日常における邂逅 (今日も平和なホルムの町(2))
PC:
チェルシー (出演:ムギ)
オベリスクのある広場を抜けて、歩きなれた道をてくてくと歩いていく。
もっとも目的地はひばり亭じゃない。向かうのは新興住宅街。家族と私の家があるところ。
抱えているのもいつもの道具袋じゃなくて、バスケットといっぱいにつめられた野菜や果物。
久しぶりに昼にもお母さんが家に居て家の手伝いを頼まれたから、今日は一日冒険者をお休みする予定だ。
このお使いが終わったら、普通の女の子がいつもしているようにお母さんの家事を手伝って料理や裁縫を習うんだろう。
そう、冒険者である「私」をお休みすることは、決してやらなければならない事 ─ 仕事がなくなることと同義じゃない。
ただのホルムの町の子どもである「私」だって忙しい。どっちも中途半端な今でさえ。
せっかく買ったものが落ちないようにゆっくりゆっくり歩いていると、遠くで何かが高速で動いているのが見えた。
なんだろう。何か動物が街の中に入ってきてしまったんだろうか。
関わるべきか早く家に帰ってバスケットを置いてくることを優先すべきか私が逡巡している間にも
その何かはこちらに向かってくる。
進行方向に居る人がさーっと退いていくのが少し面白い。
……いや、のんびりとそんなことを思っている場合じゃなかった。このままだと直撃コース。
慌てて避けようと体を動かしたのと、それが少し手前で急停止したのはほとんど同時。
バスケットが大きく揺れる。慌てておさえようとするけれど間に合わない。
弾みで2つ3つと籠から落ちた丸い果物が転がっていく。(守れなかった……)
「おおっと! 大丈夫か?」
駄目になってしまった果物から視線を上げて現れたそれを見ると目の前には一台の台車があった。
そして見事なドリフトを決めたその台車を置いて果物を拾い上げたその人は、私も良く知っている人。
「うん? なんだチェルさんか久しぶりだな~。怪我は無いか?」
ああ、この人ならしょうがない。果物を受け取って苦笑いで返す。
「当たらなかったのでセーフです。こんにちは、ムギさん」
「チェルシーはここで何してるんだ?」
「私はただのお使いですよー。ムギさんこそ、それどうしたんですか?」
現れたときから気になっていたことを聞いてみると、待ち構えてようにムギさんは意気揚々と自分の計画を話し出す。
なるほど。女の子と仲良くなりたいから人力車を始めたと。相変わらず凄い発想だ。
はたして計画通りに事は進むのだろうか。いや、普通に考えればそんな上手くいかないと思うんだけど……。
しかし目を期待に輝かせたムギさんにそんな予想を口にする勇気の無い私は、
曖昧に笑って先ほど驚かされた仕返しをするにとどめておくことにする。
「魔筋…えっと、力強さをアピールするのは良いんですけど、スピードはもうちょっと落としたほうが良いと思うんです」
「そうだな~。うむ危険なのはよくない」
「それもそうなんですけど……。話を聞く限り、ムギさん結局お客さんと話せてないじゃないですかっ」
「ぐはっ」
ムギさんの大きな体が小さく縮こまるのが見えた。
それにしてもムギさんは本当に面白いことをおもいつく。
動機は不純だし肝心の計画だっていきあたりばったりなのは十分伺えるんだけど、
不思議と聞いていていやな気持ちにはならない。
それは、悪気なんて全然なくって純粋にやっているのがわかるし、
しょうがないなあって笑って許せてしまう彼の雰囲気─ 一種の才能ともいえる─があるからだし、
何よりムギさんが楽しそうに何かをやらかしている方が私も楽しいからなんだろう。
「よし、今から俺は安全運転だ! そして女の子と話すのだ!」
そうこう考えている間にも、ムギさんはフォローなしに光の速さで立ち直って熱意を取り戻したらしい。
私のほうもこれ以上引き止める理由は無い。ムギさんの一応の仕事の邪魔をするわけにもいかないから。
けれど、台車へ戻ろうとするムギさんと、このままただ別れてしまうのは何故だか少しだけもったいないような気がした。
「待ってください!」
こちらに背を向けたムギさんを反射的に呼び止めてしまう。
再度振り向いて止まった彼へかけるべき次の言葉を必死で探す。
ええっと……、そうだ。ひらめいた。
「あの、これ差し入れます」
無事だった果物の中から真っ赤に熟れた林檎を1つ探り当て、ムギさんの目の前に差し出した。
そう、これは私の、ささやかなおもいつき。
「流石のムギさんでも1日中走ったら疲れちゃうと思いますし良かったら食べてください」
「お~ありがたい。でもいいのか? 家に買って帰るんだろ?」
「大丈夫です。沢山あるので、おすそ分けみたいな感じです。これから頑張るんですよね?」
そう言って笑いかければムギさんも嬉しそうに笑って、後で食べるよといいながら受け取ってくれる。
お礼に送っていこうかとも言われたけれど、家はすぐそこだったし残りの野菜を守りきる自信も無かったから辞退して、
ムギさんが台車と共に去っていくのを見送ることにした。
ムギさんが持ち手をあげて動かすと、ギィと軋むような音をたて地面にめり込んでいた車輪がゆっくりと動き出す。
台車は来たときよりも幾分か遅いスピードで、けれどすぐに曲がり角へと消えていった。
─ そういえば、お客さんを乗せているようなことを言っていたけど誰だったんだろう。
随分長いこと話し込んでいたのに何も言わなかったのは何か立て込んでいたのかな。
これはまたムギさんとその周りで一騒動あるのかな。おこらないわけもないだろうな。
こちら側からそれをうかがい知るのはとても難しそうだったけれど、広場の方角を見、彼らの行方に少し思いを馳せてみる。
最終更新:2014年11月02日 21:43