夕焼けの空の下。
新し過ぎもせず、古過ぎもしないアパートの一室で、痩身の男が膝を抱えて震えている。
ああ、怖い。怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
その男は全てが怖くてたまらなかった。
買い物かごを下げて道をゆく老婆が、風に吹かれて夕日にかかる雲が、退屈そうに欠伸をする野良猫が――
男はずるり、と異常に長いマフラーを手繰り寄せる。
ずるり、ずるりとマフラーは彼の顔を覆い、瞬く間に男の身体は繭のようにマフラーで雁字搦めになる。
すると、がちゃり、という音がして、アパートの扉が開いた。
男は震えながら、マフラーの隙間を指でこじ開け、玄関口の方を窺う。
そこに立っていたのは、赤いロングヘアーを三つ編みにまとめた美女だった。
黒いコートを着たその美女は、ふう、とため息をつき、靴を脱ぎ始める。
それを見た男は身動ぎをし、膝を痣ができるほどさらに強く抱え込み、目を眼球ごと押しつぶすような勢いで閉じた。
「ただいま、バーサーカー。今日はネギとニンジンが安かったので買ってきたよ。鍋にするから、一緒に食べよう」
赤髪の女性は平然と団子のようなマフラーの塊に近づき、先程『バーサーカー』と呼ばれた男の入ったマフラーを指先で突く。
すると、そのバーサーカーは蚊の鳴くような声で何かを呟いた。返答だろうか。
女性はマフラーに耳を近づける。
「……そ、そんなこと言って、お、俺を食べる気か!? おっ、お前の手口は分かってるんだ!!
かつて魔武器を喰った俺を喰うことで、お前も鬼神になる気なんだろ!!!!」
男は突如身体を包んでいたマフラーを破き、狂気と猜疑心の入り混じった殆ど悲鳴のような声でそう絶叫した。
「いや、食べないよ? お野菜切らないといけないから、バーサーカーも手伝って下さい」
女性はバーサーカーの様子に特段の感情を見せるでもなく、台所で手を洗い始める。
「うぅ……何でお前は狂気に染まらないんだよぉ……」
男はそう言うと、再び膝を抱え、マフラーを手繰り寄せ始めた。
男の名は『阿修羅』という。
いや、阿修羅は正確な名ではない。
正しく彼という存在を言い表すのであれば、こう言うのが一番だろう。
『鬼神 阿修羅』。
鬼神とは、己の弱さに負け、本来であれば禁忌とされる『善人の魂』を乱獲、その身に取り込んだもののことである。
弱いものは強さを欲する。力への渇望は、狂気へと変貌し、狂気は他の全てを否定しつつ伝染していく。
阿修羅は、世界で初めてその『鬼神』となった存在である。
異常な猜疑心と恐怖心から、この世の全てを信じず、恐怖し、そして他者をも自身の狂気へと塗りつぶしてきた。
だが、この女は――――
阿修羅が異界東京都へと招かれ、初めて会ったのが、この『マキマ』という女であった。
彼女は、誰が見ても異様な風体の阿修羅へと臆すことなく近づき、あまつさえ友好関係を結ぼうとしていた。
ああ、怖い。
阿修羅には訳が分からない。
時間が経って、阿修羅の狂気が伝染し、恐怖心を喪失したのなら分かる。
吹き上がる恐怖心を抑え、無理やり平常心を保とうとしているのなら分かる。
しかしこの女はどうやら、本心から臆さず、疑わず、染まらず、ただひたすらに阿修羅を自身のサーヴァントとして扱っているようであった。
阿修羅は震える。
目の前で、鼻歌を歌いながらネギを切るマスターの心情が分からない。
やはりサーヴァントである自身を逆に喰い、『鬼神』になろうとしているのか……?
理解できないならば――
理解できないならば、いっそこの世界から消してしまえばいいのでは……?
阿修羅の腹中にふっと思案の火が灯る。
今ならマキマは料理にかかりきりで台所の方を向いている。
彼女が魔術師としてどのような力を持っているかは不明だが、令呪を使わせる暇もなく首を落とすことなど容易い。
阿修羅は熱に浮かされたかのように、コンロに鍋をかけている彼女の首へと伸びる手を抑えることができなかった。
「ダメだよ」
残りコンマ1秒でマキマのうなじに手が触れるか触れないか、というところで阿修羅の手が止まる。
見ると、マキマが包丁を手にこちらを向いて微笑んでいた。
「ダメ。分かった? 返事は『はい』か『ワン』だけ」
それだけ言うと、マキマはまたくるりと振り返り、楽しげに野菜を切り始めていた。
ああ、本当に――――
阿修羅は何も言わず、もとい何も言えず、そのままきびすを返すと再び部屋の隅で体育座りをし、またブツブツと取り留めのないことを呟き始めた。
【クラス】
バーサーカー
【真名】
鬼神 阿修羅@SOUL EATER
【ステータス】
筋力:C+ 耐久:B+ 敏捷:A++ 魔力:A+ 幸運:E 宝具:A++
【属性】
混沌・狂
【クラススキル】
狂化:EX
筋力と幸運を除くパラメーターを2ランクアップさせるが、理性の大半を奪われる。
規律を否定し、ありとあらゆるものに怯える狂気の化身。
【保有スキル】
気配遮断:B
サーヴァントとしての気配を絶つ。
完全に気配を絶てば発見することは難しい。
精神汚染:EX
精神が錯乱している為、他の精神干渉系魔術を完全にシャットアウトする。
ただし同ランクの精神汚染がない人物とは意思疎通が成立しない。
また、長時間バーサーカーと接していた対象は、確率でEランク相当の精神汚染スキルを獲得する。
対英雄:C
英雄を相手にした際、そのパラメーターを1ランクダウンさせる。
ただし、反英雄には効果がない。
【宝具】
『魂喰い(ソウル・イーター)』
ランク:A++ 種別:対軍宝具 レンジ:1~10 最大捕捉:∞
善悪問わず魂を乱獲する、力への渇望へと負けた者の力の在り方が宝具へと昇華されたもの。
レンジ内に存在する全ての魂を持つ存在に対して魂喰いを行う。
サーヴァント及び契約済みのマスター、そして彼らと深い繋がりを持つものでなければその魂は吸収され、バーサーカーの糧となる。
また、発動範囲を意図的に抑えることによって、魂の選別を行うことも可能。
【weapon】
体内に仕込んだ金剛杵。
宝具による魂喰いによって段階的に強化される。
【人物背景】
世界で最も初めに生まれた『鬼神』。細面とも言える普通の男性だが、髪に目の模様があり、第三の眼が額に開いている。
元は猜疑心の塊のような人間であり、パートナーの魔武器ですら信じられなかった。
死の恐怖から逃れるために武器に善人の魂を食べさせ、さらに武器すら食べてしまった結果、鬼神となった。
猜疑心のため、何十枚と重ね着をしているが、それは精神の安定のためであるとのこと。
顔に巻かれたマフラーをはじめとして、眼があしらわれていることが多い。
素顔だと普通の冷静な口調なのだが、隠すと極端にハイになる。
また魂を喰らう時はおぞましくも歯をむき出しにし、顔の造形が簡単に変わる。
【サーヴァントとしての願い】
恐怖から逃れたい。
【マスター】
マキマ@チェンソーマン
【マスターとしての願い】
???
【能力・技能】
支配の悪魔としての権能。以下の4点が確認されている。
なお、一番上の圧殺能力については、サーヴァントやマスターには効かないようである。
- 条件付きで対象を圧殺
- 不死性
- 指鉄砲で物を抉る
- 下等生物を操る
【人物背景】
公安退魔特異4課のリーダー。
内閣官房長官直属のデビルハンター。
狂気の否定者にして、世界平和を目指す女性。
【方針】
不明。少なくとも前奏段階が終わるまでは目立つことはしないようだ。
最終更新:2022年08月18日 19:54