医療産業機関ブロック・ケミカル・インダストリーズの上級執行役員、フレデリック・ハマーン。
 それがある男に与えられた『ロール』であり、そしてそのロールは元の世界においても馴染み深いものだった。
 その名と地位を使い、数十年を費やし日本のある地方都市を屈指の医療産業都市として発展させた。
 男は魔人だった、数十数百の命を縊り、貪り、己の力とする恐るべき人外だった。
 されど気ままに世界を蹂躙する人外たちの中でも類稀なる組織運営と経済センスを見込まれ、その組織維持を一手に引き受けている存在でもあった。

 聖槍十三騎士団黒円卓第十位、ロート・シュピーネ。
 彼は既に本来の名を忘れ数多の偽名をその身に重ねていたが、その中でも真実の名を示すならばこれこそが彼の名前だった。

「聖杯、と来ましたか。なんともまあ……」

 彼にとってその単語は同胞であり何とも油断ならない男を想起させるものだった。
 しかしここは諏訪原ではなく、同胞たちの気配もまた、ない。
 そして、信じがたいことではあるが。
 その身に刻まれた『聖痕』からは、主たる黄金の獣との繋がりが薄まっているのを感じていた。
 それは、シュピーネにとって好機であった。

「完全なる異世界とは信じ難いことですが、確かにこの場においてはハイドリヒ卿の威光さえも届いていない。
聖杯を手にしてしまえば、諏訪原に戻らなくとも良い? あの栄光と恐怖の席を忘れ、誰に支配されることも無くなると?
それは――なんと素晴らしい」

 思わず愉悦の笑みが溢れた。
 この異世界に自分同様招かれたというたかが数十人、百人ぽっちを縊れば、その権利が与えられるという。
 英雄、サーヴァントとやらがどれほどのものかは知らないが、仮に脅威であったとしても、非力なマスターを殺してしまえばいい。
 シュピーネには自負があった、自身は聖杯に招かれしマスターの中でも上澄みであると。
 恐らく、創造位階に至っている自身の同胞、あの化け物どもは、サーヴァントとして召喚されるのが相応しいのだろう。
 しかしシュピーネは形成位階、それほどの力はない。
 そして今、それほどの力がなかったことが、有利に働いている。

「聖杯を得て、私は新たな人生を始める。私の頭を押さえつける化け物共のいない平和な世界で。
私は思うままに殺し、犯し、奪う! ああ、なんと甘美な夢でしょうか……これは半世紀を雌伏に費やした私への恩寵に他なりません。
柄にもなく、神とやらを信じてもいい気がしてきましたよ」

 典型的な殺人狂の精神と、典型的な俗人の精神を併せ持つ男だった。
 その悪しき欲望は、それを求める意思だけを問うのならなるほど大したものだった。

「いいでしょう。乗って差し上げますよ。聖杯とやらもまた、私にそれを期待しているのでしょう。
ならば私は期待通りに振る舞い、そして願いを手にする! では、英霊召喚とやらを試してみましょうか……」

 シュピーネは聖杯に刻まれた知識の通りに召喚の準備を始める。
 自らの操る聖遺物『辺獄舎の絞殺縄(ワルシャワ・ゲットー)』で、召喚のための方陣を床に刻む。
 どうやら召喚されるサーヴァントは自身の性質に近しい存在が選ばれるらしいが、そこのところはどうでもいい。
 身の程をわきまえるのならビジネスパートナーとして付き合えるだろうし、そうでなくとも令呪がある。
 これを用いて支配することに、何の躊躇いがあろうか。

 聖遺物に蓄積した魂を捧げ、召喚を実行する。
 未来への展望に、シュピーネの口元は思わず釣り上がった。
 魔力が吹き荒れ、それが何らかの形を成していく。

 その過程をシュピーネは愉悦の中観察し――そして、その口元は凍りついた。

「な、んだ? なんだ、これは……」

 馴染み深い気配だった。
 シュピーネにとってあまりにも馴染み深い、そう、それは修羅の気配。
 まるで黄金の獣に付き従う三人の大隊長の如き、戦場に狂った存在の影。
 それに匹敵する力の本流。

 まさか、まさかまさか。
 シュピーネは自身の右手の令呪を直視する。
 自身に刻まれたルーン、獲得(オセル)の刻印を模した令呪。
 サーヴァントは縁によって召喚される。
 ならば、このサーヴァントが辿った縁とは自身ではなく、自身に刻まれた黄金の獣の――

「や、やめろォ! 来るな! 来るな!」

 もう、召喚は止まることはない。
 シュピーネは後ずさりながらも令呪を掲げる。
 その展開によっては即座に令呪による隷属を命じることを想定し、そして、召喚されたものを見た。

「――俺を地獄から引きずり上げたのは、お前か。ニンゲン」

 それは、黒き鋼鉄だった。
 総身鋼の肉体を持つ偉丈夫は、シュピーネの知る黒騎士を連想させるものがあった。
 だが少なくとも同胞ではありルーツを同じくする魂を持っていた黒騎士と違い、この存在は根本から人間ではない。
 シュピーネの感じる恐怖は、それが『人類への脅威』たる存在故のもの。
 その実力差を前に恐怖に顔を引き攣らせたシュピーネを意にも介さず、サーヴァントは名乗りを上げた。

「我が名はブーメラン。魔族の戦士。そして今はサーヴァント・フォーリナー……とやららしいぞ。
ふん……戦いの果てに地獄へと落ちた俺がニンゲンの隷下とはな。なるほど、これも地獄としては間違ってはいないのかも知れん」

「戦いの果て……地獄……ああ、なんということだ……ハイドリヒ卿、貴方の意思はこうも私の願いの前に立ち塞がるというのかァ!?」

 ああ、これは駄目だ。
 これはあの恐るべき怪物たち、修羅道の申し子たちと同類だ。
 決して相容れぬ恐怖の象徴だ。
 確かに武器としてはこれ以上ない存在かもしれない。
 しかしシュピーネは既に、この存在を支配する自信を喪失していた。
 こんなものが、思い通りに動くはずがない。

「成る程。どうやら妙な外法でかさ増ししているようだが、貴様は戦士ではないな。
小賢しい策を弄するものの気配……アルハザードの同類か。俺の前に立ち塞がる資格を持つものは、強き戦士に他ならん」

「クッ……」

 やはりそうだ、そう来るか。
 このような相手に交渉は通じない、力こそ全て。
 シュピーネは歯噛みしながらも令呪へと魔力を込める。
 果たして一画で機能するか、二画以上必要かもしれない。
 それでも死ぬよりはマシだと、シュピーネはその腕を掲げようとして。

「逸るな、誇り無きニンゲンよ。俺は、お前の思惑などどうでもいい」

 それに対し、鋼鉄のサーヴァントは憮然と言い放った。
 それを聞いて、シュピーネの動きが止まる。

「どうやらお前は俺を言葉の通じない存在だとでも認識しているらしい。そしてそれは、別に間違いでもないが。
俺はお前に対して興味がない。本来お前のような誇りなきものにかける慈悲はないが、此度においてお前は俺の要石であるらしい。
であるならば、興味のない上司に従うのは慣れている。お前が俺の要求を満たすのなら、お前はその令呪を切る必要はない、というわけだ」

「……ほ、ほう。それはそれは……して、その要求とは?」

「無論、戦場だ。強き好敵手を望むことができる戦場こそ、俺の求めるもの。
俺は既に戦場に果て渇きの満ちることを知った残骸に過ぎないが、こうして再び形を得た以上はまた渇きを満たすべく戦い続けるのみ。
聖杯を目指すのなら、敵を潰すのはお前にとっても悪いことではないだろう」

 それは、シュピーネにとって望外の展開だった。
 まるで言葉の通じない修羅であると思った相手に、交渉の余地があったのだ。
 そして打診されたのは、至極まっとうな兵士と兵站の関係性。
 この存在は、戦場さえ供給すればこちらに口を挟まない、と言っているのだ。


「見る限り、小賢しさが取り柄なのだろう。お前が俺の望む戦場を用意できるのなら、ある程度はお前の思惑通りに動いてやってもいい。
だが、それを満たせなかったのなら、好きにさせてもらう。邪魔立てしようものなら、後は言うまでもないだろう」

「なるほど……なるほど。それが真実であれば、貴方と私は手を取り合うことができる。
いやはや貴方の同類を数多く知る身としては交渉の余地などないと思っていましたが……私の見識も未だ狭かったようだ。
よもや元が人間であった修羅よりも、生まれついての修羅、人ならざる鋼鉄の存在のほうが理性的であるとはね」

 シュピーネは歪な笑みを取り戻した。
 ――勝った、彼はそう感じていた。
 黒円卓の大隊長にも匹敵する力を武器として行使することができる。
 その武器は望外に物分りがよく、戦場があればそれでいいという。
 全く、ベイやマレウスなどよりもよほど扱いやすい。
 召喚の瞬間こそ絶望しかけたが、何とも好相性ではないか!

「では、貴方とはビジネスパートナーとしての関係を望みましょう。
私と貴方は相容れない、それは事実です。しかしそれが何だというのか。
貴方は自身の望みのためにそこから目を逸らす度量を持っている、そして私もまた」

「――一つ、忠告しておこう。お前は戦士ではない」

 気分良く語るシュピーネを前に、ブーメランは言う。
 シュピーネはそれに疑問符を浮かべた、それが何だというのか、言われるまでもない。
 自分はあのような戦争狂いではない。

「お前はお前の本領を自覚している。だが、自覚して尚滲み出る愉悦を抑えきれていない。
生き長らえたいのであれば、覚えておけ。戦士でないものが戦場に身を晒せば、死ぬぞ。
お前はニンゲンにしては多少強靭なのだろうが、所詮はその程度だ。蜘蛛は蜘蛛らしく、巣を張り待ち構えていればいい」

「……ええ、理解していますとも。ご忠告、ありがたく。
では貴方は戦いを、私は情報を。それでよろしいですね、フォーリナー?」

「理解している、か。ふん、どうだかな。まあいい、さっきも言ったが、俺はお前に興味がない。
俺を動かしたいのであれば、それに足る材料を提示しろ。ニンゲン」

 その言葉の意味を、果たしてシュピーネが正しく理解したのか。
 しかし当面の間問題はないだろう。
 シュピーネは首尾よく強力な武器を手に入れ、裏方仕事に専念することができる。
 それはある意味理想的なマスターとサーヴァントの関係であり、それを維持し続けられるのならばこの主従の質の高さは屈指のものだった。

 そう、維持し続けられれば。
 もしもシュピーネの『危機感』が薄れ、自ら撃って出ようとしたならば。
 彼の『自壊衝動』が限界に達した時こそがこの主従が崩壊する時であり、その時までに聖杯を手にできるかどうかは、シュピーネの手腕次第だった。


【クラス】
フォーリナー

【真名】
ブーメラン@ワイルドアームズ アルターコード:F

【パラメーター】
筋力A+ 耐久A++ 敏捷A 魔力C 幸運B 宝具B

【属性】
混沌・中庸

【クラススキル】
領域外の生命:A
外なる宇宙、虚空からの降臨者。
ブーメランは別次元に存在する魔星ヒアデスより地球に飛来した侵略者『魔族』の高位戦士である。

狂化:D+
理性と引き換えに驚異的な暴力を所持者に宿すスキル。
身体能力を強化するが、理性や技術・思考能力・言語機能を失う。また、現界のための魔力を大量に消費するようになる。
言語機能に問題はなく、筋力と耐久が上昇している。
ブーメランは戦闘狂であり、血湧き肉躍る戦闘を続けるほど強化値が高まっていき、最大でBランク相当の強化が入る。


【保有スキル】
魔族:A-
鋼鉄の肉体に水銀の血潮を持つ、人類種の天敵。このスキルの持ち主は『人類への脅威』属性を持つ。
ブーメランはその戦闘力のみを見れば魔族の大幹部である終末の四騎士に匹敵するが、『同族殺し』『処刑人』の忌み名を持ち嫌悪されていた。

満たされぬ渇き:A
アヴェンジャーのクラススキルにも似た、決して満たされぬことのない戦いへの欲望。
この渇望が満たされるのは唯一、強き敵対者によって自身が死を迎え、戦場に燃え尽きた時のみ。
本来はEXランクだが、ブーメランは一度死を経験し渇きが満たされた瞬間を認識しているため、生前と比べランクは下がっている。
ブーメランの放つ飽くなき戦いへの欲望の気配は、周囲の存在も巻き込み戦闘の機運を高めていく。

戦場の鬼:EX
個人の武勇により戦場にいるもの全てを奮起させるスキル。本来の能力を超えて自身と、更には相対する敵さえも強化する。
ブーメランは戦場を求めて流離う鬼、戦鬼である。相手を高め、さらに己を磨く戦いこそが彼の本懐であり、飢えを満たすための手段でもある。
所謂ミックスアップ効果を生み出し、自身の全力と敵の真価を引き出す。

【宝具】
『孤高煌めく月狼牙(クレッセントファング)』
ランク:C+ 種別:対人宝具 レンジ:1~5 最大補足:50人
ギミックによって剣の形状とブーメランの形状に可変する武装。
魔族は『生きた金属』によって肉体を構成しており、それによって形成された武装もまた彼の体の一部に等しい。
ブーメランと数多の戦場を共にしたこの武装はブーメラン同様戦闘を重ねるごとに徐々にスペックを増していく。
またこの宝具は『再戦』の逸話を持ち、一度のみ『好敵手』を認めることにより対象との再戦が成されるまで同ランクの戦闘続行スキルを互いに付与する。
『俺は必ず帰ってくる…』

【weapon】
クレッセントファング。
剣形態とブーメラン形態を使い分け、時に体術と併用する。

【人物背景】
戦鬼として戦いに生き、そして駆け抜けた男。
魔族でありながらその種族としての野望に興味はなく、裏切り者や任務失敗者を始末する『処刑人』『同族殺し』の汚名も気にすることはなかった。
ブーメランにとって重要なのは己の戦いへの欲望を満たすことのみ。
戦闘狂だが目につく敵全てを破壊するような存在ではなく、彼なりの美学が存在する。
壁として立ち塞がりながらも決着をつけることなく好敵手にもっと強くなることを望むなど、勝利ではなく戦いそのものへの執着が見て取れる。
彼は生前の象徴として『欲望の守護獣ルシエド』が付き従っていたのだが……彼は死の直前自身の渇きが満たされたのを認めルシエドに別れを告げた。
よってルシエドは宝具化しておらず、彼の最終形態である『ブーメランフラッシュ』と『魔剣ルシエド』は所持していない。

【サーヴァントとしての願い】
今の自分は戦鬼の残骸であり、生前最後の死闘は最早望むべくもない。
しかしこうして仮初めの体と意思を取り戻した以上やることは変わらない。
強きものと、戦い続ける。


【マスター】
ロート・シュピーネ@Dies irae

【マスターとしての願い】
黒円卓からの逃亡

【能力・技能】
裏方仕事全般。黒円卓という組織のライフライン。
形成位階のエイヴィヒカイト。聖遺物は辺獄舎の絞殺縄(ワルシャワ・ゲットー)。
ビルをも容易く斬り裂く糸を張り巡らすことができるが、糸を切られた時点で聖遺物が破壊されたと見なされダ瀕死の重傷を受ける。
これは格上相手には致命的な弱点であり、糸を武器とすること自体が心臓を晒しているに等しい。
一般人やマスター、戦闘力のない特殊なサーヴァント相手にイキれても戦闘型のサーヴァント相手にはとてもじゃないが使えたものではない。

【人物背景】
Dies iraeのやられ役、みんな大好きシュピーネさん。
思うがままに殺戮を楽しみたいという性根の持ち主であり俗物だが、組織運営能力については破格。
裏方に徹していればこの上なく優秀であり黒円卓というガバガバ組織が半世紀も存続できたのは聖餐杯と彼の手腕によるものが大きい。
格上に媚びへつらい危険を冒さないリスクヘッジ能力はしかし、『自壊衝動』という魂の寿命により失われつつある。
Dies irae原作開始直前からの参戦。それはつまり、自壊衝動が発生する寸前ということである。

【方針】
シュピーネが地位を利用し情報を集め、ブーメランに戦場を斡旋する。
シュピーネは提供する戦場を選ぶことによってブーメランの動きを誘導できるし、その戦場に不満がなければブーメランも特に文句はない。
この方針を維持し続けることができればこの上なく凶悪な主従なのだが、果たして維持できるかどうか……。

【備考】
ブーメランは強い、超強い。素の身体能力のみでトップサーヴァント級であり、人類への脅威に相応しい強度で敵に立ち塞がる。
しかし彼は目につく敵全てを殺す戦闘狂というわけではない。彼は好敵手の存在を大切にし、成長の芽があるのなら先を譲ることもある。
それはそもそも彼と対等に戦える存在が少ないためだ。期待外れだったり強くとも誇り無き存在は戦士として認めずさっくり殺しに行くが。
彼のスキルと宝具はおおよそ『好敵手を見出す』ためのものであり、気に入った相手がいれば殺せるにも関わらず生かす可能性は大いに有り得る。
黒円卓の修羅よりは話の通じる存在ではあるが、そこに戦いの享楽は確かに存在する。
組織に属すことを良しとしても、時に自身の欲望を優先するブーメラン。
その様子を見て、果たしてシュピーネは徐々に自分の思いどおりに動かなくなっていくブーメランを許容することができるかどうか。
多分無理なんじゃないかな。

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最終更新:2022年08月18日 20:39