◇ ◇ ◇
「よくまあ、ここまで調べたもんだな」
健部防人[たけるべ・さきもり]は途中まで眺めて頭が痛くなったのか、資料を投げ出すような、振り回すような仕草をしながら、そう呟いた。
「簡単には外に出て行けない学園からどこへ消えたのか? 『喪失』した者もいるだろうが、数が多すぎる。そうは思わないか?」
アマリアは健部のセリフには構わず、資料から読み取れる推論を述べた。
「特定の作業に関わったとか、直前に共通する事柄は無いか、等等の規則性は見受けられない。
個人個人の理由で姿を消したのであれば、それが当然だと思う。しかしそれを隠れ蓑にした可能性はないのか?」
蛎崎にも資料は渡されていたが、一瞥しただけでほとんど見ておらず、注意を引かないようにしながら、そっと蚊取り線香を新しいものに交換していた。二人を除けば、他の者はまじめに資料に目を通しているようだ。
「樹津子君に関わった者も多くが姿を消しているが、樹津子君の殺人未遂事件で注目を集めていた事を考えれば、これは隠れ蓑の部類のはずだ。下手に樹津子君に関わったものを消せば、事件の背後を調べているものにすぐに気づかれるだろうから」
「この、『○』『×』『?』の記号は何かな? ウルフ先生のデータベースには無かったとも思うが」
資料を一読した藤原はそう尋ねたが、彼には記号の意味はほぼ推測がついているようだった。そもそもデータベースに各人の“その後の”動向が記されていたはずも無い。しかし記憶にある限りの各人の『片付け』での動向に齟齬は無い、そこから導き出されるの事実は一つだけだと考えている。
それは矢仁田も同じだったようだが、そこに込められた“主観”が気になっていた。眼鏡をずらして覗き見た蛎崎の顔には、いつ口を挟んだものだろうか、といったためらいが浮かんでいた。
「それぞれ参加者への評価だと思う。『○』は真面目に片付けを行った、『×』は片付けの邪魔、『?』は判断保留だろう、ただし“調査”は評価対象ではないようだ」
「だと思う、というのは資料を提示した者にしては変わった言い方だね」
アマリアの言葉を受けて、矢仁田は言った。
「この資料はデータベースの奥に保存されているのを、今日の昼に発見したものだ。私が作ったものではない。お茶会に『×』が付いている事から、この資料を作ったのは蛎崎君だと考えた、違うか?」
アマリアがそう言うと、それを聞いた者は一斉に蛎崎の方を振り向いた。蛎崎は視線が集中する事を予測していたようで、動じた様子もなくゆっくりと頷いた。
「はい、そうです。それは自分が入力したものです」
◇ ◇ ◇
既に太陽は完全に山影に隠れており、セミの鳴き声も聞こえなくなっていた。
「『片付け』のシステムを安定運用するには、誰が何の作業をしているかを把握する必要があると思いました。
参加者の流動が激しいですから、今日は機能していても、明日には人員不足で運用に支障をきたすかもしれません。どこが影響を受けやすいかを把握し、欠員が出たときに滞ることなく補助を回す、そういうことに気を使わないと、いつまでたっても片付かないのでは、と考えました。
調査とかは得意じゃないので、そういった事でしかお役に立てないかと」
そのセリフには少なくとも嘘がない事は、認められたようだった。
そういえば背後から覗かれていた記憶が、と誰かが呟くと、同じような心当たりのある者が同意の声を上げている。
「そういうのは、控えめ、と昔は言ったんだがなぁ。純愛がストーカーにされる時代だから仕方ないか」
矢仁田のぼやきは、藤原にも聞こえたかあやしいほど微かなものだった。
「では『片付け』に出入りしなくなった後の動向が記録にあるのは、どういった理由でだ? また、どのように調べたのか?」
「当該月の欄が空白ですと、未確認なのか、確認できなかったのかがあやふやになるので、調べられる限り入力しました。方法は、データベースの類は各地で作成されていますので、情報交換で入手しました」
空欄があると落ち着かなくてと、小声で言っていたが、それは恥ずかしさからではなく、理解が得られるかが不安だったからだったようだ。
「蛎崎、やっぱりおまえ、余暇の使い方間違ってるよ」
健部の呆れたような発言に、賛同の笑いがあがった。ちなみに健部が退院時に看護婦さんに聞かされた話だと、意識不明の時期も蛎崎は毎日見舞いに来ていたらしい。いつ目が覚めても最新の状況を説明できるようにと、それだけの為に。
参加者の動向に関しての調査に、裏がある可能性は薄そうだな、と場の空気が変わっていた。
「記号は、整頓の運用上の重要度というか、欠席された場合に人員補充などの考慮が必要かどうか…のマークです」
「だが、『×』は考慮不要の意味ではない、どちらかと言えば『片付け』に支障をきたしていると判断したものじゃないかな?」
アマリアが尋ね、観念したように蛎崎が頷いた。
「では話をお茶会に戻そう。何故お茶会を避けていた? いや、何故『×』なのか、と聞いた方が良いかな」
蛎崎は口を開きかけてはためらってか口を閉じる。
「大丈夫だって、取って喰われたりしないからさ」
健部が何か有っても守ってやるよ、とのニュアンスを込めて言った。藤原も力強く頷いて同意してみせる。
「5分、10分の休憩なら理解できますけれど、ああも堂々とサボるのはおかしくないのですか? お茶にするなら、仕事を終えてからにするのが筋だと思います。
親睦を深めるつもりなのかもしれませんが、作業が終わってから行う事に不都合があるとも思えませんし、本当に親睦を深めるのが目的なら、全員が参加できるように取り計らうべきじゃないでしょうか。
サボりに誘われて面と向かって断るよりは、用事がある振りをしたほうが波風立たないと思いました。実際、片付けの業務はいくらでもやる事がありました」
“でも”と唇が動いたように覗えたが、蛎崎はそこで言葉を切り、質問を待った。
「そうすると、邪魔と思える人物は無視するだけで充分で、排除しようとまでは考えていなかった、と言う事でいいかな?」
藤原が補足のために質問し、蛎崎は頷いた。
「では、これが最後の質問になると思う。初期の頃はともかく、ある程度、互いの空気が読めるようになった後半になっても、お茶会を避けていたのは? 作業途中ではない待機時間などのお茶会も相変わらず避けていたな?」
尋問するような口調ではあるが、アマリアの口元には笑みが浮かんでいるようにも見えた。それは恥ずかしい事を隠しているかもしれないが、観念して正直に話せと言っているようだった。
「先ほどのような理由でお茶会を拒否していたのに、今になってしれっと参加するのは、ダブルスタンダードというか、恥ずかしいというか」
「しかし、お茶会の趣旨、種類が違う事は理解しているのだろ。ならいいじゃないか?」
ですが、と言いかけた蛎崎にアマリアは首を振る。
「それにこうやって、参加しなかった理由を明かしたからには、今更断るわけにもいかないだろ? 蛎崎君は無駄に考えすぎだ、先日も誰かに“気にするな”と言われていただろ」
蛎崎はそのセリフにはっとし、健部のほうを向くが当人はあさっての方向を向いている。
どうやら、アマリアの芝居だったようだと気づき、蛎崎はお辞儀すると、ごみを捨ててくると言って逃げ出した。
「青春だねぇ」
矢仁田が殻になった茶碗をテーブルに置くと、それが合図であったかのように藤原が解散を宣言する。
「明日は本番だからな、しっかり寝て英気を養えよ」
◇ ◇ ◇
アマリアが皆と別れ、家路へ向かう角を曲がると、そこには先回りしていた健部が立っていた。走ってきたらしく、息が荒い。
「悪かったな。変や役目を押し付けてしまって。ありがとう、助かった」
そういうと、健部は深々と頭を下げた。いつもの軽薄そうな態度とうって変わって真面目な顔とその態度に、アマリアは面食らった。
「本当は自分でできればよかったんだけど、俺、頭悪いからさ。アマリアみたいに上手く話しをもっていけそうになくて」
「ヤ! 興味アッタからデス」
生真面目な健部にどうも馴染めず、アマリアはうわずった話し方になってしまった。
「アー、ゴホン…嫌だったら引き受けたりはしないさ。人間関係も『片付け』の一部だし、“気にするな”」
部屋の前まで送るよと健部が言い、並んで歩き始める。
「しかし、あの資料を見せられた時は驚いたぞ。一瞬、本当に裏で陰謀が動いているのかと思った。どうやって発見したのだ?」
「よく判らないんだよ。パソコンの動きがおかしくなって慌てて適当に触っていたら画面に出てきたんだ」
アマリアは一瞬足を止め、ため息をついた。
「パソコン、触らない方がいいぞ」
「気にすんなよ」
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●TBJより
チャットでお世話になっているアマリアさん、藤原さん、矢仁田さん(五十音順)、キャラの無断使用ですがご了承ください。
以前、チャットの最中に配布したプラリア0章とは異なるプロットの話です。
プラリアでしか出来ない事といったら、既に参加していないPCを事件のネタに使う事かなと、考えました。
本格的な殺人事件にでもできればよかったのでしょうけど、プロット考える時間的余裕がなかったので、楽な方向に流れてしまいました。
最終更新:2007年08月04日 12:05