東京の暗闇に這いよる、それは醜い生き物だった。
 皮膚はただれ、ずるずると汁のようなものにしめっている。
 目玉は人類ではありえぬほどにぎょろりと大きく、血走っていた。
 頭髪の代わりに乱雑に蛇が頭頂へ巣食っている。
 口にあるまばらな牙は、生気を感じさせない。
 四肢の形からかろうじて人型なことはわかるが、間違いなく化物であり、悪魔であった。

 悪魔は、偶然通りがかった場所で、あるマンションの少女を見た。
 偶然目に入った相手を、獲物と見なした。

 ●

 マンションに住む少女はユミと言う子供だった。もっともこの聖杯戦争においてはあまり名は意味が無い。
 要はただのマスターでもサーヴァントでもない、一般人ということである。
 ユミはここ最近、なにやらニュースで不審な事件をたびたび耳にするようになったと、親の言葉を聞いて不安になっている。

 なにせ母は出産間近の妊婦だったのもある。医者の診断では、男の子らしい。
 弟が生まれてくるのに、辺り一帯の治安が悪くなっていると聞けば、不安にもなるものだった。
(こわいなあ……)
 そう考えていると、どうやら最近近くに引っ越して来たらしい女性が挨拶に来た。

「あたし、マキ。よろしくね」
「うん」
 マキという若い女性は、どうやら未成年らしいがユミよりだいぶ年上だった。
 そばかす混じりで目もぎょろっとしており、お世辞にも美人とはいいがたい人相だが、人の良さそうな女性だ。
 たまに会うと快活に世話や遊んでくれるマキが来たことで、ユミは気がだいぶ紛れていった。

 だが、それ以来ユミはおかしな悪夢を見るようになった。
 不思議な時代錯誤なかっこうや仮装じみた格好の人間やら、体のどこかに刺青を入れた幾人もの男女に家族も、自分もごみくずのように殺される夢。
 まるで、雑草のように引っこ抜かれ、消し飛ばされ、なにか生贄のように吸収すらされる。
 生まれてくるはずだった弟すら、存在自体がどうでもいいと言われたかのように消える。
「ウワアアアッ!!!」
 ユミが目を覚ますと、ぐっしょりと濡れていた。幾度となく、悪夢で目が覚めた。
 それを、部屋の上から眺めている女が居た。
 ユミから見えぬ形で、すぐそばで悪夢に苦しむユミをニヤニヤと獲物として見定めている……それは、マキだった。

 マキは悪魔だった。その正体は、世にも醜い生き物であった。

「もうそろそろ、ユミも弱って来たようね。聖杯戦争なんてものの舞台だもの、そりゃあ不安もあるでしょうよ」
 マンションの屋上でニヤニヤと笑うマキ。
「私は人の世に自在に入り込める。ロールなんて元々自在に書き換えてどこにだって都合よく行けるのよ。人を破滅させるためにね。そうよ、人間の魂を地獄へ落とせば。私は美しくなれる……私はそういう存在なのよ、アサシン」
 そう隣にたたずむ従者へとマキ……悪魔としての真の名を「魔鬼子」は言う。それを聞いた美しい長身の男は、心底下劣なものを見るような目を向け、魔鬼子をなじる。
「そんなことをして美しくなってなんの意味があるんだ?」
 男は魔鬼子のサーヴァント、アサシンだった。真名はビュウトと言う。

 心底侮蔑するかのようなアサシンの言葉に、マキは顔を歪めて怒りをあらわにする。
「だまれっ! お前に……その容姿を持っているお前に何が判る……! 醜く生まれたものの気持ちがわかるか! 地獄に人を落として美しくなるのなら私はいくらでも破滅させてやる! 大体普通の人間ならともかく異世界のコピー人間を地獄に落として文句を言われる筋合いがあるか!」
 実は。
 アサシンのビュウトはそういった容姿のコンプレックスに関しては。わかる、と言える境遇だった。
 この整った容姿は、実は己の醜さを呪い隠しとおした結果、精神と肉体に変調をきたし、変異した肉体により偽装されたものなのだ。
 だが、言えなかった。己の境遇を明かせるほどの信頼がマスターに対して無かったからだ。

(間違いない……マスターは「怪人」と言える。しかも精神がねじれて肉体が変異するような……順序は逆だがブサモンに近い。最も元から人間から遠い存在と形状だからか、僕もその容姿に恐怖ですくんだりはしないのが幸いだった。こうなれば、被害が拡大する前に始末するしかないのか……?)

 きっと彼女には、素の醜さを恥じ、美しさを求める存在としてのつながりがあって召喚されたのだろうと、イケメン仮面アマイマスクと言う名でヒーローとして戦ってきた男、本名ビュウトは考える。
 その共通点は、嫌と言うほど見てとれた。
 だが、ビュウトにはマスターとは違うと言えるある自負があった。あくまで自分は「ヒーロー」なのが最優先なのだという。
(僕は既に「覚悟」を決めた。イザとなれば醜い姿をさらしてでも、悪を退治し人々を救うためなら……構わない。ヒーローはそういうものだと、尊敬できる男に教えられたからだ)

 だが、魔鬼子が言った通りこの場所において人間たちは全て人のコピーとでも呼べる存在。いわば人形だ。彼らも人ではない、と言う意味では怪人のようなものだ。
 人を殺すのなら「悪」だろう。だが、あれらを喰らって美しくなるという願いだけを叶えることは「悪」なのか……?
 ビュウトには、迷いがあった。
 倫理を規定する基準が、彼が元居た場所と異なる世界。
 ユミと呼ばれるあの少女は、理屈としてはただのこの世界にセッティングされた人形のひとつに過ぎない。

 そうして迷っている内にある日、ふらふらとユミはマンションの屋上へと誘導されていく。

「さあ、おしまいだ。地獄へ落ちろ!」
 人としての姿を偽装したままマキは悪魔としてのおぞましい言葉を叩きつけ、ユミを自ら死なせんと幻覚の世界を展開する。
 東京各地に散るサーヴァントやマスターたちがもたらす「不安」が実体化したかのように、悪魔たちが屋上から落ちるユミをせせら笑い、絶望を焚きつける。

 ユミは、誰に聞かせるでもなく己の無力さに涙した。この東京にあふれる謎のおぞましい力をうっすらと感じ取り、そして無念だとばかりに泣いた。
「いやっパパ! ママ! 頑張るって言ったのに……弟ができるって言うから、お姉ちゃんになるから守るんだって約束したばかりなのに……!」
 その言葉を聞いて、ビュウトはマスターを討つことを決めた。理屈ではない。ああも泣いている子供を見捨てては「ヒーロー」ではない!
 手刀をマスターに向かい振り上げる……

 それと同時に、光線がユミの周囲の幻覚を薙ぎ払った。
「……え?」

 その指から唐突に怪光線を放った存在は、魔鬼子だった。
 おのれ魔鬼子裏切るか、という恨みの言葉が幻影と共に湧き出た悪魔たちから出るが、魔鬼子はそれをやはり眼光だけでかきけす。
「ユミちゃん!」
 魔鬼子が、いやマキは屋上のユミを抱き起すと、自分を認識させる。
「マ……マキさん!?」
 ユミは驚くが、マキは力強い言葉で励まし、ユミの意識を強く保たせる。
「全部嘘よ、無事よ!」
「嘘……」
「ユミちゃん。帰りなさいな。ほら、あんなの嘘っぱちよ。最近変質者が多いって怖さに夢を見たのよ。きっと大丈夫。これから生まれてくる弟さんのためにも心を強く持たなきゃ。きっと元気な子が生まれてくるんだから」

 不思議と。魔鬼子の言葉は「勇気」を与えたように染みわたっていた。
 やがて、ユミの意識が落ちる。あらゆることは無かったことになり、なにごとも無かったかのように寝床へと戻されていった。
(なんだ……これは)
 まるであべこべだった。地獄に落とすどころか不安を解消し、助けている。
 明らかに魔鬼子はユミに「活力」のようなものを与えていた。あれでは他のサーヴァントやマスターの暗示や魔術の影響すらある程度は防げるかもしれない。
 妊婦だという母の具合すら、魔鬼子の後押しで安産にすらなるに違いない。
「マスター、これはどういう……」
 途方に暮れてビュウトが聞くが、魔鬼子はひたすら押し黙っている。
「……………………」

 ●

 誰も居ない路地裏をずるずると悪魔の姿で歩く魔鬼子。頭の蛇はうごめき、ただれが前よりややひどくなり、粘液を引きずり苦悶していた。
 困惑しながらも黙ってそれについていくビュウトだが、そこに空をふるわせ巨大なひとつの目がにらみつけるように出現する。
「地獄の大魔王……!」
 それは、魔鬼子の知る者らしかった。世界を超えて、魔鬼子へとコンタクトを取りに来たのだった。
『ええいまたか魔鬼子! いつもいつもお前は!』
 咎める、と言うより呆れていさめるような声色で空よりにらみつける巨大なひとつの目……大魔王が吐き捨てた。

 お前は人を救えば救うほど醜くなっていくのだぞ!

 地獄の大魔王のその言葉にビュウトは口をぽかんと開け、魔鬼子に視線が向く。その醜い姿から、目をそらすことができなかった。
 魔鬼子はえづいたように濁った声を出す。
「わからない……でも、でもあの子は悲しんでいた。不安を抱えていた。帰ろうとする場所があった。温かい家族が……偽物のはずなのに。でも、私がなぜそれを見て助けたのかがわからない!! あの言葉を聞くと、放って……おけなかった……」
 その言葉に、ビュウトは全てを察した。
「マスター。キミは、キミは……まさか、いつも……」

 人を貶める醜き心がにじみ出ていたのではなく。誰かの願いにこらえきれず手を差し伸べる心が、その行為が更なる外側の醜さへとつながっているとしたら。
 この、おぞましい姿はむしろ――
「美しく、なりたい。今度こそ……今度こそ……地獄に人の魂を落として……!」

【クラス】
 アサシン
【真名】
ビュウト@ワンパンマン(ONE版)
【パラメータ】
筋力B 耐久A+ 敏捷A 魔力E 幸運B 宝具B
【クラス別スキル】
 気配遮断:B
サーヴァントとしての気配を断つ。隠密行動に適している。
 完全に気配を絶てば発見することは非常に難しい。彼の場合は表層的には目立ちつつも自身の素性や本質を隠す、ということに長けている。
【宝具】
『なんのための美しさ(フー・イズ・ビューティフル)』
 ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:1 最大補足:1
 人体操作により自身の肉体を意図的に変異させる宝具。これにより己の容姿をある程度は意図的に変更できる。
 手足が千切れる、肉体が変形破壊されるなどが起こってもある程度は粘土細工のように修復が可能。
 全力状態の場合は筋力耐久敏捷に更に+補正が付くが、変わりに容姿の一切を取り繕えず本来の状態となる。
【人物背景】
 容姿端麗、眉目秀麗のアイドル兼ヒーロー「イケメン仮面アマイマスク」として戦ってきた人気者。
 だが、元々は醜い素性を隠蔽しながら戦ってきた男性で、その自分自身の容姿への拒絶が高まり続けた結果肉体が変異。自分の容姿を取り繕い、身体強化する怪人へと変貌してしまう。
 そのまま怪人であることを隠しながらヒーローを続けるが、強迫観念と変異からか段々精神と肉体に異常をきたす自分に恐怖を覚え、ヒーローを誰かに受け継がせようとする。
 だがサイタマという男とのやり取りを経て強大な怪人を目にして民衆を護るために変身を解除。
 醜い姿と人間とは言えなくなった変異した肉体を明かし、怪人として拒絶されながらもヒーローとしての在り方を通し姿を隠した。
【サーヴァントとしての願い】
 ヒーローとして生き抜く。

【マスター】
 魔鬼子@魔鬼子
【マスターとしての願い】
 美しくなりたい。
【能力・技能】
 悪夢と幻影により精神を蝕み、死に追いやることでその魂を地獄に落とすことができる。
 目や手から出す怪光線は同じ地獄に属する悪魔などを一方的に溶かしたり逆に凍結させてしまう威力を持つ。人体に害無く気絶させる程度に加減も可能。
 普通の人間に化けることができる。姿は固定。
【人物背景】
 地獄の悪魔の中でも最も醜き女。日頃はまだ普通の人間(決して美しくはない)の姿に化けている。
 人間を地獄へ落とすことにより美しくなれる力あるいは契約をしているらしく、目についた女性をつけ狙い幻覚を見せる。
 だが、毎回相手の事情や悲しみを知っては寄って来た悪魔を薙ぎ払い手助けすらしてしまう。結局地獄に落とそうとした相手は毎回個人の事情や精神状態が好転する。
 そのたびに魔鬼子は人を救った代償として醜くなり、なぜ自分でもそうしてしまったのかと慟哭しつつも魔界一美しい女へとなることを誓うのである。
【方針】
 敵対者を地獄へ落とす。絶対になんとしても落とす。

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最終更新:2022年07月04日 23:49