「なるほど」
声が駐車場に反響する。
昼でも薄暗いその場所は夜間にあってはなお暗く、蛍光灯が明滅するたび、そこに立つ男の姿を隠してしまっていた。
「亜人の再生はサーヴァントの宝具にも有効。
ただ今回みたく、宝具を見れば一目で真名が分かるような相手ならともかく『知らないサーヴァントに殺されてみたら不死殺しの特性を持っていた』という事態は避けたいから、リセットはなるべく自分で行うようにしよう」
たった今、聖杯を争う別の主従を下したその男は喜色露わに笑う。
そんな男の言葉に応えるようにどこから声が響く。
「魔術師でもIBMを視認できなかった」
何もない、誰もいない空間に顔を向けて男は答える。
まるでそこに、見えない誰かがいるかのように。
「そうだね。
セイバーの彼には見えていたようだけど、逸話的に千里眼あたりのスキルを持っていた可能性があるし、そこらへんは要検証かな」
「俺の攻撃はサーヴァントに通用しなかった」
「まあ『黒い幽霊』なんてのは僕らがつけた呼び名でしかないし、神秘でも何でもない単なる物理攻撃だ。残念だが想定の範囲内さ」
『いるかのよう』ではない。
実際にそこにいるのだ。
『彼ら』にしか見えない、何かが。
「満足か?」
『何か』の問いに男がうなずく。
「まあね。
それに魔術師という生物の生態とか魔術の威力とかマスターが死んでからサーヴァントが消えるまでの時間とかその他諸々。
これだけの情報をシャツ1枚と銃弾4発を対価に得られたと思えば、まあまあお得な買い物だろう」
ニューナンブを弄びながら男は笑う。
いくつもの戦場を潜り抜け、いくつもの修羅場を乗り越え、そして自ら戦いを作り出しもしたこの男にとっても、聖杯戦争は未知の戦い。
攻略のためには情報を得ることは必要不可欠。
それを競合相手を蹴落としながら達成できたのだからいうことはない。
戦いの総括を終えたその男は腕時計をちらりと見る。
時計の針は22時58分を指していた。
(あと2分)
「行こうか」
ハンチング帽を被ったその男が立ち去って、その場には夥しい血痕と物言わぬ骸だけが残された。
◆◆◆
時計が23時を指す。
それと同時に――異界東京都内のどこかに聳える宮殿で。
狂王が吼えた。
◆◆◆
椎野大智は腕の中で眠る恋人の髪を撫でる。
「弘子」
名前を呼ぶと、閉じられていた恋人の瞼が開く。
「どうしたの?大智」
「呼びたくなっただけだよ」
「何それ」
口づけを交わし、愛を囁く。
蜜月。
それ以外に表現する言葉が存在しない、甘い甘いひと時。
椎野大智は、そして恋人である佐藤弘子もまた、それが恒久的に続くものと無条件に信じていた。
「……?」
「どうした?」
突如。
柔らかく微笑んでいた弘子が怪訝そうに眉をしかめる
「外で何か鳴ってない?」
「何かって?」
「こう…警報とかサイレンみたいな。結構遠いけど」
言われて大智も耳を澄ませると微かに、だが確かに低い音が聞こえる。
「避難訓練とか?」
弘子の予想を大智は一蹴する。
「あと一時間で日付変わるんだぞ? 時間的にあり得なくね?」
「じゃあ本物の火事とか? もしそうなら逃げないとかな?」
「バカ。メチャクチャ遠いじゃんか。気にするだけ無駄だよ」
「そうかなあ」
屋内にいるとはいえ耳を澄まさなければ聞こえないほど遠くで鳴っているサイレンに緊急性があるとは大智にはとても思えなかった。
尚も不安げな表情を浮かべる弘子にスマホの画面を見せつけてやる。
「ほら。何も警報とか出てないだろ」
「本当だ」
ここまでしてようやく安心したのか、弘子が大智の胸に顔を埋めてきた。
そして上目遣いで甘えたように――いや実際に甘えているのだろう――こちらを見上げる。
「もう一回?」
「うん」
求めに応じた大地の唇が弘子のそれに重なろうとした瞬間―――
ウィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!
甲高い音が耳に突き刺さり、二人の心臓が跳ね上がる。
今度は近かった。
「なんだっつーんだよ!」
声を荒げて体を起こす。
一度ならず二度までも、恋人との逢瀬を邪魔された怒りが腹の底から頭に昇る。
とはいえ冷静さまで失ったわけではなかった。何かが起きているならばすぐに対応しなければならない。そう考え、ベッドから立ち上がった大智は外を見ようとガラス張の壁に一歩踏み出した。
それとほぼ同時。
けたたましい音と共にガラスが割られ、何者かが部屋に侵入してきた。
それは異様な風体の、二人の男だった。
帽子を被り、迷彩服を着た体格のいい男達。
その表情は奇妙なゴーグルで隠され窺うことができない。
男達はうろたえる大智を無視し、真っすぐ歩いていく。
そして部屋の中央にあるベッドの傍で足を止め、横たわる弘子を羽交い締めにした。
「テメエら!」
驚愕と動揺で金縛りになっていた大智の身体が、今度は弾かれたように飛び出す。
不審者何するものぞ。危害を加えんとする輩から愛する女を守れなくて何が男か。
侵入者を排除せんと飛び出した大智だったが、乾いた音と共に腹が熱を帯び、その膝から力が抜けて崩れ落ちる。
遅れてやってきた激痛に耐えながら見上げると、男の手に握られた拳銃が煙を吐いているのが見えた。
「嫌だ! 嘘! 助けて! 大智!」
弘子の助けを求める悲鳴が耳に突き刺さる。
動かなければと思うが、混乱と激痛がそれを許してくれない。
動けなくなった大智を路傍の石のように無視し、男たちは弘子を引きずり部屋の外に出る。
佐藤弘子の声が遠のいて行くのを、命がこぼれる感覚と共に感じながら、椎野大智は死んだ。
◆◆◆
少し時間を遡り、時計が23時を指すのと同時。
異界東京都内において、
全ての“佐藤”抹殺を目的としたゲーム―――『リアル鬼ごっこ』の開始を告げるサイレンが鳴り響いた。
◆◆◆
「ふう」
やれやれ危なかった。そう独り言ちながら男は立ち上がった。
地面に落ちたハンチング帽を拾い上げて被り直し、地上を見下ろす。
「今のが魔力切れか。
いや、リセットが間に合ってよかった。亜人の体質に感謝だね」
そう言ってポケットから弾丸を取り出し、ニューナンブに装填しながら笑った。
男は不死の新生物「亜人」だ。死に至る傷を負うと即座に肉体が再生し、蘇生する。
その際、欠損部位があればその部位も再生し、フラットな状態に戻してしまう。
そして仮に栄養失調で死亡した場合、復活する際に不足していた栄養素を自ら生成しながら蘇生する。
男は「魔力」とやらも、この法則に則って回復するのではないかと考えていた。
そしてその推測は的を射ていた。
男の召喚したバーサーカーの宝具は決められた時間に自動的に発動する。
異界東京中に影響を及ぼすその宝具が行使されれば、魔力が枯渇し、大きなディスアドバンテージを負うことは目に見えていた。
そこで男は、魔力切れで昏倒する直前に自殺することで魔力を回復させることを思いつき、見事成功したのだ。
回復を目的とした自殺(リセット)。
男はそこにもう一つの狙いがあった。
それは『バーサーカーの宝具の発動時間中は、なるべく体調は万全にしておきたい』というもの。
バーサーカーの宝具―――『リアル鬼ごっこ(デストロイ・オール・サトウ)』は異界東京都内の全ての“佐藤”に対し、鬼ごっこを強制するもの。
捕まれば待っているのは絶対的な死だ。
そして男の名はサミュエル・T・オーウェン。
日本で活動する際に名乗っていた名は―――『佐藤』
バーサーカーの宝具の抹殺対象である可能性がある。
(もちろん、本名じゃないからセーフ……という可能性も十分ある。
けれどそれじゃあつまらない。)
せっかく『佐藤』を名乗ったのに、祭りから爪弾きにされるのは、あまり気分のいいものじゃあない。
そんな佐藤の期待に応えるかのように甲高い音が響く。
音のした方向を振り返ると、奇妙なゴーグルを着けた迷彩服の男が、猛然とこちらに走り寄って来ていた。
『リアル鬼ごっこ』の、鬼だった。
「そうこなくっちゃ!」
呵々と笑う佐藤。
彼はこの新しいゲームを楽しむことに決めた。
【クラス】
バーサーカー
【真名】
王様@リアル鬼ごっこ
筋力E 耐久E 敏捷E 魔力D 幸運C 宝具C
【属性】
混沌・悪
【クラススキル】
狂化:C
言語能力、思考能力を有さず「サトウ」を名乗る者の鏖殺のみを行動原理とする。
陣地作成:B
サーヴァントとして召喚される際、生前住んでいた宮殿が一緒に召喚される。
内部に侵入する方法は鬼ごっこをクリアする以外になく、王様自身は宮殿から出ることはない。
【保有スキル】
恐怖政治:A
カリスマの派生スキル。
苛烈な粛清により兵の士気を無理矢理向上させる。
暗君:A
無能な君主という逸話から生まれたスキル。
国家運営を行う際、常識では考えられないほどに愚かな政治を行う。
集団を率いて戦う際、兵の士気が大きく下がる。
【宝具】
『リアル鬼ごっこ(デストロイ・オール・サトウ)』
ランク:C 種別:対国宝具 レンジ:3500 最大捕捉5013223
召喚されてから7日間、23時~24時にかけて鬼ごっこを開催する。
鬼ごっこが開催されている時間中は異界東京都内に100万人の鬼が召喚され、捕獲対象を追いかける。
鬼が捕獲対象とするのは『サトウ』を名乗る全てのマスター、サーヴァント、NPCであり、捕まると王様の宮殿に連行され安楽死させられる。
7日間の鬼ごっこを生き延びると王様と面会することができる。
『鬼』
『鬼ごっこ』において『サトウ』を追う鬼。帽子と迷彩服を着用し、佐藤探知機ゴーグルを装着している。
『サトウ』の捜索及び捕獲を行う他、捕獲を妨害する者や徒歩以外の移動手段を用いている者を問答無用で殺害しようとする。
その正体は王国兵士を再現したものに過ぎず、身体能力は常人の域を出ない。倒せば消滅し、その日中は復活しないが翌日にはまた100万人の鬼が召喚される。
【weapon】
『鬼』
【人物背景】
西暦3000年。絶対君主制の日本王国に於いて、「佐藤」姓はついに五百万人を突破した。
第百五十代目の国王として即位した王様は自分と同じ「佐藤」姓の者が多数存在することに怒りを覚え、彼らを効率的に抹殺すべく『リアル鬼ごっこ』の開催を宣言した。
【サーヴァントとしての願い】
自分以外の「佐藤」の抹殺
【マスター】
佐藤@亜人
【マスターとしての願い】
不明
【weapon】
なし
【能力・技能】
死なない新生物「亜人」であるため不死身。麻酔弾が命中した腕を即座に切り落としたり、ウッドチッパーを用いた「転送」を行うなどその特性を活かした戦い方をする。
元海兵隊。除隊後はマフィアとして働いた過去があり、近接格闘や銃器の扱いに長じている。
「黒い幽霊」ことIBMを出現させることができ、特に佐藤のIBMは自立行動が可能。本体である佐藤が意識を失っても高い戦闘能力と判断力を持って行動できる。
【参戦時期】
「棺桶」に収容された後
【人物背景】
亜人。テロリスト。
様々な手段で社会に隠れ潜む亜人を扇動してチームを作り、ゲーム感覚で人間社会の転覆を目論んだ。
精神に問題を抱えており、他者に対する共感力が決定的に欠けている。また、非常に飽きっぽい性格をしており、テロの最中に飽きて放り出すという行動を作中でも度々行っている。
最後は永井圭に仕掛けられた大博打に乗って水面に叩きつけられて気絶。「棺桶」に収容された。
最終更新:2022年06月30日 23:09