――たっ、たっ、たっ。
足音が、規則的なリズムを奏でている。
慣れた時間帯に慣れた足取りで――だけど辺りの風景だけが、いつもと違う。
普段と違う道を走っているのではない。いつもの河川敷は、そもそもこの世界には存在していないのだ。聖杯戦争に、異界東京都。私の常識に存在しなかったもの。それらと取って変わって切り離された、かけがえのない日常と、せいいき桜ヶ丘。そんな中で私――千代田桃は日課である朝フル(朝からフルマラソン)を決行していた。
大地を踏みしめる度に、スポーツシューズ越しに足の裏に感じる反力。汗腺を刺激する朝日と並び、清涼な風が桃色の髪を揺らしながら心地よい空気を運んでくる。コンディションは良好、と、普段ならきっと感じられていただろう。そうあることができないのは、聖杯戦争という、日常に唐突に現れた変革によるものに他ならない。
「熱心なものだな。」
と、怪訝な顔持ちを浮かべながら、先ほど呼び出した青い長髪の男、キャスターが言った。これに関しては申し訳なさもあるのだけれど、サーヴァントたる彼は私の日課に付き合わざるを得ないためか、どこか面白くなさそうに私と併走している。もっとも、この状態を併走と呼ぶのであれば、ではあるが。キャスターは重力など初めから無いかのごとく、宙に浮いたままグライドしているのだ。本人曰く魔力を用いて浮いているのだと言うが、私の知る魔力の使い方とは違うようだ。
「ごめん、キャスターには退屈かな。」
「そうではない。研鑽を積むことそれ自体は良いことだ。だが……」
続くキャスターの言葉に、規則的だった足音がぴたりと止まる。
「結局、不安を紛らわす手段に過ぎないのだろう?」
「……まあ。それはそうなんだけど。」
図星だったからだ。私の、走る理由――走らずに、いられない理由。力が足りなかったら守れないものがあるから。身体への負荷が無ければ、力を身に付けている実感が湧いてこないから。
確かに、シャミ子曰く心の大掃除、もとい洗脳を受けたらしいあの日から、心の中に常にドロドロと引き摺り続けていたトラウマは、少しだけ軽くなっている気がしている。しかし、だからといって過去を完全に脱却したわけではない。姉が残した町を守れないことへの不安は絶えず襲ってくる。特に、異界東京都とやらに召喚され、せいいき桜ヶ丘を留守にしている現状を鑑みれば、なおさら平静ではいられない。
「……今はもう少しだけ、走らせてほしい。」
「構わんが……戦いに支障をきたさない程度にしておけ。」
「うん、そうしてる。」
とはいえ、これはただの逃避というわけではない。これだけの鬱屈を抱えている現状、そうやって気を紛らわせていないとまた闇堕ちしてしまいかねないのだ。今の自分は、小倉の薬で無理やりに闇の眷属になった時の後遺症で、負の感情を溜め込みすぎると勝手に闇堕ちフォームになってしまうことがある。闇堕ちフォーム状態だとエーテル体の依存先の問題で、身体能力的に弱くなってしまう上に、最悪の場合、魔力を使い果たして消滅する危険まで背負っている。ストレスを適度に発散し、メンタルに抱えることとなってしまった爆弾を適切に処理することは、精神論ではなく物理的にも、聖杯戦争で生き残るのに必要なプロセスだ。
……といった理由については、最低限の説明を付け加えておくことにした。サーヴァントに見限られれば、主従関係を超えて対立することが想定できなくはないため、あまり弱点を話しすぎるのは良いことではないということは把握している。だが、逆に説明責任を果たさないままにサーヴァントの不服を溜めるのも同様の理由で望ましくない。と、計略を張り巡らせた上で話すことを選んだその経緯。キャスターは概ね、興味無さげに聞いていた。とりわけ言う必要はなかったかもしれない。
走りがひと段落すると、休憩も兼ねて近くの公園に足を運ぶ。その一角に見えるベンチに腰掛け、辺りを見回した。せいいき桜ヶ丘の近場の公園では、野生の猫とよく会うことができたが、この公園に野生動物の気配は感じられない。シャミ子と出掛けた思い出も、この公園とは結びつかない。
……などと思いを巡らせている内に。
「……ここに呼ばれる前にいた町はね、姉が命懸けで作り上げた、皆の居場所だったんだ。」
気が付くと、寂寥の言葉が口をついて出ていた。らしくないな、と思い続きを語るのを止めようとしたが、キャスターはこれまでになく耳を傾けて、続きを待っているようだった。
どことなく小っ恥ずかしいが、ストレスの要因は言葉に吐き出してしまうのが闇堕ち対策の最たるものであるのも確か。どの道、初対面の相手だ。恥なんてものはいったん割り切って、続ける。
姉の、千代田桜が目指した理想の町――光の一族も闇に属する魔族も、その両方が手を伸ばし合って共生する、せいいき桜ヶ丘の話を。
「上手くいかなかったこと……嫌な思い出もたくさんあるし、ちゃんと向き合おうとすると、まだ息苦しくなる時もある。でも、あの町は私の宝物だった。」
守りきれなかった多くの魔族の犠牲の上に、せいいき桜ヶ丘は成り立っている。あの町で、シャミ子と出会えた。段々と、セピア色だった日々に確かな色付きを感じられるような出会いが、訪れたこと。その奇跡に――光と闇が、ゆるく混ざり合えているこの現状に、抱く願いが、あるのだとしたら。
「私は……私の居場所だった町に、帰りたい。聖杯の力なんて無くても、この戦いが終われば私の願いは叶っちゃうんだ。」
――私はもう、喪いたくない。
欲しいものがあるのではない。ただ、奇跡の上に成り立っている今を、維持したい。願うことはそれだけでいい。
聖杯戦争に限らずいつの世も、願いの成就にはそれに見合うだけの代償が伴う。光の巫女の系譜である魔法少女すら、実力のある魔族を狩らなくては願いを叶えるだけのポイントを貯められない。だったら――誰かの平穏を、宝物を、奪って叶えられる大層な願いなんて、いらない。願いのために魔族を狩ることを良しとしない姉のやり方に、倣って。姉のやり方と似た方法で、『みんなが仲良くなりますように』を実践しようとしているシャミ子の心持ちに、倣って。
決意を、そして願いを語った私を前に、キャスターは静かに、されど荘厳に口を開く。
「向こうに見える、道を走る重機……クルマ、といったか。」
「……?ㅤうん。」
「大地は鉱物を混ぜた素材で舗装されている。」
「コンクリートのこと?」
「そして何より……この都に住む者たちは、それぞれがそれぞれの住居を構えて生きている。」
段々と、キャスターの言いたいことの輪郭が見えてくる。彼は紛れもなく、いつかの時代を生きた英霊だ。
「どれも、私が生きた時代には無かったものだ。」
キャスターが生きていた時代と、文明レベルが現代のそれと遜色ない異界東京都。そこには、大きな乖離があるのだろう。せいいき桜ヶ丘から来た私でさえ、昨日までの景色との差異に覚えた違和感。彼が抱いているであろうそれは、私よりもずっと大きいのだろう。
「――異界東京都。ここは……私の知る世界とは何もかもが違いすぎる。」
――それは、到底甘受できない苦しみであった。
脈絡なく唐突に、未知の世界へと送り出される絶望。文化も文明も違えば、常識なるものも一変する。大切な人との別れの悲しみに暮れる暇すら、与えられることはなく。
キャスターこと『魔王』が、その力の源であった鉱物生命体ラヴォスに憎悪を燃やすには、充分な理由であった。
「……だが私はこれまでに二度、このような感覚を経験している。」
「えっ。」
彼がそれまで過ごしていた場所から異なる時代に飛ばされたのは、これが三度目であった。
一度目は、ラヴォスの力の暴走により、古代文明の時代から中世に飛ばされた、絶望の記憶。その際に彼は、魔族を率いる存在として、魔王と名乗り始めた。それは、ラヴォスへの復讐のためならば中世を生きる人間たちを生贄にすることも良しとするまでに、憎しみに囚われた男の名だ。
二度目は、宿命と呼べるだけの相手と成ったグレンに儀式を妨害され、召喚に失敗したラヴォスの力の暴走で再び古代の時代に戻ることができたときのものだ。すでに自分は、生まれた時代よりも長い時を、中世で生きてしまっていた。あれだけ求めていた姉との再会を――帰郷を以てもなお、それを『皮肉』と吐き捨てるに終わってしまった。すでに、掲げる願いはラヴォスへの復讐へとすり変わっていたのだ。
ようやく邂逅を果たしたラヴォスに敗北し、姉との別れをいま一度突き付けられ――数十年に渡る復讐の計画、その全てが無に帰したその上で。グレンとの戦いの宿命は、すでに止まることができない段階にあった。勇者と魔王の一騎打ちの末に、自分は敗北し、命を落とした。
これは、一度は終わった夢。されど自分はいま一度、英霊としてこの場に存在している。潰えた夢に、続きが与えられている。
稀有な魔法の素質を有する古代王国の王子が、魔族の大群を率いる魔王となってでも果たそうとした復讐が、夢と散った物語。それら一切を語り終えたキャスターは、一度は諦念に終わった後悔を、改めて口にする。
「……もしも私が、中世に飛ばされてもなお復讐に囚われることなく、姉との再会のために動いていたならば――」
グレンは、潰えてしまった復讐の物語に終止符を打つにはこの上ない相手のはずだ。ヤツの親友サイラスを殺したのは自分であり、ヤツの復讐の相手もまた自分でしかない。仮にそうでなくとも、勇者と魔王という時代を超えてもなお逃れられない宿命がある。
だと、いうのに。
何故、こうなってしまったのか。
形容しがたい後悔が、胸の底から溢れて止まらなかった。
あの時にもどりたい。あの時、ああしていれば――
それが、記憶に残る最後の想いだった。
「――或いはお前のように。光と闇が手を取り合い、同じ道を征く未来すらもあり得たやもしれぬ。」
――ああ、きっと。
その後悔こそが、私が今ここに英霊として顕現できている理由なのだろう。
誰かの意思に基づく日常の崩壊と、変革。到底受け入れ難い理不尽を前にした上で、マスターが語った願いは――憎しみによる復讐ではなく、取り戻すこと。光と闇で手を取り合って、姉の捜索を目標に奮闘すること。それは、己が成せなかったことに他ならない。
「マスター、千代田桃よ。」
なればこそ。
私が願うは、ラヴォスの討伐ではない。かつて取り憑かれるまでに復讐は、時を超えて世界を救おうとしている宿敵グレンに、そして彼らが生き返らせようとしているクロノに、すでに託している。
そして、姉の捜索でもない。その絶好の機会であった時に、姉の危機を前にしてなお目を背けた私は、すでにその資格を喪失している。
「もしも、一度は光に背いた私にもそれが認められるのなら――かつて私が捨てた真名、『ジャキ』。これを共に戦う誓いに立てよう。」
英霊は、手を差し伸べる。いつか出来なかった、光との邂逅。願うは――同じ境遇に在りながらなお、居場所を取り戻すために戦わんとするマスターの願いに、報いること。
かつての後悔に、そうならなかったもしもの解を提示した上で――あくまで一度はその生を終えた英霊として、未練なく静かに、この世を去ること。
「……ありがとう。それじゃあ……よろしくね、キャスター。」
勇者と魔王。
魔法少女と魔族。
光と闇は背中合わせであると、誰が言ったか。
光が強く輝けばこそ、闇はその深みを増すように――重なり合ったその手は強く、握られている。
その邂逅が、もしもがほんの少しズレていれば成立し得ないほどの危ういバランスの上に成り立っている奇跡であることを、知っているから。
【クラス】
キャスター
【真名】
ジャキ@クロノ・トリガー
【パラメーター】
筋力:B 耐久:B 敏捷:A 魔力:EX 幸運:C 宝具:A
【クラススキル】
陣地作成:A++
ラヴォス召喚の際に作り出していた魔法陣のように、魔力の籠もった陣地を作り上げることができる。
その内部では、最高峰の防御力を誇る絶技『バリアチェンジ』(後述)を扱うことができる。
道具作成:A
姉のサラが作成した道具「サラのお守り」には状態異常への完全耐性の効力が付与されている。
魔法の才でサラに勝るジャキにも、同様の魔道具作成が可能である。
状態異常耐性のみならず、込める魔力の質によって魔道具の効力は様々に改変が可能。
【保有スキル】
魔法の才:EX
戦の神スペッキオをして「教えることはない」と言わしめるほどに、森羅万象に存在するあらゆる属性の魔法を扱うことができる。
原作中に存在する「火・天・水・冥」の四属性のみならず、時にクロスオーバーの過程で提示される多様な属性の概念についても、その人物への一身専属性がない限りは扱える属性として網羅しているだろう。
バリアチェンジ:A++
陣地作成の条件が整っている場合のみ使用可能。
攻撃を吸収し、自身の生命力へと変換した上で魔法にて反撃する攻防一体の絶技。
ただし、そのバリアはすべての属性攻撃を同時に吸収することはできず、一つはバリアを破る属性(反撃に用いる魔法と同じ属性)が存在するという弱点がある。
とはいえ、扱う攻撃の質の割れた単独相手であるならば、絶対的な防御壁と化すだろう。
黒い風:B
近しい未来に発生する他者の死の予兆を、天性的に感じ取ることができる。
【宝具】
『闇夜の鎌』
ランク:A 種別:武器 レンジ:2 最大補足:1
本来は特筆すべき効力こそ無いものの、高い殺傷力を誇る武器。
この鎌を手にした魔王像が現代(A.D.1000)を生きる魔族の末裔に厚く信仰されており、宝具に値するだけの神性は、その伝承に由来する。ゆえにその力は本来の性能を部分的に逸脱し、信仰対象として誇大化された性能に近しいものとなっている。
後世では、「ラヴォス神を生み出した魔族の王」と誤って言い伝わっている。それゆえ宝具を解放すれば、イメージした魔力生命体の創造を行うことが可能。生贄等を用意し、儀式性を高めれば、ラヴォスの創生すら可能かもしれない。
また、魔族の信仰の糧にある「人間への復讐心」に由来し、勇者や魔法少女など、その属性の本質を光とする存在への特攻効果を得る。
【weapon】
宝具
【人物背景】
古代(B.C.12000)における魔法の文明の中心にある魔法王国の王子として生まれた人間。
星に寄生する鉱物生命体ラヴォスから抽出される不老不死の力に魅せられた女王ジールへの反発から、姉のサラと愛猫アラファト以外に対し、心を閉ざしながら生きてきた。
ある時、ラヴォスの力の暴走(定かではないが、少なくともジャキはそう認識している)により時空のゲートに呑み込まれ、中世(A.D.600)の時代に飛ばされる。中世では『魔王』を名乗り、有していた膨大な魔力から魔族たちを束ねていた。魔王城を拠点に、復讐のためラヴォスを召喚する儀式を行おうとするが、かつて魔王自身が呪いでカエルの姿へと変えた勇者グレンと、その新たな仲間クロノたちによって阻止されることとなった。その際に、儀式で呼び出しかけていたラヴォスの力が再び暴走。
中世の時代に飛ばされることとなった時間軸より少し前の、古代に再び戻ることとなった。
そこで正しい歴史を知っている魔王は予言者を名乗ってジールに取り入り、ラヴォス討伐の機会を伺った。
しかし、その際にもラヴォスの討伐に失敗。ラヴォスの完全な覚醒を許してしまう。
全ての計画が頓挫したその後、改めて対峙することとなった勇者と決闘。そのまま敗れ、死亡した。
作中では基本的に『魔王』の名で呼ばれている。
【サーヴァントとしての願い】
マスターの願いを叶える。
【マスター】
千代田桃@まちカドまぞく
【マスターとしての願い】
聖杯戦争を生還し、せいいき桜ヶ丘に帰る。
【能力・技能】
『魔法少女』
ナビゲーターのメタ子の導きの下、肉体の組成をエーテル体に再構築して戦う光の巫女の系譜。魔力(と多少の気合いと筋肉)を用いれば、走っているダンプを片手で受け止めたり、50m走を3秒台で走り抜けたりといった具合に肉体強化ができる。
また、その生き血には光の命のエネルギーが濃縮されており、光の力で成された封印を溶かすことができる。その場合、血を流した瞬間ではなく、それを用いて封印を解いた瞬間に、(血の一滴であっても異変が外部から察知できる程度に)本人の魔力を大きく消耗することとなる。
【人物背景】
桜ヶ丘高等学校に通っている魔法少女。
養護施設で育っていたが、義理の姉、千代田桜を訪ねてせいいき桜ヶ丘に戻ってくる。桜の失踪と、町を狙う魔法少女の存在を知り、桜に代わって、光の一族と闇の一族がゆるく共存しているせいいき桜ヶ丘を守っていくことを決意。
しかし目立った危険がなかったため数年ほど魔法少女としての活動をする必要もなく、また姉の手がかりも掴めないまま、灰色の日々を送っていた。
そんなある日、突然まぞくとして覚醒した
吉田優子(シャミ子)との出会いを契機に、様々な人物と関わりを持つこととなる。姉の居場所と、戻って来れない事情を知った今となっては、「シャミ子が笑顔になれるだけのごくごく小さな街角だけを全力で守る」ことを新たな目標に据え、それまで通りシャミ子を鍛えながら日常を謳歌している。
最終更新:2022年09月01日 14:28