―――女の話をしよう。
女はただ現実に在っただけだ。何も語らず、何も語らせず、さもありなんと在り続けた榲桲の花。
誰かが彼女を淫売の娘と侮蔑した、誰かが彼女を被害者と哀れんだ、誰かが彼女を加害者と考えた。
誰かが彼女を殺さなければならない毒婦と恐怖した、誰かが環境によって歪んだ被虐孤児と考察した。
然して、女の内面は女にしかわからない。女は何も変わらない。
然して、女の内面は女にしかわからない。女は何も変わらない。
視点が変われば世界は別物だと誰かが言った。
正しくその通り、女が見る世界と、女を見る世界は隔絶している。
観測者は周囲を俯瞰的に観察できるが、観察されている当人にそんな柔軟な思考は出来るはずなど無い。
要するに、女の心の内は彼女の中に締まったままであるのだ。モノローグを漏らさない誰かの思考や感情など、誰にも分かるわけがない。
彼の者がそう思うのならそうであろう、彼の者がそう考えるのであればそうであろう。
だから誰にも理解できない、誰にもわからない、誰も知ることは出来ない。
女の深層は、誰かにとっての写し鏡としか認識できないのだから。
何? 結局女は何者だって? その認識こそ、押し付けというものではないのかな?
かく言う語り手もまた、認識の押しつけという点では何ら変わらないのであるのだが。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ありふれたマンション。街の外れに屹立する真っ白な壁に包まれて、テラスから清潔に干された布団が布団掛けにぶらさがり風に吹かれる。
外から見るだけで、パンパンパンと布団を叩く主婦の姿が疎らに見えるであろうし、今さっき洗濯物を干している主婦の姿も見える。
マンションと言いつつも都会等で見るマンションと、下町等で見かけるマンションとは天と地の差だ。
それは俗に言う子供たちの理想と言うなのフィルターで覆われた幼稚な幻想。薄汚い外壁と、小綺麗さと嫉妬のどちらかで構築されるご近所付き合いの関係。
そんな人間関係の縮図という名の箱庭の、そんな中の一室。開きっぱなしの扉と、扉の内に貼り付けられたであろう、落書きながらも家族愛に溢れた父と娘たちの一枚絵が冷たいコンクリートに横たわり、風に吹かれて向こう側に飛んでいく。
扉の向こうからは匂いが漂っている。血の匂い、腐臭が漂っている。それはまるで稚拙な強盗殺人犯が入り込んだような杜撰さのように、何の考えもなくただ何かをしたという幼稚な思考で。
部屋の中には血溜まりがあった。血溜まりの中心は大人一人のしたいと子供3人の死体。アジの開きの如く真っ二つに切り開かれて、誰かが何かを探していたのように中身はグチャグチャになっていた。
それは、飲み込まれた玩具を探していた子供が無造作に引っ剥がしたかのような、そんな無軌道な衝動で。
それを、何の感情もなく見つめているのは一人の少女。
薄汚い、と一般の誰彼ならそう言い表しても致し方ない程に見窄らしい少女である、泥と埃と塵塗れで黒く汚れたシューズに単ズボンに、白いシャツ。
その顔立ちも薄汚れていて、親の育て方が透けてみる細い顔立ち、その頭にはそんな汚らしさに反したドクダミの髪飾りがちょこんと乗っかっている。
その手は血で染まっている。それも触れただけではつかないような、中身を穿り返したような行為でないと染まらないであろうぐらいの血の量で。
「……チャッピー、いなかった。」
何の興味もないであろう声色で、少女はただ呟いた。飽きた玩具に目を向けるような、養豚場の豚を見るような表情で、動かなくなったものをただ見つめていた。例えそれが、少女の父親だった男と、その娘たちだったとしても。彼女はそれに眉一つすら動かさず、そう呟いていた。
「満足しましたか?」
「………。」
女の声が、部屋にこだました。
振り返り、死骸と少女以外居ないはずの世界に全く新しい誰かが、まるで魔法のように部屋の床に立っている。
少女にとっては見たことのない服装であった。白い頭巾のようなもの被り、体のラインが目立つ黒い服を着込み、淫靡さと悍ましい何かを兼ね備えた、女がそこにいた。
「……うん。」
少女の肯定が、静寂に流れてすぐに消える。
この惨劇を起こしたのは、信じられぬが紛れもなく女だ。少女はただ願っただけだ、ただ考えて、願って、女に命じて、こうなった。
ただこうなっただけだ、少女はただ『チャッピー』という存在の一つを優先しただけだった。
それ以外、どうでも良かった。
「しかしよろしかったのでしょうか?」
「……何が?」
「私は特に言うことはありませんが、一応、父親だったのでしょう?」
「いいよ。でも、チャッピーは居なかった。」
何の感情も籠もっていない言葉を、女は少女に向けて告げた。
少女もまた、何の感慨も抱かない言葉で、女に返した。
「もうお父さんはお父さんじゃなかったから。お父さんじゃなかったらどっちでもいいでしょ?」
もし、この場にまともな論理感の人間が居たならばまともな怒号が飛んでいたであろう。
然して、ここにはまともな論理感を持ち得られなかった二人しかおらず、女は少女の言葉を聞いて興味なさげに言葉を発することにした。
なぜなら女は、サーヴァント・アルターエゴは己がマスターである少女の内情などまだわかっては居なかったのだから。
「……して、マスターはこの後如何様に?」
「'聖杯'を手に入れたら、チャッピーとまた会える?」
女の言葉に、少女はまた『チャッピー』の事を考えていた。
聖杯戦争、英霊、令呪、そして聖杯。究極の願望機。文字通りの『魔法』を知ってなお、少女の錆びついた感情から発せられる思考は固着してる
「ねぇ、アルターエゴ。私ね、魔法なんて信じなかったんだ。」
少女の言葉が続く。
「でもね、タコピーがまりなちゃんを殺してくれて、奇跡も魔法もあるんだねって、そう思ったの」
透き通った瞳の内に、濁った黒が埋めいて。
「でも、タコピーはもう私を助けてくれなくなった。」
少女の瞳から、涙が一滴こぼれ落ちていた。
「……ねぇ、アルターエゴは、私を助けてくれる?」
少女は願うように、言葉を振り絞って告げた。
「ええ、マスター。マスターがそう望むなら、私はマスターの願いを叶えましょう。」
女はその問い笑みを向けて少女に答えた。
「そっか。―――ありがとう、アルターエゴ。じゃあ聖杯とって、チャッピーに会いに行こう、アルターエゴ。」
少女はそれに、満面の笑みを浮かべ、女に言い返したのだ。
女はただ、誰も気付かない薄ら笑いを浮かべ、じっと見つめていた。
【クラス】
アルターエゴ
【真名】
殺生院キアラ
【属性】
混沌・悪・獣
【ステータス】
筋力:D 耐久:A+ 敏捷:B+ 魔力:EX 幸運:E 宝具:EX
【クラススキル】
『獣の権能:D』
対人類とも呼ばれるスキル。ビーストからアルターエゴに変化したため大幅にランクダウン。通常の単独行動:Bほどに収まっている。
『単独権限:E』
アルターエゴに変化した事で自己封印している。自重、というヤツである。とはいえ、単独顕現がもつ「即死耐性」「魅了耐性」を備えている。
『ロゴスイーター:C』
快楽天としての特性。「万色悠滞」から派生した特殊スキル。どのような規模・どのような構造の知性体であれ、知性(快楽)を有するもの全てに強力なダメージ特攻を持っている。ただし、クラスチェンジに伴い大幅ランクダウンし、もはや"さわり"のようなものに。まさに前戯に等しい。ビーストⅢは人類愛なので、当然人類を愛している。ただしキアラにとって人間とは彼女だけ。キアラにとって自分以外のヒトは、自分という人間を満足させるための玩具でしかない。
『ネガ・セイヴァー:A』
救世主(セイヴァー)の資格を持ちながら、自身の世界のみを救世しようとした獣の末路。
かつて月に誕生した快楽天はその存在規模こそビーストⅢに勝るものの、このスキルを有していないため、救世主の前には撤退する他なかったという。
【保有スキル】
『千里眼(獣):D』
視力の良さ、より遠くを見通すスキル。Aランクに達すると相手の心理や思考、未来や過去さえ知ることが出来る。千里眼としてのランクは低く、"遠く"を見通せるものではないが、目の前の人間の欲望や真理を見抜き、暴きたてる。……それだけなら賢人としてのスキルなのだが、相手の獣性・真理を暴いた事でキアラ自身が高ぶり、随喜を得てしまう。獲物を前にして舌なめずりをする毒蛇のように。
『五停心観:A』
ごじょうしんかん。メンタルケアを目的として作られた電脳術式で、精神の淀み・乱れを測定し、これを物理的に摘出する事で精神を安定させる。もともとは患者の精神
マップを作り、これを理解するためにキアラが開発した医療ソフトウェアの名である。
『女神変生:EX』
人の身から神に変生するスキル。強力なバフデパート状態。
『人理昇天式:A』
ゼパルを吸収し、体内で魔神柱を飼育することで、キアラは魔神柱を支配する魔人となった。キアラが扱うのは「七十二柱の魔神」ではなく「名も無い、無個性の魔神柱」。だがその数は無限とも言えるもので、キアラはこれを自在に操る。
わたしを みすてないで キアラさま
【宝具】
『快楽天・胎蔵曼荼羅(アミダアミデュラ・ヘブンズホール)』
ランク:EX 種別:対人宝具 レンジ: 最大補足:七騎
対人理、あるいは対冠宝具。
体内に無限とも言える無名の魔神柱を飼育するビーストⅢの専用宝具。
もはや彼女の体内は一つの宇宙であり、極楽浄土となっている。
その中に取り込まれたものは現実を消失し、自我を説き解(ほぐ)され、理性を蕩かされる。
どれほど屈強な肉体、防御装甲があろうとキアラの体内では意味を成さず、生まれたばかりの生命のように無力化し、解脱する。
ビーストⅢは現実に出来た『孔』そのものだが、
その孔に落ちた者は消滅の間際、最大の快楽を味わい、法悦の中キアラに取り込まれる。
苦界である現実から解放されるその末路は、見ようによっては済度と言えるだろう。
【Weapon】
会得した詠天流の武術や法術
【人物背景】
類い希なる救世主としての資質をすべて己の為に使い、人ならざるものに変生した者。
【サーヴァントとしての願い】
???
【マスター】
久世しずか@タコピーの原罪
【能力・技能】
なし、おそらくは。
【人物背景】
誰かにとってのファム・ファタル。
実際は、ただの少女。……そのはず。
【マスターとしての願い】
チャッピーに会う。
最終更新:2022年06月28日 21:13