赤ん坊の頃の記憶だ。
オレは、むせ返るような糞尿の臭いが沸き立つタオルケットの中で目を覚ました。
周囲を飛び回る蝿をメリーゴーランド代わりに、一日中泣くことも許されず過ごす。
少しでも泣けば、同じ部屋にいた飲んだくれのヤニ臭い男が昼夜関係なくオレを殴った。
環境はオレが成長して言葉が喋れるようになっても変わらなかった。
食事は2日に一回だけ。それ以外は水しか飲むことができない。
別に家が貧乏な訳では無い。例の飲んだくれ男が他所から貰った金を全部酒と煙草に変えてしまうのだ。
その内、飢えに耐えきれずオレは盗みをやるようになった。
スーパーで調味料やレトルト食品などをポケットに詰め込んでこっそり外へ出るのだ。
チョコレートや飴などのお菓子類は盗むとバレやすいことをオレは経験上知っていた。
その点、塩や砂糖は日持ちするし、盗ってもバレにくいため重宝した。
数年が経ち、オレはかけ算ができる年になった。
周囲の高級そうなマンションに住んでいる同年代の奴らは小学校とかいうところに通っているらしい。
オレはそいつらをぶん殴って無理やり奪った教科書で勉強をした。
奪った教科書の中ではオレは特に歴史が好きだった。
人間が人間を殺し、権力を奪い、そしてまた奪い返される。
永遠と同じことをやっているのが不思議だが、それらに思いを馳せていると何だかオレ自身も偉くなったみたいで爽快だった。
さらに年月が経ち、オレは街を飛び出した。
こんな田舎で何者にもなれずに腐っていくことを考えると、ますます自分が惨めに思えたからだ。
後で聞いたところによると、オレと同じ部屋に住んでいた男は実はオレの義父で、オレが東京に行ってすぐにアル中で死んだらしい。
東京は、全てが新鮮だった。見るもの、触るもの、食べるもの、嗅ぐもの――そして、聴くもの。
オレはコンビニへ飯を買いに行く途中でふと立ち寄ったレコードショップで、ヒップホップにハマった。
ラップの軽快な韻が鼓膜を震わせる快感に、オレは虜になってしまったのだ。
早速ショップでワイヤレスのヘッドホンを購入し、ラップを口ずさみながら新宿を闊歩していると、一人の男と肩が少しぶつかった。
その男は"暴力"の体現者だった。全身から他者を威圧する雰囲気を常に醸し出し、歩き方や目つきがカタギのそれではない。
男は、とっさに詫びるオレには目もくれず、オレを片手で突き飛ばした。
オレはそれだけで数メートル吹っ飛び、生け垣に頭から突っ込んで、足をジタバタさせた。
「おいおい、飛びすぎだろ。軽くドついただけだぞ」
男は、呆れたような、小馬鹿にするような、それでいて少し憐れむような声色でそう呟き、何故かオレを生け垣から引っ張り上げた。
「おい。お前、名前は?」
急に名前を尋ねてくる男に、オレは少し躊躇ってから名前を伝えた。
「お、オレの名前は――――」
◆ ◆ ◆
「――ヤノさん、ヤノさん?」
オレの名前を呼ぶ声が聞こえる。
「良かった。全然反応ないから心配したんですよ」
この声は……関口だ。
関口。数年前まで「あの人」とおれの共通の舎弟をやっていて、今はオレ専属の付き人をやっている優秀な男。
「Hey、関口。オレは死んじゃいない。まだまだ寿命、済んじゃいない。しかし、寒いな。ここは一体、なんじゃいな~?」
オレはいつものようにラップ調で関口に返答する。
「そういうのは、堂々とリズミカルに伝えるってモンだ」
あの人の言葉が脳裏にこだまする。オレは頭を振り、胸ポケットからハッカ味のキャンディを取り出した。
幼い頃には食べたくても食べられなかった刺激的な味が舌に広がり、オレは少し落ち着きを取り戻した。
「ヤノさん、すみません。外で雪が降ってたみたいなので、扉を閉めてきました。確かに冷えますね、暖房を付けます」
関口が暖房を取りに、アジトにしている倉庫の二階に上がっていく。
雪? 今、関口は何て言った?
オレの胸中にじんわりと不安が広がっていく。
「ミスター・セキグチ! オレはある、クエスチョン。そこまで歩く前に、教えてちょー。今は、夏じゃないのかYO!」
不安な気持ちを抑えられず、オレは関口に尋ねる。
オレはこのソファで仮眠を取るまで、倉庫では冷房を付けていたハズだ。
「? 何言ってるんですか、ヤノさん。今は冬ですよ。ほら、こんなに寒いじゃないですか」
関口は少し困惑したように真面目な顔でそう答えた。オレの心拍数はどんどんと上がっていく。
殆ど転がるかのような体勢でソファから倉庫の出口まで一直線に走る。
重い扉を必死の思いでこじ開けると、そこには純白の雪が空一面に舞っていた。
「な、なんだよこれ……」
オレの脳内をクエスチョンマークが埋め尽くす。
とうとうオレは狂ってしまったのか。冬の冷気で背中の傷が疼いた。
数分後、オレはアジトのソファで嗚咽を漏らしていた。
関口が心配そうな顔でこちらを見るが、今は誰とも話したくない。
飲んだはずの薬が効かない。悪夢ならもう醒めてもいいハズだ。
すると、突然のことだった。
内側から施錠してあるアジトの扉が、まるで重機でも突撃したかのような轟音を鳴らし始めたのだ。
しかもそれは一度では止まなかった。二度、三度と音は続き、そしてついに扉は壊れた。
さすが関口も度肝を抜かれたようで、その様子を呆然と眺めている。
オレはといえば、関口と同じくまるで夢でも見ているかのような顔で壊れた扉を見ていた。
扉の出入り口からはユンボのアームが覗いている。どうやら本当に重機で扉を破壊したようだ。
そして間髪入れずに、今は用をなさなくなった扉を踏み越えるように大量の人間がなだれ込んできた。
全員、どこかで見たことのある顔だ。黒田組ではないが、どこかの組の構成員のようだった。
彼らはどこか恐怖心と満たされぬ渇欲を滲ませた顔でオレたちを取り囲んだ。
「な、なんだ、テメェら……! カチコミか!?」
関口が吠える。だが、この人数差では腕力自慢の関口とはいえ、無理があるだろう。
「ハーッハッハッハ!!」
すると、聞くものを不快にするような哄笑と共に、一人の大男がアジトへと入ってきた。
オレたちの周囲を囲んでいた男たちは、全員が緊張の面持ちで敬礼のポーズを取る。どうやら奴がボスのようだ。
「誰だテメェっ!! 何なんだこれは……説明しろ!!」
関口がオレを守るようにソファの前へと進み出る。
男はそれすら意に介さず、異常な膂力で関口を押し退け、そのままオレの前へ立った。
緑色の髪をオールバックにし、全身に星の意匠を施したピンクのスーツを着こなした大男が、オレを値踏みするように睨めつける。
「私は、ギルド・テゾーロと申します。この度の聖杯戦争においてはライダークラスにて召喚されました。
あなたのサーヴァントとして精一杯働くつもりですので、今後ともどうぞよろしくお願いします。マスター」
すると、ギルド・テゾーロと名乗った男は、恭しい姿勢でオレに頭を下げ、手を掲げた。
オレはなんの気なしに、捧げられたその手を取る。
――次の瞬間。
オレの頭の中に『聖杯戦争』とやらの情報が流れ込んできた。
◆ ◆ ◆
「……というわけで、私がその聖杯戦争のサーヴァントに、あなたがマスターにあたるのですよ」
オレと関口に慇懃な調子でテゾーロは説明を行う。
「そういうことなので、ぜひとも私の聖杯獲得に協力していただけないかと思いまして」
テゾーロは金の指輪をくるくると回しながら、こちらを笑顔で見る。
だが、オレはこの目を知っていた。コイツはオレたちを見ているようで見ていない。本当はその先にある別の『何か』だけを見ているのだ。
その証拠にテゾーロは周囲の部下たちを引っ込めていない。形だけは帰らせたようだが、まだ数人が倉庫の外にいるのが確認できた。
「よく分かんねえけどよォ。つまりそれって、ヤノさんに戦争で戦えってことだろ!? そんな危ないマネなんかできないっすよね、ヤノさん?」
オレより早く状況を飲み込んだ関口がいきなり核心を突く。
「まあ、万に一つの確率で少々危険な目に遭うかもしれません。ですが、この聖杯戦争で勝ち抜けば何でも願いが叶うのですよ」
テゾーロは大丈夫だ、と繰り返す。もし危ない目に遭ってもサーヴァントとマスターは一蓮托生だから必ず守る、と。
「それに……これをどうぞ」
テゾーロは部下に運ばせたトランク七個をソファ前の机に並べる。
関口がおっかなびっくりそれらを開けた。
「うおっ……!」
トランクを開けた関口が思わずため息を漏らす。
そこには、純金のインゴットが所狭しと並べられていたのだ。
「少ないですが、前金としてこれだけお支払いいたします。もちろん、不服でしたらキャッシュでも構いません。
これは私のほんの誠意です。今回の聖杯戦争をマスターと共に戦い抜こうという誠意なのです。どうか、お願いします」
そう言うと、テゾーロは例の笑顔でこちらを見つめ、再度頭を下げた。
(ど、どうします、ヤノさん……。恐らくこれだけで数十億は下りませんよ)
関口がオレに耳打ちする。
「サーヴァントだかなんだか知らねーが、キンピカの兄ちゃん。オレが欲しいのは、完璧なホンチャン。
そろそろ見せたらどうだ? 本性。お前はそんなタマじゃない、冗談。きっと吐いてる、練った嘘。どうじゃん?」
「……ック! ククク……ハッハッハッハッハ!!」
オレの言葉にテゾーロは顔を押さえて笑い始めた。
「……おれが嘘を吐いているだと? おれがわざわざお前のような金のないクズどもを騙すために策など弄するか!!
お前は金を受け取る、おれは万全の状態で聖杯戦争に臨む。どこにデメリットがある? 分かったら黙っておれに支配されていろ!!」
テゾーロは先程とは打って変わって、口元にこちらを嘲笑うような笑みを浮かべたまま、猛禽類のように冷酷な目つきでこちらを睨みつけた。
その威容に気圧されたのか、関口は後ずさりをする。
「おれが手を挙げれば、十数人の部下が飛んできてお前らはすぐに蜂の巣だ。そうでなくとも、おれにはこの"力"がある……!」
テゾーロが指を振ると、トランク内の黄金インゴットが溶岩のように噴き上がり、拳の形を取った。
「一度触れた黄金なら、おれはいつでも自由に操れる! これがおれの"力"だ」
恐らくこれがテゾーロの持つ宝具の力なのだろう。
オレの背筋を冷や汗が伝う。今まで何度か修羅場は潜ってきたが、ここまで恐怖を感じるのは初めてだ。
だがそんな時は、いつもあの人の言葉が勝手にリフレインしてくる。
「言いたいことがあるんなら、そういうのは、堂々とリズミカルに伝えるってモンだ」
オレは心のなかでそう呟くと、いつもの調子で足踏みし、ラップを刻み始める。
「トランク荘厳。見てみりゃ黄金。オレは驚く、そんなの無論。オレらは欲しい、確かに金塊。
でも、それ以上に面子が本懐。どうしても頼みたいなら、積んでみろ段階。そしたら考えるぜ、メイビー。
けど、オレは思う、ベイビー。金とか愛とかよりも大切なモンがあるさ、きっと」
「ほう、愛よりも……さらに金よりも大切なものがあるだと? 興味がある。なんだ、それは?」
テゾーロが片眉を吊り上げ、興味を示した。
「それは、金が大切だと思う人間の気持ち。そもそも不要と思われれば、それで終わりの荷物。
愛も恋も金も宝も、全部人が生み出した幻想。だから早くオレに思わせろ、『戦いたい』と本当。You Know~?」
「ハッ! なるほどな。モノを大切に思う人がいなければ、どんな黄金だろうと価値がつかないと。
戦いに価値があると思わせれば、お前も聖杯戦争に参戦するというわけか。全く共感はできないが、一理ある。
……確かにこちらも少々強硬な手段を取りすぎたかもな」
テゾーロはどこか吹っ切れたような顔でそう呟いた。
「……また来る」
それだけ言い残すと、テゾーロはインゴットも部下もまとめて連れて去っていった。
「な、何だったんでしょうね……」
破壊された扉と重機を交互に見つめ、関口はそうぼやいた。
◆ ◆ ◆
むかしむかしの話。
愛に溺れて金に狂った、ある愚かな男の話だ。
ある日、おれの親父が病気で倒れた。
金があれば治る病だったが、金が無いからそのまま死んだ。
おれの家はもっと貧乏になった。
母親との不仲で12歳の時に家を出た。16の時に、運命の人と出会った。
彼女の名は■■■。初めておれの歌を褒めてくれた人だった。
■■■は奴隷だった。売値はおれが5年間必死に働ければ払える額だった。
それからは必死に働いた。のめり込んでいたギャンブルも止めて、働いた。
働いて、働いて働いて。3年後、ようやく■■■を自由にできると思った時、彼女は天竜人に買われた。
おれは彼女を追いかけた。そこで奴隷商人に捕まり、おれも天竜人の奴隷にされた。
そこから先は地獄の日々だった。「勝手に笑ってはいけない」と命じられ、死んだほうがマシのような奴隷生活が続いた。
でも、■■■も一緒だと思っていたから耐えることができた。二人で励まし合って、生きようと思っていた。
――ある日、■■■が死んだと聞いた。
おれは絶望した。
金さえあれば。
そう、金さえあれば■■■も親父も死なずに済んだのだ。
金のない奴は何も手にできない。
金のない奴は、支配されるしかない。
だから、おれは金を求める。
誰よりも金が欲しい。
金さえあれば、金さえあれば……!
そして、おれは金の支配者になった。
それでもまだ足りない。まだまだ足りない。
稼げば稼ぐほど、金は欲しくなる。
おれは金を集めなくてはならない。
ただひたすらに■■■の前に金を積み上げる。
二度と戻ることのない彼女の前に、奪った金を積み続ける。
それがきっと贖罪なのだろうと自分に言い聞かせる。
だが時々、ふと思うのだ。
これは本当に■■■が望んでいたことだっただろうか、と。
囚われの彼女は魂の牢獄からおれを救ってくれた。
その時にかけてくれた言葉がどうしても思い出せない。
唯一、金より大切だった彼女の言葉をおれは反芻することができない。
きっとそれも自分への罰なのだろうと、おれは自嘲気味にそう呟いた。
【クラス】
ライダー
【真名】
ギルド・テゾーロ@ONE PIECE
【ステータス】
筋力:B 耐久:B+ 敏捷:C 魔力:D 幸運:A+ 宝具:A+
【属性】
混沌・悪
【クラススキル】
騎乗:B+
乗り物を乗りこなす能力。大抵の乗り物なら人並み以上に乗りこなせるが、
幻想種あるいは魔獣・聖獣ランクの獣は乗りこなすことができない。
また、テゾーロの場合は帆船に関してプラスで補正がかかる。
【保有スキル】
黄金律:A
身体の黄金比ではなく、人生において金銭がどれほどついて回るかの宿命。
大富豪でもやっていける金ピカぶり。一生金には困らない。
海賊の誉れ:D
海賊独自の価値観から生じる特殊スキル。低ランクの精神汚染、勇猛、戦闘続行などが複合されている。
部下に何の前触れもなく暴力を働く一方で、愛する者のために天上人に向かって歯向かう勇猛さを持つ。
カリスマ:B-
軍団を指揮する天性の才能。
団体戦闘において、自軍の能力を向上させる。
ただし、対象が錯乱、恐怖などのデバフ状態の場合は効果が半減する。
道具作成(金):A
魔力を帯びた器具を作成できる。
テゾーロは、黄金に魔力を帯びさせることを得意とする。
【宝具】
『黄金の悪魔(ゴルゴルの実)』
ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:- 最大捕捉:1
常時発動型の宝具。一度触れた黄金を自由自在に操ることができる。
黄金を腕に纏って攻撃したり、黄金を触手のように操って相手を拘束して攻撃する。
また、半径5km範囲内の黄金を操作でき、黄金に何かあれば探知することも。
弱点は海水であり、身体が海水に浸かると身動きが取れなくなり、黄金に染み込むと操作ができなくなる。
『黄金の聖巨人(ゴールデン・テゾーロ)』
ランク:A+ 種別:対城宝具 レンジ:1~999 最大捕捉:100
テゾーロの第二宝具。操作できる全ての黄金を全身に纏い、全長60mを超える巨人と化す。
この状態では黄金をレーザー状にして放つ『黄金の神の火』や大爆発を起こす打撃『黄金の業火』などが使用可能になる。
腹部にテゾーロ本人が乗り込んで操作する形になるが、第二宝具だけあって消費魔力は膨大なため消耗に注意が必要。
【weapon】
人の欲望を刺激する黄金と、それによって築いた財力。
【人物背景】
緑色の髪をオールバックにし、全身に黄金の装飾品をいくつも身に着けている大男。
背中から肩にかけて、世界の支配者から逃れるために付けた大きな星型の傷跡がある。
『黄金帝』とも称されるほどの莫大な財力を持つ人物で、全ては金が解決するという考えの金の亡者。
【サーヴァントとしての願い】
全てを支配する。
【マスター】
ヤノ@オッドタクシー
【マスターとしての願い】
金が欲しい。権力が欲しい。――全てが欲しい。
【能力・技能】
キレる頭脳とダンベルも持てないか細い腕でも反社をやれるほどのクレバーさ。
【人物背景】
本名、矢野治人。常に身振り手振りを加えながらラップ口調で喋る小柄なヤマアラシの男性。
クレバーかつ冷酷な男で、常に舎弟の関口東吾を引き連れている。
【方針】
優勝狙い。
なお、テゾーロは基本的に霊体化を行わず、巨大カジノ企業のCEOとして活動しているようである。
サーヴァントとマスターの両者がロールを持つ、極めて珍しい例と言えるだろう。
最終更新:2022年09月01日 14:35