今日のおしごと(すれ違い日記 「今日も平和なホルムの街」3)
PC:フレッド
オベリスクのある広場に向けて歩く。商談を幾つか控えているために、多少早足だ。
もっとも、フレッド・シャーディンという男は何かにつけて早足なので、いつも通りと言ってしまえばそれまでである
空は雲ひとつ無い快晴。小さく息を吐く。快晴を好ましいと思ったことはここ数年で殆ど無い。
行商人という仕事をしていると頻繁に出会う人種が、やたらと天気の話をしたがる連中だ。
嵐だの豪雨だの雪だのであればまだ話を広げようがあるのだが、決まって「いい天気ですね」である。何が言いたいんですかアンタは、と口をついて出そうになるのを押しとどめるのにもはや苦労することすらなくなった。
頭の何割かでそういった愚痴に近い思考を巡らせて退屈を紛らわすのだが、歩き慣れたはずの路は、しかし実際に歩いてみれば長く感じるものである。
背中に背負った大型のそろばんの重みが鬱陶しくなってきたあたりで、ふと、多少知った顔が目に留まる
別に街で見かける知り合いをいちいち観察しているわけではない。遺跡で興った人種の坩堝たるこのホルムの街でそんなことをしていると、人間観察だけで一日が終わりかねない。
その男、非常に控えめに表現して筋骨隆々な巨人族の大男、ムギが殊更目に留まったのは、何やら巨大な空の荷車を引いているからである。
ふむ、と思案する。
何かの文献か、知り合いの与太話か、出処まではいちいち覚えていないが、聞いたことのある出で立ちである。
遠く(正確な位置がわからないため本当に遠いかどうかもはっきりしないのだが)日輪の国では力自慢の男性がああいった荷車を引き、比較的短い距離、人を乗せて移動する職業が存在するそうである。
騎士階級の人間が当たり前のように乗り回しているので感覚が麻痺しがちであるが、馬という生き物はそれなりに飼育に手間がかかり高価であるし、操るのにも多少の心得が要る。フレッド自身あまり乗馬は得意ではない。
そう考えれば中々理に適ったものであると多少感心した覚えがある。
さらに思案、というか試算。
幸い向こうは誰か――多少距離が離れているため知り合いかどうかも判然としないが、少女である――と話しこんでいるようで、多少の余裕がある
第一に、ムギという男の能力と性格、それらからなんとなく推察するに、あまり労力に見合わぬ料金を要求する事はないだろう。多分。
おそらくは最初からそういう取決めだ
フレッドという男は、わけもなく割引とか、知り合い料金であるとか、いつも大変そうだから安くしとくね、だとか、そういった物言いを酷く嫌う。
価格というのは何かを切り売りする際に外部に対してそれらの価値を提案することである。
また、事前に示された条件のもと代金を支払えばそれを手に入れられる事が確約されるという信頼でもある。
それは、開示された条件の基であればそれ以外の要素によって貶められることのない契約なのだが、困ったことに自らそれを反故にする自称商人はそれなりに多い。
多くそれは、困っている人に優しくするとか、融通を利かせるとか、そういった物事に対する一種の自己満足から発生するものであるが、それは正規の手順を踏み正当な代償を支払っている人間の立場を鑑みれば一種の不正でありつまるところ
中略
要は、無闇な安売りはあまり好きではない、のだが、彼自身が最初から自身の労働に対して大した値段をつけていない(だろう、多分)のならば、それはそれとして問題はない
フレッドはムギ個人に対して多少、大分、かなり苦い思い出があるのだが、それは自己の内部で十分処理の出来る問題である。
そこまで考えて、歩くのにかかる時間と労力を天秤にかける。
悪くはない。予想より高くつきそうなら歩けばいいだけの話である。
丁度向こうも話し終わったようで、どうやらこちらに向かってくるようである。手を挙げて存在を――
示そうとしたのだが
「……誰か捕まるのかねぇ、あれ」
思わずぼやく。こちらに気付いたのかどうか、声を上げる前にかなりのスピードで脇を駆け抜けていく。思わず身を引いてかわしてしまった
「……あの調子だと乗り心地も期待できないし、いいか」
大分わざとらしく言い聞かせる。酸っぱいブドウという言葉が脳裏をかすめるのを、素早く処理して受け流し、試算がまるきり無駄に終わった事実も綺麗に畳む。
それでも、なんとなく疲れを感じたので背を反らして伸びをする。背負ったそろばんの大きな玉が背中のツボにあたって多少気持ちがいい
「……じじむさいなぁ」
さらにぼやいて気分をゆっくりと切り替える。
とりあえずは商談。肩慣らしに神殿で古い祭事道具処理し、それからピンガー商会である。
前者は大した相手でもないが、後者はここホルムに居を構える彼ら以外の商人の、不倶戴天の敵と言ってもいい。つまらないことにかかずらっている場合ではないのだ
首を小さく動かして、歩みを再開する。
さて、仕事だ
最終更新:2014年11月04日 16:08