然賢太郎が血を吐いた。
よく見ると、背後から鋭利な刃物が胸を貫いていた。
そして次の瞬間、頭が破裂し脳が辺りに飛び散った。
目の前のヒロトに血飛沫がかかる。
「なん…だよ……これ…」
ヒロトは目を閉じることも出来ずにその光景を見ていた。
「うわあああああ!!!!!!!!」
隣にいた加瀬は悲鳴をあげ、後方に逃げ出した。
しかしうぐっと曇った声が聞こえ、悲鳴が途絶える。
「加瀬や…ん……?」
恐る恐る加瀬のほうを見ると、加瀬の体は四方八方に折れていた。
首や手足がメリメリと嫌な音を立て無理やりひねられていく。
ボキン
コロコロと首が落ちた。
足元に加瀬の恐怖に引きつった顔が転がる。
「うわあああああ!!!!!!!」
ヒロトはただ叫ぶことしかできなかった。
『どちらも救うことはできないと言っただろう?これは貴公が選んだ道なのだよ。』
先程の男が現れ、語りかけてくる。
「俺はこんなの望んでねぇよ!!!」
『いいや、望んだはずだ。全てを救おうと望み、全てを失った。それだけのことだ。』
耳を塞いでも聞こえる声。脳に直接語っているかのようだ。
目をギュッと瞑り、必死に抵抗する。
『彼も、救えなかっただろう?』
「………彼…?」
その問いかけに反応しうっすらと目を開けると、誰かの影が床に映っていた。
小学生ぐらいの小さな影。…まさか。
「…___。」
その格好。髪の色。忘れるはずがない。
ずっと探していた存在。でもなぜか顔がよく見えない。
近づこうとしたが、バランスを崩し前に倒れる。
「なん……っ!?」
足が…ない。いつの間にか自分の足元には血だまりが出来ていた。
ようやく痛みに気付き悲鳴をあげる。
その光景を“___”は微動だにせず見ていた。
「…___っ!___…!」
名前を呼ぶ声が曇る。聞こえていないのか?
血の匂いが充満したのか、大量出血になったのか、頭がガンガンする。
“___”に手を伸ばしかけ、ヒロトは意識を失った。
「……ト!ヒロト!!」
ふと目覚めるとそこは車の中だった。
賢太郎と加瀬が心配そうにこちらを見ている。
先程の光景など何もなかったかのように。
「ケンケン…!!…加瀬やん!!無事だったのか…!?」
「何言ってるんだヒロト?おまえ屋敷入ってすぐに倒れたんじゃん…。こっちのセリフ!」
「ヒロトさん、あれから一時間くらい意識なくて…幽霊の呪いかと思ったんですよ…!それで、すぐに車に引き返したんです。」
「そう……なのか…」
いつから夢だったのか全く分からない。
2人の話からすると扉が閉まった時にはすでに夢だったのか…?
『全てを救うことなどできないのだよ』
あの男も…夢?“___”も…夢?
「そう…だよな…。アイツはもう……」
「え?何か言いましたヒロトさん?」
「なんでもねぇ。心配掛けて悪りぃな!…あのさ…肝試しは中止にしねぇ?」
「なにー!?…仕方ないよなー。ヒロトが気絶するんだからなー。」
「うっ…それは言い返せねぇ…!」
「まぁまぁ、賢さん。僕も中止にすべきだと思いますし…。」
「つっまんねー!…じゃあさ、花火やろうぜ!今から買ってきて!」
「今から!?!?」「今からですか!?」
「きーまりっ!んじゃ行くぞー!」
そう言いながら賢太郎は車を発進させた。
どんどん遠のいていく屋敷から、ヒロトは目を離すことができなかった。
後日、その屋敷は炎上し、焼け落ちたらしい。
原因は不明だが、放火魔の仕業と噂されている。
【END】
最終更新:2012年07月20日 19:13