…夢を見ていた。
 ある愚かな男の夢だった。
 汗ばんだ額を手の甲で拭いながら少年は起き上がる。
 悪夢を見て涙を流す歳でもない。
 だが無感でいられるような夢でもなかった。
 動揺と呼ぶには小さな情動だ。
 強いて言うならばこれはきっと。
 感傷――と呼ぶべきものであろうと。
 そう思いながら黒川イザナは己が右手に目を落とす。
 もはやルーティーンの一つと化して久しいこの仕草は、イザナにいつも今自分の置かれている状況が夢幻ならざる現実なのだと確かめさせてくれた。

「…夢を見たよ。オマエの夢だった」

 ふうと吐いた溜息が白く染まって空気に溶ける。
 イザナの暮らす寂れた部屋には暖房がなかった。
 今の季節は真冬だ。
 肌が痺れるような寒さがあったが、しかしそれが逆に目覚めの倦怠感を緩和させてくれる。
 部屋の中にはイザナ以外に人影はない。
 にも関わらずイザナは確かにそこにいる誰かに向けて話しかけていた。

「オマエは…上手に生きられなかったんだな」

 …この世に生まれた大半の人間は成長していく中で上手な生き方というものを覚えていく。
 それはその場しのぎの嘘の吐き方であったり誰かに気に入られるための処世術であったり。
 自分を幸福にするための生き方のノウハウは世の中に無数に転がっていて。
 それを見つけ拾い上げて己が物とするのは決して難しいことなどではない筈なのだ。
 なのに時折、それができない人間が出てくる。
 自己実現の仕方に暴力を選んでみたり。
 つまらない侮辱を聞き流せなかったり。
 我儘言ってもどうにもならない現実と折り合いをつけられずに歪んだり。
 そういう生き方しかできない人間が、この世にはしばしば生まれ落ちる。

「あぁ。あと…こうも思ったよ」

 黒川イザナもその一人だった。
 彼は自分という人間に暴力以外の価値を与えてやれなかった。
 突きつけられた認めたくない現実に、最後の最後まで折り合いをつけられなかった。
 生まれてから死ぬまでずっと不器用に生きて、生きて、生きて、生きて…。
 そして死んだ。
 そういう人生だった。
 波瀾万丈を地で行く彼の人生は二十年と続かなかった。
 少年は複雑怪奇な人の世を生きていくには、あまりにも不器用すぎたから。
 そんな彼が夢の中で垣間見たある男の生涯。 
 上手く生きられず堕ちる所まで堕ちてしまったある兄の追憶(はなし)。
 それを鑑賞して目覚めたイザナが抱いた感想。
 それは…

「――いいなぁ、オマエは。オレはオマエが羨ましい」

 事の当人にしてみれば決して看過することなどできない発言だった。
 言葉を口にし終えると同時にイザナの首筋に冷たい感覚が走る。
 つい先刻までは確実に彼以外の誰も存在しなかった筈の部屋。
 そこにいつの間にやら、おぞましく醜い姿をした見窄らしい鬼が立っていて。
 その手に握り締めた鎌の切っ先を黒川イザナという主の首筋に突きつけていた。

「…巫山戯た口を利くなよなあ」

 彼の容貌と佇まい。
 そしてその痩身から漂う異様なまでの死臭を嗅げば。
 誰もが即座にこれは人間ではないと理解するだろう。
 その上でこんなものに出遭ってしまった自らの不幸を呪ったに違いない。
 しかしイザナは数少ない例外だった。
 何しろ彼はこの仮初の世界に鬼を招き入れた張本人。
 討ち果たされて英霊の座に幽閉された憐れな鎌鬼を贋作なれども現世に解き放った主人(マスター)なのだから。

「あまり舐めた口を叩くようなら俺はてめえがマスターだろうと構わず殺すぞ。そこん所分かってんだろうなああ」
「そう怒んなよ。これでもちゃんと本心だ」

 その殺意は嘘じゃない。
 イザナが返答を誤れば鬼は彼の首を捌いていただろう。
 寸での所で踏み止まれたとしても四肢の半分はもぎ取られていたに違いない。
 だがイザナに彼を恐れる思いはなかった。

「オレは最後の最後までテメエの弟(きょうだい)と上手く向き合えなかったからさ」
「……」
「オマエは失敗したし負けた。だから死んだ。
 …でもオマエはちゃんと妹(きょうだい)と同じ所に逝けたんだろ?
 オマエは怒るだろうが、オレはやっぱり羨ましいよ」

 鎌の鬼は妹と一緒に地獄に堕ちた。
 罪を贖った彼らの魂が何処に向かったのかは知らない。
 だがそれとは別に英霊の座という牢獄へ押し込められた彼らが居るのは紛うことなき事実であった。
 これでは無間地獄だ。
 幸せでなどある筈がない。
 それを軽々しく羨ましいなどとほざけば。
 怒りを買うのは無理もないことだろう。
 しかしイザナは本心からそう思っていた。
 彼らというきょうだいを羨んでいた。

「オレは…家族が欲しかったんだ。
 手の届かない夢じゃなかった。なのに他でもないオレ自身が手の届かない所まで蹴り飛ばしちまった。
 オレが一言でも望めば……チンケな意地なんか捨てられれば、アイツらはきっといつでもオレを受け入れてくれたのにな」

 バカみたいだろ。
 イザナは笑う。
 誰よりも彼自身が己という人間のことをそう思っているのだと分かる、そんな自嘲(わらい)だった。

「血の繋がりなんて気にしてたのはオレだけだったんだ。
 オレだけがその現実を拒んだ。
 ガキみたいに駄々こねたのをズルズルと引きずって…気付けばオレはデカくなってた。
 逆恨み拗らせて一人で壊れて、周りを巻き込んで、狂って――そんな人生が間違いだったって気付いたのは最後の最後だ」

 救いようねぇだろ?
 そう言って笑うイザナの脳裏に浮かぶ郷愁の光景は最後に見上げた雪降る空だった。
 もっと早く折れていればよかった。
 つまらない意地や拘りなんて捨ててしまえばよかったのだ。
 そうして目を背け続けてきた現実と向き合いさえすれば。
 自分があれ程までに妬み嫌っていたそれはきっと、暖かな団欒で自分を迎え入れてくれたろうに。
 家族が居て。
 自分の為に身を粉にしてくれる親友(ダチ)が居る。
 そんな人生は決して夢物語などではなかった。
 それはずっとイザナの直ぐ側にあったのだ。
 なのに手を取らなかったのは、イザナの方。
 目を背けていたのは、他の誰でもない彼自身。

「情けねぇ…女々しい奴だなあ、お前は」
「そうだな」

 アサシンから見たイザナは一言、弱い人間だった。
 現代の人間の中では間違いなくできる部類なのは間違いないが。
 しかしその心はひどく脆い。
 継ぎ接ぎを重ねてどうにか動かしているような壊れた心。
 当然のように自分で自分のすべてを台無しにしてしまった情けない阿呆。
 今更になって自分の過ちに気付いた、つける薬もないような女々しい馬鹿。

「だからオレはやり直したいんだ」

 だから当然こう願う。
 未練がましくも過去へ、過去へ。
 冒した失敗をやり直したいと願う。

「真一郎が居て、万次郎が居て、エマが居て…親友(ダチ)が居る。
 聖杯なら創れんだろ? そういう過去(みらい)もよ」

 黒川イザナは敗者である。
 彼は己の人生と運命に敗北した。
 そうして神の気まぐれでこの世界に流れ着いた。
 運命を受け入れて諦めるのならば是非もなし。
 だがそうでないのなら。
 この漂着物で溢れた世界で、それでも明日をと願うなら。
 敗者が自分の結末を否とし、覆さんと足掻くのならば。
 その願いは名前を持つ。

「オレは聖杯を手に入れて願いを叶える。
 だから協力しろアサシン。
 オレがオマエを勝たせてやるから、オマエはオレを勝たせろ」

 それは――

「これは、オレたちのリベンジだ」

    ◆ ◆ ◆

「私アイツ嫌いよ。人間の分際で偉そうだから」
「あぁ…そうだなあ。弱ぇ癖に苛つかせる奴だよなあ」

 アサシンはかつて上弦の陸と呼ばれた鬼だった。
 そう、鬼だ。
 人を喰って生き延びる鬼。
 そうすることでしか生きられなかった憐れな生き物。
 彼ら兄妹は大勢を殺した。
 そして敗れた。
 地獄へ堕ちた。
 その果て辿り着いたのはこの無間地獄だ。
 英霊の座。
 人類史に名を残した魂を捕らえ続ける運命の牢獄。

「けどまあ…アイツが居なきゃ俺たちは消滅しちまうからなあ。死なれても困るよなあ」
「ホンット面倒臭いわ、聖杯戦争って。なんで人間なんかに従わされなくちゃいけないのよ。
 最初からサーヴァント同士だけで戦わせてくれればいいのに」

 傍らで愚痴を零す片割れ。
 堕ちた姫の諱を与えられた妹を兄――妓夫太郎は見つめる。
 上弦の陸は二人で一つ。
 真の意味でその称号を持つのは妓夫太郎の方だというのに、英霊の座は堕姫を逃しはしなかった。
 妓夫太郎の宝具という形で同じように囚われた彼女は、妓夫太郎の知る妹そのままの口調で悪態をついている。

「さっさと聖杯手に入れてこんな所おさらばしましょ。そして今度こそ…私達は幸せになるの」

 英霊の座からの脱却と転生。
 聖杯がそんな大きな願いさえ叶えてくれるというのなら妓夫太郎としてもそれでいい。
 だがもしも、それは叶わないと告げられたなら。
 その時どうするか。
 どのように願いを変えるかは、既に妓夫太郎の中で決まっていた。

 ――これは、オレたちのリベンジだ

 頭の中で繰り返すイザナの言葉。
 妓夫太郎はペッと唾を吐き捨てた。
 それからそのままの唾棄するような調子で。
 堕姫の耳には届かないか細い声で、言った。

「お前に言われるまでもねぇんだよ、糞が…」

 辿った道も冒した失敗も違う二人の"兄貴"。
 故に当然彼らは目指す未来もそれぞれ違う。
 だが聖杯を勝ち取るのだという目標だけは共通していた。
 これは彼らのリベンジだ。
 何をしても上手くいかず、どうしようもない生き方しかできなかった兄貴(オトコ)達の…
 人生の、リベンジなのだ。

【クラス】
アサシン

【真名】
妓夫太郎@鬼滅の刃

【ステータス】
筋力C+ 耐久B 敏捷A 魔力B 幸運D 宝具C

【属性】
混沌・悪

【クラススキル】
気配遮断:A
サーヴァントとしての気配を絶つ。
完全に気配を絶てば、探知能力に優れたサーヴァントでも発見することは非常に難しい。
ただし自らが攻撃態勢に移ると気配遮断のランクは大きく落ちる。

【保有スキル】
鬼種の魔:A
鬼の異能および魔性を表すスキル。
鬼やその混血以外は取得できない。
天性の魔、怪力、カリスマ、魔力放出等との混合スキルで、妓夫太郎の場合魔力放出は"血鎌"となる。

捕食行動:A
人間を捕食する鬼の性質がスキルに昇華されたもの。
魂喰いを行う際に肉体も同時に喰らうことで、魔力の供給量を飛躍的に伸ばすことができる。

猛毒の血鎌:B
自分の血液を鎌に変化させる。
血鎌には非常に強力な致死性の猛毒が含まれており、これは妓夫太郎の使う全ての血鬼術に付随する特性でもある。

【宝具】
『上弦の陸』
ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:- 最大補足:-
多くの人間を喰らい、命尽きるその瞬間まで人に恐怖を与え続けた"上弦の陸"の肉体そのもの。
非常に高い再生能力を持ち、急所である頸を切り落とす以外の手段で滅ぼすのは非常に困難。
本来であれば"日輪刀"で頸を落とす必要があるが、英霊の座に登録されたことにより弱点が広範化。
宝具級の神秘を持つ武装であれば何であれ、頸を落として鬼を滅ぼせるようになっている。
また妓夫太郎は"血鬼術"と呼ばれる独自の異能を行使することができ、血鎌を操り様々な攻撃を繰り出す。
しかし欠点として日光を浴びると肉体が焼け焦げ、浴び続ければ灰になって消滅してしまう。
このため太陽の属性を持つ宝具、それどころかただの太陽光でさえ致命傷になり得る。

『上弦之月・血染之夜』
ランク:E 種別:対人宝具 レンジ:1~500 最大補足:1000人
鬼の中でも特に多くの人間を捕食した上弦の鬼が共通して持つ宝具。
自身を中心として同心円状に鬼の時間、彼らの狩場たる"夜"を展開する。
この結界の内部ではたとえ昼であろうと太陽光が遮断され、従ってその輝きが鬼の体を蝕むこともない。
性質上真名開放が前提となる宝具のため使用の度に展開時間に比例した魔力消費がマスターへ押し寄せる。

『兄妹の絆』
ランク:D 種別:対人宝具 レンジ:- 最大補足:-
彼ら兄妹は二人で一つ。
妓夫太郎の妹であり、もう一人の上弦の陸である鬼『堕姫』。
妓夫太郎が人間であった頃から血縁で結ばれていた彼女はその繋がりの深さから宝具として登録されるに至った。
堕姫は妓夫太郎と同等のステータスを持つサーヴァントとして他者に認識される。
その他"鬼"としての性質は兄と全く同一だが、彼らはあくまでも二人で一つの存在(兄妹)。
宝具である堕姫の頸を斬っても彼らは滅びないが、しかし本体である妓夫太郎の頸を斬っても彼ら兄妹を滅ぼす事はできない。
彼らを真に滅ぼすためには妓夫太郎と堕姫の頸を同時に斬るか両方の頸を斬り落とした状態を成立させる必要がある。

【weapon】
血鎌と帯

【人物背景】
鬼舞辻無惨配下の精鋭、十二鬼月の一人。
上弦の陸。妓夫太郎と堕姫の兄妹からなる鬼。
たとえそれが不合理であろうとも、兄妹の絆を捨てられなかった愚かな兄。

【サーヴァントとしての願い】
英霊の座から梅を解放し、幸せな来世に送ってやりたい


【マスター】
黒川イザナ@東京卍リベンジャーズ

【マスターとしての願い】
自分達兄弟が居て"アイツ"が居る。そんな幸せな世界がほしい

【能力・技能】
無敵のマイキーとすら張り合う身体能力と頑強さ。
そんじょそこらの一般人ではイザナに遠く及べないだろう。

【特徴】
褐色の肌と色素の薄い髪色が特徴の少年。

【人物背景】
「天竺」総長にして元「黒龍(ブラックドラゴン)」八代目総長。
歪んだ憎悪の果てにチームを築き、そして敗れ。
たった一人の親友(マブ)以外は何も得られなかった男。

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最終更新:2022年07月02日 23:42