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 一羽の鳥が、空を翔んでいた。


 群れはどこにもいない。
 繁殖期になって、つがいを求めて海を渡っているのか。
 渡り鳥は、時には大陸さえも越えて新天地を目指して翔び続ける。
 気流を羽根で捕まえて、障害物のない大空を遊泳する。
 飛び立つ身を籠の中に縛る鎖も、丘の向こう側へ向かう道を阻む壁も、天を疾走る鳥には無縁の縛りだ。
 どこまでも遠くに行ける翼を、いつまでも飛んで行けるる翼を、生まれつき持っている。
 鳥は自由に生きていた。

 けれど鳥はボロボロだった。
 体は毛繕いもされないまま埃で汚れに汚れ、羽根は乱れ切っている。
 餌も禄に取れず痩せ細った姿は、いつ翼を広げる力を失って地に叩きつけられるかも知れず。
 憧れた自由の代償は、圧倒的な孤独と孤立。
 支え合いも、助け合いも、いがみ合いも、憎しみ合いも、殺し合いも起こらない。たったひとりの世界。

 そこで鳥は気づくのだ。
 本当の本当にひとりになって、初めて知った。
 窮屈な群れが、離れたかった親鳥が、閉じ込める社会のルールが。
 うっとうしいと感じていた枠組みが全部、いつも弱い自分を守っていたのだと。

 それでも鳥はただ飛ぶのだ。
 群れからはぐれ、比翼になる番にも出会えなかった己には、それしかないと誇示するように。
 自由を抱く叫びだけが、この心臓を動かす理由だったのだと。



 鳥が見下ろす視点は、あまりに遠かった。
 大陸ひとつを見渡せるほど、高い視座。
 傲岸にも霊長を名乗り、地球の支配者を気取る人類の痕跡も、ここからでは蟻と並べても違いが分からない。
 繁華の町並みも、超高層と銘打たれた建造物も、豆粒と大差ない矮小さ。
 人1人の姿を見とがめるなぞ、微生物を探る顕微鏡でもなければ存在すら気づかない。



 ……ああ、けれど。
 今見える景色は、そんな小さな人間の在処を克明に示している。



 例えるなら、それは膨大な料の絵の具だ。
 黄土色の大地に均一に塗りたくられた色。
 バケツに溜まった液体を無造作にぶちまけたにしか見えないそれが、どうしてか、芸術家が魂の炸裂する瞬間を表現しようと全霊を上げた稀代の絵画に見えてならない。
 己という肉袋に詰まっただけの汚水が、こうも精神を昂らせるほど鮮烈に見えてならない。

 それはそうだろう。
 数千万、数億に至る血肉を使った、惑星の地表をキャンバスとした芸術を前にして、衝撃以外の何を与えられるというのか。


 誰の声も聞こえない。
 聞くに耐えない断末魔も、絶望的に不細工な命乞いも、空の彼方からはあまりに遠い。
 見えるものは、ただ、悠久の地平線。
 先の見えない、本当に世界の果てまで続いてるのではないかというほどの、底なしの蒼。

 本当に掛け値なしに、この息苦しい世界全てを、無に還す。
 薄汚い有象無象を蹴散らしていく様を眺めて。

「とても、爽快だな」

『僕』は、心の底から、胸がすくような気持ちになった。


 ◆



 マスターであるその少年は、目の前で燐光を放つ芒円に立ち尽くす、自分のサーヴァントを凝視する。

 背は高い。西洋の地で生まれ、今年で19になる少年よりもう一回り上回る恵体だ。
 筋肉もそれに見合った密度であり、そう露出していない服装からでも引き締まった肢体をしているのが分かる。
 召喚の余波の突風で波打つ白いコートに、髑髏をあしらった奇体な肩当て。
 英霊、英雄、曖昧に描いたイメージとそう解離していない風貌をしていたが……間違っても益荒男、豪傑と呼び習わす事は出来ないだろう。

 纏う空気が、召喚と共に引き連れてきた気配が、言葉を交わさず、ただ存在だけを以てそう表明している。
 コレは、鬼だ。
 幽鬼にして戦鬼、戦場を勲を求めてでなく、骸を生み出す為に現れる死神だ。

 サーヴァントは口を開かない。
 項垂れた姿勢で垂れた前髪で顔は見えず、口元だけが寡黙に閉められている。
 こちらを認識しているのか。そも意識があるのか。
 黙秘を貫く男を目にして動きあぐねるが、彼がアーチャーのサーヴァントだという事は、召喚が完了した時点で脳に流入してきた情報でとうに理解していた。
 未知の知識が急に頭にねじ込まれるというのは、初の体験ではないので混乱もせず受け入れられた。

「お前がオレのサーヴァントか」

 ただの事実確認の台詞だった。
 契約のラインが繋がっており、各種の能力値が理解できる以上、この男が自分のサーヴァントである事に疑いはない。
 念の為の相互確認、意志を聞こうと声を出したに過ぎなかった。
 出そうとして、いたのだ。


 違和感は、そこからだった。


「─────────?」

 立ち尽くしていたのは、突然の発光と出現に警戒を抱いて身構えていたからだと思っていた。
 しかしこうして男に近づこうと歩を進める意を決めても一向に足は動かない。
 まさかと、走る勢いで全力で蹴り出そうとしても、己の踵が地面に縫い付けられて離れなかった。

「……………………ッ!」

 不覚を悟ってももう、遅い。
 そこからはもう芋づる式だ。
 指は1本たりとも言うことを利かず、肩も腰も首もどれだけ力を込めても微動だにしない。
 まるで全身が石のように硬質化したかのようだった。
 間抜けにも、自分の体が金縛りにあっていた事に、少年は全く気づかなかったのだ。
 攻撃は既に済まされていた。
 闇に潜んでいた敵の奇襲と、迂遠な考えを及ぼすまでもなく。
 未だ用を成す目が映す、目の前の魔人によって。

 身動きの取れなくなった男に、身動ぎひとつしなかった男が、そこで漸く伏せていた顔を上げた。


「一度だけ、口を動かして声を出す事を許すよ」


 死神の貌をしていた。
 顔立ちこそ麗人の整いをしているが、艶やかさは褪せて久しい。まるで屍蝋のように、人間味が乗っていない。
 瞳には殺意の色彩。
 口元は引き締められていても、目は違う。
 視界に映った生命を、身分に限らず能力に依らず種族に留まらず、片端から消してしまいたくて仕方がないと嗤っている。
 それでいて、その通り鏖殺を遂げても何の喜悦も抱かない、そうする事が自然と疑問を抱かない無機質と無関心さも表れている。

 殺される。
 前置き、困惑、一切を抜き去ってそう確信させられながら、マスターを拘束したサーヴァントは詰めを打つ事なく。

「あの景色は、何だ?」
「何……?」

 問われた言葉に訝しる。
 それは言葉の意味が分からないのではなく、

「蟻の群れを踏み潰すように、鬱陶しい雑音を轢き散らして、進撃していく空。
 例え秒未満だろうと……僕からあの方以外への認識を向けさせたあの光景の事だよ」

 自分の記憶と共有して見ている、深層を知られた焦りからのものだ。


「これは赦しがたい侮辱だ。僕の魂への凌辱だ。
 君の即死絶殺を以てしか、この購いは遂げられない。心臓を吊し上げ、身体が見えなくなるくらいまで折りたたみ、僕自身の首を差し出してもまだ足りない」

 狂人の言葉を聞かされている。
 神に等しきものへと仕えるものが如きの、孕んだ狂信。
 上げられた男の顔に穿たれた二つの孔は、彼を見ていない。
 その後ろ、いやもっと遠く、遠くの、こことは根本的にズレた視座に対して、視線を向けている。 
 時間も次元も隔てた向こう側。
 視線は正しく対象の相手に向けられてるのか。相手は視線に気づいているのか。そもそも相手がそこにいるのか。
 無視していた。
 そんなものは取るに足らない障害だと意志を捧げ続けていた。
 我が念が正しいと証明されれば、理屈が後からついてきて、なべて辻褄は合うのだと。

「けれど……己の罪から目を逸らすのも、それはそれで見過ごせない背信だね」

 科学の法則を蒙昧共の幻想と真っ向から反抗する意志力の怪物、頑迷固陋の光の亡者は、そこで言葉を変えた。

「なので、君にも機会をあげるよ。
 僕を隷属させるなんて言う、程度を知らないマスターへ一度だけ。
 あの景色は、君の脳ミソの中だけで描かれたさもしい妄想(イマジナリー)か?
 それとも───そこに至ると固く信じて実現させんとする未来(フューチャー)なのか」

 問いかけは撃鉄の引かれた銃に似ている。
 静かな激情を混ぜて突きつけられ、弾丸の入ったシリンダーが狂々と廻る。

「答えてくれ、翼なき者。
 あのお方が存在しない世界に僕を拐かして、一体どんな浅ましい欲望を乞うつもりだい?」

 どうということはない。要は遺言を聞きたいのだ。
 死を賭してまで叶えたい願いを、他に委ねてしまう軟弱さ。
 圧倒的に自らを上回る存在にそれを託す脆弱性。
 たった三回しか震えない強権の鞭で、どうして都合よく動かせると勘違いしてしまったのか。
 生殺与奪を奪い取った状態で、本人の口から聞いてみたいのだ。

 正解は用意されていない。
 答えなければ当然死ぬし、答えても死ぬ。
 気分次第で、こめかみに当てられたトリガーは呆気なく引かれる。
 それで契約者が死に、現界を保てなくなって消滅するのも、この男は厭わないのだろう。
 命を捨てるのは最初の前提、後は残りの時間でどれだけの罪を滅ぼせるか。
 コイツは、そういう生き物だ。

「…………令呪をっ……以て……!」

 紋様から光が放たれる。
 いかなサーヴァントであろうと従えられる、令呪の使用の兆候だ。
 絶対命令権とさえいわれるマスターの証が発動しようと輝き───令呪のある手首の関節が、曲がってはいけない方向に折れた。

「………………っっっっ!」

 両足の膝関節が八の字に折れた。
 肩甲骨が広がって肩幅が倍に膨れた。
 大小問わない各所の骨が同時に悲鳴を上げる。
 シールでも剥がす軽快さで、骨に張りついた肉がめくれていく。
 人間だったものが、瞬く間に奇怪なオブジェへと早変わりしていく。

「それが遺言(こたえ)か。残念だね」

 急速に冷めていく声で、処刑を宣告する。
 ほんのわずかに芽生えた興味が肩透かしと分かれば、待っているのは乾いた処理だ。
 自らの筋肉で首を折るのも、折れた腕で胸を掴み心臓を抉り出すのも自由自在。
 これは攻撃ではなく自壊。敵の筋繊維、電気信号を操作して司令塔を乗っ取る、彼が最も得意とする繰糸の絶技。

 一度絡め取られたが最後。
 抜け出す正攻法は存在しない。
 筋力も異能も、死すらもが解放の手立てになりはしない。
 外すには唯一、人の域を易易と突破してのける力ずくの無法のみ。
 人間の身で抜け出せる手段は、それこそ蜘蛛の糸よりなお細い命脈だ。

「ア────────────」


 もがく。
 呻く。
 芋虫のように這いずって、縛りから逃れようとのたうち回る。
 無様この上ないダンスを見ても、男には無聊の慰めにもならず、ただ冷ややかに見下すのみだ。
 動けば動くほど、糸は体を締め上げる。
 少年のやっている事は、自分から蟻地獄に転がり落ちる小虫と大差ない。


「ア、ア──────ァアア」



 もがく。呻く。這いずる。のたうつ。
 絡まる。締まる。折れる。千切れる。
 もがく。呻く。這いずる。のたうつ。
 絡まる。締まる。折れる。千切れる。
 もがく。呻く。這いずる。のたうつ。
 絡まる。締まる。折れる。千切れる。
 もがく。呻く。這いずる。のたうつ。
 絡まる。締まる。折れる。千切れる。
 もがく。呻く。這いずる。のたうつ。
 絡まる。締まる。折れる。千切れる。



「────────────────」 

 平行線でいた柳眉が、僅かに吊り上がる。
 理性も感情も……正気すら吹き飛ぶ激情の筈だ。
 なのにどうして、こうも永く抵抗を続けていられる。
 いや、だいいちこれだけ傷ついて生きていられるのがどうかしている。
 床を湿らす失血は人間の致死量を超えている。折れた骨は心臓と除き主要な臓器に突き刺さるよう動かしてある。
 ならばこの男の──────何処の箇所が折れていないというのか?


「ァアアアァァアアアアアアアアアアアッ!!!」

 振り上げられる左腕。動く道理の失くした体が、知らない理論で駆動する。
 途切れていた赤光が再輝する。それだけではなく、少年の体には今や稲妻が纏われている。
 令呪の光と合わさった輝きの色は紅蓮の焔。自由を求めた一団の朱の血路。
 特殊な電磁場でも引き起こしたのか、謎の極光が生んだ幻炎は、体に打ち込まれた糸を弾き出す。

 無感情に嬲るだけの処刑人が、遂に目を見張った。 
 千載一遇の隙に紡がれる言葉。
 裂けた喉、割れた顎を開き、叛逆者を退去させる呪文が発令を────────





「お前は、自由だ」




「なに、」

 を、と告げるより先に、命令は速やかに、滞りなく実行された。
 断ち切られる鎖と枷
 代わりに流入する、夥しい量の魔力の波。
 毛細血管の隅々まで流れ込み、溜まった膿という膿を押し出して、汚れた身を内側から新生させる。

 五体に軋まぬ骨。
 全身にしなやかな肉。
 熱くも赫い血潮が駆け巡る、仮初のエーテルならざる肉の体。

 三回分を一度に凝縮した光は、終わってみれば呆気なかった。
 だが前後に起きた変化の差異は激的に明白なもの。

 令呪三角の全使用によるサーヴァントの受肉。
 サーヴァントにとってマスターの最大要素。
 霊体である仮初の身を現世に留める基盤の要素。
 要石の役割を、放棄したのだ。



「─────────どういうつもりだい? 今のは」

 青年にしても、この予想はしていなかったらしい。
 本気でかけてないとはいえ『技』に逆らったのは多少目を引かれたが、所詮末期の断末魔と高を括っていた。
 それがどうだ。サーヴァントを抑える虎の子の令呪を一気に消費。その内容も己の身を解き放つだけときた。

 契約者だった少年は、未だ地べたに転がったまま息を荒げている。
 四肢が砕けたおかげて体重を支えられないのだから、それも当然だ。
 これでは口を利けるようになるのは少し先かと思えば、伏した態勢でもそこだけは萎えを見せていない視線と目が合った。

「オレは、お前を縛らない。上から支配して奴隷のように支配して下す事は、しない」

 骨折や出血の負傷した部位からは絶えず煙を蒸かせている。どういう理屈か、傷口は治癒に向かっているらしい。
 記憶の角に引っかかる知識が該当する。ある宗教組織の執行者、教義をまっとうするための改造人間が、こういう風に再生していた気がする。

「戦うならそうしろ。力を借りたければそう言え。やめたければ好きに帰ればいい。決めるのはお前だ。お前が選べ」

 闘志とか、気迫とか。
 折れた背中を押した衝動に根源は、ましてや希望ですらない。
 自分が生きる価値を見ていない、誰かと同じ虚無とも異なっている。


「オレも、そうする。お前に力を貸して欲しかったらそう伝えるし、今みたいにオレから自由を奪うむもりなら、逆にお前から自由を奪う」

 そこにはただ、意思があった。
 目的も報酬も要らない。
 手足が千切れても立ち上がり、一歩も止まらず進み続ける。
 野を駆ける獣ほどに単純化された、荒々しい起源の衝動。


「オレ達は、対等だ」


 そう、自分達の新しい関係を口にする。
 倒れた者と立つ者の、違う目線の相手に。

「対等……? 僕と、君が?」

 青年は思いがけもしない言葉を、暫し聞き入れるように反芻して。

「は──────────。
 は、ははは、ははははははは、はははははははは!」

 魂が躍動する笑い声を上げた。
 少年に懐いた仄かな期待と、そんなものを感じてしまった自身が痛快でならならないと。

「いや──────すまない。しかし傑作だ。
 あの頃と同じ籠に閉ざされ、慰みされ続けた立場に逆戻りした僕と君が、対等などとは!」

 哄笑は皮肉からのものではない。
 不覚にも、認めてしまった。
 主と宿敵以外にはどんな強風にも微動だにしない精神が、出会って間もない男に揺さぶられた。
 この身が英霊などという世界に従事する人形に貶められた、
 即ちは死を迎えた日の血闘。
 見えた宿敵と自分が、酷い箇所で似通っていた事に気づき、堪えられなくなった時とは違う。
 虚の相似形に含まれないこの少年は、交わらない平行線でありながらこうも近似している。

 己や『彼』が、過去の疵から自分の生への執着を捨てしまったのなら。
 この少年は、この世に生を受けてから誰しもが抱く願望を、ずっと叶え続けている。


「──────いいよ、気が変わった」

 潜ませていた帯電糸を仕舞い込む。
 一旦弾かれていても抜かりなく次弾を装填していた準備を、取り止める。

「例え刹那でもあの景色に魅入られた僕への罰と、君への敬意の表れとして……ここで殺すのはやめておこう。
 オーダーは受諾した。此れより僕と君は同じ道を進み、故あれば異を唱え、逆らう関係をよしとする。

 僕はレガート・ブルーサマーズ。ここではアーチャーのサーヴァントと名乗るべきかな。
 今更ながら問おう、同盟者(ユニオン)よ。君の名前は?」
「オレは──────」

 回復してきた半身を起こす。
 見上げる側には狂気を。
 見下ろす側は狂信を。
 主従ではない、マスターとサーヴァントの2人組は、ここに新たな契約を結ぶ。
 運命の構図を迎えた少年は低い声で、握られた銃を構える面持ちで名を告げた。

「エレン・イェーガーだ」



 ◆



 事後紹介を済ませてすぐ、アーチャー……レガートは自分の足で立ち去った。
 契約は切れたが、どうやらパスの名残で念話の機能ぐらいは使えるらしい。
 あるいは、血族の意識を共通した空間に飛ばせる始祖の力が、少しだけ発動してるのかもしれないが。
 何にせよ用があれば、向こうから不躾に連絡が来るだろう。

 恐ろしい男だった。
 今まで見てきたどんな人間、巨人、継承者よりも、個としての力が桁違いだ。
 山ほどの巨躯も、雲霞の如き数の群れも、あの技の前には棒立ちの的に早変わる。
 何より、人間を殺す事に何の呵責も持たないのが恐ろしい。
 マーレの兵士や、世界中のパラディ島勢力への憎悪を募らす人々のように、正義や贖罪を肯定する為の矛にしているのではない。
 本当に世界全ての枠組みがどうでもいいと捉えて、ここまで容赦なく粉々にする。
 エレンが九つの巨人───『進撃の巨人』の継承者でなければ命は無かった。
 契約で繋がっていたレガートも道連れに消えるというのに、何の迷いも見せずにこちらを切り捨てようとした。

 そんな怪物と、エレンは組まなくてはならない。
 壁の外の世界とすら比較にならない発展を遂げた、未来のどこかの国で殺し合いを強いられながら。

「ここでも戦争か……」

 始祖ユミルすら見ていなかっただろう事態になっても、耳慣れたことはついて回るらしい。 
 生きていた時代と基準がまるで異なる世界。
 聞いた事のない概念と知識を使った、幽霊を従わせるという突拍子もない話。
 現実味のなさは夢でも見ているのかと頭を振った事も少なくない。
 死の寸前の走馬灯としても、記憶にない映像を見るものか? と頭を捻らざるを得なかった。

 首を円周上になぞる。
 操られた時の負傷ではなく、それ以前に受けた傷跡を確かめるように。
 ……記憶しているのは、銃声と、首に起きた凄まじい衝撃。次いで頭部の浮遊感。
 サシャを殺したマーレの女兵士が構える銃が視界の端に映って以降は断線している。
 撃たれたのだろう、と予測するのは、この世界で意識が取り戻してからだ。

 一も二もなく憂慮したのは、元の世界の状況だ。
 未来は変わらない筈だった。
 進撃の巨人の秘めた能力。先の記憶の継承。
 あるひとつの結末に未来を導く、2000年前から続く遠大の航路。
 見せられる記憶と声に従えば、必ずその光景を現実に引き起こせる呪いの鏡。
 首を飛ばされたとしても、何らかの形で未来に辿り着くと決まっているのだ。
 その予知が、鍵となるエレンが消失した事で覆ってしまった。
 最低限あの場にいなければ、どんな未来も実現する訳がない。


 エレンの中に収まる『始祖の巨人』……全ての巨人を操作する無敵の力の不在は、戦争の泥沼化を意味する。
 エルディア政府が当初より予定している、融和策を模索する時間を稼ぐ限定的『地ならし』による他国への牽制も。
 異母兄ジークが進めた、ユミルの民の生殖能力を奪い、巨人そのものをこの世から消し去る安楽死計画も。
 始祖の力がなくてはどれも頓挫する。あらゆる策は崩れ去る。
 エルディア帝国の威名を掲げて国を蹂躙されてきた世界の憎しみは、今やピークに達している。
 マーレ帝国に自作自演で破れ、落ち延びた先で静かに自死する道を王が選んだと知ったところで、この波は止められない。
 パラディ島は瞬く間に世界の総力に一呑みにされ、血の海に沈むだろう。
 エレンが生まれ育った土地も、エレンが愛する仲間達も。
 ユミルの民の血を引く人間は一匹残らず駆逐される。


 帰らなければ。何としてでも。何をしても。
 そう逸るものの、唯一の脱出法は戦いに勝ち、願いを叶えるという単純解だけ。
 未知なるもの、新しい場所を知った昂りがないこともない。
 しかしそれでやるのが戦争と言われれば、諸手を挙げて歓迎できる筈もない。
 しかも強制。強制だ。
 自由を奪う、意思を問わずに行動する事を強いるのはエレンの最大の逆鱗だ。
 無理やり拉致して互いに食い合わせて、最後に残った一人にだけは聞こえの良い報酬を与える。
 これを奴隷と言わず、家畜の扱いと言わずして、何という。

 何も知らない子供のままだったなら。
 巨人を駆逐すれば、誰も知らない新大陸へ行けると夢を見ていた頃のエレンなら、悩むまでもなくこんな殺し合いに乗らなかっただろう。
 物語の英雄みたいに格好つけて、勇猛果敢に死に急いだことだろう。
 けどエレンはもう知ってしまった。 
 壁の外には人がいて、あるがままの自然が広がってると思った世界は、とっくに人間が広がっていた。
 大陸は開拓され、島という島には文明が息づいている。
 人が足を踏み入れてない場所なんて、もう地上の何処にもなかった。
 未踏の地を巡って旅をする。そんな夢想はどこかの誰かが大昔に叶えていた。
 そしてそこに住む人の種類は色々で。
 鼻持ちならない連中もいれば、別け隔てなく手を差し伸べる優しい子供もいる。
 生まれや環境、理念と心情。
 「仕方ない」の一言も言わなければやっていけないぐらい、様々な理由で戦わざるを得ない時代だった。

 エレンがやろうとしている事も、多分同じだ。
 過去も未来も、自由なんて言えないぐらい雁字搦めになって、それでも自由を知りたくて歩いている。
 進む途上を飛ばして見せられた結末は、多くを救う為に自分を捨てるという終わり。
 憎しみの連鎖を一旦断ち切り、不和の根を引き抜き、平和を築く為の人身御供。
 自分がいなくなった後も、愛する人が幸せに天寿をまっとうできる日々を送って欲しい。
 それさえ叶えば、自由の報酬には十分だと。




 そんなの嫌だ。
 ミカサが他の男と結ばれるなんて。
 一生自分を想ってて欲しい。
 死んだあとも……せめて十年以上は引きずってて欲しい。

 本当はミカサの想いに応えたい。
 アルミンと世界中を冒険したい。
 ジャンと下らない意地で言い合って、サシャとコニーのする馬鹿を見て笑って、リヴァイ兵長とハンジ団長も戦わずに済み、ヒストリアが子供に囲まれて長生きし続ける。
 そんな平和な日々が欲しい。
 仲間外れなんかじゃなく、みんなが作る輪に一緒に入って、好きなだけ自由に生きてみたい。


 後生胸に抱えて腹まで持っていくつもりだった『願い』を、こんな形でほじくり返されるとは思わなかった。
 あらゆる望みを叶える願望器。
 信じるに値しない。欺瞞に決まっている。
 なのに──────いつもと同じく殴りかかれないのは、なぜなのか。
 理由なんてとっくに分かってるのを、いつまでも後回しにしてる。

 少なくとも都市ひとつと世界じゃ死ぬ人の数が違いすぎる。
 この東京という土地の、生きてると呼べるか定かじゃない1000万と、エレンが生きる世界全て。
 数字の上で計れば、どちらかを選ぶなんて考えるまでもない。

(でも……それは……)

 パラディ島のエルディア人に憎しみを集約させる事で、いがみ合う世界の融和の舵を取ろうとしたヴィリー・タイバーと、何の違いがあるのか。

 仕方なく自分を犠牲に世界を救おうとしていたら、他に丁度いい生け贄が見つかったので、そっちに乗り換えて自分だけ助かる……?
 そんな勝手、許されるわけないだろう。


 この街を憎んでるわけじゃない。
 疎んでるわけじゃない。
 争いは絶えないが、多くの人は笑い合える豊かな暮らしをしていて。
 差別はあるけれど、世界中で族滅を叫ばれるような酷さは見られない。
 何より、この街の人達は、優しかった。
 文明の利器に慣れず、明らかに浮いた異邦人であるエレンに、親切に付き合ってくれた。
 それだけでもう、この街の元になった世界が、自分達と比べ物にならないぐらい平和なんだと思い知った。




 だけれど───────ここは、とても窮屈だから。



 「ごめん……ごめん……」

 慟哭に喉を詰まらせながら、涙が流れ落ちる。
 贖いきれない罪が待つ未来に怯えて。
 誰にも届くこともない声と知りつつ、エレンは繰り返し懺悔した。

 「ごめんなさい……」

 新たな戦いに呼ばれるまでの、僅かな安息。
 少年は涙に暮れて侘び続ける。


  ◆




「僕ともあろうものが、ナイブズ様以外に目を奪われる事になるとはね」

 闇の届かぬ日の往来。
 街中を堂々とレガートは闊歩する。
 ロングコートに黒の装束は、武装を外しさえすれば一応の住人と見なされる格好だ。
 令呪三画を費やした受肉は、霊体故の不如意を受ける事なく生身の行動を許している。
 同時に、歩く人間災厄に制御不能の加速装置を追加でもある。
 魔力の制約が取り払われた今なら、限りなく生前に近い力を引き出せる。

「この背信を払拭するには、やはりこれが一番か」

 縛る戒めは余さず解かれた。
 面白い同盟者にも巡り会えた。
 ならば、もう───厭うものは何もない。
 サーヴァントとマスター。街に住まう肉人形。
 砂の惑星も、人造の天使も知らぬ無知蒙昧な者共に、かのお方の何たるかを示してやろう。
 ミリオンズ・ナイブズの何たるかを、例外なく区別なく、その身に覚え込まそう。

 そして自分は聖杯に許しを乞うのだ。
 例え刹那でも貴方以外に仕える立場にいた軽薄と、人類総殺を代行してしまった愚かしさを。
 再び不興を買って押し潰されるとしても、死に戻った穢れの身を認識してくれた喜びで受け入れよう。


「期待してるよ狩人(イェーガー)。大墜落(ビッグフォール)にも迫る、君の戦争を見せてくれ」


 ◇





 はるか時の彼方

 まだ見ぬ 遠き場所で

 唄い続けられる

 同じ人類のうた





 ◇


【クラス】
アーチャー

【真名】
レガート・ブルーサマーズ@トライガン

【ステータス】
筋力A+ 耐久B+ 敏捷A+ 魔力E 幸運E 宝具E

【属性】
中立・中庸

【クラススキル】
対魔力:E-

単独行動:A++(A)
 元来高いランクで保持していたが、エレンの三角令呪使用によって、マスター不在でも独立して動けるようになっている。

【保有スキル】
被罰の不具:-
 かつて主からの制裁を受け、その体は首から下が完全な付随状態になっている。
 宝具の補助がなければ、文字通り身動きひとつ取れない。
 ……逆に言えば、肉体・神経の状態に関わらず、肉体を動かし続けられるという事でもある。
 肉体に関連するバッドステータスを全て無効、あるいは無視し、戦闘を続行する。

狂信:A+++
 特定の何かを周囲の理解を超える程に信仰することで、通常ではありえぬ精神力を身につけ、精神操作系の魔術などに強い耐性を得る。
 ……高すぎると精神に異常をきたす。ここまでくると精神が肉体を凌駕しており、屍と化すまで戦い続けられる。

【宝具】
『凶器に名は不要、示すべきは我が忠誠(ナノフィラメント・フィジカルドミネイション)』
ランク:E 種別:対人宝具 レンジ:1~99(街一つ分) 最大捕捉:1000人以上
 オーヴァーテクノロジーのナノフィラメントによる遠隔肉体操作。
 肉眼では視認不可能な帯電糸を体内に打ち込み、意のままに操る。
 数ヶ月身動きを取れなくする事も、車の中に数十人を無理やり詰め込んで圧死させる事も、街一つの住人を一斉に自ら心臓を掴み引きずり出させる事も自由自在。
 生物であれば老若男女、人か人外か、生死を問わず適用範囲。単純な肉体に限らず、固有の能力・特性に対しても効果を発揮する。
 拘束力は凄まじく、筋力・対魔力での抵抗は極めて困難。Aランクでやっと「抵抗の判定を低確率で発生させられる」程度。
 破るにはそれを上回る数値に加え、更なる要素が不可欠。

 レガートはこの宝具で肉体を道具のように操作し、全身不随のハンデを克服している。 
 縫合や体内物質生成による鎮痛、治療にも用いられ、左肩に仕込んだ単分子鎖ナノ鋼糸を解放すれば、肉体性能を更に上昇させられる。
 具体的には魔力と幸運を除いたステータスが上記のそれからもう一段階「倍加」。亜光速の飛来物すら感知・対応する。

 糸そのものに物理的拘束力は無く、物理的に縛ったり持ち上げたりする芸当は不可能。
 また素材こそ特別製であるものの、以上の能力は全てレガート自身の研鑽による技術でしかない。その為魔力消費は極めて軽微。
 唯一の弱点は、強力な電磁場。質量の軽い糸を完全に弾いてしまい、サーヴァントになった後もこの性質は引き継いでいる。

 拘束力、効果範囲、精密性、隠匿性、燃費……全てに優れた、対人として圧倒的すぎる能力でありながら、レガートはこの宝具に一切の誇りも執着も抱いていない。
 異様なランクの低さはそれに起因する。

【weapon】
『超高速鉄球型奴隷ゲルニカ』
 一言で言えば、アイアンメイデン状のモーニングスター。
 数百キロに及ぶ重量を軽々と持ち上げ、振り回し、蹴り飛ばす。全身の突起には機関銃も搭載。

『拳銃』
 折りたたみ式の刃付きの銃。

【人物背景】
 鳥籠から解放された青年。

【願い】
 ナイブズへの忠を示す。つまりは全員皆殺し。


【マスター】
エレン・イェーガー@進撃の巨人

【マスターとしての願い】
 自由。

【能力・技能】
『進撃の巨人』
 巨人に変身する因子を持った民族エルディア人(ユミルの民)、彼らを支配するエルディア帝国が擁する、知性を持ったまま巨人化できる「九つの巨人」のひとつ。
 肉体は継承者の体から急速に出現し、うなじ部分に収まる形で固定される。
 形状的には変哲のない15m級。継承者のエレンが格闘術に優れてる為そのまま戦闘に転用できる。手足を一時的に硬質化する事で破壊力を向上させられる。
 ……歴代の継承者しか知らない固有の能力は、『未来の継承者の記憶を覗き見、未来を知る事』。
 聖杯戦争という未来にない事象を経過した事で、見える景色は曇りかけてる。

 他の継承者を喰らい、その巨人の能力を奪う事が可能で、現在は硬質化能力を多方面に展開、武器に加工する『戦鎚の巨人』、全てのユミルの民の原点でありあらゆるユミルの民と巨人を操作できる『始祖の巨人』を継承してる。

【人物背景】 
 自由を知りたかった少年。

 参戦時期は、サシャを殺したガキにライフルで首を吹っ飛ばされて、ジークがキャッチするまでの数秒の間。

【方針】
 戦え。
 戦え。
 ……………ごめんなさい。

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最終更新:2022年08月27日 23:35