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薔薇のなかの薔薇、こよなき薔薇よ
そなたもまたおぼろな潮が悲しみの波止場に打ち寄せるところに来て、
たえまなくわれらを呼ぶ鐘の音を聞いたのだ、かの慕わしくはるかな鐘を。
美神はその永遠なる身をかなしみ、そなたをわれらから、暗い灰色の海からつくった。
われらの長き船は思いに織られし帆を上げて待つ。
神がわれらと同じさだめを与えたまいしうえは、かの船もまたさいごに神の戦いにやぶれおなじ白い星々のもとに沈んでいった。
もうあのちいさな叫びを聞くことはないだろう。
生きることも死ぬことも許されぬわれらのかなしい心の叫びを。
ウィリアム・バトラー・イェーツ、戦いの薔薇
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そこは、近隣ではよく知られた屋敷であった。
立派な佇まいだ。装いは洋風、造りは木。イギリスだとかフランスだとかの、ヨーロッパ圏の貴族や名家の住まいを、そのまま持ってきたような、建売りのそれよりも格上の空気をかもしている。
このような場所に住まえるのだ。管理が出来るのだ。それなりの収入の道がなければやっていけないだろう。
だが、この家の主が、何をして生計を立てているのか、知る者は少ない。そう言う事実が、風評に拍車をかけていた。よく知られている、と言うのは、『幽霊屋敷』としてだった。
幽霊屋敷とは、誰も住まう者がいないと言う意味ではない。本当に、『それ』が出ると言う意味である。
見れば、成程。確かに、草木も眠る時間に足を運べば、出そうな雰囲気が醸し出されていた。
外壁は長年の経過を想起させる程度に色褪せていて、これが、時の重みを見る者にイメージさせる。数百年の時を経ている、と嘘を吐かれても信じる者がいるのではあるまいか。
その上、屋敷の壁を這うシダ類にも似た植物のツタ。管理が余り行き届いていない証拠であった。広い中庭も、よく見ると荒れ放題で、庭師を雇っていない事も解る。
吸血鬼を題材にしたフィルム・ノワールの白黒映画の世界から、数千万色から成る色彩を伴って飛び出して来たような屋敷だった。
事実、満月を背後にすると言う構図で一眼レフで撮影したある一枚の写真をSNSに掲載したところ、本当に出そうだと言って、数万もの反応が得られた事もある。
だが――往々にして真実と言うのは、大衆の心をくすぐるようなドラマティックさから掛け離れた、肩透かしを食らうようなものである事が多い。
この屋敷だとてそうだった。幽霊が出るだとか言う噂も勿論出鱈目であるし、ガリレオ・ガリレイが地動説を提唱しはじめた時代から生きている錬金術師が家の主と言う噂も当然嘘。
況して、この家の主が不在と言う話など、行政の機関が違うと認めるレベルには、あり得ない話なのである。
真実とは得てして、そんなものだった。
登記簿は明白に、この屋敷もその土地も、今も生きているフランス人女性が全ての権利を保有している事を認めている。
屋敷にしたとて数百年が経過していると言う話も、登記に照らし合わせれば全く嘘で、真実は戦後移り住んで来たフランスの富豪が、
この国を甚く気に入りこの地に別荘を建て、其処に妾を住まわせて……それが今に至っている、と言うのが本当の話なのである。数百年は勿論の事、100年だとて経過していないのである。
面白くもなんともない話であろう。
なんだ、つまらない。知らされれば、興味がそれで終わりの人間が殆どだろう。
それにそもそも、冷静に考えれば、人の通りも多く、時間帯によっては車の往来も盛んなこの住宅街の真ん中に建てられている屋敷なのである。
普通に考えれば、そんな立地に建てられている建造物が、廃屋である筈もなし。普通に考えれば、誰かしらが住んでいるであろう事は考えられる事柄であるし、
況してや面白いから侵入してみようと考える者など、真っ当なモラルが備わっているのならいないであろう。立派な不法侵入、犯罪を犯している事となる。
とは言え、真実が面白いか面白くないかが全て解る者など、神を置いて他にいる筈もなく。
この屋敷が法的にも問題がなく、権利上に於いても一人の女性に帰属するものである事を、知らない者がいる事も事実。
そしてその中には、本当にこの場所に幽霊の類が出ると信じ切っている者もまた、いるのである。
――例えば、直立の状態からの跳躍で、高さ数mはあろうかと言う塀を飛び越えて、邸宅の中に忍び込んだ、黒装束のこの男だ
年齢を、悟らせない。顔に黒布を巻き付けているばかりか、身体の何処を見ても、肌の露出がない。長躯である事が、分かるだけだ。
【おらぬか……?】
胸中で呟く男性。
新たな拠点を増やす事に、彼――アサシンのマスターは積極的だった。
勿論、そのマスターはマスターで、与えられたロールに準拠した拠点と言うものを持っている。
だが、この拠点とは別に、スペアの拠点が欲しかったのだ。そしてマスターは、拠点の候補として、今アサシンに忍ばせている幽霊屋敷を選んだ。
何て事はない、これは内見である。
本当に誰も居ない、と言う噂を真実かどうか確かめ、その上で、自分達の拠点として借りようと言う腹なのだ。
誰かいるのならいるのならで、簡単な催眠を掛けてやれば良い。屋敷から一時的に退去させる、こう言う事である。
だが、何人も催眠に掛ける訳には行かない。屋敷の主含めて、何人この屋敷には住み込んでいるのか、その確認の意味合いが特に強い。
主一人に催眠を掛け、使用人達に一時暇を出させる。理想的なムーブメントとしては、これである。
忍び込むに当たり、夕方の内にアサシンは事前に調査を済ませていた。
目に見える場所に監視カメラがない事は確認済み。この辺りは特に有名な、所謂『お金持ち』の面々が住まう高級住宅街である。
召喚されてからアサシンは独学で、現代事情を学び、監視カメラの存在を学んでいる。この辺りの住民に限って言えば、敷地の中どころか、正門の段階ですら、
それと解るようなカメラが設置されていて、しかも高度な人感センサーも備わっているのか、一定距離に入ったらレンズを自動で此方に向けて来る物もある事も知って居る。
この屋敷にはそれがない。それどころか、一部の家には備わっている、番犬の類も見られない。本当に、防犯の為のシステムも道具も備えていないのだ。こう言った事情もまた、この屋敷が幽霊屋敷だと言われる理由でもある。
とは言え、カメラがないだけで、実際には屋敷の中には沢山の人員が待機していて、それが庭や表の様子を確認している可能性だとて、ゼロではない。
だが踏み込んで解った。人の気配が、まるでない。アサシンは暗殺者の英霊として、鋭敏な気配察知の能力を兼ね備えている。
住居の中にこもって居ようとも、その中に蠢く人間の気配を、敏感に彼は感じ取る。その第六感が告げている。人の気配が、絶無だ。
驚く程誰も居ない。全神経を集中させ、屋敷に対して意識を傾けさせる。やはり、だ。呼吸の音も、鼓動の音も、人の話す声も聞こえない。
真夜中の山中の中の様に、静まり返っていた。しかしそれでも、油断がないのがこのアサシンの優れた所。
無音の歩法で屋敷に近づいて行く。狙いは窓。屋敷の裏に建付けられた1階部の窓に手を伸ばし、開けようと試みる。
――開いた。静かに窓を開け、完全に開け切ったとみるや、屋敷の中に侵入。
――――死ぬ程の、後悔を味わった。
「ッ……!?」
先ず後悔したのは、侵入した部屋の不気味さだった。
保管場所、或いは、コレクションルーム。その様な印象を少年は覚えた。ただ、保管している物が問題だった。それは、洋人形が保管してある部屋だったのだ。
その数は、幾つか? 百か、二百か? それ以上か? まさに、沢山、であった。
これが、小さい女の子が欲しがるような、ファンシーでメルヘンで、それこそ例えば、ディズニーやらサンリオやらの可愛らしい人形であるのならば、マシだった。
置いてある人形は全てが全て例外なく、精緻で、リアル。本物の人間のようにしか思えない程、精巧な作りの人形ばかりなのだ。
ドールのサイズは様々。子供が抱えて持てるような小さいサイズの物から、アサシンの体躯程の大きさをした物まで
ありとあらゆる大きさの人形が、ずらりと並んでいる。一瞬気圧されそうになるが、そうはならない辺りが、流石に英霊として召し上げられた存在である。
――だが、違う。これじゃない。真に後悔を覚えたのは、鎮座している人形の不気味さの故ではなかった。
この邸宅の内部に侵入した瞬間に覚えた、プレッシャー。歩く事もままならず、息する事すらただ辛い。
今にも身体がぺしゃんこになりそうな重圧感と、心臓を巨大な手で握り絞められているような圧迫感。それをアサシンは、一時に覚えたのである。
――なんだ……これは……――
敵に囲まれた時にですら、こんな感覚、覚えた事なかった。
予感がする。これ以上此処にいては、ならないと。何も持たないまま帰ろう。マスターには、この場所は不適合だから進言しよう。
これ以上此処にいては、ならない。そうとアサシンが判断し、踵を返して立ち去ろうとする。
――その最中に、アサシンは、全ての人形の目が、此方に注がれた事に気づいた。
それは錯覚だった。アサシンの焦りと恐れによって生じた誤認、錯誤の類であった。
だがもしも、この場にいる人形達に、熱い血潮が流れていて、鼓動が胸の奥で脈を打ち、意思を生じせしめる心が宿っていたのなら。きっと、彼の見間違えの様に、目線を動かしていたに違いない。
『そうだ、お前が正しい。早く逃げろ』
『この馬鹿、なんでよりにもよってこの家に入って来たんだ』
『もう遅い。あの御方が来る』
『来た。目を逸らせ』
人形達に心があったのならば、その様な事を思ったに相違ない。
それが事実であろうと言う裏打ちの様に――部屋を占める重圧が、万倍にも倍化した。
「ッ!?」
足が動かせない、膝を上げられない。腕が振れない、肘を曲げられない。
ゆとりのある呼吸が出来なくなり、マラソンや短距離走を終えた後みたいな、連続した短い息継ぎしか出来なくなっている。
鉛で出来たリュックサックを、背面と前面に負わせられたように、身体が重かった。無論それも、錯覚だった。アサシンの身体には、100g分の重りすら取り付けられていないのだから。
これこそまさに、当人の意識の問題なのである。事実は何も変わっていないのに、脳が、心が、魂が。そうであると誤認をし、現実の我が肉体に誤解を引き起こさせる。
――それ程の存在が、自分の背後にいる。それを、認識してしまったのだ。
振り返ってはいけないと思った。脳も心も魂も。細胞の一欠けらですら、それに同意している。逃げねば死ぬと言う、確信があったからだ。
満場一致に等しいその意思を裏切ったのは、誰ならぬ、アサシンの肉体と、その本能であった。人ならば誰にでも備わる、反射行動。
危機を察知したら、その方向に対して意識と身体を向けてしまうと言う、防衛反応。アサシンは、これらを自制出来る程の訓練を経ている。経ていてなお、身体が、裏切った。
「あ……あ……」
天を衝く程の、大きな山が其処にあったと、アサシンは思った。
どれ程昔から存在したのか、頂上までの距離はどれ程なのか。そう言った事が一目で判別する事が出来ない程に、巨大(おおき)い山。それが、目線の先に佇んでいた。
勿論の事、実際に本物の山がそこにあった訳じゃない。
其処にいる人物から放たれる、気風と覇気が、アサシンの脳に山のイメージを焼き付けさせ、網膜に映る光景にその模様を投影させてしまっただけに過ぎないのである。
「……ほう」
だがそれにしたとて、その男が巨人である事には変わりはなかった。
見上げる程の大人物だった。1mは80㎝を超える恵まれた体格のアサシンよりも、更に、50㎝以上も大きい。宛らそれは、小山。
日本は勿論の事、今時、ヨーロッパの王室に連なる貴き血筋の面々ですらが羽織っていないであろう、厚手の黒いマントを着こなす男だった。
顔立ちは、日本人のそれじゃない。ヨーロッパの国々の顔つきで、良く整えられた髭の生え方から察するに、歳の頃は、40の半ば程だろうか。
威厳のある顔立ちで、史記に出て来るような偉大なる大王や皇帝が、そのまま今の時代に蘇ったと思える程に、力と覇風と神威に溢れていた。アレキサンダーやカール大帝を題材にした映画を撮影しようと思い立ったのなら、モデルには、この男が選ばれよう。
平伏する事が、義務だと魂が吠えている。頭を垂れろと、脳が命令を下している。
生前、王の類を暗殺した事がある。貴族の類など、両の指では足りぬ程、その刃で倒して葬って来た。
何の感慨も、なかった。所詮王も貴族も、誰の助けも来ないと言う状況下で、刃先を突き付けて見せればただの人。
その勇猛さから獅子の仇名を冠する王君も、慈悲なく農奴から税を徴収し払えぬ者を眉一つ動かさず処刑するその貴族も。
アサシンが剣先を突き付けさせてしまえば、ただの人間、役人の類と何も変わらない。死を隣人とする何処にでもいる人間なのだと言う事が解ってしまう。
我と同じ人間に、ただ身分の上で偉いからと、広大な土地と権能を引き継いだからと言って、何故、傅かねばならないのか。
この男は、違う。
一目で、王である事が解る。神である、と嘯いても納得出来る。
王権神授。王の権威は、神から授かったもの、と言う事を意味する言葉だが、この男を見れば、それが真実であったと誰もが思おう。
このような覇気を発散出来る者、神か、神の化身以外にあり得ようか。アサシンは、生前でも見た事がなかった、本物の王者を。
魂を掌握する絶対のカリスマの保有者を、初めて目の当たりにしたのであった。
――だが、その神は善と光の神ではない。
これもまた、一目で理解した事だった。確かにこの男は、神の威光を帯びた、半神の者であるのかも知れない。
ただ、その神が司る物は――――――闇と魔である。この男はきっと、暗き闇の淵の領分を支配する、暗黒の支配者なのである。
「おおっ!!」
魂を掌に包まれ、脳を屈服されているこの状況下。
肉体だけは、目の前の魔人の支配を逃れていた。嘗て積み重ねて来た、何千時間を容易く超える鍛錬の成果だ。
人生の数多い時間を、修練に割いて来た。その結果が今こうして、窮地に陥った際に反射的に身体が動く、と言う形で表れていた。
鍛錬に漬け込んで来た肉体だけは、最後の最後で屈服を拒んだ。懐に忍ばせた短刀を、魔人の喉元に投擲しようとし――それを果たすよりも前に、アサシンの心臓は、魔人の右手に貫かれた。
心臓が魔人の右手に握られていた事も、貫かれた痛みも、そもそも自分が何をされたのか。全てを認識する間もなく、アサシンは即死し、魔力の粒子となってこの世から消滅した。
魔人の腕に着いた血も、握っていた心臓も、夢か、幻か、とでも言う風に、同じような末路を辿る。
そこは、近隣ではよく知られた屋敷であった。良く知られているとは、幽霊屋敷として、である。
だが、この屋敷には幽霊はいない。そもそも、屋敷の持ち主だって今もこの瞬間に、邸内で作業に没頭している。幽霊屋敷など、嘘八百も良い所なのである。
――だが、幽霊ではなく『吸血鬼』なら住んでいると言う事実までは。
近所の住民も、そして、忍び込んだ末に息絶えたアサシンも。予想する事は、出来なかったであろう。
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彼女の作るドールは、1体で家が建つと言われる程の価値を持った逸品だと、その筋には広く知られていた。
どのような世界にも、マニアや収集家と言うのはいるものだ。コイン、切手、硯、こけし、初版本、時計に模型に昆虫の標本など。
普通の人間でも集めていそうな物から、一部の好事家や金持ちしか集めていないような物まで。世界には、普通の感性の人間では及びもつかないようなものを集めるコレクターと言うのが数多くいる。
だが、人形については、集めている、と公言したとて問題はない。理解の得られる物である事だろう。
その造形の美しさや精巧さに惹かれて買ってしまったり集めたりする者もいれば、金銭的な価値や投資の目的で手元に置いていたい者もいる。異常な点は何もない。
しかし人形と言う物は凝りだせば凝りだす程にその価値が天井知らずに跳ね上がって行くものだ。人形に着せる服装や、手入れの為の道具もそうだが、何と言っても人形そのものの値だ。
ドイツのシュタイフ社が1904年に世に出したテディベアは、6000ポンド、現在の日本円のレートに直せば90万以上の値段で取引されていたという事実からも解る様に、
年代が古く、そして、名のある人形師の手による真品であると鑑定されれば、容易く、この数倍以上の値段で取引される事もあるのだ。そして、その値段でも、手に入れたい者がこの世には、いる。
彼女、『フランシーヌ』と言う名の女性が作る人形など、正しくその類だった。
彼女の手がけたテディベアや操り人形(パペット)、腹話術人形などは、一番安いもので100万程の値段で取引されたが、この女性人形師の神髄は、自動人形に集約されている、
と言うのがその手の好事家の間で有名なのである。自動人形、つまるところは、オートマタと呼ばれる、西洋版のからくり人形の事である。
これが、大層な評判だった。受注は一切受け付けておらず、彼女が気まぐれに作った物を、本当の金持ちか本当のマニアにしか知られていない、
彼女の経営する小さなドールショップ、『真夜中のサーカス』にやはり気まぐれに展示される。値札もつけられず、ただ、ショーガラスの中で静かに動くその人形に、マニアは法外な値を付ける。その様子はある種のオークションの競り争いの様子に似ていて、つい最近売れた、リュートを弾く詩人の自動人形は、3300万の値段で落札された。
何が、マニアを其処まで惹きつけるのか?
動きが良いと言う者がいる。生きた人間そのもののような滑らかな動きに魅せられ、衝動のままに買ってしまった収集家の言葉である。
顔が良いと言う者もいる。人形の命は一にも二にも、顔である。人形と言う器物でありながら、フランシーヌの作る人形は、命一つ吹き込まれたかのように、精彩と精髄が宿っていた。
同じ人形師で、どんな手品や魔法が掛けられてるのかが知りたいと語る同門の者もいる。内部のカラクリの様子を見て、ネジ一本、歯車一つとっても、自らの及ばぬ超絶の技術で作られていた事を知り、愕然の念を覚えてしまい、今もその人形師はスランプから脱し切れずにいる。
彼女の手がけた人形を買った者は皆、値段以上の満足を得る。
仕事で使う操り人形や腹話術の人形を購入した者は、今まで以上に仕事が円滑になったしお客も満足したと喜んでいた。
コレクション目的で購入したコレクター達は、コレクションの調和により深みが出て、完成度も増したと満足気だった。
その技術を盗もうとした人形師達は、幾らでも月謝を払うからその技術を教えて欲しいと懇願して来た。フランシーヌは丁重に、それは断ったが。
誰も彼もが、彼女の人形を購入し、満足すると、こう思うのだ。
まるで彼女は――人形と言うものと心が通じ合え、人形と、言葉を喋れるかのようだと。だってそうじゃなければ、こんな人形、作れる筈もないじゃないか。
彼女はそう、人形を作る為にこの世に遣わされた、天性の人形師だと。誰かが評し、その言葉を誰もが、疑いもしなかったのである。
「……御戻りになられましたか」
目の前に突如として現れた巨躯の男に、フランシーヌは驚いた様子もなく告げた。
純銀を糸状に伸ばして見せたような美しい、白銀の如き銀色の髪を長く伸ばした女性で、その顔立ちはゾッとする程美しく整っていた。
剃刀のように冷たくて鋭い、人間性の感じられない顔つき。彼女はチェアに座りながら、テーブルに広げた大きな紙にペンを走らせていた。
設計図だった。自動人形の、だ。フランシーヌの横には、灰色の髪と黄金色の髪を長く伸ばした、ドレスを纏った子供2人が佇んでいて、それを交互に眺めながら、紙の空白部分を埋めていた。
「精力的な事よな……。順調なのか? それは」
良く通る声で、マントを羽織った大男が問うた。
フランシーヌのアトリエに、真の暗黒を落とす事なく薄明程度に留めている、蝋燭の弱い炎が、消え去らんばかりに揺らいだ。
人類が征服したと思い上がり、この世の片隅にまで追いやったのだと思い込む事で、太古の昔より続くその不滅性と永遠性、そして根源的な恐怖を忘れ去ろうとした、大いなる暗黒と宵闇。その具現たる巨人が発する威風に、炎ですらが、恐れたじろいだか。
「順調であるとは、言えません」
羽ペンを置き、フランシーヌは言った。
「この人形を作りし方は、さぞや優れた方だったのだろうと思います。造詣は美の極致、身体つきは理想の少女のそれ。そして……歯車の音も発条(ぜんまい)の音も聞こえない。まるで、生きた人間から作られたよう」
「よく見ておるよ。お前は優れた人形師だ。私が保証してやろう」
「恐縮です」
フランシーヌの周りに佇む、二体の人形。
即ち、カーマインとマジェンタと名付けられたこの自動人形は、彼女の言うように、正真正銘の生きた人間から作られた人形だった。
その事実に、憶測でも到達出来る存在がいるとは、と。この二体の人形の現状における主人は、内心で嘆息していた。
――きっと、彼女が。フランシーヌが、人間ではないから、気付けたのだろうと男は思った。
男は気づいていた。自らのマスターが、瞬きをしない事に。脈動の代わりに、纏うドレスのその下で、歯車と歯車がかみ合う音が、聞こえてくる事に。彼女は、人形だった。
「与えられたロールと、社会的な立場に則って、人形師の真似事をして……貴方の従える自動人形を模して作ろうとしましたが……。私の知る理の外なのでしょう、アプローチ出来ません」
それもそうだ。
何せカーマインとマジェンタとは、大いなる闇の力をその身に宿す、太母リリスの血肉より創造された、生ける人形なのである。
歯車如何だ、螺子が如何だ、金属の管の配置が如何だ関節の駆動が如何だでは、到底生み出せない。魔性の業と、一人の女の妄執の結晶なのだ。
作れる筈がないのは当然だ。寧ろ、これを模した存在を、作ろうと思うその発想が、先ず出て来る事はない。男から見て、目の前のフランシーヌは、中々に面白い人形だった。
「それより、『プリテンダー』。貴方は何処で、何をされていたのですか? 貴方が何か威圧を放つ、気配を感じましたが」
「物盗りがやって来たのでな。我ら流の歓待で、出迎えたさ」
その意味を理解しないフランシーヌではない。サーヴァントと、その主かを、葬った事を、その言葉は示唆していた
「真の吸血鬼は、己の領分を犯した者を許さない。道理ですね」
フランシーヌはこの世界に呼び出される前……即ち、真夜中のサーカスの首領であった時代、誰もが連想するような吸血鬼そのもののイメージの人形を、作った事もある。
その時は確か、人間の著した書物を参考に、吸血鬼のパブリックイメージを優先して作った筈だ。
即ち、青白い肌に、ナイフの様に鋭くて大きい犬歯を持ち、黒いマントとタキシードを纏い、洗練された所作と慇懃な態度で相手に接し、それでいながら尊大さも兼ね備える。
そんな風なイメージで想像し、その自動人形もまた、嘗てのフランシーヌを笑わせようと、おどけて見せたり、劇を披露したりしていたか。
プリテンダー……その真なる名を、『《伯爵》』と言うこのサーヴァントは、フランシーヌが、否。
この世界に住まう全ての人類が、吸血鬼と言われて想像する、全ての要素を完璧なまでに兼ね備えていた。
人間では太刀打ちなど出来ようもないと一目で理解せしめる屈強な身体つき。語らずとも雄弁な、威風堂々としたその立ち居振る舞い。
嘗てこの世に産まれ落ちた如何なる諸王などよりもずっと威厳のある、整えられた髭が特徴的なその厳めしい貌(かんばせ)。
そして、夜の闇への恐怖から産まれた様々な異形や妖物全ての王であり、そして光の届かぬ絶対の暗黒を己の領土だと主張しても何一つ不足のない、絶対的な闇のカリスマ。
誰が疑いを挟もうものか。この男こそは、夜の覇種。人が瞼を閉じ、眠りて見ないようにする闇の現実の中を歩む者達全ての王。ドラキュラとは、正しく、この男の事ではないか。
「真の……吸血鬼、か……」
フッ、と、《伯爵》は笑みを綻ばせた。我が身が背負いし、苦い過去。それに対して、呆れて、愛想を尽かせた。そんな、笑み。
「そうと呼ばれた事も、あるな。嵐とも、炎とも、雷とも形容された覚えもあるぞ。そして……斯様に扱われ、得意になっていた時期も、な」
「不服、なのですか? その認識は、正しい物かと存じますが」
「こうと言われた事がある。空っぽの存在、吸血鬼としての記号、張りぼて。……現実の何処にも居場所のない、夢幻」
くつくつと、《伯爵》は笑った。今思い出しても、笑えるジョークや芸を思い出して、不意に、笑ってしまっているかのようだった。
「吸血鬼等と言う存在が、この世にいると思うか?」
「私の目には、映っております。誰の目にも明らかな、理想の吸血鬼が」
「『そうと作られただけのオートマタ』だと言われ、信じられるか?」
眉を動かし、フランシーヌが反応した。
自動人形……? この男が? いやまさか……だが認識してしまえば……、こんな理想的に過ぎる存在が……。
「問おう、マスター。己の親を思い出せるか?」
「はい。我が造物主様は、白金(バイジン)……プラチナを意味する名を冠する、錬金術師で御座いました」
「重ねて問う。己が足跡を思い出せるか?」
「はい。造物主様は、笑みを浮かべられぬ私に失望し、私を御見捨てになられました。私は……あの御方に振り向いて……戻って来て貰いたくて、笑みを浮かべる為の旅を続けていました」
語っていて、フランシーヌは、己を笑わせる為に心血を注ぎ続けてくれた、側近達の事を思い出す。
皆、自らを師として、女王として、神として認識し、絶対の忠誠を捧げていた者達だった。最古の四人……アルレッキーノやパンタローネ、コロンビーヌにドットーレ達は、
今も影武者のフランシーヌを笑わせようと暗闇の中で己の芸を磨き続けているのであろうか? 本物のフランシーヌは、あの世界にはいないと言うのに……今も健気に……?
「思いを馳せられる旅路があるようだな」
黙りこくり、己の歩んだ足跡を振り返っていたフランシーヌを、《伯爵》はその一言で現実に引き戻した。
「初めから理想足らんと創造された私には、過程も何もなかった。蓋しの当然よ。初めから完璧な存在として生まれたのなら、以降の物語になど如何程の厚みと熱が産まれようか。足りぬ者が苦難の末に至った話には、過程が生じ得るが、全てを得ていた者が産まれただけの話には過程など起こり得る筈がない。自然な話だ」
今度は、《伯爵》の方が黙る番だった。やおら、と言うように、口を開く。
「我が破壊の痕跡から着想を得た物書きが記した、ドラキュラの話に曰く。吸血鬼は、輝ける曙光を一身に浴び滅びるのが定めだと言うではないか」
「ブラム・ストーカーの事ですか?」
「形は違えど、滅んだと言う結末は同じだった。其処までも……理想的な死に方だったと言う訳だ」
――運命が、お前を射止めた――
――おまえ自身が撒いた種を、俺が紡いだに過ぎない――
――運命は、幻想ではないのだから――
己が心臓に刀と言う名前の墓碑を突き立てた、あの宿敵の言葉を《伯爵》は反芻する。
血塗られた《伯爵》の2000年の旅路に終止符を打ち、どんな者にも辛くて厳しくて、理不尽な上に、裁きをも下す現実の世界を、それでも生きて行こうと決意した、あの旅人……。
縛血者(にんげん)、鹿島杜志郎の姿が、克明に、彼の心に思い描かれた。
「……迂遠な言葉で、煙に撒く……。最早今の私は、これを好かぬ。我が思いを……直截に告げよう。……堪らなく、悔しいぞ」
絞り出すように、《伯爵》は言った。
無意識のうちに、難解な語彙を用い、威圧的で、謎めいた言葉を口にして、人々を惑わせる。そんな、有り触れた吸血鬼像から余りにも乖離した、ストレートな言葉だった。
「あと一歩のところで勝利を逃す……と言うのは、こんなにも悔しくて悔しくて、堪らない物なのだなぁ……。こんな、当たり前の情動すら、知らなかったのだよ。マスター」
「勝つ事が、願いですか?」
「大願は別にある。だが、これを成就する上では、ああ、その通り。勝利の為に」
始祖であるリリスの願い。勿論これを、《伯爵》は忘れていない。彼女のエゴの為の道具である、その運命を彼は受け入れている。
受け入れたのなら、後は歩むのみ。心臓を穿たれた吸血鬼は、滅びるのみ。宇宙開闢の折より定められた、死者は蘇らないと言う絶対の理。
未だかつて誰も覆した事がなく、そして、その絶対性に誰も意を唱えた事のない永久不変のこの天則は、《伯爵》であろうと逃れられない。
この天則からすらも、こうして《伯爵》は免れた。仮初の生なのは解っている。自らがこのような歪んだ形で蘇ったのは、皮肉な事に、自らが広めてしまった吸血鬼幻想のせいであろう。
それでも良い。蘇ったのなら、今度こそ、真っ直ぐに歩む。最早この身は、己の在り方に疑問すら覚える事が出来なかった愚者の身ではないのだ。今度と言う今度は、果てなく往くのみであった。
「大願……ですか。私にも、また」
「ほう。マスター……その身に鼓動のない娘、瞬き一つせず、この世の在り様を常に眺め続ける女よ。問おう、お前の願いとは?」
カーマインとマジェンタ、二つの人形に目をやった後に、《伯爵》の方に目線を向け、一言。
「笑う事」
告げた。
「笑う事が、人である事の証明。人になりたくてなりたくて、そうすれば、私を御認めにならなかった造物主様が戻って下さると思っていたから……何十年も、旅を続けた。……多くの人の、幸せを奪った」
造物主と呼ばれ、崇められた事もある。アプ・チャーと言う側近は、フランシーヌの事を指して女神とすら認識していた事もある。
存在を疑ってはならぬ、自動人形にとってのレゾンデートルであり、現実世界に形をなした自動人形にとっての魂であると、最古の四人は考えていた。
そんな彼女の望みとは、果たして何だったのか。それは、世界の支配でもなければ神になる事でもなく、況して、人類の絶滅でもなかった。
――ただ、笑いたかった。それだけなのだ。笑えれば、自分は、人になるのではないか。
歯車の軋みが脈の代わり、金属の管を循環する生命の水が血潮の代替品、空気を循環させて呼吸の真似事をすると言う小賢しい小細工。
彼女に出来ない身体の動きはない。踊りも出来るし、新体操だってお手の物だ。ただ、笑う事、微笑む事が、フランシーヌには出来ない。
笑顔の素敵なフランシーヌ。彼女のモデルとなった人物は、弾けるような晴れやかな笑みが美しかったと、この人形を生み出した造物主は回顧し続けていた。
女神のような美しさを与えられた女は、しかして、その美しさをより一層際立たせる、最も簡単で確実な方法。人であれば子供ですら出来る、笑む、と言う行為だけをフランシーヌは剥奪されていた。
女神の微笑みを射止める為に、多くの自動人形達が芸を磨いて来た。
お手玉、玉乗り、綱渡り。猛獣使いに猿回し、パントマイムに腹話術。ブランコ、物まね、演奏会。
人間が想起し得る、凡そあらゆる大道芸を、自動人形達は研究し、それを実行に移して来た。全ては、造物主たるフランシーヌの笑みを見たいが為。
そしてその全てに対し、彼女の表情は、不変。氷のような無表情を、保ち続けるだけであった。
だから自動人形達は、語るも恐ろしい行動に出た。
フランシーヌは、恐らくは人類史上最後の錬金術師であったろう、白金の手自ら作られた至高の自動人形。人であれかしと作られた、最高の人型。
彼女以降の全ての自動人形は、所詮は彼女の後追いに過ぎない。どれだけ人に近づけようとも、精巧な人形の域を出ないのである。
だから、思った。人の心を理解していないから、自動人形たる我々は、フランシーヌ様を笑わせられないのだと。そうと思った彼らの後の行動は、迅速だった。
吸えば死ぬよりなお苦しい生を確約させる銀の煙を吐き散らし、彼らは世界を行脚した。自動人形の駆動に必要な疑似生命の水の劣化を防ぐ為に、人の生き血を啜った。
女神を笑わせよう、笑わせようと懸命な努力を続けて来た自動人形達はその実、笑えない程に罪深い存在となり、天下の憎悪を一身に背負う怪物となり果て。
その自動人形を率いるフランシーヌの名を与えられたこの人形は、人々にとっては女神どころか、世界に災禍を振り撒く邪神同然の扱いとなってしまい――。
これでは、自らが笑う遥か以前の問題である。
「……愛すべき我が自動人形達の一生懸命で無為な努力を与えられる事にも、造物主様と同じ人間達から居場所と幸せを奪う事にも。私は、疲れてしまいました」
陽の当たらぬ真夜中に、薄明かりの中で行うサーカスは、もう沢山だった。
その身の業の故に陽の光の下には最早歩く事は出来ず、生み出される血肉のない自動人形達は人々の生き血を啜り喰らい。
人の社会に寄生し、その社会を腐敗させ壊して行く、人間の形をした悍ましき何者か達。これではまるで――吸血鬼ではあるまいか。
その様な存在になりたくて、フランシーヌは、一念発起し旅を続けた訳じゃないのだ。
「笑いたいか?」
《伯爵》が問う。
フランシーヌが、首を振るう。横。
「笑えた……気がするのです」
「何?」
「私を見て、赤ん坊が、笑ったのです」
フランシーヌの姿を見た者の誰もが、彼女の造形を見て、美しく思う。
その存在の真実を知った者の殆どが、彼女がこの地上にある事に恐怖し、また、憎悪し、滅びあれかしと強く祈った。
クローグの村で、自らにフォークを突き刺して来た女の顔を、フランシーヌは思い出す。
憎悪と憤怒。そんな言葉で表現する事すら躊躇われる程の、負の激情を宿した瞳と表情だった。力み過ぎて、双眸から血の涙すら流さんばかりだったと回顧する。
誰も彼も、そのような顔でフランシーヌを見て来た。お前を破壊する、罪を贖え、父母兄妹の仇だ。その様な、呪詛が立ち上らんばかりの悪罵も幾度となく浴びせられてきた。
斯様な態度で応対される謂れについて、覚えがあるし、されて当然だとも思う。優しさと温かみのある対応をされる事から、最も遠くかけ離れた、罪そのものの人形だと言う事実に、嘘はない。
そんな彼女に……あの赤ん坊は笑った。
嘲り、愚弄、蔑み……。その様な負の感情からくる笑みじゃない。
エレオノールは確かに、フランシーヌを象ったこの人形に、安心を覚え、許しの笑みを浮かべたのである。
狭く、薄暗く、ほの寒い、水の張られた井戸の中。不安と恐れを湧き立たせるあの井戸の中で、エレオノールは、フランシーヌに救いと庇護を求めた。
その発露が、あの、邪気もなく罪もない、純粋な笑みだった。エレオノールは、世界の憎しみを一身に受けるフランシーヌ人形に、安堵していたのだ。
「恐らく、我々は……人形とは……何処まで行っても、誰かの為にしか在る事を許されないのでしょう。自立し、独立する事が出来ない」
自動人形の頂点たるフランシーヌですら、創造主である白金に依存していた。そしてその配下の自動人形もまた、フランシーヌと言う造物主に絶対の忠誠を誓っていた。
人形とは愛玩され、利用される為の物。存在の本質自体が、誰かに依拠する受動的な存在なのである。能動的に動いているように見えても、それも結局造物主の都合で施されたプログラムだ。
それで、良かったのだ。その事実を、もっと早くに受け止め、人形としての己の道を選ぶべきだったのだ。
見捨てられた事を諦めきれず、人間になろうなどと思い上がって見っともなく足掻いて……、結果辿り着いた真実が、造物主が己を見捨てたのだと言う事実を強く受け止めるだけだったなど……。
「罪深い我が身に向けられたあの笑みを見た時……。歯車の軋みは止み、我が身を循環する霊水に不思議な熱が帯びました」
「それを、笑みだと?」
「わかりません」
フランシーヌは直ぐに答えた。
「わかりませんが……。恐らくは……」
「恐らくは?」
「『私の生涯で、あの瞬間こそが私が一番人に近づけた時』だったのでしょう」
自動人形は熱を持たない。
身体のどこにも生身の部分がなく、翻って体温もまたない。そもそも、熱いとか冷たいと言う温度の変化を、感じる事すら出来ないのである。
そんな身体であるのに、フランシーヌは確かにあの時、温かかった。
不快なぬくもりでは断じてなく、その仄かな温かさは、何時までもずっと、己の歯車に宿していたいと思える心地よさがあったのだ。
それはきっと……人間の言葉で言うのなら、いい気持ち、と呼ばれるべきものなのだろう。
「あの時私が笑えたのかどうか。それを確かめる術は、きっとないのでしょうが……。あの娘が私を見て笑ってくれた事と、最期に見た夜の星が、たまらなく綺麗だった事は、確かでした」
「全て――」
「それでよしと、致します。私の一生に打たれたピリオドは、悪くはない、ものでしたから」
「願いは、あらぬか。マスター」
「今際に感じた情動をまた味わいたいと言う思いは真実ですが、此度は聖杯戦争。誰かを殺して奇跡が成されるのでしょう? 今更、誰かの怒りと憎悪を一身に受ける必要性を、私は感じません」
「だが私の願いは、誰かを殺さねば果たせぬよ」
「自らを指して、オートマタと仰りましたね、プリテンダー」
「その通り」
「自らもまたオートマタであるからこそ解ります。我々には、これぞ、と言うべき存在意義が必要です。己の行動を規範づける、黄金の法に縛られねばならないのです」
自動人形は結局、誰かの為の被造物。
造物主であったり、それ以外の何者かに対して、何かを成す為のもの。それは奉仕する事であり、喜ばせる事でもあり、そして、人を傷つけ、殺める事でもある。
規範のない人形は、ただの人の形をしただけのもの。文字通り、ただの人を象っただけのモノに過ぎない。
モノと自動人形の境界線は、その形を人間のそれに象らせた意味が、あったかどうかに他ならない。この意味の否定は、アイデンティティの崩壊を越えて、自動人形の『死』である。
それを知悉するフランシーヌは、《伯爵》の願いを否定する事が出来ない。やめよ、と言っても、聞かぬだろう。ならば、止めない。
「貴方が歩む事を、敢えて止めはしません。ですが――」
「……」
「自らの滅びが来たと悟ったのならば、その現実を、静かに受け入れなさい。今となっては私も貴方も、世界にとっては……演目を終えた芸人でしか、ないのですから」
「……現実、か」
瞑目し、《伯爵》は思う。
幻想の対義語として語られるこの言葉は、幻想などよりも余程大きくて恐ろしい。
現実とは言ってしまえば、巨大なベン図のようなもの。その中に於いては《伯爵》ですらが、現実の巨大で広大なベン図の中に存在する事を許された、ちっぽけな集合。居候でしかない。
現実の潔癖さ、無情さ、苛烈さ、残酷さ、峻厳さ……。何よりもその、応報のシステムの、完成度の高さ。《伯爵》も、フランシーヌも。それを、痛い程思い知らされている。
彼は既に、現実が織りなす、運命と呼ばれるものに射貫かれて、役目を終えている。現実は、死の淵に堕ちた者が蘇る事に、意義を唱えるもの。
自由なのは今だけだろう。2度目の『運命』が来るのは、近いか遠いか。この、違いでしかなかろう。
「よく、知っているとも。その時の、身の振り方はな」
牙を見せて、《伯爵》は笑った。苦笑い、と言う風に、フランシーヌには見えた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
『これが、井戸の中に溶けて消えた自動人形(オートマタ)の女と、現実の刃に心の臓を穿たれ消えた吸血鬼(オートマタ)の出会いの一幕』
『観客もいないテントの暗闇の中で配下の芸を見続けた女は、何の因果か、夜の帳の中に蠢いては母の大願の為に跳梁していた道具の男を召喚したのでございます』
『これは果たして、運命の女神の気まぐれか。地獄の機械の思し召しか。いやさ、因果の糸車が狂ったか』
『さても奇妙なこの演目、敢えて名付けるのであれば、【吸血鬼伝承(からくりサーカス)】とでも言うべきでしょうか』
『血を吸う自動人形達の首魁であった女の下、血を吸う鬼そのものたる男が、何を見、何処へ歩もうとするのか。それは次回のお愉しみと致しましょう』
『それでは――一時、閉幕となりまする』
【クラス】
プリテンダー
【真名】
《伯爵》、もとい、『吸血鬼(オートマタ)』@Vermilion -Bind of Blood-
【ステータス】
筋力A+ 耐久A++ 敏捷B 魔力A+ 幸運D 宝具A
【属性】
混沌・善
【クラススキル】
対人理:A
人類が生み出すもの、人類に有利に働く法則、その全てに『待った』をかける力。本来は『クラス・ビースト』が持つスキル。
始まりの男女である、女・リリスの血肉より生まれたプリテンダーは、リリスの悲願である所の、嘗ての力ある太母としての姿を取り戻す事と、
その力によって新たなる種を地に満たさせると言う使命を実行する存在である。現生人類を駆逐する新種族の創造は、人理の焼却や地球の白紙化とは全く形を異にする人理の破壊。
その方法が人理にとってどれだけのダメージを与えるのか、そしてその方法が達成可能なのかを加味してランクは上下し、ランクAはその可能性が極めて高い事を意味する。
純然たる人間の英霊及び、人間に利する理念の持ち主、人類の奉仕者に対する特攻効果及び、行動の達成値に上方修正が掛かるものとする。
【保有スキル】
吸血鬼(真にして偽):EX
吸血鬼であるかどうか。高ければ高ければそれは吸血鬼としての格が高まって行く事を意味するが、同時に、正統な英霊からは遠ざかる。
プリテンダーのランクEXとは、絶対性と規格外の双方を意味するEXであり、そもそもの話、プリテンダーは吸血鬼ではなく、『全ての者が抱く絶対の理想像としての吸血鬼』、と言う名目の下リリスによって創造された『ホムンクルス或いはゴーレム、オートマタ』に類する存在である。
その威厳ある振る舞いと姿、謎めきつつも確かかつ高度な知性を秘めた言の葉、そしてヴァンパイアをヴァンパイア足らしめる超常の力の数々。
これは誰もが思い描く、銀幕(ムービー)や古典(クラシック)の中でのみの存在としか思えない、理想的かつ完璧な吸血鬼。この意味でプリテンダーは絶対の吸血鬼である。
だが、先述の通りプリテンダーは吸血鬼と言う生物ではなく、絶対・完璧・理想的、をモットーとして作られた吸血鬼に似た何かである。この意味でプリテンダーは、吸血鬼の規格の外に君臨する何者かである。
超高ランクの怪力や、催眠による魅了、再生を兼ね備えた複合スキルであり、特に再生については、脳や頭蓋を伴う頭部の欠損ですら、数秒の内に成立させる恐るべき力を持つ。
勿論、吸血鬼の代表的な力である、噛む事による下僕の創造並びに、自身と同じような吸血鬼の創造も可能となっている。但し吸血鬼の創造については、魔力を多分に消費する。
但し、サーヴァントとしての顕現により、プリテンダーは『理想的な吸血鬼と言う側面に縛られての召喚』となっており、『万人が想起する吸血鬼の弱点もそのまま』の形となっている。
陽光の下での戦闘を行えば全てのステータスはワンランクダウンするし、ニンニクや銀に対しては特攻ダメージを得るし、流れ水の上は渡れないなど、弱点についても理想の形になってしまった。
また、上述の理想的な吸血鬼の側面は、その姿を見られても発動し、具体的には目にした者はプリテンダーを『吸血鬼』であると認識するようになってしまう。
戦闘続行:A
吸血鬼の持つ不死性と再生性による恐るべきタフネス。霊核に損傷を負った状態ですら戦闘を継続する事が出来、それどころか下手な瑕疵では霊核が再生する。
対魔力:A+
A+以下の魔術は全てキャンセル。事実上、魔術ではプリテンダーに傷をつけられない。
2000年以上の時を経るプリテンダーの対魔力は最高クラスのそれであるが、上述の様に、吸血鬼の弱点として想起され得る属性の攻撃については、ダメージを負う。
カリスマ:A---
大軍団を指揮する天性の才能。Aランクはおおよそ人間として獲得しうる最高峰の人望。精神耐性がない場合、攻撃をする事に支障を来たす程の、精神的な威圧を相手は受ける事となる。
創造主である始祖リリスによって、最高の吸血鬼あれかしと作られたプリテンダーは、生誕の折より他を跪かせるカリスマを会得していた。
だがこれは言うなれば、『そのカリスマを得るにあたったエピソードが存在せず、厚みも何もない張りぼて』である事をも意味する。プリテンダーの本質的な薄っぺらさを理解した瞬間、このスキルの効果は消滅する。
新雪の野:EX
――だがプリテンダーは、己のチープさを、誰よりも理解しているし、受け入れている。
自分が母のエゴによって生み出された自動人形であり、自らが会得していたと認識していたあらゆる力はその実与えられたものに過ぎず。
所詮は単なる張りぼてであり、他者が羨むような圧倒的な王者ではない。その事を受け入れたプリテンダーが、新たに獲得したスキル。
自分には何もないのなら、其処から新たに始めればいい、歩めば良い。母が己に願いを託したのなら、それを叶えてやればいい。
己の滑稽さと無様な生い立ちを受け入れたプリテンダーには精神攻撃の類が一切効かない。それによって心が惑わされる段階を、卒業しているからである。
またアサシンは戦闘の時間が長引けば長引く程、その戦闘時に於いてのステータスが向上して行き、更に生前の、『自分の人生において苦戦や挫折がなかったが故に敗北した』、
と言う逸話をもプリテンダーは受け入れており、『自分と互角に近い実力の相手との戦闘に勝利するか、苦戦を強いられたがその戦いを中断する』と言うどちらかの条件を満たした場合、
その条件達成以降の全ての戦いに於いて、上述のステータスの向上効果及び戦闘続行のスキルランクが跳ね上がる。
純然たる幻想の住民、万民が理想とする吸血鬼でありながら、それに至るまでの過程がなにもない。
苦難も挫折も後悔も、怒りも悲しみも喜びもなく、理想の吸血鬼としてあり続け、その実、己の価値がそれしかなかった事を克服したプリテンダーだからこそ、得られるスキル。
克服したと言えば聞こえはいいが、まぁぶっちゃけ、究極の開きなおりである。
【宝具】
『吸血神承(ドラキュラ)』
ランク:A+ 種別:対軍~対国宝具 レンジ:10~ 最大補足:100~
本来、プリテンダーのいた世界に於ける、吸血衝動を保有する人間。即ち、縛血者と呼ばれた者達は、その全てが、一切の例外なく特殊な能力、『異能(ギフト)』を有していた。
この宝具はプリテンダーの持つ異能が宝具となったもの――ではなく。プリテンダーが持つ生態現象そのものが、宝具として登録されたもの。プリテンダー自体は、異能を持たない。
その能力の本質は、魂を吸い上げる事にある。言ってしまえば、魂喰いのウルトラ上位版の宝具である。
発動した瞬間プリテンダーを中心に、ありとあらゆるエナジーが吸い取られて行く。範囲内に存在するサーヴァントや人間、動物の類は勿論、
樹木や建造物、果ては大地ですらもエナジーを吸い取られて行く。このエナジーとは即ち、魂だとかソウルだとか呼ばれるものとニアリー・イコールである。
エナジーを吸い取られた存在は、極熱と極寒に同時に苛まれる感覚を覚え、重度の火傷と凍傷による痛みに似た感覚に苦しむ間に、エナジーを吸いつくされ死に至る。
有機物であればそのままこと切れるだけで終るが、建造物や大地等の無機物の場合は、存在を構築する為に必要な活力まで吸い取られているのか、そのまま崩壊の未来を辿る。
防御手段は神性並びに粛清防御、そして何よりも魂を吸い上げられてもまだ動こうと言う強い意志力によってのみでしか行われず、それらの手段を用意したとて、
吸い尽くされる時間を遅れさせる事しか出来ず、完全な無効化は出来ない。生前に於いては、この能力はそもそも能力ですらなく、呼吸や鼓動と同じレベルの、
プリテンダーにとっては基本となる生態現象であり、一度発動してしまえば能力の持ち主であるプリテンダーですら、能力のオフが不可能になってしまう程『だった』。
サーヴァントとして召喚され、宝具に登録された今では、出力の調整及びオフが効くようになり、吸血神承を纏わせた拳足で攻撃をも行える、と言うメリットまで得るようになった。
極めて強力な宝具であるが、弱点もある。
この宝具による魂喰いは本当に無差別であり、出力の調整は出来るが、『任意の相手のエナジーのみ吸収する、しない』と言う調整は不可能。
その為、範囲内にマスターがいるのなら問答無用でマスターもエナジーを吸い取られ死亡する。
次に、後述の宝具により当該宝具によって、出力を更に向上させる事が出来るのだが、この方法を用いて出力を上げた場合、上述の『出力調整』と言うメリットが消滅。
常に最大範囲で宝具が発動し続けると言うデメリットを負う事になる。そして極めつけに――この宝具はプリテンダーの大願である、リリスの夢を叶える為の宝具なのであり、
『吸い取った魂魄を己の活動魔力に変換する事が出来ない』。つまり事実上この宝具には、魔力回復の機能などなく、『魂に対しての特攻宝具』以上の域は出ない事になる。
生前プリテンダーを討ち取った人物に曰く、天に生じた虚空の孔。有象無象を喰らい尽くす重力崩壊そのもの。
“焼却”と“略奪”の融合。魂という心血を啜るこれはまさしく鬼の魔業。存在するだけで命を奈落の祭壇へ召し上げる、まさに、魂をも啜り尽くすソウルイーターの宝具である。
『永劫の紅、不滅の緋(リリス・オートマータ)』
ランク:EX 種別:対人宝具 レンジ:1 最大補足:1
柩の乙女。プリテンダーのみが支配し、命令可能な二体の少女。ストレートの銀髪のロングヘアの少女がカーマイン、ウェーブのかかった金髪のロングヘアの少女がマジェンタである。
その正体は原初の人類であるリリスの肉体から作られた一種の自動人形であり、プリテンダー自身もまた、リリスによって作られた自動人形に該当する。
現生人類の大本である人物の肉体から作られたこの宝具は、表記不能・規格外の宝具であり、ランクEXとはその通りの事を指している。
この宝具の効果は、大別して3つ。
一つ目はスタンドアローン性。
カーマインとマジェンタは単体で、『筋力C 耐久A++ 敏捷B 魔力A+ 幸運D、単独行動:A+ 催眠術:A 再生:A++』相当のステータスを持った、
プリテンダーの意志によってのみ動く使い魔のような存在であり、この高い単独行動スキルにより、プリテンダーから遠く離れていてもステータスを損なう事無く戦闘が可能になる。
催眠能力については凄まじいものがあり、生半可な精神防御スキルと意志力であればこれを貫いて、意思を奪われてしまう程である。
だが真に恐るべきはその再生能力。元が始祖リリスと言う埒外・規格外の存在の肉体を根源とする物の為か、同一の神秘を内在した宝具による攻撃でなければ、
傷一つ負わせる事すら困難であり、よしんば破壊し、損壊させたとしても、即座に再生してしまう程。首を刎ねられる事は元より、灰の状態からですら復活してしまう。
また、カーマインとマジェンタの見聞きしたものは、プリテンダーも知覚する事が出来、遠く離れていても手に取る様に解る。
二つ目は、裁定者(テスタメント)と呼ばれる存在の創造。彼女らに噛まれ、血を吸われた人間は、裁定者と呼ばれる、全体的に人間の姿を保った異形の怪物に変貌する。
裁定者は、『筋力B 耐久A 敏捷B+ 魔力D 幸運E、単独行動:B 対魔力C+ 再生:B 怪力C』相当のステータスを持った存在として機能し、カーマインとマジェンタ、及び、
プリテンダーの命令にのみ従う意思のない使い魔である。極めて発達した筋力による暴力は勿論、身体の内部から骨を突き出させ、それをミサイル染みた勢いで放つ、と言う芸当も可能。
裁定者化は本来、縛血者と呼ばれる存在達がカーマインとマジェンタに噛まれる事でしか変貌しえないのだが、
宝具として彼女らが登録された事により、範囲が広範化。特殊な防御スキルや宝具を持たないのであれば、NPCは当然の事、マスターやサーヴァントですら、裁定者になり得るようになった。
但し、この裁定者化の広範化は、『生み出される裁定者の基本スキルの劣化』と言う欠点を孕んでおり、具体的には、上述のステータスとは、平均レベルの戦闘能力の持ち主が、
裁定者になった時のステータスであり、そもそも何らの戦闘能力を有さないNPCが裁定者になった場合、一山幾らの雑魚と化す。
逆に言えば、これらの欠点は、『極めて戦闘能力の高い存在が裁定者になれば帳消しになる』のであり、元の存在が強ければ強い程上述のカタログスペック以上の強さをも発揮する。
そして三つめは、プリテンダーそのものの強化。厳密に言えばこの使い方こそが、当該宝具の真の目的である。
この宝具は始祖リリスの身体を分割する事によって作られた自動人形の事であり、カーマインはリリスの脊柱で作られた魔聖槍、マジェンタは皮膚から作られた魔聖骸布に当たる。
この宝具をプリテンダーが取り込むという事は即ち、始祖リリスの力に限りなく近づく事を意味し、その恩恵は単純なステータスの向上と言う形では勿論の事、
第一宝具である吸血神承の威力・範囲の激増と言う形を以て現れる。但し、この三つ目の使い方を行った場合、当該宝具は消滅するだけでなく、
プリテンダーの第一宝具は常時発動しっぱなしの状態になる為、魔力の燃費と言う観点では最悪を極めるものとなる。当該聖杯戦争に於いてこの使い方を実行する事が意味するのは、自爆、道連れ、悪あがき、である。
当該宝具にはもう一体、プリテンダーが切り札としていたスカーレットと呼ばれる第三の自動人形、リリスの頭蓋骨から作られた魔聖杯を担当する者がいたのだが、
現在はスカーレットから離反を受けている為、彼女に限ってはどの聖杯戦争に於いても持ち込む事は不可能。また翻って、プリテンダーが全ての魔神器を吸収して、完全体に至る事も出来ない。
【weapon】
右手のガントレット:
プリテンダーの右腕に装備されているガントレット。
これによって防御は勿論、攻撃の威力の向上も図っているのだが、そもそもプリテンダーの攻撃はガントレットを装備しようがしていまいが、
あり得ない威力を誇る為、大抵のサーヴァントからしてみれば、元より即死級の威力の攻撃になんかダメージが上乗せされてるな位の感覚でしかない。多分オシャレみたいな感じで付けてるんじゃね?
【人物背景】
何? 私に《伯爵》の説明をしてほしいだと……? クク……面白い事を言うな。
お前のような態度の人間、路傍の石の様に蹴散らして殺してやろうかと思ったが、私に《伯爵》の事を尋ねるとは、誰から聞いたかは知らないが、わかっているじゃないか。
良いだろう、興が乗ったぞ。私と、あの御方の関係について、話をしてやろう。おっと、直ぐに終わると思うな? 夜が更け……日が昇りて沈み行き、次の月がまだ沈んだとて、まだ話が終わってないのかもしれないのだからな。
あの御方を指して、嵐と呼ぶ者がいる。とある地を亡者で埋め尽くし我が王国を建てようとした血族の前に現れ、その首を刎ねて断罪し、風の様に去って行ったからだ。
あの御方を指して、炎と呼ぶ者もいる。とある国家同士を陰で操り栄耀栄華を貪る血族達を、容易く滅ぼし再び闇の中に潜ったからさ。
あの御方を指して、雷と呼ぶ者は多い。とある城を美しい乙女の血で染める血族を、その愚かしい狂気と共に地獄の奈落に叩き落したのだ。
血族とは即ち、血を吸う鬼の事。己の事を選ばれたもの、不死の命を誇り、永遠の絶頂を味わい続ける夜の魔人だと気取る者達、与えられた薔薇の心臓に欲望の汚泥を塗りたくる者達に、
何処からともなく現れては裁きを下す、荒ぶる神であるのだと。有象無象の小童共は思っているよ。いや、年若い若輩共に至っては、存在そのものを信じていないのだ。
御伽噺(フェアリー・テイル)、ブギー・マンの類だとすら、決め込んでいるのではないか? 愚かしい、あの御方の偉大さ、高貴さ、恐ろしさ。それらを認識したその瞬間、彼奴等は恥じ入りては自ら灰になる事を選ぼうな。
あの御方……《伯爵》は、実在されるのだ。私は、あの御方の御目に適い、慈悲を賜り、救われた。
最早生まれ故郷の名すら思い出せぬあの村で、嘲りと蔑みを受け、生きる事に絶望していたこの身に、夜の世界の美しさと、奔放に振舞う事の面白さ。
そして、絶対的な存在に仕える事は、この世のあらゆる快楽に勝る至上の福音を得られるのだ、と言う事を教えて下すったのだ!!
《伯爵》の為であるのなら、私は何でもできる。
不肖の娘だと言われても、誇らしかった。私にはまだ、あの御方の御目に適う余地があるのだと。成長できる伸びしろがあるのだと、法悦に酔えた。
永遠に、《伯爵》に仕え続けられると思ったのに。女として彼を愛し、男として友誼を交わし続けると誓ったのに!! 私に生きる事の喜びを与えるだけ与えた彼は、夏の嵐の様に消えて行った。
そうだ、私の数百年は全てあの御方との再会を願う為の旅路であったのだ。
《伯爵》と言う、星明かりなき夜空を逍遥する旅人の頭上に輝く暗黒の太陽、輝ける月を探し求める、足掻きの過去であったのだ。
久闊を叙する、と言う言葉では尚足りぬ程の年月を費やし、漸く出会えて見れば、私の中の太陽である御方は、当の昔に死んだ女のエゴの為の道具で――?
あああああああああああああああああああああふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな《伯爵》はそんな御方ではない!!
何だお前は過去の女であろう死んだのであろう消えたのであろう己の無力を《伯爵》に転嫁して隠れたのであろうふざけるなこの敗北者が私だ私の方があの御方の為に何百年も魂を燃やし続けた私の方があの御方の右に或いは後ろで傅く事を許される唯一の存在なのだそれを貴様《伯爵》の造物主であるからと言うだけの理由であの御方を独占するばかりか死ねとまで言うのかふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけ
――文責、ジョージ・ゴードン・バイロン ドン・ジュアン
【サーヴァントとしての願い】
母の理想を叶えよう
【マスター】
フランシーヌ人形@からくりサーカス
【マスターとしての願い】
エレオノールが自分に笑いを向けた時、自分が何をしていたのかを知りたい。そして、あの時のいい気持ちと温かさをまた、味わいたい
【weapon】
【能力・技能】
自動人形:
フランシーヌは人間ではない。人間そのものとしか思えない程、見事な動きを披露するからくり人形なのである。
普段は高価な衣服を着て本質を隠してはいるが、その服を脱げば、歯車と鉄管で構築された、からくり人形としての駆動部が露わになる。
また、通常の運動能力と言う面でも、他の自動人形からは隔絶しており、フランシーヌは自動人形の中で最も美しい人形であると同時に、最も強い人形でもある。
だが今は、才賀正二によって施された改造により、自動人形の中でも最高峰の運動能力と戦闘能力は最低の値にまで低下されており、単純な戦闘と言う面では最弱の部類にまで落ち込んでいる。
生命の水:
アクア・ウイタエ。フランシーヌは造物主である白金(バイジン)によって、生命の水を利用して作られた唯一の自動人形である。
服用すれば、常人の1年分の身体の成長や老化には5年かかる・夜はほとんど眠らずに済む・傷の再生が目に見えるほど早い・髪と瞳の色が銀色に変化する、等と言った特徴を得る。
錬金術・人形作成能力:
卓越している。特に人形作成能力については、材料次第では戦闘力を秘めた自動人形ですら今でも作成が可能な程である。
【人物背景】
べろべろ、ばあ。
退場後からの参戦。
【方針】
正二やアンジェリーナ、エレオノールにギィ達に悪い為、聖杯戦争のモチベーションは低い
【人物関係】
《伯爵》→フランシーヌ:
よくできた人形。人形が人形を召喚するなど……、と言う皮肉には内心苦笑いしている。
《伯爵》→柩の娘達:
宝具。だが実際上は、《伯爵》もまた、用途こそ違えど、本質的には柩の娘達と同じ自動人形なのである。カーマインがいない事については、その理由を理解している。
フランシーヌ→《伯爵》:
願いを否定する事はないが、散り際は潔くして下さい。
フランシーヌ→柩の娘達:
彼女らを作った人は、下手をすれば造物主である白金様よりも優れた人形師なのかも知れない……、と思っている。まさか動力源が生身の人間の皮膚や脊柱であるとは夢にも思うまい。
文責の女→《伯爵》:
愛しい人。そして、私を産み、摘んでくれた人。英霊の座からその活躍見守っております
文責の女→柩の娘達:
嘗て《伯爵》より下賜された自動人形。《伯爵》が与えてくれたと言う事実に舞い上がり、愛でてもいたが、その真の利用目的を知っている為その思いは反転。本当に壊しておけば良かったと後悔している
文責の女→泥棒猫:
ふざけるな!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!《伯爵》の『マスター』だと!?!!!!?!!!不敬であるぞ木偶人形が殺して殺る!!!!!!!!816!!!!!!!!
最終更新:2022年07月02日 23:41