財力も権力も彼の家にはあった。
欲しいものを手に入れることはさほど難しくなく、
父親も人を虐げることが常識的な物と考えていたため、
頼めば案外どうとでもなるような生活環境に身を置いていた。
その為の努力もできる。だから彼はどのような未来でもあっただろう。
でも。彼のなりたいものは金や権力だけでもどうにもならない。
彼がなりたいのは職業だとか立場だとか、そういうものではないから。
ただ一つ、彼が望むのは───
「この偽の東京って、理不尽だと思わないかい?」
ビルが雑多に並ぶこの異界となる東京の街並み。
高層ビルもさほど珍しくなく、此処もそのうちの一つとなる場所。
質の良いソファやテーブルと言った調度品が多数配置されており、
『いかにも金持ちの部屋です』と示す程度に裕福な暮らしをしてることが伺える。
曇天の空から雪が降り、段々と白く東京を染め上げる街並みを一室から見下ろす、
クリーム色の髪の青年が呟く。
雑多な人込みとかの音は遥か下にある為、
この場は何気ない呟きも十分に響く程の静けさがある。
足音一つすらコンサートホールのような響きを奏でるだろう。
「と、言いますと?」
青年の背後で一人の女性が、紅茶を淹れながらその言葉に対して返事をする。
白いドレスと鎧に身を包む彼女は、戦乙女や女神と呼べそうな姿だ。
彼女の髪と近しい、鮮やかな緋色の紅茶を前に湯気と共に立つ香りを軽く愉しむ。
サーヴァントには必要のない食事ではあるが、嗜好品に理解がないわけではない。
時としてこういう人の好みを理解することも必要に迫られることももしかしたらあると。
彼女の場合、その必要に迫られるパターンが斜め上であるが、そこは割愛とさせていただく。
「理由も、信念も、自由も、権限も、
人にとって今以上に大事なものは必ず存在する。
勿論俺みたいにこの聖杯戦争が楽しい、って人もいるだろうけどね。
でも多くの人は一般的な倫理を以って殺し合いを是としてないはずだよ。
それなのにこんなところに招かれる……こういうの、理不尽と思わないかい?」
振り返って向かいのソファへと座り込む。
ティーカップはちゃんと二つ出されており、
まだ何も注がれてない方にも女性がついでで注いでくれる。
此処に望んで来る参加者は、普通はいないだろう。
彼もまた此処には突発的で来てしまっているので、
他の参加者も大体が突発的に、いつの間にか来てしまったはずだ。
聖杯とは誰よりも身勝手で、誰よりも自由で、誰よりも理不尽であると。
「場合によっては、大事な用事があったりしたのに、
無理矢理此処へきて置いてきちゃったパターンもあるだろうし。
俺は運よく自分の目標を達成した瞬間だったから気にしてないけど。」
「確かにそうですね。私のように戦いを肯定するサーヴァントが普通でしょうから。」
サーヴァントと言うのは殆どが戦いに身を投じてきた英霊が占める。
当時の価値観も合わせ、現代を生きる人間よりも倫理や道徳から離れているだろう。
場合によっては精神汚染、狂化と言った意思疎通が困難になるスキルを持つ場合もある。
サーヴァントに振り回され、したくもない命のやり取りをする渦中に巻き込まれていく。
何気ない日常は問答無用で終わりを告げられ、誰であっても血で血を洗う戦に身を投じる。
ある意味では、彼の言う理不尽と言う言葉にも頷けるだろう。
「ストレートティーでいいのかい?」
「起き抜けの糖分補給は思考力の低下に繋がりますので。
と言っても、サーヴァントにそのような思考は無意味でしょうけど。」
「ランサーが言うなら、後を考えて俺もストレートで行こうかな。」
戦いを知る英霊の言葉なら信用に値する知識だ。
常在戦場なんていうのは柄ではないが、何があるかは分からない。
死の寸前、と言うより死ぬつもりでいた彼にとって此処は実質セカンドライフ。
思考力が低下していたから死んだ、なんてお粗末な死に様は流石にごめんだと、
彼もまた角砂糖の小瓶の蓋を開けることなく、紅茶を一瞥してから一口呷る。
砂糖を入れてない為純粋な紅茶の苦みだけが口内に広がっていく。
味としては物足りない所はあるが、目覚めの一杯としてはいいものだと感心する。
「ランサー。俺はなりたいものがあるんだ。」
「確かにマスターの年頃であれば、
既にそういう将来設計は決まっているものですよね。」
「いやいや違うんだ。人生設計は確かに考えてはいるけど、
俺がなりたいものって言うのはランサーの思う職業とは違うのさ。」
「職業では、何になりたいのですか?」
「──俺は『理不尽』になりたいのさ。」
キョトンとした表情でランサーは首を傾げる。
端麗な姿だけあって、その姿も可愛らしく見えてしまう。
確かにそれは職業ではない。しかしそれは概念と言ったものだ。
「おかしなことを言うんですね。支配者や神と言った、
人の上に立って行う理不尽ではなく、理不尽そのものになりたいと?」
人生設計ではないと言ったのならば、
人の上に立つ立場とかでは成せないもの。
と言う程度には彼女も理解して会話を続ける。
「ハハハ、支配者って言うのは間違いじゃないかもしれない。
言うなれば『掌の上で踊って欲しい』って言えば確かにそうだからね。」
父はその力で人を虐げるのが病的なまでに好きで、
当然幼い頃からそれを見た彼もまた、それが日常と認識するように育った。
だから別に人を殺すにしても、人を支配するにしても特に道徳と言った抵抗はない。
でもある日。父に連れられ、金持ちの見世物として人が殺し合いをするゲームを観戦した。
いきなり拉致され、見世物として命懸けのゲームに挑まされる、その理不尽な光景。
そこに彼の根源があり、彼は自分の欲求を満たす方法を見出しそれを成し遂げた。
「満たしきれなかったんだ。ああして外を見下ろしてるだけじゃ何も。
映像越しにいくら人が死んだところで、人が理不尽に晒されても何も。
高みの見物では理不尽に晒された人を愉しむはできても理不尽は与えられないのさ。
違う、俺はもっと身近でいたいのさ。『俺の存在が理不尽でないといけないんだ』って。」
彼が言いたいことは端から見れば狂気だろう。
目指しているものは最早概念と言ったものとの同化。
更にその概念の示すは他者を陥れ、謀り、貶めると言ったもの。
そんなものになって一体何の意味があるのか常人では理解しかねる。
と言うより、ランサーも正直なところ明確な理解はできていない。
彼女も似たような性を背負いながら獣としての役割を担ってはいる。
それはある意味同化と受け取れるが、彼の場合はただの人間なのだ。
心臓が潰れれば死ぬし、出血多量でも死に、呼吸なくしては生きられない。
人間以上の種族でもないし、魔法とかもない、ありふれた人間でしかなかった。
ただ、ありふれた人間としては程遠いその狂気だけは別だ。
生きた人間が精神汚染のようなものにかかってるに近しいだろうか。
自分が理不尽になる為であれば、この男は自分の命も自ら捨てられる。
行動を示さずとも英霊として召し上げられたランサーならば問答は不要だ。
やるのだろう。自分の悦楽の為であれば、簡単に捨てられてしまうのだと。
「所謂『自分の手である必要』があると?」
「そうなるかな。ランサーにはそういうのは無縁かい?」
「いいえ。私もどうしても蹂躙したい相手がいました。
その相手を蹂躙するのは私の役割。他の相手には譲りたくはないので。」
ティーカップを置きつつ、想起するは二人の人物。
嘗て共にあった守護の女神と、世界を揺るがす特異点となった存在。
お互いにどんな困難を前にしてもその困難を仲間と共に乗り越えんとする。
その心はとても綺麗で素敵で、だからこそ蹂躙のし甲斐があると言う物だ。
まるで外の雪景色だ。白いキャンバスを、どんな色で染めてしまおうかと。
相手が弱者でも強者でも関係ない。彼女はその性を受け入れてそれを愉しむ星の獣。
「しかし理不尽ですか……私との相性は悪いのでは?」
ただ、それはそれとして少しばかり気落ちするランサー。
彼の考え方を察するに、正面戦闘では面白みがないのだろう。
どちらかと言えば暗躍するアサシンやキャスターの方がよほどに合うし、
ランサー自身は元々正面戦闘から理不尽を吹っ掛けられるようなタイプだ。
単なる理不尽を与えるだけの自分ではマスターは満足できないのは少々悩ましい。
仮にも主君。今後も付き合うのであれば、なるべく良好な関係を築いていきたい。
「強者が嘆き、弱者が命乞いをする。
そういった方面での悦楽は慣れてますが、
そういう形もあると。私には経験はありませんでした。
ですが、私にはその要望に応えられる能力はないことは歯がゆいですね。」
「ああいや、俺は別にランサーを召喚したことを悔いてるわけじゃない。
あくまで理想だよ。君は愛し合う者同士が仕方なく殺し合う、なんて展開は好きかい?」
「どちらかの命を捧げなければ両者の命は無惨に散らされる、
確かに、とても魅力的ですね。片方が命惜しさに差し出す場合も特に。
ですが……片方の命の為に無抵抗で死ぬ、と言うのは少し興が殺がれますね。」
「ほら、そういうところ。君が秩序を重んじず、
己のやりたいようにするその混沌。そこだけでもとても助かるよ。」
自分が狂っていることは理解している。
誰に受け入れてもらいたいわけでも否定されたいわけでもない。
ただ、それはそれとしてサーヴァントとの軋轢は気にしていた方だ。
この考えは当然だが、秩序を重んじる存在からはとても受け入れられない。
「確かに、相性が決して良いとは言い切れませんが、
かといって互いに否定的ではない……それはいいのかもしれませんね。」
ただ殺すだけでは意味がない。ただ勝つだけでは意味がない。
彼らが欲しいのはそこまでの過程。結果だけでは満足できなかった。
何より、そこを自ら手を加えて初めて完成するのだから。
アウトローな英霊であろうともかみ合わせなど難しく、
事実どちらも、お互いの考えに完全な理解ができていのがその証左。
「それに、マスターの言う理不尽も少しばかり興味があります。
命乞いをする人の嘆きとかでは、マンネリの可能性もありましたから。」
「ハハハ、そう言ってくれると嬉しいね……さて、
程よく温まったことだし朝ご飯でも作ろうかな。」
紅茶を飲み干した青年は席を立つ。
元から金持ちではあるものの、命懸けのサバイバルゲームに挑む際に鍛えた。
何があるか分からないので、銃の使い方と言った部分以外も色々と。
まさか、こんな形でその知識が利用できるとは思いもしなかったが。
「でしたら私も手伝いましょう。これでも栄養バランスへの理解もあるので。」
ランサーも席を立ち、彼の後へとついていく。
ありふれた日常を過ごす男女だが、
彼らが求めるは理不尽/蹂躙と、まさに災禍の如き化身に思える。
ただ彼らは聖杯に望むものなど何もなかった。否、既に叶っているのだ。
弱者も強者も、男も女も、若者も老人も、人も英霊も関係なし。
等しく理不尽に晒す/蹂躙することが可能なこの世界こそふたりの理想郷。
故に万能の願望器など興味なし。此処にあるのは、ただの災禍な存在のみ。
【クラス】
ランサー
【真名】
エニュオ@グランブルーファンタジー
【属性】
混沌・善・天
【ステータス】
筋力:B 耐久:C+ 敏捷:B 魔力:A 幸運:D 宝具:B
【クラススキル】
対魔力:C
魔術に対する抵抗力。一定ランクまでの魔術は無効化し、それ以上のランクのものは効果を削減する。
サーヴァント自身の意思で弱め、有益な魔術を受けることも可能。
【保有スキル】
星晶獣:B
空における太古の時代、星の民が空の民との戦争、覇空戦争に用いた生物兵器。
星晶獣は司った権能により役割が変わるが、エニュオの場合は『破壊』と『蹂躙』の二種類。
時に神のように崇められるなどこともあるが、エニュオは戦争終了後は一度人間社会に溶け込み、
神聖視された経験もなかったため、基本的には彼女自身が司る権能に関する部分のみになる。
戦争の為の設計され、事実それぐらいの活躍をしたことがあって対軍宝具に対して強い耐性も持つ。
人間社会に溶け込んだのと、更に彼女が得たい悦楽の為にずっとその性を隠し続けたのもあって
不貞隠しの兜と似たステータスの秘匿と言った恩恵もあるが、当人が隠す気があるかどうかで言えば、
なんとも言えないところなのが玉に瑕。バレるときは計算されたものかもしれない。
星晶『獣』であるため獣の特攻対象にされる。ただ神性特攻には強い。
複製体が創られる程度に有用性があるため、ランクは高くある。
嗜虐体質:A-
戦闘において、自己の攻撃性にプラス補正がかかるスキル。
本来は戦闘が長引けば長引くほど加虐性を増し普段の冷静さを失うデメリットを持つが、
彼女の場合は逃走率が下がってしまうこと以外は特別なデメリットを所持していない。
ただ彼女の悦楽の為に、あえてこのスキルを我慢しようとすることもあるためマイナスがつく。
最高の悦楽の為であれば、彼女は対象に手料理で健康維持を目論むことも辞さない程の異常者だ。
エイジャックス:B+
所謂魔力放出の類。彼女の場合は司る力から風属性になる。
相手の体力を奪えるなど通常の魔力放出とは異なるが、
代わりに消費量は通常の魔力消費よりも高い。
【宝具】
『おいでなさい、蹂躙の獣(キュドイモス)』
ランク:B 種別:対軍宝具 レンジ:1~50 最大捕捉:不明
破壊と蹂躙の星晶獣としての権能、
彼女がそれらを司った力。キュドイモスと呼ばれる白亜の獣を召喚する。
一個体は使い魔以上サーヴァントの宝具以下と言った程度で大したことはない。
但し同時に出せる数とコストは別。低コストかつランサーの魔力がある限り無尽蔵に召喚でき、
所謂数の暴力を利用していく。ただしエニュオが攻撃中に召喚することはできない。
此方も獣特攻対象。個体に意志はないため精神系の攻撃は受け付けない。
『慈悲なき戦女神の蹂躙(ルースレス・タイラント)』
ランク:D 種別:対城宝具 レンジ:1~50 最大捕捉:3
ランサーの持つ槍から放たれる、身も蓋もなく言えばビーム。
使用すると敏捷が上昇し、元より攻撃性のある彼女の攻撃性がさらに増す。
スキルの嗜虐体質も合わせると、ステータス以上の攻撃能力を誇ることになる。
宝具ではあるがコスト自体はかなり軽いのと恩恵から、連発を前提とするもの。
【weaponn】
インサイテッドランス
所謂馬上槍のような大きめの槍。
蹂躙された敗者の慟哭が、その槍に秘められた真の力を呼び醒ます。
嘆きや怨嗟は嗜虐心を昂らせる糧となり、無慈悲な結末を招く。
【人物背景】
星の民が作り出した生物兵器であり、破壊と蹂躙の星の獣。
嘗てはその役割の性を理解できず、寧ろ笑顔や感謝の表情に喜びを見出した。
だが彼女は後に性を受け入れたことで、破壊と蹂躙を悦楽とする獣となる。
『零れた水は戻らない』らしいが、今の彼女は破壊の側面が強い方で召喚された。
彼女の過去がどうであったとしても、このランサーには最早関係のない。
【方針】
破壊と蹂躙。最高の悦楽を愉しみましょう。
その為であれば共闘、自制もやぶさかではありません。
【聖杯にかける願い】
アテナとの再戦と言った望みはあれど、
今以上の至福のひと時の方が大事。
【マスター】
崎村貴真@リベリオンズ Secret Game 2nd Stage
【能力・技能】
ある程度の銃器の扱いを除けば、
山林地帯を歩き回れる体力作りをしてるぐらい。
別にそれらの才能が超人的でも何でもない。
【weaponn】
なし。
もしあるとするならば、
その狂気じみた信念とそのための努力だけ。
【ロール】
黒い噂もある資産家の一人息子。
金銭に関してはさして困ることはない。
【人物背景】
この男はただなりたいだけだ。自分が『理不尽』である為に。
誰かを理不尽の渦中に陥れ表情を見るためなら、最悪の場合命さえも捨てられる。
そして彼はその命を捨てる寸前に、二人の男女に理不尽を与えた後に此処に来た。
【聖杯にかける願い】
特に考えてない。聖杯を破壊することで理不尽を達成する道すら考える。
或いは今後も聖杯戦争と言う理不尽と同化するのもいいかもしれない聖杯大迷惑野郎。
【方針】
聖杯を勝ち抜かないでいる相手と組むのも手だし、
逆に勝ち抜く前提の相手と組む(できればアサシン、キャスター)のもありかな。
最終更新:2022年08月23日 02:06