「誰かが苦しんでおるところが見たい」

 そのサーヴァントは、笑顔でとんでもないことを言い放った。
 黒衣を纏った金髪のエキゾチックな美女、しかしその姿は英霊としての仮初の姿でしかない。
 彼女は、否、彼でも彼女でもないが、女性の姿を取っているからには彼女と呼ばせてもらおう。
 彼女は竜だ。神ならぬ身にて神さえも蹂躙する、特大の邪竜だ。

「誰かが苦しんでおるところが見たい」

 大事なことなので二度も言った。
 ぽかん、と口を開けて自身を見上げているマスターに対し、何に憚ることもなく神は己の在り方を顕示する。

「わえは天地を覆う苦難、試練を与えるもの、世を虐げる邪竜よ。だが、虐げることそのものが目的ではない。
それを乗り越えるところが見たい。わえという苦難を必死に乗り越えるものこそがわえの望み」

 彼女こそはアスラシュレーシュタ。
 その名が示すものは『最も優れたるアスラ』『障害であり塞ぐもの』。
 修羅場、という言葉は、その始まりからして彼女とさる雷の神の戦場を意味するもの。

「それはか弱き人の子だろうと力ある神だろうと世界の意思だろうと構わぬ。
いやむしろ驕り高ぶった神とかががわえを前に四苦八苦しているのを見るのは最高に楽しい。
わえの持つ力はそのためにこそあり、わえの持つ力が新たな輝きを生み出すことこそ最高の愉悦よ」

 まさに、この世の全てを弱者と断じる邪神の理だ。
 力あるものも力なきものも、全てをねじ伏せ蹂躙する災害。
 等しく全てに苦難を与え、等しく全てにそれを乗り越えることを望む。
 神の理不尽で、竜の暴力で、一切の呵責なく。
 ランサー、ヴリトラはそれを心の底から楽しんでいるのだ。

「き、ひ、ひ。この聖杯戦争とやらは良い。古今東西の英雄が、神が、わえも知らぬ異界のものどもが集う!
この選定期間とやらに100を余る程の英霊がいることか、そしてそこから生え抜かれた数十騎がしのぎを削ることか!
なので、わえはそんな切なる願いを持つ主従とか、ただただ暴れたい主従とか、何がなんだか分からない主従とかを虐めに行く」

 邪悪、ではないのだろう。この神は信じている。苦難を乗り越える可能性を、強きも弱きも関係ない、あらゆるものが持つ輝きを。
 ただ、悪ではないにしろ、どこまでも邪である。厄介極まる。どこまでも欲に忠実である。
 己のマスターの願いなど知ったことではないし、従ってやる義理もない。

「面白きものがいればちょっと手を貸してやるのも吝かではないかもしれんなあ。
まあ無論その苦難の果て、最後に立ち塞がるのはわえなんじゃが。楽しみじゃのう、楽しみじゃのう!
――貴様はどう思う? わえの召喚者、マスターよ」

 そんなどうしようもない迷惑な邪竜を召喚してしまった、不運なマスターがここにいる。
 フードのついた緑のパーカーを来た、白髪の男子だ。あどけない高校生ほどの少年だ。
 まさに常識の外、埒外の理をぶつけられ、少年は唖然とした面持ちで――



「――素晴らしいよ!!!!!!」



 その表情を、歓喜に染め上げた。
 彼もまた、心の底から、邪竜の理を礼賛したのだ。
 不運? とんでもない。常人にとっての不運たるこの邪竜の召喚は、少年にとって何よりの幸運だった。
 これこそが、彼の求めるものだったのだ。

「認めざるをえないよ……君こそが試練の象徴。最上級の絶望。それなのに、絶望でありながら誰よりその先の希望を願っているなんて……
ああ、ボクはボクが恥ずかしい……ボクみたいな矮小なクズでも、この聖杯戦争に集う希望の欠片たちの踏み台になれればいいと思っていた。
それに相応しい絶望的なサーヴァントが来ればいいとさえ思っていた。けれど、聖杯はそんなボクに、予想だにしなかった『答え』をくれた!」

 美少年のかんばせが狂気に歪む。瞳の中に輝く闇が渦巻く。
 そう、試練の邪竜を召喚したものもまた、試練を望むもの。
 それも試練の先に待つ希望のためならば、どれだけの破滅が訪れようとかまわない。
 狛枝凪斗という『超高校級の幸運』という称号を持つ彼は、そんな少年だった。

「君は最高だ、ランサー。インド神話に燦然と輝く邪竜ヴリトラ。邪魔なんてしないよ、君は君のあるがままにあって欲しい。
この聖杯戦争にあるがままの試練として君臨して欲しい。ボクも、君の与える試練に華を添えられるよう最大限努力するけど……
けど、流石に君という絶望の頂点を目にしてしまったら、ボクなんかに何ができるのかって思っちゃうな」

 狛枝は、なんと自信を喪失していた。
 気持ち悪いほどのネガティブにしてポジティブ、超高校級の絶望によって世界が滅んだ後でさえも希望を求め彷徨っていた狂人でさえ。
 否、狂人だからこそ、求める理念にこれ以上ないほど噛み合う解答を与えられ、自身の意味を失いかけている。
 ヴリトラのもたらす試練に比べれば、自分が生み出せるであろう試練などなんと矮小なことか。
 かつての自分であれば、そこに例え何の意味もないとしても実行に移しただろう。
 だが、明確な自身の上位置換、自分以上に自分の願いを叶えてくれる存在を前に、果たして自分は必要なのか?
 限りない歓喜の中に、限りない苦悩があった。
 そして、その見えざる苦悩を、邪竜は正確に見抜いてみせる。

「同好の志を得られて嬉しいぞ。だがマスターよ。わえは、貴様にも望んでいるのだぞ? そう、希望をな」

「ボクが、希望? そんな……恐れ多いよ。こんな幸運なんてゴミクズのような才能しか持たない、人と呼ぶことすら烏滸がましいボクなんて。
ボクは、皆の希望の踏み台になれればそれで――」

「貴様がゴミクズと呼ぶその『幸運』が、わえをこの聖杯戦争に呼び込んだ。聖杯が、貴様の『幸運』を見ていた」

 呼吸が、止まった。
 それは絶望によるものか、それとも歓喜によるものか。
 まだ、どれでもない、ただただ天啓を与えられたことによる、思考の停止だった。

「貴様の希望にして絶望たるわえが認めよう。狛枝凪斗よ。貴様の幸運がわえを呼んだ。
わえはこの聖杯戦争にこれ以上ない絶望を生み、その果てにこれ以上ない希望をもたらそう。
わえは、貴様がこの地にもたらしたものである。であれば、わえの希望と絶望は、貴様の希望と絶望であることに相違あるまい」

「そんな、そんな……ボクは……そんな恐れ多いことを、他でもない君が認めるというのか?」

「我がマスターよ。貴様もまた、わえという絶望を乗り越える希望となるがいいぞ。わえが許す」

「ボクは……ボクは……」

 体が打ち震える。
 喉の奥から制御できない音がせり上がってくる。
 闇を何十にも折り重ねたと形容されるような淀んだ瞳の中心に、一点の光が灯る。


「はは、ははは、あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!!」


 そして、狛枝は嘗てない境地に至った。
 神だ、神がここにいた。
 狛枝はヴリトラを己の神と定め、そして――それを打ち破ることをここに誓ったのだ。
 天高く、令呪を宿した腕が掲げられる。

「令呪三画を捧げ、願う! ヴリトラよ、『試練であれ』!!!」

 それは誰よりも純粋な暴挙であった。
 邪竜ヴリトラを縛る三度限りの命令権、それを狛枝は歓喜のままに手放した。
 願いが一致すれば奇跡さえも呼び起こせる力のすべてを、『試練であれ』と、ヴリトラと完全に一致する願いを彼女に注ぎ込む。
 今ここに、試練の邪竜は純粋なる願いを受けその威容を増し、軛から解き放たれた。

「誓おう! ボクは、君の望みを受けた! その願いこそが、ボクの希望を証明するものであると!
ボクがボクを信じられずとも、君が信じるボクを信じ、ボク自身も希望へと邁進しよう!
この聖杯戦争の中で、必ずや『君を打ち倒す希望』を見出し、生み出してみせる!
それが、君という偉大なる同胞に対する、ボクの答えだ!」

「きひひ、きひひひひひひ! それでこそよ! この混沌の坩堝にあって、わえに最も近しいマスターが諦めていることほどつまらんことはない!
踏み台結構、絶望結構、しかし踏み台となって尚、自身も上り詰め次の踏み台に、そして踏み台を重ね自分自身さえもわえのもとに至る!
そんな欲望を抱かねばな! いいぞいいぞ、貴様の願いは実に甘美。わえは貴様の試練であり貴様の力。すべての敵でありすべての味方!
わが欲のまま、世界を塞ぎ、共に開こうではないか!」

 何処かで、狂気の声が木霊する。
 この声は、まだ誰にも届いていない。
 しかしこの声の届くときが、誰かにとっての試練の時、絶望の時、希望の時。
 すべては表裏一体であり混沌、あまりにもあんまりな絶対に解き放ってはならない邪すぎる主従が、ここに産声を上げてしまったのだった。


【クラス】
ランサー

【真名】
ヴリトラ@Fate/GrandOrder

【パラメーター】
筋力A 耐久C 敏捷A 魔力A 幸運D(+++) 宝具EX

【属性】
中立・悪

【クラススキル】
対魔力:A
魔力への耐性。
ランク以下を無効化し、それ以上のものはランク分軽減する。
事実上、現代の魔術師ではランサーに傷をつけることはできない。

竜種:A
竜、もしくは竜を模した魔獣のこと。
分類としては幻想種同様「魔獣」「幻獣」「神獣」の全ランクに存在しており、
なおかつその中で最優良種と見なされることが常である『幻想種の頂点』。
その心臓はそれ自体が魔力の発生源となっているため、外部にマナがなくても自分で魔力を生成して生存可能。
真なる竜ともなればもはや一つの概念に等しく、竜退治という行為は「自分の存在の全てをかけて竜の存在の全てを打倒する」レベルである。

【保有スキル】
穿貫せしヴァジュラ:A
宿敵インドラの武器、金剛杵とも。
自らを貫いているものとして、体の一部扱いでランサーはこの神具を持ち込み、自在に操る。

宿命の神敵:A
伝承により様々な姿で語られるヴリトラではあるが、
一方、その役割は常に変わらない。
根本的に神と対立する存在であること、その不変の立場と存在意義を示すスキル。

永遠不滅の魔:EX
インドラに敗れようとも、時が経てば再びヴリトラは蘇り、また神との闘争を始めるという。
自然現象にもなぞらえられるその永劫の繰り返し、不滅性を示すスキル。
「水を堰き止める(干魃をもたらす、あるいは雲や山に閉じ込める)ヴリトラ」と「それを雷雨にて解放するインドラ」の対立は一度きりのものではなく、
遥か過去から繰り返されてきたものであり、また、未来においても永遠に続く。
それはあるいは自然と神に対する原始の信仰そのもの。
人々が自然に対する畏敬を神に込めたのとまったく同じ強度を持って、ヴリトラは不滅の魔として君臨する。

【宝具】
『魔よ、悉く天地を塞げ(アスラシュレーシュタ)』
ランク:EX 種別:対界宝具 レンジ:9~99 最大補足:1000人
アスラシュレーシュタ。
ヴリトラの異称「アスラの中の最上のもの」の名を冠した宝具。
眷族、あるいは自分そのものの分体である魔の軍勢を用い、自らの存在意義通りに天地を覆い、対象を隔絶させる。
「ヴリトラは自らの身体で水を山に閉じ込めた」という伝承における「山」が「雲」のことでもあると解釈されるように、その様は不吉な雲が世界を覆い墜つるがごとし。
ヴリトラは邪竜であると同時に、アスラ(魔族)としても語られており、アスーレンドラ(アスラの王)との名も持つ。
マハーバーラタにおいては、ヴリトラに率いられたカーラケーヤやラクシャーサなどの魔族の大軍にインドラたち神々が苦しめられた描写も存在するため、
「何かを堰き止める」権能だけでなく純粋なる暴力の軍勢としても彼女はこれを行使できる。

【weapon】
借りパクしたヴァジュラ
竜たる自身の肉体

【人物背景】
いつものわえ様。FGOを参照。
何、数十騎の異世界のものどもがしのぎを削る聖杯戦争じゃと?
こんなの試練するしかないじゃろ!

【サーヴァントとしての願い】
誰かが苦しんでおるところが見たい。


【マスター】
狛枝凪斗@スーパーダンガンロンパ2

【マスターとしての願い】
この聖杯戦争に、最高の絶望と最高の希望を。

【能力・技能】
超高校級の幸運と呼ばれる異能。
狛枝の幸運は自身と周囲に不運を撒き散らした後、その反動ともいうべき大きな幸運を呼び寄せる。

【人物背景】
スーパーダンガンロンパ2における超高校級の幸運。
自らの才能がもたらす不運によって多くを失い後に来る幸運の恩恵を受けてきた少年の心は歪み果て、『絶望の先に希望が訪れる』という思想を持つに至った。
思うだけならまだいいのだが、原作においては自ら絶望を引き起こし希望溢れる才能を持った誰かがそれを乗り越えさせるという蛮行をしでかすようになる。
前編を通してのトリックスター、荒らし役。
世界が試練を与えてくる天運は、非常にわえ様ポイントが高い。
ただ当の本人が自分を卑下するためわえ様がちょっと発破をかけたら光の奴隷に似て非なる別の何かに覚醒してしまった。

【方針】
希望の踏み台となる。しかし自身も希望のカケラとして、ヴリトラへと挑む。
ヴリトラを打倒する希望を生み出すべく暗躍し、試練を与える。
状況によってヴリトラと共に行動したり、ヴリトラから離れて他陣営に単独で勝手に干渉しに行く。
見込みのない陣営は潰すだろうし、興味深い陣営はヴリトラを打倒とする希望とするべく支援を惜しまないだろう。
なんだこいつら……無敵か?

【備考】
開幕で狛枝が令呪三画をぶっぱし、ヴリトラを強化しました。
この強化内容は妥当な範囲で後続の書き手さんが自由に決めて構いません。
特に思いつかなければステータスの強化、単独行動スキルの付与などが安牌かと思います。
またマスターである狛枝の影響によりランサーの幸運ステータスの数値が常に乱高下しています。

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最終更新:2022年07月13日 14:55