その男は大いなる野望があった。
その男は最高位の魔術師だった。
その男は魂を喰らい寿命を伸ばしていた。
その男は嘗て聖杯戦争に参加し、大聖杯を奪い取るという快挙を成し遂げた。
その男は60年の歳月をかけ、入念な準備を行ってきた。
そしてダーニック・プレストーン・ユグドミレニアの企みは、この異世界に招かれた時点で9割が頓挫していた。
「クソ……こんなことが……あってたまるか……!」
最高峰の弁舌を操る涼し気な美貌は今、憤怒に染まっていた。
無理もない、彼は己の力のみで聖杯戦争の準備を、必勝の策を整えてきた。
だというのにその寸前となって訳の分からぬ別世界の聖杯によって拉致され、身一つで戦えという。
ルーマニアに築いた城塞、収集した数多の触媒、一族の魔術師たち、その全てを使えないままにだ。
こんな、突然聖杯を得るなどという機会が降って湧いてくるのなら、これまでの苦労は、冬木での聖杯戦争は、60年の準備は何だったのか。
「運命というものはどこまでも私を、ユグドミレニアを呪っていると見える……だが。
だがしかし、望みはまだある、か細い糸と成り果てたが、この地に聖杯は存在する……」
そう、まだ望みはある。
嘗ての冬木のように身一つから謀略を駆使し、聖杯戦争を勝ち残ればいい。
ナチスの高官として潜入し、最後には全てを裏切り聖杯を得たときのように。
自分なら、やってやれないことはない。
だが、この聖杯戦争の規模はあまりにまずい。
およそ100騎を越えるであろうサーヴァントたちが相争い、本戦への切符を奪い合っている。
積極的に攻勢に出るには、危険過ぎる。
こめかみを押さえ、激情を制御する。
そう、今必要なのば魔術師としての力量ではない、『八枚舌』と呼ばれし弁舌能力だ。
既にダーニックは、この聖杯戦争に必要な要素を理解していた。
――協力者が必要だ。この聖杯戦争は必ずどこかのタイミングで勢力が乱立し、組織規模の争いとなる。
そのためには『非情な魔術師』であることを悟られてはならない。
幸い、と言っていいのか、この世界ではダーニックの素性は知れ渡っていない。魔術協会は存在しない。
今の自分のロールは大学の客員教授、期間中に仕事はない上に十分な貯蓄は存在した。動くための制限は殆どない。
このロールは好都合ではあるのだが、こんな采配を受けるなら特製の魔術礼装の一つでも持ち込みたかったものだ。
「……フン」
非常に気に食わないが、受け入れるほかない。
ダーニックは己の身に降り掛かった理不尽をようやくすべて飲み下し……背後へと声をかける。
自分が苛ついている原因の一つである、あまりに貧相なサーヴァントへと。
「出てこい、アヴェンジャー」
「……どうやら落ち着いたようだな? 意思は固まったか、マスターよ?」
ふてぶてしくソファーに座っているのは、フォーマルなスーツ姿の青年だ。
二十代の日本男性であり、それと言って特徴のない見た目ながらも不敵に笑っている。
「誠に残念だが、私を召喚してしまった以上、お前は私を使って戦うしか無いわけだ。
冠位、とやらは最高峰の魔術師の称号なのだろう? そんな偉大な魔術師が召喚したのが……ご覧の通り。
箸にも棒にもかからない、神秘の欠片もない現代生まれの若造だったのだから、全く。
その内心をお察しするよ、叶うのならばその令呪で自害を命じたいくらいだ、そうだろう?」
「よく言ってくれる……貴様に自害を命じることはできない。
そんなことをすれば手駒が減るだけ、そして何より……貴様にはその第三宝具があるからな!」
「そうだ。お前が私を殺せば、この宝具は私の意志に関わらず必ず発動する。そうすれば、お前は詰むだけだ……。
だが、お前は私に感謝するべきだ。私はお前の交渉力を評価しているし、私を自害させよう自力で再起することも不可能ではない。
そう考えたからこそ、全てのステータスを自発的に明かしたのだからな」
端的に言えば、このアヴェンジャーはただのテロリストだ。
現代において一つの都市をまるごと人質にとり、政府に対し前代未聞の要求を通すことに成功した、たったそれだけの男。
無論戦闘能力など真っ当な英雄に比べれば期待するべくもない、供給が必要な魔力もなんと小さなことか。
本来の運命においてダーニックが召喚すべき大英雄と比べれば1割にも劣る、そんな存在。
だがそれでも、使い道はある。
そう判断したからこそ、ダーニックはこうして声をかけた。
間接的に殺害する方法ならいくらでもある、しかしダーニックはこのサーヴァントを『使う』ことを決意した。
「貴様を使ってやろうではないか。業腹だが……ある一点、一点において、貴様は認めるに足る存在だ」
「そう言ってくれると思っていた。そうだろうとも、お前は魔術師でありながら弁舌と交渉の力を誰よりも知る男だ。
そして、この聖杯戦争において今必要なのは暴力ではなく、まさにそういった力だ。
それを顧みれば、私の持つ力をお前は正しく運用することができる」
既に、2人は脳内で同じ作戦を思い描いていた。
このあまりに広大にして多数の参加者を抱える聖杯戦争、それに勝ち残る方法を。
ダーニックは憮然とした顔で、アヴェンジャーはどこか愉快そうに、互いに言葉を繰り返していく。
「この聖杯戦争の形式において、真っ向から勝負するのは愚策だ。
たとえどれほどの大英雄を抱えようとも……何十戦もの戦闘を、サーヴァント同士の戦いを繰り返すのは、もとより現実的ではない」
「無論天運が不要とは言わないが……賭けの要素をある程度排除する必要がある。
そして排除できる最も多くの母数を持つ要素が『戦闘回数』だ。通常の聖杯戦争、7騎で争うという形式とは全く真逆。
この戦場では相争う敵を率先して落とす必要はどこにもない。必要なのは情報とコネクション。そしてそれらを安全に集める環境」
「戦闘力に乏しい、あまりに乏しい貴様を引いたことで、戦闘を避けるという方針はいよいよ極まった。
だが、ここまで極まったのなら……むしろ早々に動けるというもの」
「私もお前も、人の心に潜り込むことには慣れたもの。そしてこの聖杯戦争はあまりに多種多様な人間を集めすぎている。
歴戦の傭兵はいるだろう、強力な魔術師もいるだろう、得体の知れない人外だっているかもしれない。
だが、それと同じくらい、世間を知らぬ無力な子供がいるはずだ。現実に挫けた大人がいるはずだ。利益で交渉できる同業者がいるはずだ」
「貴様はあまりに弱い、だが、この弱さは利点に反転することもできる。私がマスターであるのなら……」
「そう、私はお前の持つキャパシティの何割も専有していない。冠位の魔術師殿にとって、支えるコストはあってないようなもの。
さて、今一度
ルールを確認してみよう……どうやらこの聖杯戦争において、令呪の移譲やサーヴァントとの再契約は、任意に行えるらしいな?」
アヴェンジャーがニヤリと笑う。
それを見て、ダーニックにもようやく微かに笑みが戻った。
この雑魚サーヴァントは存在そのものが汚点だが、しかしその思考傾向はよく似ている、そしてこちらの思考に追いついてくる賢さがある。
展望が見えたことにより、ようやくダーニックにも余裕が戻った。
本当の意味で余裕がある訳では無い、しかし、例え無かろうと不敵さを崩してはならない。
ここからはより一層、そういった振る舞いが必要となってくるからだ。
「サーヴァントを奪う。時間をかけ根回しを行い、参加者とコネクションを築く。特に争いを好まない層を狙えればいい。
最上であれば、交渉のみでサーヴァントを譲り受けることが可能だろう。得るサーヴァントについては吟味を重ねる。『本戦開始後』が最も望ましい。
100騎以上の参加者から残ることのできる要素の存在する、強力なサーヴァント。それを得るのが最終目標となる」
「困難な交渉となる。多数の目がある中、多角的に観察される中で交渉を続けるというのは露見のリスクが非常に高い。
サーヴァントの中には話術、交渉系統のスキルを持つものもいるだろう。だが、しかし。
私は交渉系統の『宝具』を所有している。スキルより格上である以上、高ランクの話術を持った相手にも負けるつもりはない」
「貴様の持つスキル、そして宝具……その全てがこの方針に最適だ。
何より貴様も、勝利して得るべき欲望がある。我々は、互いに足を引っ張り合う理由は、ない」
「よく言うものだ、今もプライドが傷ついて内心ズタズタだろうに。私とお前の関係は私が一方的に得をする立場だ。
貧弱な私は勝ち残るのにお前のような強力なマスターと必要とする反面、お前は貧弱なサーヴァントなど本来求めていなかったのだから。
だが、それをこそ評価しよう。そう言えるのなら……今後に一切不安はない。そうだろう、我がマスターよ」
アヴェンジャーが手を差し伸べる。
ダーニックがそれに応じる。
それはあまりにも反目する者同士の、純然な利益のみを計算した同盟だった。
互いの能力のみを評価し、それ以外を見ることはないという暗黙の了解だった。
「喜ぶがいい、『魔王』はこと策謀において、何一つ仕損じたことがない。
命をもってしても、必ずや目的を成し遂げる。おれは、そういうサーヴァントなのだからな」
「貴様の持つ全ての能力を、私のために使うがいい。我々は運命共同体だ。
例え何を為そうとも、最後に立っているのが私達であればいい。精々私の機嫌を取ることだな。
魔王 鮫島恭平」
【クラス】
アヴェンジャー
【真名】
魔王 鮫島恭平@G線上の魔王
【パラメーター】
筋力D 耐久E 敏捷C 魔力D 幸運A 宝具D
【属性】
混沌・悪
【クラススキル】
復讐者:A
復讐者として、人の怨みと怨念を一身に集める在り方がスキルとなったもの。怨み・怨念が貯まりやすい。
周囲から敵意を向けられやすくなるが、向けられた負の感情はただちにアヴェンジャーの力へと変わる。
魔王の名が意識されればされるほど、自身のスキルと宝具の効果が高まっていく。
忘却補正:B
人は忘れる生き物だが、復讐者は決して忘れない。
時がどれほど流れようとも、その憎悪は決して晴れない。たとえ、憎悪より素晴らしいものを知ったとしても。
忘却の彼方より襲い来るアヴェンジャーの攻撃はクリティカル効果を強化する。
魔王の場合、自身の策略によって得る成果がランクに応じ一定確率で跳ね上がる。
自己回復(魔力):E
復讐が果たされるまでその魔力は延々と湧き続ける。魔力を微量ながら毎ターン回復する。
生憎と生前は魔力なんてものとは無縁だったため申し訳程度のもの。
【保有スキル】
諜報:A
気配を遮断するのではなく、気配そのものを敵対者だと感じさせない。
親しい隣人、無害な石ころ、最愛の人間などと勘違いさせる。
ただし直接的な攻撃に出た瞬間、このスキルは効果を失う。
鮫島は諜報専門の傭兵として数多の潜入工作を経験しており、テロの最中でさえ彼についての事前情報を持たない相手に疑われることはなかった。
彼の存在を告発することができるのはそれこそ、強力な因縁を持つ相手のみである。
軍略:C-
多人数を動員した戦場における戦術的直感能力。自らの対軍宝具行使や、逆に相手の対軍宝具への対処に有利な補正がつく。
作戦中に危機的瞬間を迎えようとしている時、それを直感的に感じ取り即座に修正する。
魔王は作戦中に遊びを織り交ぜてしまう悪癖があり、これにより自ら危機を呼び込む要素があるのでマイナス補正がついている。
しかしそれらのマイナスによって魔王が作戦を仕損じたことは生前において一度もない。
邪智のカリスマ:C
国家を運営するのではなく、悪の組織の頂点としてのみ絶大なカリスマを有する。
魔王にとって組織とは自身の目的を達成するための道具でしかないが、裏稼業に属する人間や自身が手懐けた『坊や』から絶大な信頼を得る。
【宝具】
『G線上の魔王』
ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:1 最大補足:1人
魔王の復讐心の源泉である旋律の名を冠する、悪魔的手腕と称された魔王の天才的交渉力そのものが宝具化したもの。
嘘を嘘と認識することなく会話を行える境地に達している魔王は交渉において偽りを看破されることがない。
こと交渉においては高ランクの交渉系スキルを持つ相手にさえ優位を得ることができる。
『魔王』の名において宝具化したことが影響し、彼の行う交渉には魔術的誓約の要素が付与されセルフギアス同様の強制を可能とする。
また対象が大人ではない未成年であった場合、対象の精神を『坊や』に改変する判定を行う。
対象が社会に何らかの不満を抱える抑圧層であった場合この判定はほぼ確定で成功し、『坊や』は魔王の手駒となり、アライメントが悪属性となる。
本来は数日、数週間をかけて行うべきマインドコントロールだが宝具化したことによって過程を省略し施せるようになった。
『坊やたちの国(ネバーランド)』
ランク:E++ 種別:対都市宝具 レンジ:1~99 最大補足:100000人
数百人の『坊や』たちを富万別市に引き入れ暴徒化させ都市を崩壊させた逸話の具現。
『G線上の魔王』によって支配した『坊や』たち全てをEランクのステータスを持つサーヴァントとする。
そして全員にEランクの単独行動、気配遮断、狂化スキルを付与する。
都市を対象に宝具を発動した場合、全ての『坊や』は即座に都市に集い、欲望と衝動のままに破壊活動を始める。
対都市であり、対マスター、対民衆宝具。生み出される光景は現代における地獄そのもの。
より現代に近く、非力で、善性を持つものであればあるほどこの宝具は効果を発揮する。
またこの宝具は生前の魔王にとってはあくまで目的を引き出すための交渉手段に過ぎず、これもまた分類上は『交渉』に属する。
魔王はこの宝具を発動中交渉の成功率が格段に上昇し、交渉相手から通常ではありえない対価を引き出すことができる。
『最後の試練』
ランク:D 種別:対人宝具 レンジ:1 最大補足:1人
この宝具は魔王の死と同時に発動する。
魔王は死と同時に『受肉』し、その遺体は消滅せず残存する。
そして魔王を殺害した対象は、世間に『殺人犯』として認知されるようになる。
尚サーヴァントによる殺害だった場合、マスターも同様に認知され、令呪による命令の果てに死んだ場合命令者を対象とする。
生前の魔王が『勇者』の少女と『勇者の仲間』の少年にしかけた最後の罠。その幸福を阻む、命を擲った悪辣なる試練。
【weapon】
傭兵としての基礎能力、しかし生死のやり取りの最中遊びを交えてしまう悪癖があり、自分は戦闘には向かないという自覚がある。
本領は弁舌、交渉能力であり、一見純朴で善良な少女でもその無知に付け込み悪の芽を出させてしまう。
【人物背景】
『G線上の魔王』における黒幕。
詐欺によって5000万の借金の保証人にされた彼の父親は苦悩の果てに詐欺師の男たちを縊り殺し、死刑判決を受けた。
当時一介の留学生でしかなかった鮫島恭平は、父を必ず救い出すと約束し力を求め始める。
その後数奇な運命により傭兵斡旋業者の口車に乗り傭兵となり、アンダーグラウンドに数多のコネクションを築いていった。
しかし傭兵などという狂った環境に身をおいたことによって、恭平の倫理は狂っていった。
何故あんな悪党を四人ほど殺しただけで父が死刑にならなければならないのか。
義憤は狂気によって反転し憎悪となった。恭平は父のためならば文字通りあらゆることを成す『魔王』となった。
十年後、魔王は数十人程度の傭兵仲間と、集めに集めた『坊や』たちを使い、日本にて前代未聞のテロを敢行。
囚われている政治的過激派の開放を装い、その中に父の名をさり気なく混ぜ、その要求を政府に通し父の開放を遂には成功させた。
この物語には『勇者』である少女が大いに関係しているのだが、ここでは割愛する。
生前の鮫島恭平にはわずかに倫理感が残っていたが、復讐者となった魔王には最早それも存在していない。
魔王という称号からサーヴァント化したことによりわずかばかりの人外の戦闘力は有しているが微々たるもの。
サーヴァントとしては最弱層の上の方に入るだろう。
【サーヴァントとしての願い】
父の蘇生
【マスター】
ダーニック・プレストーン・ユグドミレニア@Fate/Apocrypha
【マスターとしての願い】
聖杯を手にし、一族に未来を
【能力・技能】
冠位の魔術師。実際は色位相当だが、それでもアポクリファにおいて赤のマスター全員を相手にして勝算があると言わしめるほど。
しかし本領はその弁舌力であり政治力。『八枚舌のダーニック』の二つ名を持つほど、この男は権力闘争を得意とする。
【人物背景】
Apocrypha世界においては冠位を持つ最上位の魔術師。
人間でありながら他者の魂を直接喰らうという規格外の魔術を使い延命しているが、その結果元々のダーニックの人格は既に無い。
冬木の大聖杯を奪い、60年の下準備をかけてルーマニアで聖杯大戦を起こすはずだった男。
しかしこの異世界に招かれたことによって用意していたすべての準備は元の世界に置き去りになってしまった。
加えて召喚したサーヴァントがとんでもない雑魚であったことに憤死しそうになる。
しかし弁舌と交渉を武器とするダーニックは、鮫島の能力と提案を聞いてこれはこれで使いようはある、とひとまず納得した。
今はこの聖杯戦争に勝ち残るために思考を切り替えている。
【方針】
諜報と交渉、コネクション作りに徹する。
人のよさそうな雰囲気で危険度の低い陣営に干渉し、勢力を形成するための環境を吟味する。
十分な信用を得た上で強力なサーヴァントを探し、『譲り受ける』。
ダーニックは魔王をいずれ切り捨てるつもりだが魔王もそれは承知の上で、ギリギリまで自分の力を必要とする展開になるよう調整するつもりである。
【備考】
大英雄をも平然と支えうる冠位のマスターにクソ雑魚一般人をあてがうという尊厳凌辱。
しかしこの聖杯戦争のルールでは一人のマスターが複数のサーヴァントを抱えることも可能であり、魔王の普段の燃費は石ころのように軽い。
重い宝具は『坊やたちの国』の最大展開くらいのものであり、こんな思い切った状況下に追い込まれたことにより、ダーニックは逆に吹っ切れた。
他のマスターのサーヴァントを奪うという方針を開幕から決定づけたことにより、この交渉と政治力に特化した主従は早急に動き始める。
もし本戦まで生き残っていたのなら……盤上の糸を1手に握る存在となりかねないだろう。
最終更新:2022年08月15日 16:03