.

 生命の息吹が聞こえない、乾ききった赤い大地。
 そこに独り立ち尽くし、ただぼんやりと空を見つめる。

 ビームライフルの閃光が、流星のように流れていく。
 撃墜された機体の爆発が、空で瞬いては消えていく。

 まるで遠い星の輝きのように、光は淀んだ空に散らばって。
 けれど、それらは命の断末魔だ。あの宙では、今も人が死んでいく。
 鉄騎を繰る戦士が怒号を上げ、獣の様に暴れ、塵の様に果てていく。
 あんなにも美しい星の海の中では、あまりにも悍ましい負の感情で充ち満ちている。

 何故こんな場所にいるのだろう。朧げな意識で自問する。
 自分は今、やらねばならない事があった筈なのに。
 応えなければいけない声があった、筈なのに。

 そんな時、ガシャリと。
 甲冑が揺れる音が、鼓膜を揺らす。
 自分以外に誰かいるのかと、緩慢な動作で視界を動かす。


 そこにいたのは、赤い、紅い――――――――。


■ ■ ■


 ゼハート・ガレットの目覚めは、顔に受ける暖かな日差しから始まる。
 彼は目覚まし時計を使わずとも、懐かしさを覚える日の光だけで目覚める事が出来る。
 無理もない、彼にとって、日光とは求めてやまないものの一つなのだから。

 掛け布団を畳んでから寝室を出て、顔を洗おうと洗面所へ向かう。
 その道中、この家の使用人であるダズ・ローデンと鉢合わせになった。
 ゼハート独りでの留学を不安がった両親が、わざわざ彼を家に住まわせたのだ。

「おはようございます、ゼハート様」

 まだ眠たげな瞳をしたゼハートに、ダズが温和な口調で挨拶する。
 この使用人は彼よりずっと早くに目覚め、家事に取り掛かっていたのだろう。
 大柄の体格にまるで似合わないエプロンが、その証拠であった。

「……ああ、あはよう。ダズ」
「朝食なら既に出来上がっております。どうぞ居間のテーブルへ」

 ダズの言葉通りに居間に向かうと、そこのテーブルには確かに朝食が用意されていた。
 うっすら焦げ目の付いたトーストにハムエッグという、シンプルかつポピュラーなものだ。
 テーブルの椅子に座り、まだ温かいパンにバターを塗って口へと運ぶ。
 何でもない食物だが、美味しいと素直に言える味だった。少なくとも、ゼハートの故郷ではそう味わえないものだった。

「昨日はよく眠れたでしょうか?以前目覚めが悪いとお聞きしましたが……」
「大丈夫だ。心配されるほどじゃない」

 ここ数日、眠りが浅い夜が続くようになったのは事実だ。
 理由は自覚しているが、少なくともダズに話して解決できるようなものではない。
 それ故、ゼハートは曖昧な対応をとる他ないのだった。

「最近めっきり冷えてきましたからな。身体が寒暖差に追いつけてないのかもしれません」
「そうかもしれんな。日本の冬はよく冷える」

 東京に降り立ってから初めての冬は、想像以上のものだった。
 それに加えて、近頃は寒暖差の激しい日も珍しくないときた。
 この地に慣れてない者では、体調を崩してもおかしくないだろう。

「不調があるのでしたらすぐに申してください、ゼハート様。
 貴方に何かあると、ご学友やご両親もさぞや悲しむことでしょう。
 何より、今の生き生きとした貴方に万が一があっては、私も辛いのですから」

 ダズの言葉に、偽りはない。
 自分に万が一の事があれば、周囲に暗い影を落とすのは間違いない。
 この肉体が背負っているのは、ゼハート・ガレットという一個人の意志だけではないのだ。
 数えきれない程多くの、長い歴史の中で積み上げられてきた命が、自分には――――。

「……ど、どうなさいましたゼハート様?やはり体調がよろしくないのでは!?」

 自分を心配するダズの声で、ゼハートは我に返る。
 どうやら物思いに耽っている最中に、顔色を青くしていたようだ。
 心配ないと話してすぐにこの有様では、余計に気を使わせてしまうだろう。
 そう考えてから、これではまるで父親と会話しているようではないかと気づき、思わず笑みが零れる。

「すまない。本当に何でもないんだ。ただ……」

 今度は笑顔を見せたゼハートに、ダズはいよいよ怪訝そうな顔をする。
 これでは調子が悪いどころか、正気を失っているのではないかと疑われかねない。
 ダズとの会話はここで切り上げて、学校に向かう準備をするべきだろう。

「心配してくれるお前がいる事が、なんだか嬉しいんだ」


■ ■ ■


 留学生として転校してきたゼハートは、学園でも注目の的になっている。
 外人というだけでも好奇の目で見られるのに、そこに容姿端麗と文武両道が加われば、嫌でも目立つだろう。
 女性は彼の一挙一動に黄色い歓声を上げ、男性はそれを見て嫉妬の炎に燃え上がる。
 学園に在籍する者で、ゼハート・ガレットの名声を知らない者などいないくらいだ。

 だからこそ、学園で学ぶ多くの者は疑問を抱かずにはいられない。
 どうしてゼハートにような有名人が、ロボット研究会で活動しているのかを。
 よしんば彼がサッカー部やバスケ部に所属していれば、第一線での活躍を約束されていただろう。
 そんな栄光を蹴って、どういう訳かオタクの巣窟である機械いじり専門の部活に身を置いているのだ。

「なんというか、変わってるよなゼハートって」

 部活動の時間、機械のメンテナンス中に、部活仲間がそんな事を言った。
 工具を持った手を止めて、ゼハートは不思議そうな顔で彼に顔を向ける。
 これまで裏でそういった話をされてるのは把握していたが、部員から直接言われたのは初めてだからだ。

「俺がか?別に変な事した覚えはないんだが……」
「いやさ、なんで俺らみたいなオタクとつるんでんだろうなぁって」
「俺がいるのが不満か?」
「馬鹿言うなよ、気になっただけさ」

 疑問に思うのは、何も外部の人間だけではない。
 仲間である部内の人間にとっても、ゼハートは摩訶不思議な存在に映っていた。
 少女漫画に出てくる王子様役のような男が、どうして自分達に力を貸してくれるのだろうか。

「昔から好きなんだ、こういうのが。それに――――」

 再度機械のメンテナンスで手を動かし始めながらも、ゼハートは想起する。
 戦士ではなくただの学生として過ごしていた、仮初の日常を。
 今の部活動とはやる事も触る装置も違ったが、それだけでも思い出すのには十分すぎる。
 オイルの臭いが染みつく部屋で、一つも目標に向かって邁進していく日々。
 時に意見が対立し、喧嘩にまで発展しながらも、最後にはより強い結束に昇華していく。
 そんなありがちな青春が、今となってはあまりに懐かしく、愛おしい。

「ずっとこうしていたかった。そんな気がするんだ」
「なんか爺さんみたいな事言うんだな、お前」

 友人の怪訝そうな顔を見て、ゼハートは我に返る。
 今朝の一件といい、どうにも上の空に陥りがちだ。
 今の時点でこの状態では、今後上手く立ち回れるかどうかさえ定かではない。

「そうだぜゼハートッ!そんなジジ臭い事言ってどうすんだ!」

 湿っぽい雰囲気を吹き飛ばしたのは、後ろからぶつけられた大声だ。
 気圧されそうな勢いの声を出したのは、ロボット研究会の部長だった。
 部室にやってきて早々、彼はゼハートにずんずんと歩み寄る。

「今年はマジで全国狙えるぜ!
 なにせフロスト先生のお墨付きまで貰ってるんだからな!!
 ぶっちゃけ勝てるかどうかは俺よりお前の手にかかってる!!」

 大げさに自分を持て囃す部長に、ゼハートは苦笑せざるを得なかった。
 ドーラ・フロストはこの学校の英語教師であり、ロボット研究会の顧問だ。
 かつては機械工学を学んでいた経歴があるそうで、この部活をサポートするに相応しい人材だろう。
 そんな男が認めてくれているのだから、誰もがゼハートに期待を寄せるというものだ。

「言い過ぎですよ先輩。俺はそこまでの男じゃ……」
「そんな謙遜するなよ!お前はロボット研究会の、いやこの学園の誇りなんだからさ!!」

 そう、自分は皆から期待されている。
 表向きは謙遜していたが、部長の言っている事は概ね事実である。
 彼が話した通り、大会で結果を出せるかどうかは自分の手にかかってると言っていい。

 だからこそ、その期待が酷く重い。
 他者から期待を向けられた者は、それに応える義務がある。
 祈りを、怒りを、嘆きを、喜びを一手に背負い、前に進まなければならない。

「とにかく期待してるぜゼハート!!俺たちの希望の星ッ!!」

 部長に背を向けていた事を、今ほど安堵した時はない。
 きっと今の自分は、人には見せられない位青ざめていただろうから。



■ ■ ■



 授業を終え、部活に励み、帰路に就く。
 ゼハートが送っているのは、学生なら誰もが過ごしている日常だ。
 少女と並んで帰り道を歩くというイベントも、多くの多感な少年少女が通った道だろう。
 当然と言うべきか、容姿端麗な秀才であるゼハートにも、隣で歩く少女がいた。

 フラム・ナラという少女だった。
 ドーラ・フロストの妹――家庭の事情で苗字が違うが――であり、同時に自分の後輩である。
 帰り道が一緒な上に故郷が同じという偶然のお陰で、交流を持つようになった。

「……先輩は、その、クリスマスのご予定はあるのですか?」

 いつも通りだと思っていた帰り道、フラムが家族と住む家の前にて。
 彼女から藪から棒にそう問われ、ゼハートは僅かに動揺する。
 そういえば、クリスマスが目と鼻の先まで近づいている事を、今になって思い出した。
 本来は神の生誕を祝う日であるが、日本では恋人と過ごす者が多いと聞く。

「たしか、空いていた筈だが」
「本当ですか?それは……良かった、です」

 予定がないのを知ったフラムが、頬をほんのり赤くする。
 彼女が次に何を言おうとしているのか、概ね察することができた。
 であれば、それを先に口にすべきなのは、彼女の方ではなく自分だろう。

「その件なんだが、フラム。俺も同じ事を考えていた」
「え、えっ?」
「丁度、君と一緒に行きたい場所があるんだ。予定が合うなら出かけないか?」
「それって、つまり、先輩は、その、わっ、私を……!?」

 先手を取られたフラムの顔が真っ赤になり、著しく動揺するそぶりを見せる。
 彼女としては、まさか相手の方からデートの約束を取り付けられるとは思ってなかっただろう。
 こんな可愛らしい反応をしてくれるのかと、ゼハートの表情に笑みが浮かんだ。

「ど、どうして笑うんですか!?」
「いや、すまない。そこまで反応してくれると思わなくてな」

 フラムは生真面目で、あまり笑顔を見せない少女だ。
 彼女がこうして年相応の子供のような表情をしてくれるのが、ゼハートには新鮮味があるのだ。
 何にも強いられなかった彼女は、こんな風に笑う女の子だった。
 それがゼハートにとって、堪らなく愛おしく、堪らなく哀しい。

「それで、君の返事を聞きたいんだが」
「も、勿論です!断る理由がないというか、その……」

 紡ごうとした言葉は途中で途切れ、挙句にフラムは俯いて何も言えなくなってしまった。
 二人の間に流れる空気がもどかしくて、ゼハートまで気恥ずかしさを感じてしまう。
 古臭い青春ドラマめいた沈黙がしばし続いた後、

「ありがとうございます、先輩。
 私、先輩がいなかったらこんなに毎日楽しくなかったと思います」

 無言の間に投げられたのは、フラムからの感謝の言葉だった。
 それを言いたいのはこちらも同じだと、言いかけた口を閉ざす。
 彼女が笑顔でいてくれる。特別な事などしなくても、ただのそれだけで、ゼハートは満ち足りるのだから。

 フラムだけではない。
 親代わりでいてくれるダズも、教師として自分を見守るフロストも。
 彼らが生きているだけで、傍にいてくれるだけで、自分にとっては替えようのない幸福だった。
 だから、だからこそ、これから起こる動乱が、あまりにも――――。

「……すまない」
「何か言いましたか?」
「いや、何も言ってない。空耳だろう」

 口から漏れた謝罪が聞き取れない事は、きっと幸運だったのだろう。
 せめてフラムには、災いとは一切無縁な、不穏など一欠片もない生活を送ってほしい。
 それがあまりに自分勝手な願いである事など、百も承知のうえだった。

「楽しい、か。きっとこれから、もっと楽しくなるさ」
「そうですね。先輩と一緒ならきっと、ずっと幸せです」

 嘘をつくなと、背中から声が聴こえる。
 その女の幸福を砕くのはお前だと、せせら嗤う声がする。
 聞こえない振りをして、家の門を開けようとするフラムに微笑みを向ける。

「楽しいクリスマスにしましょう、先輩!」

 何度瞬きしても、目の前の光景に揺らぎが生じることはない。
 掌から零れ落ちてきた命が、自分の目の前で笑っていて。
 もう二度と取り戻せない日々の中で、自分が暮らしていて。

「――――ああ、最高の日にしよう。約束だ」

 だから、はっきりと理解できてしまうのだ。
 この穏やかな日々で生きる自分は、間違いなく幸福だった。
 こんな時間がずっと続いてくれれば、それだけで自分は満たされてしまうのだろう、と。


■ ■ ■


 幸せな夢を見た。全てが赦される夢を見た。
 掌を真っ赤に染める血が洗い流され、犯した罪も一緒に消えてしまう夢を。

 背負った犠牲に疲弊せず、飲み干した苦痛に悶え苦しむ必要もない。
 何の咎もないただの人間として、当たり前の日常に埋没していく。
 そんなものを、他の誰もが持ち得る平穏を、心のどこかで追い求めていた。

 けれど、解ってしまう。そんなものは所詮、偽りの安息でしかない事に。
 もしここで全てを手放せば、今まで流れてきた血が全て無価値になってしまう。
 自分のために散っていった仲間達が、無意味な犠牲に成り下がってしまう。
 それだけは駄目だ。例え自分を否定されても、彼等の死が否定されていい訳がない。

 そう、誰も彼も死んでいった。戦いの先にある筈の、楽園(エデン)を追い求めて。
 人が人らしく生きられる、地球という名の理想郷。誰もが疫病を恐れずに済む平穏なる世界。
 あの青い星を手に入れるという理想を掲げ、ヴェイガン――火星の民は、夥しい数の屍を積み重ねてきた。
 一人の子供が老衰する程に長い、長すぎる時間を、地球との戦争に費やしてきたのだ。

 だからこそ、止まれない。止まってはいけない。
 今の自分の双肩には、長すぎる戦争で喪われた全てが乗せられている。
 ヴェイガンの新たな指導者として、その重荷を背負って歩き続けねばならない。
 例え、あの戦争の本当の目的を知っていたとしても。

 『恒久的戦争を通した、無差別な人類種の選別』。
 ヴェイガンの首魁であるイゼルカントは、それが長年続いた殺し合いの真の狙いだと、自分だけに話した。

 血で血を洗い続けた闘争の果てに、戦争を恐れ、憎み、決して手段に択ばない優良種だけが宇宙に残る。
 現生人類を生贄に、人が人らしく生きることができる、誰もが武を捨てた真の理想郷(エデン)が開かれるのだという。
 狂気の沙汰という言葉すら生温い、あまりに悍ましい夢物語の為だけに、夥しい量の資源と人命が費やされていたのだ。

 余命いくばくもないイゼルカントは自分に告げた。ヴェイガンの指揮をお前に委ねる、と。
 それはつまり、味方の命さえも刈り取る鉈を、自分が振るわねばならないという事であり。
 青い地球で穏やかに暮らしたいという仲間の祈りさえ、選別の名の元に踏み躙るという事で。

 それでも、首を縦に振るしかなかった。
 個人の意思で否定するには、イゼルカントの妄執は長い時間を掛けすぎた。
 狂気を飲み干し歩み続ける以外の道なんて、最初から残されてなといなかった。

 知っている、この戦争が間違っている事くらい。
 分かっている、この先には破滅しか待っていない事も。
 けれど、それが犠牲を放り投げていい理由になる訳がない。
 逃げ出してしまえば最期、自分を守った消えた命すら、残らず無に還ってしまうのだから。

『貴様が見せた安らぎは、俺がこの手で斬ったものだ。俺がこの手で殺したものだ』

 故郷にすら帰れなかった彼等の死を、無駄になど出来ない。
 誰もが手を伸ばし、しかし届かなかった楽園に向かうためになら。

『安息に眠る権利など、最早、俺には無い』

 血塗れの獣(オニ)になっても、構わない。


■ ■ ■



 平穏な夜だった。この街では当たり前の夜だった。
 けれどもそれは、火星の民の誰もが求め、しかし掴み損ねてきた夜だ。
 死病に怯えずに眠れる時間を、ここの住民は当然の様に享受できる。

 ゼハートが生きた火星では、濁った雲が常に空を覆っていた。
 空気は常に淀んでいて、太陽が照り輝く日など滅多にありはしなかった。
 青々しさなど欠片もない、汚れた雪のような色合いの空を見て、街の子供は「いい天気だ」と喜ぶのだ。

 その現実に、ゼハートは深く嘆き、強く怒り、そしてより固く決意する。
 必ずこの静かな夜を、散っていった同胞たちの故郷に届けてみせる、と。
 聖杯の力であれば、多くの犠牲が夢見たであろう楽園に手が届くはずだ。

「――――マスター」

 闇の中から声がする。ゼハートの知っている声だ。
 声のした先に視線を移せば、そこには一人と一機の姿が見えた。
 鬱屈とした表情をした黒服の青年と、蜘蛛の形を模した赤い機械人形。
 高潔とは一見無縁な彼等が、ゼハートの召喚した「剣士《セイバー》」の英霊だった。

「始まるのだな、聖杯戦争が」

 ゼハートのその言葉に、セイバーは小さく頷いた。
 彼の存在は知っていた。何しろ、この街に転移されて最初に遭遇した人物なのだ。

 愛する者を犠牲にした一打さえ空振りに終わり、感情に任せ戦場に出た直後、何故かこの街で立ち尽くしていた。
 混乱する自分の前に姿を現したセイバーは、万物の願望器たる聖杯と、それを巡る闘争の話をしてくれた。
 全ての主従を討った先には、自分が追い求める楽園への片道切符が存在するのだという。

 これまで一か月以上もの間、ゼハートはセイバーに周囲を見張らせていた。
 今は身を潜め、聖杯戦争の本格的な始まりまで体力を温存すべきだという、彼の判断である。
 だが、聖杯戦争が本格的に動くのであれば、潜伏する必要もない。
 一介の学生ではなく、ヴェイガンの戦士として戦場に立つ時が来たのだ。

「もう一度確認しますが、当方の契約条件は――――」
「言わなくていい。解っている」

 セイバーの刃には、ある呪いが宿っている。
 愛した者を殺したのなら、憎い者の命を差し出さねばならない。
 憎い者を殺したのなら、愛した者の命を差し出さねばならない。
 その呪いの名は『善悪相殺』。武の本質を炙り出す宿業であった。

 無論、それはマスターであるゼハート自身にも適応されてしまう。
 つまりは、仮にセイバーがサーヴァントを一騎殺めたのであれば。
 ダズが、フロストが、フラムが、あるいはゼハートを信じた者が、生贄として差し出される。
 彼が愛した日常が、掴んで離したくない平穏が、悪鬼の刃で小間切れにされていく。

「何を犠牲にしてでも聖杯を手に入れねばならない。
 その為なら、私は、人の心を捨ててでも……全てを……ッ!」

 人の心など、ヴェイガンの指導者となった時に捨てている。
 ならば、できる筈なのだ。心を文字通りの鬼に変え、全てを殺し切る事が。
 できると信じていたのだ。この世界で、穏やかな日々に浸かるまでは。

「…………本当に、これしか、ないのか?どうしても、避けて通れないのか?」

 まるで床に臥せた病人のような、小さくか細い声だった。
 ゼハートは力なく項垂れ、何かに縋るような瞳を地面に落とす。
 路頭に迷う子犬めいた主人を前にしても、セイバーの表情は揺らがない。

 一か月以上もの日常は、人の魂を癒し、鈍らせるには十分すぎた。
 ゼハートは今になって恐れている。生きて目の前にいる仲間達に、もう一度死を与える行為を。
 聖杯戦争に勝ち上がるのは確定事項だ。それ自体には何の異論もないし、躊躇いもない。
 それでも、平穏な日常を自らの手で断ち切る行為に、全身の細胞が拒絶反応を示している。
 やめてくれ、と。一度与えてから、また奪い取る気なのか、と。

「ええ。契約ですので。一人の敵を斬れば、同胞を一人斬るべし。
 善悪相殺の理。当方の殺人には、例外なく適応されるものと承知頂ければ」
「…………ッ!!」

 セイバーから返ってきたのは、無慈悲な現実であった。
 この英霊を使役すれば、どうあれ善悪相殺という呪いからは逃れられない。
 惨めに泣いて叫んでも、聖杯戦争を続けていけば、自分の身体は血塗れになる。
 つい最近まで笑いあっていた、大切な人たちの返り血で。

「……………………そう、だな。契約、だからな」

 都合のいい妄言を両断され、その場では諦めがついたのか。
 ゼハートは大きく肩を落とし、言い聞かせるようにそう呟いた。

 頭では理解しているのだ。この東京の住人は、全て紛い物に過ぎない事くらい。
 ゼハートが信を置いていた者たちは、誰も彼も戦火の中に消えているのだから。

 ダズ・ローデンは、自分にヴェイガンの未来をを託し、敵機諸共自爆した。
 ドール・フロストは、信頼と希望を託しながら、自分を庇って塵になった。
 フラム・ナラは、自分と愛を通じながら、砲撃に呑まれ消え去った。

 この世界における本物は、自分の肉体だけしかない。
 仲間を犠牲にし、理想の為に歩むしかない、ゼハート・ガレットという指導者しか。

「今更、変えられるものでもない。変えていいものじゃ、ないんだ」

 きっと、万物の願望期の力さえあれば、今の日常を永遠に続けることさえ出来ただろう。
 人生をやり直し、ダズやフラムが死なない未来を現実にさえ出来るに違いない。
 だが、都合のいい未来など、信じてはいけない。やり直しなど、望んではいけない。
 それを聖杯に口にすれば最期、自分は犠牲に背を向けた最悪の裏切り者になる。

「今のは忘れてくれ。少し、動転していただけだ」

 立ち上がり、共に戦う戦士と改めて相対する。
 長年身を置いてきた戦場で培った洞察力が、この男は強者であると太鼓判を押している。
 一見すると陰気な青年だが、最優のクラスに相応しい腕前を有しているだろう。
 だからこそ、歴戦の勇士であると察せられるからこそ、解らない事がある。

「……なあセイバー。お前はずっと、こんな事を続けてきたのか?」

 最初に契約内容を聞かされた時から、疑問があった。
 どうしてこの剣士は、善悪相殺などという呪いを身に受け、なおも戦い続けるのか。
 殺人を畏怖するなら、召喚に応じなければいい。殺人を好むなら、契約の話をする必要などないはずだ。
 そのどちらでもないなら、彼が聖杯戦争に参加する理由とは何なのか。

 言おうか言うまいか、セイバーは僅かに逡巡した後、

「自分が背負うと誓った、呪い(願い)ですので」

 その時。
 ゼハートの脳に流れ込んできたのは、闘争への憎悪と嫌悪感だった。
 悪意を持って弱者を虐げる戦士への怒り。正義を掲げ悪を嬲る戦士への嫌悪。
 そして、それ以上に黒く燃え上がる、刃を握る自分自身への激しい憎悪。

 彼が有する『Xラウンダー』――強い精神感知能力が、他者の感情を読み取ったのだ。
 この場にいるのは自分とセイバーだけ。つまり、この憎しみを抱えているのは。

「お前は、なぜ――――」

 何故争いを憎むその身で、戦場を駆けるのだ。
 そう問わずにはいられず、口を開こうとするが。
 ベランダの窓を開ける音で、その流れは断ち切られてしまった。

「どうかなさいましたかゼハート様?」

 ダズが、自分を信じてきた人が、窓の近くでこちらの様子を伺っていた。
 ここ最近、彼には心配をかけてばかりだなと、己の不甲斐なさを恥じる。
 セイバーとのやり取りは聞かれていなかった事は、不幸中の幸いだろう。
 第三者の気配を事前に察したのか、セイバーも既に霊体化して姿を隠している。

「……何でもない。風に当たりたかっただけだ」

 何でもない、なんて。
 思ってもない事を言うのは、無理に表情を作るのは、これで何度目だろうか。
 これから自分は、こんな風に己を殺し、本音を隠して生きていく。
 出来ない訳がない。表情を隠す仮面なら、ヴェイガンの頃にずっと被ってきたではないか。

 『これから殺す奴に、随分優しい声をかけるんだな』。
 誰もいない筈の背後から、あざ笑う声が聴こえてくる。
 振りむけばそこには、戦争の犠牲が――見殺した兄も含めて――こちらをじっと見つめているのだろう。
 聞こえない振りをしていても、血に濡れたような冷たさが、背中に張り付き続けていた。


■ ■ ■






 最初にセイバーと出会った時、ゼハートは男の陰に武者を見た。
 等身大のモビルスーツもかくやとばかりの鋼鉄を纏った、赤い甲冑の戦士を。
 そう、赤色だ。ゼハート・ガレットという人間の一生で、最も縁近い色だ。



 それは、生まれ故郷の「火星」の赤。
 それは、己の個性たる「象徴」の赤。
 それは、同胞が流した「鮮血」の赤。




 あるいは――――――遍く命を斬り裂く、「悪鬼」の赤。







■ ■ ■


【CLASS】セイバー
【真名】湊斗景明
【出典】装甲悪鬼村正
【属性】混沌・悪
【ステータス】筋力:B 耐久:A 敏捷:B 魔力:C 幸運:E- 宝具:B(宝具解放時)

【クラス別スキル】
対魔力:B
 魔術に対する抵抗力。一定ランクまでの魔術は無効化し、それ以上のランクのものは効果を削減する。
 魔術詠唱が三節以下のものを無効化する。大魔術・儀礼呪法などを以ってしても、傷つけるのは難しい。
 セイバーの場合、宝具を解放している時に限りこのスキルが発動する。

騎乗:C
 乗り物を乗りこなす才能。
 Cランクでは正しい調教、調整がなされたものであれば万全に乗りこなせ、野獣ランクの獣は乗りこなすことが出来ない。

【固有スキル】
善悪相殺:EX
 村正の銘を持つ三つの劔冑全てに刻まれた呪い。
 一つの命は善と悪を同時に兼ね備え、命を奪う戦いは善と悪を諸共に断つ醜悪なものだということを知らしめるためのもの。
 憎悪をもって敵を一人殺せば、愛する味方をも一人殺さなければならないという戒律を使い手に強制する。
 村正の仕手である限りこのスキルは絶対に外す事は出来ず、この呪いはセイバーの仕手たるマスターにも伝染する。
 仮にセイバーがサーヴァントを殺害した場合、彼はマスターの大切な人をその手に掛けなければならない。

悪鬼:A
 己の罪に対する呪いめいた強迫観念がスキルとなったもの。
 このクラスを持つ者は属性が混沌・悪に捻じ曲げられ、第一印象が悪くなりやすくなる。
 このスキルは外す事が出来ず、セイバー本人も手放す気はない。

心眼(真):B
 鍛錬や実戦によって培われた洞察力。
 窮地において自身の状況と敵の能力を冷静に把握し、その場で残された活路を導き出す“戦闘論理”
 逆転の可能性が1%でもあるのなら、その作戦を実行に移せるチャンスを手繰り寄せられる。

【宝具】
『勢洲右衛門尉村正三世』
ランク:B 種別:対武宝具 レンジ:1 最大補足:1
 鍛冶師の魂が宿った剱冑(ツルギ)と呼ばれる甲冑にして、劔冑鍛冶の一門「村正」の流れを汲む妖甲。
 「陰義」と呼ばれる固有能力として「磁力制御」を備えており、様々な物に対し磁性を付与する事を可能としている。
 更に後天的に「重力制御」の陰義を獲得しており、磁力制御によるエンチャント効果値を更にブーストすることが可能。
 が、善悪相殺の呪いを宿す為、一度憎い敵を斬った場合、愛する者も一人斬らなければならない。
 独立待機時には蜘蛛、あるいは褐色の美女の形態をとり、高度な自律活動を行う。

『蒐窮一刀(おわりのたち)』
ランク:C 種別:対軍魔剣 レンジ:1~30 最大補足:1~100
 村正が持つ磁力制御とセイバーの剣術を組み合わせて使用される抜刀術。電磁抜刀(レールガン)と表記される。
 磁力制御を刀一点に極限まで集中させて行い、電磁力と反発・吸着の作用により光速とも表現される速度で斬撃する。
 様々なバリエーションが存在しており、射程範囲や威力がそれぞれ異なっている。

『魔剣・装甲悪鬼』
ランク:- 種別:対人魔剣 レンジ:1 最大補足:1
 最も憎む自身を殺す事で最も愛する者を殺すという、善悪相殺の呪いを利用した最期の魔剣。
 セイバーはこの魔剣で自身を犠牲にする事により、殺戮を繰り返す己の■に愛の証明たる一太刀を与えた。
 この魔剣はただ一人に向けられたものであり、それ故、聖杯戦争で日の目を見る事は無い。

【weapon】
『虎徹』
 村正の得物たる野太刀。
 本来は無銘であったが、ある少女の存在が切っ掛けでこの名が付けられる事となる。

【人物紹介】
 その理想は、一人が背負うにはあまりに重すぎた。

【サーヴァントとしての願い】
 誰もが武を捨てた世界を望む。


【マスター】ゼハート・ガレット
【出典】機動戦士ガンダムAGE Memory of Eden

【マスターとしての願い】
 プロジェクト・エデンの完遂。

【weapon】
 無し。

【能力・技能】
『Xラウンダー』
 人の脳の中で通常は使われない未知の領域「X領域」の能力を使える人間を指す。
 近未来視や反射速度の向上、ビット兵器の操作能力などの力を発現し、高位の能力者は他者との感覚共有すら行えるようになる。
 また、Xラウンダーに触れられた人間は、X領域の能力が少しづつ開花されていくケースも見受けられる。
 ただし、この能力は酷使すると暴走する危険性があり、そうなると激しい頭痛を伴う半狂乱状態に陥ってしまう。
 そのため、ある男はこの能力を「人としての退化、理性を持たぬ獣への回帰」と評している。

【人物紹介】
 その大義は、一人が背負うにはあまりに重すぎた。

【方針】
 散っていった同胞に報いる為、聖杯を手に入れエデンに至る。
 例えそれが、望む未来ではなかったとしても。

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最終更新:2022年09月01日 14:27