…最初は夢だろうと思った。
いつもと同じ天井、違う世界。
頭の中にさも当然のような顔をして居座っている知らない知識。
聖杯戦争。
サーヴァント。
願いを叶える力。
その為の殺し合い。
こんな情報を突然頭の中に流し込まれて、現実だとすぐさま順応できる人間がどれ程居るだろうか。
もし居るとしたら思春期特有の病気に罹っているか。
もしくは…最初からこういう世界で生きてきた人間か。
そのどちらかだろうと思いながら、私は。
朝比奈まふゆは――どうやら私と契約関係で結ばれているらしい"そいつ"の姿をまじまじと見つめていた。
「悠久の時を経た我が降臨に立ち合った我が使徒よ。
貴様と我は今や深く儚い縁によって結ばれた。恐怖に慄いても最早遅い。
貴様はこの我の使徒として、聖杯戦争が終わるまでその身を粉にして我に仕えるのだ」
そいつは明確にヒトの形をしていなかった。
魔術だの何だのが絵空事にしか聞こえないような世界で生まれ育った私ですら、疑う事なくそう思える程分かり易い姿形をしていた。
今すぐスマホなり何なりで写真を撮ってSNSにでもアップすればバズの一つ二つは約束されるだろう。
もっともあんまりにも出来過ぎているから、すぐにフェイクだCGだと謗られ叩かれるのが関の山だったろうけど。
「諦めて我に恭順せよ。そうすれば悪いようにはせぬ。我が使徒を増やす為に使い潰しはするがな…!」
「…うん」
「物分かりの良い奴だ。であれば疾くこれに…我が宝具に貴様の名を記すがいい。
それを以って改めて貴様はこの我の使徒となり、永久に我と共に名を刻む栄誉を授かるのだ……」
「それは分かったんだけどさ」
そいつの名前はバーサーカー。
本当の名前はまた違うんだろうけど、よっぽどの事がない限りこう呼べばいいんだと頭の中の後付け知識が教えてくれている。
バーサーカーは異形の、タコのような姿をしていた。
そしてその大きさは。
私達人間の頭より少し小さいか同じくらいのサイズ。
その尊大な物言いにはまるでそぐわない、可愛らしさすらあるそれだった。
「…そのプロフィール帳が、本当にあなたの宝具なの?」
「何を言う。この我を疑うつもりか?」
「そういうわけじゃないけど。ただ…なんかイメージと違うなって思っただけ」
そんな生き物が宝具と称して何処にでもあるようなプロフィール帳を差し出して。
おまえはもう自分の使徒だから此処に名前を書けと言ってくる。
状況の剣呑さとはまるで不釣り合いなコミカルさにこっちは火傷しそうだ。
だけど目前のサーヴァント…自称・破壊神のバーサーカーは大真面目な様子で。
「我ら神の存在を貴様ら人間の尺度で測るでない、新たなる使徒よ。我らは貴様らの貧困な脳髄では理解しきれぬ大いなる存在であるぞ」
「そうなんだ。じゃあ、そんな偉い神様にお願いがあるんだけど」
「口にする事を許す。我が新たなる使徒、朝比奈まふゆよ。
貴様は我に何を望む? 富か、名声か? 破壊か、支配か、殺戮か」
「どれもあんまり興味ないかな。聖杯とか、サーヴァントとか…正直そういうのはどうでもいいと思ってるから」
「どうでもいいだと? 貴様、この我の威容を他の諸々と十把一絡げに片付ける気か…!?」
そうだ。
私にとっては正直、この世界の全部がどうでもいい。
聖杯戦争なんて大袈裟に言われてもわざわざ叶えたい願いなんて思い浮かばない。
お金も名誉も特に欲しいとは思わないし。
何かを壊したいとか誰かを殺したいとか、そういう気持ちともとりあえず今は縁がない。
…正確には、願い事が無いわけじゃないけど。
でもそれは聖杯みたいな近道で叶えたい事じゃない。
だから結局私には"生きる為"以外の戦う意味が見当たらなくて。
となると必然、私がこのバーサーカーに望む事は一つだった。
「バーサーカーは…私を元の世界に帰してくれる?」
私は帰りたい。
元居た世界に。
皆の処に帰りたい。
願いを叶える願望器を魅力的に感じないのかと言われたら、…勿論そんな事は無いけれど。
それでも誰も彼もを殺して潰して、そうまでする必要があるのだったら。
そうまでして聖杯が欲しいとは思えなかった。
そんなに道のりが過酷なら聖杯なんて必要ない。
只…元の世界に帰してくれさえすればそれでいい。
それが私の願いらしい願いで。
私がマスターとしてバーサーカーに望む唯一の事だった。
そんな私の質問にバーサーカーは。
一瞬の沈黙も挟む事なく答えてくれた。
「当然だ。我が使徒よ、貴様と我は既に一蓮托生」
「……」
「ならば我の勝利は貴様の生還と同意だ。貴様が心変わりでも起こさぬ限り、その願いは必然果たされるだろう」
「…そっか」
ペンを手に取る。
どの道私が頼れる相手はバーサーカーしか居ない。
そのバーサーカーがそう答えてくれるなら、信じるしかないだろう。
ペン先をバーサーカーの持つ宝具…なんてことのないプロフィール帳へと走らせた。
そこに私の名前を記す。
正直、こうすることに意味があるのかどうかは分からなかったけど。
それでも…あんまりバーサーカーが堂々とこれを突き出してくるものだから。
気付けばそうしてしまっていた。
そして当のバーサーカーはそんな私を前に満足げに「うむ」と呟いた。
そんなバーサーカーに私は言う。
確認するように。
「じゃあ、これで私は皆の処に帰れるんだよね」
「破壊神
マグ=メヌエクの名の許に誓おう。
案ずる事はない。この我の使徒となった以上は…貴様が"勝利"以外の結末へ辿り着く事など有り得ぬのだから」
別に根拠があったわけじゃない。
私はこいつが戦う所を見たわけじゃないし。
だから実際、このバーサーカーが。
破壊神がどれくらい強いサーヴァントなのかは分からないままだった。
でも…私の問いかけに対して一秒の間も置かず断言した姿は不思議と頼もしくて。
荒唐無稽な程の自信に満ちたその言葉がどうしてか凄く力強く感じられて…。
「歓迎するぞ、我が新たなる使徒よ。
生死、時空の垣根を遥か超越したこの世界であろうとも…このマグ=メヌエクの名と力のみは不朽である事を。
それを貴様と、この世界へ集った有象無象の器達へ一人余さず示してくれよう」
もうとっくにブームの終わったプロフィール帳なんてものに。
わざわざ名前を書いてやったのもまぁ悪くはないかなと。
そんな風に思えた。
思わせてくれた。
どの道私が頼れる存在はこのバーサーカー以外には居なかったから。
頭の中にあの子達の顔を思い浮かべて。
私は、「じゃあ…よろしくね」と一言呟いた。
◆ ◆ ◆
分からなくなった時にはもう手遅れだった。
そう気付いた時には私は私でなくなっていた。
自分が誰なのか、そしてどこにいるのか。
それすら分からないひどく宙ぶらりんな存在。
皆の声と期待を聞いてそれに応えて。
そうする事は正しい事、当然の事なのだと信じて歩んできた結果がそれ。
自分自身をも見失って。
何もかも分からなくなった私を――
見つけてくれた人が居た。
救うと誓ってくれた人が居た。
もしも皆が…あの子が居なかったら。
私は、ひょっとしたら――この世界で、生きたいと思えていなかったかもしれない。
「…この世界に、皆は居ないのかな」
言ってからはっとする。
自分は今なんて言ったのか。
言ってはいけないことだった。
聖杯戦争だなんて舞台はあの子達には似合わない。
それは一時の気の迷いと言えども考えてはいけないことで。
でもそれは私に一つの納得を与えてもくれた。
“そっか…やっぱり、私”
帰りたいんだ――。
皆と会う前までならば。
私は"帰りたい"とまでは思えていなかったかもしれない。
自分がどこにいるのかも分からないような人間が。
そこまで必死になって生き延びたいと願うなんておかしな話だから。
だから、その時私はきっと今よりもっと投げやりになっていただろうと思う。
そんなどうしようもない私が今、曲がりなりにも生きたいと思えているのは皆のおかげ。
私を救うと誓ってくれた…あの子のおかげ。
“会いたいな”
この世界から生きて帰る事はできないかもしれない。
そんなのは嫌だと今は心からそう思える。
私は帰りたい。
だってまだ私は救われていないから。
皆に会いたい。
あの子に会いたい。
こんな所で死にたくなんてない。
その思いだけを寄る辺に私は今生きていて。
そしてそんな私の胸の内なんて知る由もなく、この自称破壊神は自由気ままな毎日を過ごしていた。
「うむ、色褪せぬ味よ…時空の垣根を越えても尚衰えぬ事なき我が供物。褒美を遣わすのも吝かではない」
「納豆は日本の国民食だからね」
私がこいつにしてやった事は一つだけだ。
こいつが自慢げに突き付けてきたプロフィール帳に自分の名前を書いただけ。
朝比奈まふゆ、と書いただけ。
それなのに。
「無銭飲食は許さないから。ちゃんと私を元の世界に帰す約束、果たしてね」
「破壊神に二言はない。貴様が使徒としての働きを忠実に果たすのなら、その凡庸な願いをこのマグ=メヌエクが成就させてやろう」
私のバーサーカーはその偉そうな言動とは裏腹に律儀なやつだった。
何を願うつもりなんだか知らないけど、今はあのプロフィール帳…ああいや。
『破滅使徒血盟の書』を埋めることの方がずっと大事らしい。
…こんなのがサーヴァントで本当に大丈夫なのかなって。
そう思わなくもないけど。
でも――
「わかった。じゃあお願いね、マグちゃん」
「ぬ」
「…どうしたの? 鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔して」
「――いや」
物騒な文字が付いてるけど一応神様らしいから。
当分の間はこの変な生き物のことを信じてみてもいいのかもしれない。
そんな私をよそに破壊神はずるずると手元の納豆を飲み込んだ。
それから何もない、遠くの方を見てこう言った。
何か…遠い昔のことを懐かしむような。
バーサーカーは、そんな目をしていた。
「少し、昔の事を思い出した。それだけの事よ」
【クラス】
バーサーカー
【真名】
マグ=メヌエク@破壊神マグちゃん
【ステータス】
筋力E 耐久E 敏捷E 魔力A+ 幸運A 宝具EX
【属性】
混沌・悪
【クラススキル】
狂化:E
破壊神としての人倫から離れた倫理観。
今はこのスキルはバーサーカーに何の影響も及ぼしていない。
【保有スキル】
混沌の神核:A++
太古の昔地上を支配していた混沌の神であることを示す複合スキル。
神性スキルを含む他、肉体の絶対性を維持する効果を有する。
本来のランクはEXだが現在はランクが一段落ちる。
これは破壊神として健在だった頃の彼と現在の彼とでは幾分か精神性が異なることに起因している。
破壊神の器:B
バーサーカーの肉体はあくまで神格を収める器に過ぎず、よって多少の無理が利く。
基本的に伸縮自在で損傷してもお湯に浸したり本体に接着するだけですぐに再生する。
痛覚も存在せず吸着力も強いが、強いて言うなら非力なことが欠点。
尚このスキルも万全の状態に比べてランクが一段落ちている。
破壊神マグ=メヌエクの肉体は現在疲弊状態にあり、後述する宝具を一発放っただけでも極端に衰弱してしまう程弱っている。
基本的に英霊の全盛期を参照して現世へ召喚するシステムであるにも関わらず彼がこんな状態にある理由は後述する。
破壊神の叡智:A
意外と勤勉。
なので見かけによらず知識が豊富。
少なくとも中学校の理科程度なら『内容が低次元過ぎて理解できない』というレベルであるらしい。
【宝具】
『破滅の権能(マグ=メヌエク)』
ランク:EX 種別:対界宝具 レンジ:1~1000 最大補足:100人
破壊神マグ=メヌエクが持つ権能(ちから)そのもの。
読んで字の如く、この世界に存在する万象を破壊し滅ぼす力。
その破壊力は絶大の一言に尽き、大袈裟でなく主神級神霊の全力の一撃に匹敵する。
先述の理由によりバーサーカーはこの宝具を解放すれば衰弱してしまうが、現世の食べ物を幾らか摂取すれば十分に回復可能。
『破滅使徒血盟の書』
ランク:E 種別:対人宝具 レンジ:- 最大補足:1人
この宝具に特別な効果はない。
宿っている神秘も申し訳程度のものである。
破壊神マグ=メヌエクが永い封印から目覚め現世で活動を再開した時、自身の部下を集める為に使用していた契約の書。
ただそれだけの何の役にも立たない宝具だが、今のバーサーカーにとっては万象を滅ぼす力なぞよりも余程――
【weapon】
『破滅の権能』
【人物背景】
太古の世代から世界を支配していた"混沌の神"の一柱。
『破滅』のマグ=メヌエク。
混沌教団により現世へ召喚されたが聖騎士団によって封印され、数百年の時を経てとある少女の手で現世に舞い戻った。
その後彼は現世で多くを学び、部下を作り…そして大きな別れを知った。
破壊神としては見る影もなく疲弊した霊基。
悠久の時を超えて現界するにあたってあえてその状態を選んだのは他でもないマグ=メヌエク自身である。
【サーヴァントとしての願い】
生前同様に部下を増やす。
良い成果が得られたなら褒美として下等生物(マスター)を元の世界に帰してやるのも吝かではない
【マスター】
朝比奈まふゆ@プロジェクトセカイ
【マスターとしての願い】
元の世界に帰りたい。
もしくは、皆の処へ。
【Weapon】
なし
【能力・技能】
作詞、作曲、MIX…etc。音楽の才能。
使命感のままにそれを磨き続けた少女は見つけられ、居場所を見つけた。
【人物背景】
明るくユーモアもあり、誰からも頼られる優等生。
…そんな彼女の真実を知る者は少ない。
まふゆには自他を問わず"人の心がわからない"。
優しい抑圧の中で自己を失ったまふゆはしかし自分のことを見つけてくれた仲間達に囲まれ、ありのままで過ごせるようになった。
しかしそれでも彼女は未だ救われていない。
自分を救えるとしたらばそれは一人だろうとまふゆはそう思っている。
――朝比奈まふゆは、■■■を呪っている。
最終更新:2022年06月30日 23:07