244 VIP商人 sage 2006/11/27(月) 21:34:25.30 ID:thEuqveyO
某国。
ロシア系のこの小さな国家が核を保有し、全世界に宣戦布告するという情報を国連が入手。
世界中から諜報活動のエキスパートを集めた特殊部隊が急遽組織された。
外交官だった父を持ち、ある大国の軍に所属していた俺は、幼き日にこの国に住んでいた事もあり、その部隊に組み込まれた。
だが、仲間のミスから全員捕まった。
もともと秘密裏に組織された部隊だ。本国からも、国連からも救援を望めない。
日々過酷な拷問を受けた仲間達は一人、また一人と減り、どうやら生き残りは俺だけの様だ。
「どうしても口を割らない気か…」
「くどい。殺せ。」
俺を痛め付けていた拷問官が荒い呼吸で尋ねてきたが、俺は何百回と繰り返してきた返事をした。
ここで俺が口を割ったら、下手したら第三次世界大戦が勃発する…それだけは避けたい…
「ふん…まぁいい。貴様はその内自ら話すさ。」
「………」
「今日から我が軍最高の尋問官が貴様を担当する。その意地、どこまで通せるかな?」
「………」
その時、尋問室の鋼鉄の扉が開かれ、一人の軍人が入ってきた。
女…?その女を見て、朦朧としていた俺の意識は覚醒した。
金色の髪、雪よりなお白い肌、少しツリ目がちの美しい小柄な少女だった。
俺はこの少女を知っている…まさか…あの娘か…
482 空気を読まずに投下w sage 2006/11/28(火) 11:11:56.86 ID:oeuIwdHoO
244の続き
俺は声を失った。
様々な思考が脳内を駆け巡る。
あの娘…まさか…いや、そんな筈は無い。だが…
少女は俺を見つめながら右手をひょいと上げる。
拷問官はその手に素早くファイルを乗せると、すぐに直立不動の体勢に戻った。
「………何だこれは?」
「………」
「何だと聞いている。答えろ上等兵。」
ファイルを一瞥した少女は、屈強な肉体を持つ拷問官に感情の無い言葉で尋ねると、拷問官は体を硬直させた。
484 さらに空気を読まずに投下 sage New! 2006/11/28(火) 11:12:48.58 ID:oeuIwdHoO
拷問官は緊張の所為か青い顔をし、震える声で答えた。
「はっ!この男いくら責めてもまったく口を割りません!きっとかなり高度な訓練を積んだ」
バシッ!!
ファイルで頬を打たれた拷問官は、驚きで言葉を失った。
「私は貴様の私見など尋ねていない。貴様は三日も費やしながら、何も聞き出せなかったいう事だな?」
「…はっ!その通りであります!少尉!」
気を付けの体勢のまま、拷問官は青い顔でガタガタと震え始めた。
(あの男…この少女に怯えているのか?)
俺は違和感を覚えた。
少尉と上等兵…階級の差はあれど、この男の怯え方は尋常ではない…
「下がれ。」
「はっ!」
少女の言葉に速答した拷問官は、青い顔のまま、そそくさと尋問室を後にした。
531 悲しい一人暮らし sage New! 2006/11/28(火) 13:03:24.90 ID:oeuIwdHoO
484の続き
パンッ!と音を立てファイルを閉じると、少女はファイルを簡素なデスクの上に放り投げ、
部屋の中央に置かれた椅子に縛られた俺に近寄ってきた。
「我が国の言語は話せるな。貴様、名は?」
「………」
俺は黙秘した。些細な情報-たとえそれが嘘でもだ-から、俺の素性が割れる可能性がある。
特にこの少女は、先程の拷問官によると尋問のスペシャリストのようだ。
隙を見せる訳にはいけない。
少女は腰に下げた乗馬用鞭を手に取ると、それを使い、俺の顔を上げさせた。
「名は?」
美しい少女だ。
年の頃14、5歳といったところか。整った顔、制帽からこぼれ落ちる緩いウエーブのかかった金髪…
だが少女の吊り目がちなヴェネチア海を思わせる蒼い瞳には、一切の感情が浮かんでいなかった。
532 悲しい一人暮らし sage New! 2006/11/28(火) 13:05:06.94 ID:oeuIwdHoO
突如、俺は薙ぎ倒された。
何が起きたか理解出来なかったが、遅れてきた頬にある激痛から、頬を鞭で打たれた事を理解した。
「言え。名は?」
少女は軍靴で倒れた俺を踏み付けながら問うてきた。
拷問では、名を聞き出す事は重要だ。名を知っていても必ず聞く。
たかが名前、と思う奴が居るかも知れないが、尋問では精神的優位に立った者が勝ち残る。
尋問者は被害者に尋問者に名前を言わされた、屈伏させられたという事を刷り込む為に名を尋ねるのだ。
一度崩れ始めると人間とは弱い者で、一つの情報を洩らすと一つ、また一つと情報を洩らしてしまう。
俺には名を答える事は許されなかった。
534 悲しい一人暮らし sage New! 2006/11/28(火) 13:07:25.48 ID:oeuIwdHoO
鳩尾に衝撃が走る。
完全に不意を突かれた俺は、思わず空気の固まりを吐き出す。
吐いた分空気を取り入れようとした瞬間、またしても少女の軍靴が俺の腹にめり込んだ。
二度、三度と繰り返されるやりとり。
小柄な少女とは言え、蹴り、しかも堅く尖った軍靴の爪先だ。それなりのダメージはある。
俺はむせ返る事も許されず、ただ少女の蹴りを食らい続けた。
535 悲しい一人暮らし sage New! 2006/11/28(火) 13:09:23.45 ID:oeuIwdHoO
ころん。
蹴りの衝撃からか、既にボロ布と化している服からネックレスが転がり出る。
「…何だこれは?石?」
少女はネックレスに気が付くと摘み上げた。
そう、石だ。なんの変哲も無い、只の川原で拾った石。
「…くうっ…!」
少女の顔が苦痛で歪む。
「あ…ぐぅっ…!…痛…」
少女は頭を抱え苦悶の声を洩らし立ち上がると、金色の髪を振り乱し、
制帽を落としながら尋問室から駆け出していった。
俺は少女の前頭部に取り付けられた小さな光る物体を見逃さなかった。そして全てを悟った。
一人倒れたままの俺は、少女の残していった制帽に、捕われてから初めて自ら声を発した。
「…この石は…君がくれたんだよ…」
最終更新:2006年11月30日 00:24