404 :VIP足軽flash:2006/11/26(日) 00:06:20.26 ID:adMMIq590
ではお言葉に甘えて
医者と国会議員の夫婦の間に生まれ、小中高までの学歴は全て優秀なまま進み、
容姿にも恵まれ何一つ不自由の無い贅沢な人生を歩んできた。
順風満帆で舗装され道には小石一つも無い素晴らしき未来が俺には待っている。
しかし、それらが俺にもたらしたのは、空虚な心だった。
「ユウちゃん、また一番だったらしいね。すごいねっ」
幼馴染権婚約者兼彼女。俺よりも二つ下の花柳ミカは長い黒髪を可愛らしく振り、
小動物のように俺に纏わりつく。
「大したことじゃないよ。それより、ミカも二番だったんだって?」
「うん!でもね、数学が三番だったの…」
「前日まで風邪をひいてたんだろ?仕方が無いさ」
「でも今まで一番だったのにぃ」
「次は取り返してやれよ。ミカならやれるさ」
テンプレートのような優しい言葉をかけ、俺はミカの頭を撫でた。ミカはうっとりするように
目を閉じ、もしミカが猫だったら喉を鳴らしていただろう。
何気ない日常いつも通りの満たされた日常。
その中で穴のようにぽっかりと開いた心を誤魔化すように、俺はミカの頭を撫でた。
405 :VIP足軽flash:2006/11/26(日) 00:06:59.95 ID:adMMIq590
中間試験の発表後にはHRの時間が待っていて、先生が少し緊張した面差しで
壇上に上がり、コホンと一つ咳き込んで口を開く。
「転校生を紹介する」
季節外れの転校生にクラスの端々から囁き声が上がり、騒然とする。先生はソレを
慣れた様子で「静かに」と一喝する。
しんと静かになった教室に先生はもう一度コホンを咳き込み、右手の扉に向かって
「入りなさい」と扉の向こうに居る転校生に向かって言った。
直後に扉の開く音が教室に響き、軽快な足取りで髪を茶色に染めた青年が一人、
先生の横に並び、目の前に同級生達に会釈をする。
「牧本シンヤです。皆よろしく!」
ニッと人懐こい笑顔を向け、彼は俺たちにVサインをする。
先生はその様子をよろしくない顔で見つめ、この日一番大きな咳をわざとらしくあげた。
この時の俺のシンヤに対する第一印象は「ウザい」の三文字で、一生関わりたくない
人種だと、俺は思った。
406 :VIP足軽flash:2006/11/26(日) 00:07:35.94 ID:adMMIq590
HR後の小休憩の10分間、シンヤは質問攻めにあっていた。どこの出身でどこの学校、
どういう趣味でどういうのが好き。シンヤはそれらの質問に一つ一つ律儀に答え、
時折ネタを混ぜては女子や男子から良い反応を得ていた。
俺はというとその様子をただ眺めるだけで、元よりシンヤと関わるつもりも無かったため
次の授業の支度を終えた後の暇つぶし程度の興味で聞いていた。
その中で俺がシンヤに興味を抱かせたのは、趣味の質問に対する一言からだった。
「趣味かぁ。そだなぁ…俺は音楽かな。歌でプロ目指してまーす!」
その瞬間、クラスの中で失笑が漏れる。ここは進学校で、このクラスは特に進学に向け
力を入れている。シンヤもこのクラスに入ったということは相当頭も良く、将来的には
良い大学に入りエリートコースを目指しているのだろう…。
クラスの誰もがそう思っていたはずだ。
「え…じゃあ大学とかは行かないの?」
「行くよん。ただ新都大学にさぁ…俺、ちょっと憧れちゃってる人がいてさ」
くだらない理由だ。しかし俺よりもずっと迷いが無く満たされているその目に、不思議な
魅力を感じた。
俺の反応とは逆にクラスメート達のシンヤに対する反応は薄れ、質問攻めもそこで
終了した。始めの新参者に対する興味の眼差しは落伍者に対する見下しに変わり、
シンヤはそれに気づかないまま一人のクラスメートの「がんばれよ」という言葉に、
「おう!」と屈託も無い笑顔で返した。
407 :VIP足軽flash:2006/11/26(日) 00:08:51.80 ID:adMMIq590
一日が終わり放課後になると、高等部の校舎の玄関口にミカが待っていた。
ミカは俺の姿を見つけるとぱっと顔を明るくして近づき、空いている右腕を取って
手を繋がせた。
「ねぇねぇユウちゃん。転校生が来たんだって?」
「情報が早いな。またリエちゃん情報か?」
リエちゃんというのはミカの同級生で、情報通のコだ。ミカは高等部の中間試験の結果や
転校生の情報も、主にこのリエちゃんを通じて知っているらしい。
「どんな人?やっぱ頭よさそうな人?」
「…いや、茶髪で軽い感じのヤツだよ。しかも、歌で将来食ってくつもりらしい」
「えー!歌って…芸能人目指してるの??変な人!」
ミカもまた理解が出来ないらしく、俺と同じく医者を目指すミカにとって芸能人のような
不安定な職業を選ぶシンヤはアンノウンの存在だろう。
その反応に、やはりこいつも両親のように、外れた道を許さない人間なのだと。
俺は小さな失望と軽蔑を抱いた。
「ユウちゃん、どうかしたの?」
むっつりと黙った俺にミカは不審を抱き、眉を顰める。
「何でもないよ」
慣れた作り笑顔をミカに向け、優しい恋人を演じる。
心の穴が更に広がっていく感覚を覚える。俺はその感覚の中で、シンヤの言葉を
思い出していた。
最終更新:2006年11月27日 20:33