「本当に、それでいいの?」


異界東京都、雪積もる公園の一角。
切り取られた隔絶の静寂の中。
少女が少女に問いかけている。
問いを投げるのは巫女装束に身を包んだ少女。
腰まで伸びた黒の長髪。
明けの明星の如き碧空色の瞳。
モデルの如き完璧なプロポーション。
まるで、完成された偶像のように。
まるで、崇め奉れられた現人神のように。
まるで、神の天啓を幻視させるかのように。
少女は、アルターエゴは、眼前の只人に問う。


「私の気持ちは、変わりません。」


問いかけられたのは、只の少女だった。
何の力もない、ほんのちょっぴり正義感の強い少女。
ヒーローに守られているだけの少女。
ヒーローが戦う理由を知った少女。
橘日向。覆されて尚、何度も死の運命と言う呪縛を科せられた少女。


「私は、私の願いの為に聖杯を望みます。」
「何を聖杯に望む?」
「救けたい人のため。」


只人の少女は、答えた。
大いなる英霊、異界の英雄を前に震えを覚えながらも。
目を逸らさず、確固たる決意を秘めて。


「私を今でも救ってくれている、たった一人のヒーローの為に。」


橘日向のヒーロー、花垣武道
何度挫けそうになっても、立ち上がるヒーロー。
負けるとわかってても、立ち向かうヒーロー。
どんな事でも諦めず、彼女の笑顔のために戦える泣き虫のヒーロー。
そんな彼を救けたいと、そう願った事。


「……健気だな。そこまで惚れ込んでいるのね。」
「そうですね。自分でもこう言いだしちゃってるのが、ちょっと怖いですけれど。」


苦笑気味に、橘日向が呟く。
聖杯戦争、万能の願望器を巡り殺し合う。
願望、矜持、復讐、享楽、妄執。数多の感情が巡り混じり合う戦場に。
橘日向という一般人がそれに巻き込まれて、怖いと思わないのが不自然だ。
それと同時に、橘日向が花垣武道が思う気持ちに嘘偽りはない。


「だけど、私のヒーローは。そうだとわかっていても、行ってしまうんです。」


そう。
橘日向のヒーロー、花垣武道とはそういう男なのだから。
勝てないと、負けるとわかっていても。
誰かを助けるために立ち向かう、そんな人だから。
それは、勝てる人よりも、100倍かっこいい。


「そんな彼に、私は恋をしました。」


橘日向が花垣武道に恋をした日。
子猫を囲んでいたいじめっ子たち。
子猫を逃がすために声をかけた彼女。
泣き出しそうな強がりをする彼女を助けにやってきたヒーロー。
負けるとわかっていても立ち向かって、自分を守ってくれたヒーロー。
あの日が、橘日向にとっての恋の分岐点。


「……まるで、お陽さまのようね、マスター。」


アルターエゴが、口元を緩ませる。
橘日向を、太陽だと例える。
優しき太陽。
迷い人を導く日向。
向日葵の如き光。
ああ、確かに、ヒーローが守りたいと願っても仕方のないのだと。
その輝きは、まるで陽の巫女のような―――。


「……が。」


アルターエゴが瞳を閉じる。
静寂を裂いて、風が吹きすさぶ。
飛び散る蝶の如く、白雪が空に舞う。
刹那、アルターエゴが変貌した。
黒き髪は白へと。碧空の瞳は深紅へと。


『故に、妾は解せぬ。』


神が、降りた。
天に響き、地に木霊する。
高天原より、舞い降りる。
アルターエゴに宿る、大いなる神。
今までが鞘ならば、これは剣。
剣神・叢雲の命(みこと)。
それが、この神の名。


『貴様は太陽であるが、力あるものではない。』


神が、問う。
お前は戦う力を持たぬもの。
ただの向日葵。
誰かを支えることは出来ても、誰かと戦うことは出来ぬはず。
それを橘日向が理解ていないわけがない。
だから、問う。


『死ぬぞ。』


決意は十分、信念は十分。
だが、身に余る戦場に、余りにも力不足。
思いだけでも、余りにも足りない"戦争"では。
お前の様な木端は意図も容易く刈り取られると睨む。


神威が、暴風となり吹きすさぶ。
積もった雪が、吹き飛ぶ。
その審判に、部外者が関わるに能わず。
アルターエゴは少女をただ見据える。
剣神は少女をただ見下ろす。
叢雲は少女をただ見定める。

『力不足だと、無力だと理解した上で、挑むのか?』

橘日向にはその正義感と優しさ以外に、何もない。
守ってくれるヒーローは、今は居ない。
力もなく、ただ誇れるのは思いだけ。
思いだけでは、余りにも足りない。
それでもなお、その選択を取るのかと、神は問う。

空気が震える。神の圧が橘日向を包み込む。
これは神判。神が人に価値を見出すかどうかの判別、区別。
迂闊な問いは、即ち終わりに直結する。
だが、橘日向は、最初から答えが決まっている。
意を決し、こう告げる


「私、死ぬんです。」


その言葉に、神は僅かながら眉を動かす。


「私、十二年後に死ぬんです。――殺されるんです。」
『――なん、だと?』


神も、流石に驚きを隠せない。
未来、自らが死ぬ運命だと知っていると来た。
だが、彼女から感じるのはただの少女であること。
魔眼による未来視では全くない。
ならば何故、この女は未来に己が死ぬことを知っているのだと。
己ですら、己の死の未来を視ることなど、不可能だったというのに。
いや、あるではないか。彼女が未来を知りうる手段である人物が。
橘日向の言っていた、聖杯を願う理由に繋がるヒーロー。


「私のヒーローは、タケミチくんは、それを止める為に、未来から来たんです。」


その言葉に、神は合点が行った。
聖杯を望む根幹の理由に関わる存在、タケミチというヒーロー。
彼が、彼女の未来に待ち受ける死という呪いを解こうと足掻いているのなら。
彼女が、その事実を知ってしまったのならば。


「私だけじゃない、みんなの未来を知ってる。みんなを救けたいと思ってる。そのために、タケミチくんは必死だから。」


橘日向の声が、震える。
透明なグラスから、水が溢れてゆくように。
その瞳から雫が落ちて、降り積もる雪に消えてゆく。
孤独に戦う、彼の最大の理解者として。
未来のために、抗う彼に寄り添う者として。


「なのに私は、彼の為に何もできない…。」


それが、苦しかった。
それが、後悔だった。
逃げず、先の見えない真っ暗闇に突っ込んで、絶望と悪意に立ち向かうヒーローに。
何一つ手助けすら出来ない事が、橘日向にとっての哀しみ。
それが彼女が、ヒーローに授けてしまった愛にして哀。呪いなのだ。

「本当なら、タケミチくんの支えになれるだけで、それだけで良いなんて、心のなかで思ってた。」


俯いた顔を上げ、涙を拭う。
悲しみの涙も拭い、凛とした表情で神に視線を向けて。


「こんな訳の分からない事に巻き込まれて。私の心じゃタケミチくん頼りのままで。」


正しく歪んだ過去。異界東京都。欠けた未来。
無敵の彼は闇に落ち。
救いをヒーローは今はいない。


「私はヒーローなんかにはなれない、だから。」


橘日向は花垣武道のようなヒーローにはなれない。
橘日向は誰かのような強さを持てない。
悪く言えば他人頼りの極み。
それでも、宣言せずにはいられない。

「私は、未来に繋がる不幸の運命を全て壊す。」


もう、後には戻れない。
聖杯戦争、初めて経験する戦場に巻き込まれ。
逃げて何もかも投げ出すという選択肢もあった。
だが彼女はそれを放棄した。
橘日向だからこそ知っている、ヒーローの弱さを。
橘日向だからこそ知っている、ヒーローの諦めの悪さを。
橘日向だからこそ、ヒーローは逃げないことを知っている。


「私が、タケミチくんにとっての聖域で。」


花垣武道がタイムリープを決めた引き金。
橘日向の死を覆すため。
その願いの為に、彼は過去に、絶望に抗い続けた。
その内に、橘日向以外にも守りたいものが増えていった。
全ては橘日向という聖域が始まった事。
その愛が、ヒーローを縛っているというのなら。
その哀が、ヒーローにとっての使命であると同時に呪いとなったのなら。


「―――なら、私にとっての聖域は、タケミチくんを含めたみんなが幸せに過ごせる未来。」


だったら彼女は、橘日向は。
ヒーローですら取り零してしまった命も。
ヒーローが抱えた悲しみも。
何もかも掬い上げて直してしまおう。


「ヒーローを信じるだけの私とはもうさよなら。だから、私が――橘日向が、運命を破壊する!!」


それは、人の身が願うには余りにも傲慢。
只人が望むには余りにも重すぎる奇跡。
されど、橘日向は望んだ。
救われず、命を落とした誰かにも、救済を。
運命を他人に決めてもらう甘えは終わらせる。


「だって――」
『運命は抗うもの、だろう。』


橘日向の言葉を黙って聞き入ってた神が、割り込むように漸く口を開いた。
まるで、懐かしい光景を見るような微笑みで。
まるで、成長した子を喜ぶ母親のように。


『お前の覚悟、しかと聞き届けた。』


そして満足だと、そう表情で告げ神は去る。
白は黒へ、紅は碧へ戻る。
神は少女へと。愛宮千歌音の意識へと戻る。


「……驚いたわ、運命を破壊するだなんて言い方。本当にあの子……姫子みたい。」


アルターエゴの過去。贋作が人間になる前の記憶。
神様・叢雲でなく人間・愛宮千歌音であることを肯定してくれた陽だまりの彼女。
来栖守姫子が運命を、神の力を破壊したことで、愛宮千歌音になれた。
信じるだけの運命を棄て、自ら運命に抗うことを決めた。
正に彼女の生き写しだと、アルターエゴは思う。


「まあ、英霊となって、また神の力にお世話になるなんて思わなかったけれど。」


英霊となって、またしてもこの剣神を宿すことになるとは因果な事。
少女聖域もまた、アルターエゴの中にいる。
それがどのような形であるか、それはまだ知らず。


「全く、姫子になんて言われるかしら。」
「好きなんですか? その姫子さんって人は。」
「……そうね。好きよ、でも私は。」


偽物だから、と言いそうになって、やめる。
愛宮千歌音とは本来、叢雲の命の分け身。
神が人を愛するがあまり、人へと姿へ変えたもの。
そんな自分を、神の力だけを破壊し、人で在る事を来栖守姫子は認めてくれた。
でも、それでも来栖守姫子が慕う本来の千歌音は来栖守千歌音の方。
こんな自分を卑下したら、それこそ姫子に怒られそうだと。
寂しげに、自嘲気味に微笑む。
来栖守姫子は神の力の破壊を代償に、神と姉と共に、高天原へと還っていったから。
二度と、彼女と会えるとは、思えなかったから。


「……アルターエゴ。私の聖域を守るために、聖杯の獲得を。」


橘日向が、らしくもない強い口調で告げ、手を出す。
これが、一種の覚悟表明なのか。
恐らくは、アルターエゴの過去を夢として垣間見た影響か。
そんな所も、彼女らしくなくてもと、アルターエゴは苦笑して。


「わかったわ、マスター。」


アルターエゴが告げる。頭を垂れて、その手を取る。
それはまるで、姉妹のようで。
其れはまるで、太陽と月のようで。
振り続ける白雪だけが、彼女たちの始まりを照らしていた。


☆★☆★

★☆★☆


長き時を経ても、変わらぬ星明かりのみが照らす。
疲れ部屋で眠るマスターの側、星明かりに照らされるアルターエゴの姿。
弱くも強い、死の運命に縛られ続ける少女。
ヒーローをその愛で縛ってしまった少女。


「マスター……その道は、きっと。」


大いなる神、叢雲の命。
二人の巫女、千歌音と姫子を愛してしまった神様。
二人と共に居られる幸せを願ってしまった神様。
それが永遠にかなってしまった。
永劫の時の流れに、願いは呪いへと変貌し錆びついた。

マスターの願いが、マスターの願う幸せは。
いつか呪いとなって、湧き出た憎悪が己に牙を向くかもしれない。
彼女は何処かでわかっているのか、それとも全くわかっていないのか。
それとも、それでも幸せを願わず得なかったのか。


「でも、私は―――。」


叶うならば、会いたい。来栖守姫子に。
あの優しさにもう一度、絆されたい。
その肌に、もう一度触れたい。
その唇に、もう一度契りたい。
その身体と、もう一度愛を捧げたい。

だが、それを叶う権利はない。
それを願えば、再び姫子を縛ってしまうから。
姫子は私のために、神と共に高天原へと還ったのだから。


「会いたいよ、姫子………。」


ぽたぽた、ぽたぽた。
寂しさで、涙が零れ落ちる。
本当に、情けなかった。
蘇った神の力、それで彼女の心は満たせない。
仲間が居ても、マスターが居ても、その寂しさだけは満たせなかった。
その喪失を、願望器という甘い汁が、再び浮き上がらせてしまった。


「姫子ぉ……。」


彼女の哀しみを抑える者は、今は居ない。
今にも崩れそうな、喪失に耐えられなかった少女の姿がそこにある。
涙はとめどなく流れ続ける。
星だけがそれを寂しく見下ろしている。

「――ちかね、ちゃん。」
「――え?」


声がする。
暗き夜に、人影が一つ。
人形のような顔立ちで。
可愛らしい童顔で。
おひさまのような、紅茶色髪で。
黒い修道服に身を包んだ、少女の姿。


「……せつな?」


アルターエゴが、思い浮かんだ一つの可能性。
愛宮千歌音の少女聖域。剣の力、神の力が姿かたちを為したもの、せつな。
神の力が在るのなら、彼女もまた在ると、予想はしていた。
だけど、彼女の声は、瞳は、姿はまるで――。


「……ううん。違う。」


その少女は、違うと告げる。
アルターエゴに向けて、笑顔を向ける。
その瞳に、心なしか雫が溜まっているようにみえる。


「お姉ちゃんには、すごく反対されたよ。……でも、会いに来ちゃった。」
「―――ッ!」


その言葉だけで、アルターエゴは全てを理解する。
何故、壊された神の力を再び使えるのか。
何故、自分のクラスがアルターエゴなのか。

有無も言わず、脇目も振らず、アルターエゴは少女に抱きつく。
目一杯、もう二度と離したくないと、肌をすり合わせて、唇を近づかせて。


「ただいま、千歌音ちゃん。……私も、本当は、会いたかったよ……寂しい思いさせて、ごめんね……!」
「姫子……姫子……ひめこぉ………!」


輪廻を超えて、永劫の時を超えて、呪いすら超えて。
神の気まぐれにて再開した二人は激しく愛し合った。
月と星だけが、それを祝福していた。


★☆★☆
☆★☆★


愛は―――呪いになり、哀になる…でも
想う事は自由だ。望まず…想うだけなら


男が、女を想う事も
女が、男を想う事も
姉が、妹を想う事も
人が、神を想う事も


そして私は…この異界東京都で思ってしまうのだ
人は――――それでも、愛する事を、止めないだろう――


全てに、愛を…


☆★☆★


【クラス】
アルターエゴ

【真名】
愛宮千歌音@絶対少女聖域アムネシアン

【属性】
秩序・中庸

【ステータス】
筋力:C++ 耐久:B 敏捷:C 魔力:B+ 幸運:C 宝具:B+
『神格化』発動中 筋力:A 耐久:A 敏捷:B+ 魔力:A 幸運:B

【クラススキル】
対魔力:B


神性:C++


【保有スキル】
アムネシアン:B
アルターエゴの居た世界での、異能者の総称。人が愛のために神を縛り、神の力の欠片を得た者たち。
このスキルを所有しているものには、「神性:C」が付与される。
アルターエゴの場合、かつて神様の生まれ変わりだったという点も踏まえて付与される神性は本来のランクよりもプラス補正が掛かる。

カリスマ:C+
軍団を指揮する天性の才能。団体戦闘において、自軍の能力を向上させる。
アルターエゴは叢雲としての神威も踏まえ、ランクが上がっている。

少女聖域(来栖守姫子):EX
アルターエゴの少女聖域。剣の力そのものにして、少女の形をした神の力そのもの。
そのはずなのだが、「出来ることなら二人一緒の方がいいんじゃ!」とかほざいた高天原帰還済みの某神様の心情を、同じく高天原に還った一人の少女の願いとの利害一致が噛み合い力を合わせた事で変質。
本来ならせつなという少女聖域が呼ばれる所を、よりにもよって来栖守姫子本人がスキルという形で再開しに来たという滅茶苦茶をしでかした。
来栖守姫子という少女自体が、英霊の使い魔や戦闘向けのサーヴァントでなければ相手取れるステータスを持ち、さらに彼女の主武装である大鎌「天命剣クラウソラス」は、C+クラス相当の宝具と同等の性能を誇る。
尚、姫子の姉は英霊の座から「ふざけんな神様、妹が納得してなかったらもう一度殺しに行くぞ」と憤っている模様。


【宝具】
『神格化・剣神叢雲の命』
ランク:B+ 種別:対人宝具(自身) レンジ:1 最大捕捉:1人
アルターエゴの、本来の姿だったものの解放。剣神としての神格の顕現。
全ステータスの上昇に加え、前述の少女聖域が来栖守姫子へと変化した結果さらなる恩恵付与が追加。
スキル化に伴い、仮に来栖守姫子が英霊と呼ばれた際に宝具となる外ツ神の力も上乗せする結果に。
発動中さらに「戦闘続行:B+」「領域外の生命:D++」も追加される。

【weapon】
『七星剣』
セブンス・ソード。1本の実体剣と6本の幻影剣を自由に繰り出す能力。実体剣には紫の飾り紐がついており触れることも可能だが、幻影剣の方は千歌音以外触れることができない。

『天叢雲の剣』
神格化発動中のアルターエゴの主武装。草薙剣とも称される八岐大蛇を討伐した三種の神器の一つ。

【人物背景】
神の生まれ変わり。かつて神であった人。
愛という呪いから解き放たれて、人になった少女。

【サーヴァントとしての願い】
マスターの"聖域"を守るため、聖杯を手に入れる。






【マスター】
橘日向@東京卍リベンジャーズ

【マスターとしての願い】
タケミチくんと、みんなを不幸になる運命を破壊する

【能力・技能】
なし。

【人物背景】
泣き虫のヒーローにとっての"聖域"
人より正義感が強いだけの少女。

【備考】
参戦時期は佐野エマ死亡後

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最終更新:2022年08月20日 01:05