607 みかん sage New! 2006/11/28(火) 20:19:17.41 ID:oeuIwdHoO
俺は暗い部屋に放り込まれた。
耳鳴りがする程の静寂。

(…無音室か…)

無音室に長時間監禁されると、常人ならば気が触れると言われる。
だが潜入、諜報、破壊工作、尋問、対尋問のスペシャリストとして訓練された、
世界中の闇に潜む俺の様な諜報潜入工作員には特に効果はない。
たぶん少女ではなく、ろくに拷問をした事のない奴の判断だろう。

(休める内に休まなくては…)

俺は振り子の様に腕を振り壁に右手を付き、体重を一気にかけて肩をはめた。
続いて左肩。激痛が走るが無視して関節をはめ、その場に大の字になり寝転び目を閉じた。
俺の脳裏に一人の男の名が浮かぶ。

(イヴァン・モロゾビッチ…)


608 みかん sage New! 2006/11/28(火) 20:22:51.48 ID:oeuIwdHoO
イヴァン・モロゾビッチ博士。
医学者にして宗教家。
20世紀最大の悪魔と呼ばれ、世界の黒歴史に葬られた男。

1970年代末期、世界的にロボトミー手術禁止が叫ばれていた頃、
彼はロボトミーには未来があると主張し、学会から追放され失踪。
次に現われた時は旧ソビエト連邦で宗教家となっていた。
だが実態は違った。
彼の求めていたのは永遠の命。そして超人になる事。
彼の信徒達を実験材料に、老化抑制、機能向上の脳外科手術を行った。
ソビエト解体後も地下に潜り実験を続けた。
そして、彼は危険分子と判断され、ある国の駆け出しの諜報潜入工作員に消された。

俺だ。



760 みかん sage New! 2006/11/29(水) 20:10:49.23 ID:+9J7wAdrO
俺は博士を始末した後、資料のコピー、マスターデータの破壊に着手した。
まだまだ駆け出しだった俺は、博士の、いや、人間の狂気に触れ恐怖した。

全身至る所を解剖された青年、首から下を奇妙な機械にすげ変えられた老人。
腹を裂かれ、子宮に機械やパイプを詰め込まれた女性。
そして…頭蓋に穴を開けられ、むき出しの脳に機械を取り付けられた子供達。
その中の一人に目が留まる。
雪よりも白い肌、太陽の陽の様な輝く金髪、勝ち気に見える海よりも青い瞳の美しい少女…
幼い頃の記憶が蘇る。
幼き日、この国に住んでいた俺が出会ったいつも泣いていた気弱な少女…手を引いて歩いた帰り道…
彼女の手の温もり…涙を拭った後の照れ臭そうな笑顔…そして幼い恋心…
俺は嘔吐し、叫んだ。
神を、悪魔を、そして人を呪う叫びを。


761 みかん sage New! 2006/11/29(水) 20:13:47.05 ID:+9J7wAdrO
俺は狂った。
戦闘員、非戦闘員、歯向かう者、逃げる者、老若男女関係無く、
射殺し、刺殺し、轢殺し、斬殺し、爆殺し、首を折り、骨を砕き、急所を潰し、高所から蹴り落し…

どれ程の時が経ったのだろう。
死体の山に立ち尽くした俺を、銃を持った男達が取り囲んだ。
抵抗もせず本国へ送還された俺は、拘束着を着せられたまま形だけの軍事裁判を得て死刑にされた。

勿論書類上、形だけだが。
そして戸籍も、経歴も、人間の尊厳、権利も無い特殊諜報潜入工作員の俺が生まれた。


762 みかん sage New! 2006/11/29(水) 20:15:35.84 ID:+9J7wAdrO
そして月日が流れ、世界中の工作員の中でもエース級と呼ばれる様になった俺は彼女と再会した。

工作員と尋問官として…

(よかった…生きていてくれた…今はただ、それだけでいい…)

目を閉じた俺の頬を涙が伝う。
感情は殺したつもりだった。感情は時として判断を誤らせる。
一瞬の判断ミスでミッションは失敗し、自らの命すら失う事もある。
頭では分かっていたが、俺は流れる涙を止める事は出来なかった……


763 みかん sage New! 2006/11/29(水) 20:16:56.38 ID:+9J7wAdrO
俺は目を開けた。
何時の間にか眠っていたらしい。
胸や肩の痛みも少しはマシになった。
再び目を閉じ、寝返りをうつフリをして体の状態を素早くチェックした。

(…よし、痛みは耐えられない程じゃない…動けるな…)

次に息を殺し気配を探る。

(監視カメラは…1…2台か…)

また寝返りをうち、今度は薄目で確認する。
うっすらと闇に浮かぶカメラの電源ランプを頼りに、位置と動きを確認。

(…よし、タイミング、死角共に掴んだ…)

俺は頭の中で脱出プランを何度もシミュレートした。


764 みかん sage New! 2006/11/29(水) 20:18:03.15 ID:+9J7wAdrO
(そろそろ丸二日か…)

俺がこの部屋に閉じ込められてから、体内時計で換算すると48時間が経つ。

(餓死だけは勘弁してほしいものだな…)

俺は体力を温存する為に眠り続けたが、いかんせん腹が減った。
脱出するにしても、あの扉を誰かが開かない限り不可能だ。

その時、希望の扉が開いた。


765 みかん sage New! 2006/11/29(水) 20:19:16.30 ID:+9J7wAdrO
俺は寝たフリをしながら入ってきた人物を見た。

(二人…武装はAK47とモーゼル…古くさいな…)

二人の男が完全に室内に足を踏み入れるのを待つ。
俺は寒くて丸まったフリをして、全身の筋肉を一瞬の爆発に賭ける為に収縮させる。

二人共完全に室内に入った。
監視カメラに目を向ける。

(もう少し…もう少しだ…)

不精髭の若い男が、俺を蹴り起こそうとニヤニヤしながら足を振りかぶる。
もう一人のニキビ面の若い兵士は、その様をニヤニヤして見ている。
二人は油断してトリガーに指を掛けるどころか、銃を持とうとすらしていない。

(死角のが出来る時間は四秒間のみ…俺なら出来る……………今だ!!)

俺は持てる力全てを爆発させた。

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最終更新:2006年11月30日 00:26