「オマエさ」
白目を剥いて伸びている敵マスターを適当に蹴り飛ばす。
既にサーヴァントは消滅した後で、その証拠に彼の右手からも令呪は完全に消えていた。
戦闘にかけた所要時間はざっと十秒前後。
瞬殺と呼ぶに相応しい"圧勝"を事もなく示しておきながら、それを誇りひけらかすでもなく。
苦いものでも食べたかのように舌をべろりと出して、眉間に皺を寄せながら振り返った。
「マジで弱ぇのな」
「うっっせえ……」
そこには大の字で横たわる、金髪の少年の姿。
顔中を青痣や土埃で汚した姿はいっそみすぼらしくすらあり。
しかし彼の左腕に未だ三画きっちり揃った令呪が残っていることが、彼がこの戦闘においては勝者の側に居る人間なのだということを物語っていた。 疑問が一つあるとすれば。
何故、戦闘自体は十秒そこらで決着したにも関わらず勝者側のマスターであるこの少年はこうもボロボロなのか?
その答えは単純である。
サーヴァント同士の戦い"は"、すぐに終わった。
だが――マスター同士の戦いは、その限りではなかったというだけ。
「言っとくけど、オマエが戦ってたあいつは術師の中でも相当ヘナチョコな部類だよ」
「え゛っ!? 嘘だろ!? あの野郎の攻撃、一発掠るだけで意識飛びそうになるほど重かったんだぞ!?」
「だーかーら、そんだけオマエが弱っちいってこと」
事の次第はこうだった。
少年のサーヴァントが敵方を凸凹の目立つハンドボールのような形に変えてしまうまでの僅かな間に、独断で相手のマスターの前へと飛び出し。
そして拳を握り、殴り掛かったのだ。
しかし腐っても敵は魔術師。
気合と根性だけで超人と凡人の実力差を埋めるなど、所詮は寝物語の世迷言である。
少年は瞬く間にボロボロになった。打ちのめされ、引き倒され、血を流してのたうち回り。
――それでも。
倒れることだけは、しなかった。
その異様な鬼気に魔術師が一瞬気圧されたその隙を、突いて。
少年は裂帛の気合を込めて叫びながら懐に踏み込み、がむしゃらな鉄拳を一撃。
打ちどころが良かったのもあるだろうし、相手が所詮無力非才の不良少年と侮っていたのもあろう。
だが事実として、少年の拳の前に魔術師は倒れた。
白目を剥いて伸びている様は、"完敗"の二文字がよく似合うそれで。
どんなに不格好でも情けなくても、少年は確かに"勝者"だった。
「なんであんな無謀なことした?」
「……あ?」
「オマエがマジで馬鹿なことは分かるよ。だけどさ、馬鹿なりに自分の身の程は分かってんだろ?」
そんな少年に召喚された、サーヴァント。
銀髪を海風に遊ばせる青年は、生きていた頃から今に至るまで弱者の心境というものを味わったことがなかった。
何故なら彼は、この世に生を受けた瞬間から既に誰よりも強かったから。
物心つく前から命を狙われ。そして自分の首を狙いに現れた全員を返り討ちにしてきた。
たかが子供と舐めて掛かった刺客が、自分の姿を一目見るなり脱兎の勢いで逃げ出すこともしばしばだった。
気分が良かったし――自分は強いのだと、驕りではなく事実としてそう確信出来た。
そしてその通り。
彼はまさに最強の術師だった。
持って産まれた術式も、戦闘のセンスも。
傲岸不遜を地で行くメンタリティも。彼は強者に必要な何もかもを、一切の努力無しに最初から持っていた。
「……オレだって分かってるよ。オマエに任せとけば、オレは何一つ痛い思いをせずに済んだって」
一方で。
何の因果か、そんな男を召喚せしめたこの少年は。
彼とは全く真逆の人生を送ってきた、凡人だった。
生まれながらの長所は特にない。腕っぷしも死ぬ気で頑張ってようやく中の上、どうやっても上の領域には入れない筋金入りの凡愚。
"最強"の男の隣に立つにはあまりにも不釣り合いな、路傍の石のような男。
それが彼だ。彼が恐らく百人、千人……否万人居たとしても、きっとキャスターに掠り傷一つ付けられないだろう。
「けど……そんなの情けなすぎんだろ!?」
だが彼は一つだけ。
キャスターが持っていないものを持っている。
彼は弱者だ。誰もが認める、弱くてダサい男だ。
頭は悪い、喧嘩は弱い。根がお人好しだから人にすぐ騙される。
そんな彼の唯一にして、最大の取り柄。それは――
「オマエを振り回してるのは……オレのわがままだ。
わがまま言うだけ言って、後は強え仲間におんぶに抱っこなんて――ダサすぎる」
「そういうもんなんだよ、聖杯戦争ってのは。
召喚した側が、された側にわがままを聞かせて振り回すの。
逆に弱え奴が前線に出る方が遥かに迷惑。結局その無茶のケツ拭くのはこっちなんだよね」
「うぐっ……。それは、そうかもしれねえけどさ……!」
"諦めない"ことだ。
相手が何であれ、ケツに火が点いたなら怯まない。
何度殴られて転がっても、決して諦めない。
何度でも立ち上がる。相手が不良でも、魔術師でも。
キャスターはさっき、それを見た。
打ちのめされ、叩き伏せられ。
それでも諦めずに立ち上がって食らいつき、最後には明らかな格上の相手を怯ませ、その隙を突いて競り勝った。
とんでもない馬鹿だと、そう思った。
こんなに極まった馬鹿は今まで一度しか見たことがなかった。
「……そういえば聞いてなかったよな。オマエさ、何で聖杯に頼らないんだよ」
弱者の気持ちなど、正直今でも分からない。
この世界でもキャスターは確実に強者の側だ。
並の英霊では彼に傷一つ付けられない――彼の方は、マスターの不出来さ故に全力を出すことが出来ない状態だと言うのに。
それでもこの世界に集った大多数の奴原よりも、圧倒的に強い。
「――過去を変えたいんだろ? だったらさ、聖杯に頼って叶えた方が圧倒的に早えーよ。
この世界に居る連中がどの程度"やれる"のかは知らないけど、まあ俺が殺せないほどの相手が居るとは思えない。
オマエがゴーサインを出せばそれで終いだ。俺がさっさと聖杯戦争終わらして、オマエを聖杯の真ん前まで連れて行ってやるよ」
なのに何故。
彼は頑なに最短ルートを拒むのか。
そして自分は、何だってこんなガキにこうも付き合ってしまっているのか。
最強の彼は測りかねていた。だからこうして、らしくもなく先人面で試すようなことを言っている。
……本当は、彼だって。
聖杯戦争という儀式に乗るよりかは、それをぶち壊す方が"性に合う"と思っているにも関わらず。
「要らねえ。聖杯には――頼らねえ」
「……だから理由を言えっての。何でそうまで聖杯を拒む?
聖杯の恩寵は眉唾物じゃ決してない。オマエの願いも、きっと完璧な形で叶えてくれるぞ」
「……それ、さ。本当に"完璧"かな」
少年は空の向こう、何処か遥か遠くを見つめているようだった。
それは元の世界かもしれないし、自分がこれまで歩んできた旅路かもしれない。
きっとどちらもであるのだろう。過去も、現在も、そして未来も。その全てを、彼は見つめていて。
「オマエの言う通りだよ、キャスター。オレはすげえ馬鹿なんだ。
ある時急にさ、過去に戻されてさ。オレの大好きだった人を救うことになってさ」
「……、……」
「最初は、ヒナ……そいつだけ助けて終わりの予定だったんだ。
なのに過去に戻る度に。過去に戻って、色んな人の生き様や想いに触れて、背負う度に……」
彼は――つまらない人間だった。
身の程を弁えなかった結果、負け犬に堕ちて。
目の前の圧政から逃げて、無味乾燥とした人生を目的もなく惰性で生きるだけの存在だった。
しかし、彼は変わった。
過去へと渡る力。タイムリーパーの資格。
初恋の人を救うために幾度となく時を繰り返す中で。
本来の歴史にはなかった絆を辿り、想いを受け継ぎ、未来を変える中で。
少年は"つまらない人間"から、誰かを奮い立たせられる"救世主"になることが出来た。
そして彼は此処に辿り着いた――流れ着いた。
「……誰も、見捨てたくねえって思った。
みんな救いたいって――みんな幸せになってほしいって、そう思うようになったんだ」
無論、現実はそう上手くいかない。
取りこぼす命。守れない命。守られてしまった、命。
少年の手のひらの隙間から、理想という名の水はどんどんこぼれ落ちていった。
その度に泣いた。その度に嘆いた。それでも……残った理想を守り通そうと、文字通り死ぬ気で頑張った結果が今だ。
「オレの願いのために……オレの大事な皆のために、この世界の奴らを犠牲にするのは簡単だ。
だけどそれをしちまったら――オレはもう二度と、オレの大事な人達に顔向け出来ねえ。
オレ自身を裏切ることは出来ても、こんなオレを信じてくれた人達のことは……、……絶ッッ対(ゼッテェ)裏切れねえよ」
「……此処じゃオマエの時間跳躍(チカラ)も使えない。
オマエがその甘さのせいで死んだらそれまでだぞ。それでもいいのか」
「だからオマエに頼ってんだよ……キャスター」
その両肩には重すぎるほどのものを託されてきた。
重い。とても、重い。
でも――捨てられない。
捨てられるわけがなかった。
今でも、自分の頭の中には彼らの笑顔があるから。
自分を親しげに呼んでくれた声が。自分に、未来を託してくれた言葉が。
色褪せることなく詰まっているからこそ、捨てられる筈なんてない。
土に塗れ泥に塗れ、血に塗れ誰に何を言われようとも。
「助けてくれって言ったんだ」
この未来だけは――諦められない。
「オレなんかよりずっと強くて、ずっと人望のある凄い人が……オレにそう言ったんだよ。
だからオレはあの人を……マイキー君を助けるまで絶対に止まれねえし、諦められねえ。
誰かの犠牲を良しとして進んだんじゃ、オレはきっとあの人の手を掴んでやれねえ! 約束を……守れねえんだよ!!」
オレを助けてくれ。
その言葉は今も、少年の――
花垣武道の胸の中に残って離れない。
まるで呪いのようだ。そして、武道はそれでも良かった。
ああそうだ。これは呪いだ。オレに対して、あの人が刻んだ呪い。
ありがたい。
これで――忘れない。
何があっても。何に遭っても。どんな理不尽に出くわしても。
何度折れても、何度転んでも。何度ぶちのめされても、死にかけても、諦めそうになっても。
「――だから!」
それでも花垣武道は弱い。
そんなこと、彼自身が一番よく知っている。
だから彼は叫んだ。
ボロボロに汚れ傷ついて、もう指一本と動かせない身体で。
自分の運命共同体である、"最強"の男へと――恥も外聞もなく、涙ながらに叫び散らしていた。
「オレを――助けてくれよ、キャスター!」
キャスターは、ただ嘆息した。
情けのない奴。弱っちい奴。
弱い癖に背伸びと根性ばかり一丁前な、しぶとい奴。
言いたいことは山ほどあったが、こいつを相手に正論を説くことほど意味のないこともないように思えて。
そこでふと、思い出した。
「生憎だけどさ。俺、ヒーローじゃあないんだよね」
そういえば俺も。
「この俺と"対等"になろうとしたんだ。馬車馬みたいにこき使ってやるから覚悟しとけよ、タケミっち」
「……え。そのあだ名、オマエ――」
「あ? ただのあだ名だよ。そんな食いついてくんなよ、鬱陶しい奴だな」
――正論、嫌いだったわ。と。
◆◆◆
花垣武道。
腐り切ったバッドエンドに挑み続け、今も諦めることを知らない少年がこの地に招いたサーヴァント――キャスター。
彼は本来であれば、サーヴァントとして召喚され得る存在ではなかった。
何故なら彼は、そもそも死んでいない。まだ、英霊の座に召し上げられるに足る資格を有していない。
此処に召喚された"彼"から幾らかの年月を経た未来で起こった、とある異常事態(トラブル)。
そして、武道が持つ"タイムリーパー"という類稀なる資質。
その二要素が奇跡的に噛み合った結果――今も現世とは位相の外れた異界で生きている筈の男が、この異界東京都に召喚されるに至った。
ただしその霊基は若き日のそれ。
術式のコントロールから、持ち得る経験則の幅まで。
全てが、全盛期には程遠い前日譚(リリィ)の範疇。
しかし、それでも――最強。
その称号を恣にする、六眼有する麒麟児。
「自分に出来ることを、他人には出来やしないと言い聞かせるのか――か」
自分の前を去った親友の残した言葉を反芻して、ケッと鼻で笑う。
不格好な呪いだ。しかしまんまと呪われた。
天上天下唯我独尊、自分が最強である限り全ては無問題だと。
そう信じていた頃に比べて、今は世界がひどく不自由に見える。
人の生きる世界は汚濁に淀んだ沼の底だ。
足を絡め取る藻や泥が跋扈し、悪いところを見つめ出したらキリがない。
そんな世界で、それでも名実共に最強を地で行く男はまだ前を向いていた。
誰よりも世界の汚れを色濃く認識出来る"眼"を持ちながら、それでもと。
かつての片翼が見捨てた世界を、今も歩いている。
このどうしようもなく腐りきったぐずぐずの世界にだって――探せば多少は、綺麗なものが埋まっているのだと知っているから。
花垣武道。あの少年は、世界の過酷さを既に知っている。
なのにその上で、まだ輝きを捨てていない。
既に手の届かない闇に歩いていってしまったロクでなしを、必ず連れ戻すのだと無明の暗夜へがむしゃらに歩み出している。
駄目だった。それをされたら――助けない訳にはいかない。
「出しゃばるつもりなら最低限仕事はしろよな。雑魚のお守りとかゴメンだからさ」
「……言われるまでもねえ」
起き上がることすら出来ない、疲労困憊の身体でそう強がってみせる"最弱"に。
"最強"は笑って、言った。
「――光栄に思いな、乗ってやる。この俺が……僕が、オマエの未来(ねがい)を叶えてやるよ」
【クラス】
キャスター
【ステータス】
筋力C 耐久EX 敏捷A+ 魔力A++ 幸運D 宝具EX
【属性】
中立・善
【クラススキル】
陣地作成:A
呪術師として"帳"を下ろす。
展開部と外界を遮断し、内部を外から認識できないようにする。ただし認識を阻めるのは魔術、呪術の素養がない非術師に限られる。
更に帳に特殊な条件を加える事で別個効力を付与する事も可能である。
【保有スキル】
無下限呪術:EX
五条家相伝の術式。収束する"無限"を現実にする。
キャスターの周囲には術式により現実化させた"無限"が存在し、物体や事象が本体に近付くほど低速化。接触が不可能になる。
瞬間移動や空中浮遊など応用の幅は広いが、術式の使用には非常に緻密な呪力操作が必要不可欠。
従って常時の発動は脳が高負荷に耐えられず焼き切れる危険を孕むが、キャスターは『反転術式』の会得によりそのリスクをゼロにしている。
反転術式:B++
負のエネルギーである呪力を掛け合わせることで正のエネルギーを生み出し、人体の損傷を回復させる。
キャスターの場合他人に対して使用することは出来ず、自己回復の範疇に留まる。
キャスターはこのスキルによって、前述の『無下限呪術』のデメリットを事実上消滅させている。
無量の智慧:B
現代最強の術師であるキャスターは、限りなく万能に近い才覚を持つ。
英雄が独自に所有するものを除いたほぼ全てのスキルを、Bランクの習熟度で発揮可能。
未来の彼であれば習熟度はAランクになる。スキルを他人に授けることも可能だが、その場合ランクは格段に落ちる。
【宝具】
『六眼』
ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:- 最大捕捉:-
特異体質。魔眼、或いは浄眼。
他者の術式・呪力を詳細に視認することが可能であり、またこの眼を持つ者は常識では考えられないほどの緻密な呪力操作が可能になる。
呪力消費のロスがほぼ皆無であるため、キャスターを使役するに当たってマスターに掛かる負荷はほぼゼロに近い。
対峙したサーヴァント及びマスターのステータスを宝具・スキルなどの固有能力を除いて瞬時に把握する。
『無量空処』
ランク:EX 種別:対軍宝具 レンジ:1~100 最大捕捉:制限なし
領域展開。呪術の究極の形であり、規格外の呪力を持つキャスターの領域は文字通り絶大な効力を持つ。
しかしこの霊基のキャスターでは領域の展開を行うことは現状、不可能。
【人物背景】
最強の呪術師。
ヒーローにはなれなかった男。
未来の五条悟が呪物に封印され、現世とは異なる空間に隔絶されたこと。
それと異界東京都での聖杯戦争というイレギュラーな事態が奇跡的に噛み合い、不完全な霊基で召喚されるに至った前日譚(リリィ)。
親友と離別し、彼なりに大人になった辺りの情報を参照して呼び出されている。
【サーヴァントとしての願い】
自分の本体が封印されていることは理解しているので、仲間や生徒達が封印を解除してくれるまでは暇潰しも兼ねてタケミっちに協力する。
……それにしてもこいつ弱えーな?
【マスター】
花垣武道@東京卍リベンジャーズ
【マスターとしての願い】
元の世界に帰り、未来を変える
【能力・技能】
タイムリーパー:
トリガーとなる人物の手を握ることにより、過去と未来を行き来することが出来る。
異界東京都ではこの能力は完全に失われている。
未来視(ビジョン):
少し先の未来を映像として観測することが出来る。
ただし、タイミングや時間は武道自身にも選べない。
こちらの能力も異界東京都では失われているが、数秒レベルの短い未来視であれば発生する可能性はある。
【人物背景】
最弱の不良。
弱虫のヒーロー。
最終章開幕時点からの参戦。
【方針】
聖杯を手に入れて願いを叶えることは、出来ればしたくない。
未来は、オレが変える。
最終更新:2022年09月01日 14:30