.
「ねえダーリン、世の中にはセックスに過剰になにかを求める悲しい人たちが多すぎるわ。
何かを見失っているのよ。愛。愛だけが幸福を運んでくるのにね」
「そうさハニー それを教えてくれたのが君さ」
――岡崎京子、3つ数えろ
.
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
その女は己が此処に呼ばれた意味と意義を瞬時に理解した。
聖杯、と来たか。騎士たらんと言う教育を幼少の頃より徹底されて来た彼女にとって、騎士道物語は物心ついて間もなくの頃から寝物語代わりに聞かされて来た話だった。
ギャラハッドにパーシヴァル、名だたる古の騎士達が探し求めた、至高の物質であったか。ヒムラーは聖槍と並んで、この聖杯の確保を優先していたのを思い出す。結局は世界中を血眼になって探しても、目当てのそれは見つからなかったが、もしも何かの間違いで見つかっていたのなら、ラインハルトが手にする聖槍以上の聖遺物になっていた事であろう。
彼女の知る聖杯の知識と、その在り方は大分異にしているようであるが、この、どんな願いも叶えてくれると言う機能が真実であるのなら、成程、聖杯。その名の格に偽りはない。
個人として、叶えたい願いは確かにある。抱くその願いは、叶っているとも言えるし、叶っていないとも言える。何とも、煮え切らない。
要はまだまだ満足出来ていないのだ。ではその願いを成就させる為に聖杯を手に入れるのかと言われれば、それこそ否。
勿論聖杯は手に入れるし、己の実力で、しかも何でもありの戦争の形式で召喚されたとあれば、勝利は最早我が物だろうと言う確信すら抱いている。
抜け駆けについて、悪い事だとは思っていない。戦場に於いては徹底して、出し抜かれる方が悪い。そう言う余地を与える者が、間抜けなのだ。
だが、この聖杯については話は別。これを彼女は、神の如くに敬服している、黄金の獣。愛すべからざる光(メフィストフェレス)、ラインハルト・ハイドリヒに奉る物だと認識しているからだ。
つまるところ、『エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグ』は、献上の機会を与えられたと言う事になる。
彼女が黒円卓と呼ばれる組織に所属する理由の1から10、つまるところ全てである男に、改めて、忠を示せる機会。
サーヴァント、と呼ばれる存在に型を嵌められ、その状態でも、エレオノーレは大隊長の一角、赤騎士(ルベド)としての実力を遺憾なく発揮出来るのか?
それを、問われているのだと思った。ほざけ、見縊るにも程があるぞ。私が選択を誤るとでも思ったか。遠く離れた世界に遠征に行ったとて。
ハイドリヒ卿の威光が微かにすら届かぬ地に赴いたとて、私はあの御方の爪牙。黄金の獣の威容を保証する鬣の一房であり、名代なのだ。
故に勝つ、故に奪う。凡そ戦争と名の付く物に於いて、私が呼ばれたと言う事は、必勝を期さねばならないと言う事。赤騎士の名は、飾りでもなく伊達でもない。
勝利(シゲル)のルーンを背負う者に、敗北の二文字は許されないのであるから。
――なのだが。
「不愉快だ」
戦場の本質は、一言で語れない。定義出来ない。戦場とは時代や状況、参戦している人間によって、幾つもの貌と相を有するものであるからだ。
多元的かつ多面的である戦場の本質の一つに、無秩序と言うものがある。よく語られる所で言えば、戦争とは何でもあり、
ルール無用、と言う事になろうか。
勿論、それも一つの真実だし、寧ろ、死ねばそれまでと言う人間である以上絶対に避けられ得ぬこの真理と直に隣り合わせである以上、戦争に何でもありの様相が帯びるのは無理からぬ話だ。
死ねば、終わり。それまで歩んで来た人生と言う道程の全てが、断絶するのだ。許容は出来まい、怖いだろう。だから、そうならないよう何でもするのだ。
不意打ち闇討ち、トラップの設置に裏切りに。果ては民間人の虐殺や、道徳上は当然の事国際法にすら抵触する兵器の数々の行使など。追い詰められた人間は、禁忌とされ得るメソッドにすら、平気で手を染めるのだ。
だが同時に、完全なる無秩序の戦争も、またない。
戦争は始まってしまえば、ある程度以上の秩序や法、掟に縛られると言う側面がある。
例えば階級、例えば一個大隊や中隊等の隊列の編成、例えば戦争法。個々人が思い思いに戦うだけでは、戦争は立ち行かなくなるのだ。
それでは人類に文明が起こる前の、蛮人や蛮族、原人に猿人の戦いと何も変わらない。最低限の秩序があってこそ、人の戦なのである。
エレオノーレにとっての戦争に於ける法であり秩序、そして唯一とも言って良い大義名分、錦の御旗とは、ラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒただ一人。人の形をした戦争。神を殺した槍を振るいし、生ける掟そのものだ。
そして、この聖杯戦争ではそれは違っていた。
ラインハルトの意思が全く介入出来ない、この世界に於いて、聖杯戦争を遂行するのであれば。エレオノーレは、ある一人の人間を要石としなければならない。
つまりそれは、限られた量の魔力を、目盛の刻まれたビーカーの中の水を注視するかのように、何処で使うのか、温存するのかを自らの意思によって計算しろ、と言う事でもあった。
要は、バディを組めと言う事だった。マスターと呼ばれる、エレオノーレの現界の為の楔であり鎹は、彼女よりも遥かに弱い。数千どころか、億分の一もないだろう。
腹が立ったのは言うまでもない。自らの主君はハイドリヒ卿ただ一人と固く信じる彼女が、他の者を主と仰げだなどと。
舐めた性根の持ち主であれば、苛烈なまでの折檻を行って矯正してやろうとも彼女は思ったが、正味の話、それ以前の問題だった。
それは、召喚した人間の性格が腐っているだとか、青くて若くて現実を見れていないニュービーだと言う訳でもなかった。
――単純に、エレオノーレ個人が、気に入らない、侮蔑する類の人間だった。要は、それだけの話であった。
「吐き気がする程に、気に食わぬ女だ。来歴など語らずとも解るぞ。反吐の出そうな、売女の悪臭だ」
真皮まで達し、火傷で爛れたその顔を、不機嫌に歪ませながらエレオノーレは吐き捨てるように言った。
目線の先には、彼女のマスターが佇んでいた。女だった。ドイツの生まれであるエレオノーレにとってアジアの人種の顔立ちなど殆ど同じに見えてしまうのだが、
これは恐らく、日本人(ヤーパン)である事は間違いない。黒円卓にはその結成間もなく、即ちまだナチスが世界から消滅していなかった時代から、構成員に日本人が存在していた。
黒円卓の中でも古株であり、また、個人的な所用で日本に赴いていた事もあるエレオノーレだから、目の前のマスターの人種については、凡その察しがつくのである。
年の頃にして20代。いや、もっと若く見える。大学生、高校生位の年齢だと偽っても、疑う者はいないだろう。
若々しい容姿だが、目につくのはやはり、その女性的な容姿になるであろうか。抱えきれるか解らないような豊満な胸、小ぶりな尻、くびれたウェスト。
これで顔の方も平均よりも上なのであるから、世の男は放っておくまい。引く手あまた、と言う奴だ。
「形だけでも名誉アーリア人扱いはされて欲しかったわね」
――『小松ユリカ』がエレオノーレを、自らそうだと言っていないにも関わらず、かの第三帝国の思想を受け継ぐ人物である事を見抜いた理由は、単純明快。
服装で、主張しているからに他ならない。と言うよりも、SS(親衛隊)の軍服を身に纏っている人物を、ナチスと結びつけない方が寧ろおかしな話であろう。
タイに付けられている鉄十字章の大きさとデザインを見るに、SSの中でも相当上位の立ち位置に席を置いていた高官であろう事が伺える。
燃えるような赤髪を後ろで束ねた女性で、きっと、顔の火傷の跡さえなければ、切れ長の瞳が特徴的な美女として、社交界でもその名を馳せていたのかも知れない。
纏う雰囲気は剣呑で獰猛でありながらも、それを徒に発散させるのではなく、己の意思で律して抑えられるだけの確かな理性が感じ取れる。
成程、女傑だ。ステータスだとかスキルだとか、宝具だとか。そんなものを認識するまでもなく。
ユリカが召喚したこのアーチャーが、油断も異論も挟むまでもない絶対強者である事を彼女は理解した。
だがユリカは、これだけのただならぬ雰囲気を醸す女性がナチスにいたと言う事実を、寡聞にして聞いた事がなかった。
顔の火傷と言い、それを刻まれていて尚優れた容姿といい。これだけの特徴の塊が、後世に記録として残っていない筈がない。
ヒトラーの愛人であり、ワルキューレとすら称えられたユニティ・ミッドフォードか? だが彼女は美女でこそあったが、ブロンドの髪だった筈。
それともヒトラーから直々に第一級鉄十字章を授与されたと言う、女性パイロット、ハンナ・ライチュか? しかし彼女であれば召喚されるクラスはライダーであろう。
まさかエヴァ・ブラウンの筈はなかろう。ナチスのトップのファースト・レディであれば、それこそ、見ただけですぐ解るのであるから。
「人種差別の気はないがな、優秀かそうでないかでは区別はする。貴様が日本人だから言っている訳ではないぞ、戯けが」
エイヴィヒカイト、と呼ばれる呪法を操る魔人。
その中にあって最高位に近しい格を有するエレオノーレは、単純な身体能力は当然の事、魔術的な力に於いてすら、人間に備わっている或いは会得し得る限界の水準を遥かに超えている。
五感は元より人間のそれを逸脱するレベルに達しているし、魔術的な力量に至っては、一種の半神・亜神の領域にまで到達している。
故に先ず、臭う。本人は風呂などに入って消しているつもりなのだろうが、上位のエイヴィヒカイトであるエレオノーレは、ユリカの身体から漂う性臭を敏感に嗅ぎ取った。
それだけならば、エレオノーレも此処まで悪し様に言う事はない。問題は、男性の臭いが同じなのではなく、別人のものが多すぎると言う事であった。
速い話、この女は不特定多数の男と、寝ている。エレオノーレに言わせれば、不逞の輩、股の緩い女、尻軽、淫売。そんな類の女にしか、見えなかった。
「戦場はな、男の機嫌を取りながら、艶やかな声を上げて身体に枝垂れかかって、甘く鼻を鳴らしておれば、生き残れる場所じゃない」
「私は、そんな女に見える、と」
「ほう、違うと言うか?」
「――いいえ、逆。あなた、人を見る目があるわ」
男なしでは生きられない淫乱の血が流れている、と自分を評したのは、目を背けたくなる程に醜くて、吐き気を催す程息の臭かった、あの国務大臣の娘であったか。
その時は否定したが、今にして思えば、良く見ていたなと思わなくもない。
「どうしようもなく経済が冷え切って破綻した国では、綺麗言じゃご飯は食べられない。女は身体を売って日銭を稼ぐしかないだなんて、ナチスの高官とお見受けするあなたには言われるまでもない事だと思うのだけれど」
「よく調べているじゃないか。多少は評価してやろうか」
WW1の後に結ばれたヴェルサイユ条約、それによって課せられた天文学的な戦後賠償及び海外領土の喪失は、ドイツの経済に致命的(オーバーキル)のダメージを与えていた。
馬鹿げた額の賠償金によって経済が滅茶苦茶になり、ハイパーインフレーションが引き起こされたのは周知の通りだが、実態はそんな生易しいものではない。
多くの失業者が経済破綻によって生まれ、金を稼ぐ手段を失うどころかその頼みの金が紙くず以下の価値しかなく。
明日どころか今日食べるものすらない為、犯罪に手を染める者が出て来るのは当然の帰結。女は身体を売って小銭を稼ぎ、不潔な環境でのセックスの為性病に掛かって苦しみ抜いた後に死に至り。
そうして男の慰み者になって得た金で、その日の飢えを凌げる物が買えるのか、と言えば、買えぬのだ。物が、ないからである。
あったとしてもそれは相当の粗悪品でしかも、酷い値段で売買している闇屋・闇市・悪徳商人からしか手に入らない。
彼らだけが良い思いをしているのかと言えばそうでもなく、今日も生き延びられるか解らない連中相手の商売だ。襲撃や強盗にあい、今度は彼らも乞食の身分にだとて転落する。
乞食、浮浪者、失業者。悪徳商に殺人鬼、詐欺師ペテン師、誘拐犯。凡そこの世のありとあらゆる悪徳が集っていたアノミー都市。それが当時のベルリンなのだ。
黒円卓の構成員であり、同じ大隊長であるシュライバーや、平団員のヴィルヘルムは、こうした街で生まれ育ち、頭角を現して行ったのである。
そして、自分達が今こんな不遇を託っているのは、戦勝国の奴らのせいだ、と言う不満を利用し、躍進していったのが、国民社会主義ドイツ労働者党、後のナチスだ。
ユリカの言う通りだった、エレオノーレは知らない筈がないし、寧ろよく知って居る側の人間だ。
当時のそんな母国の窮状を、変えたい、その為に上に立つ。そんな思いを胸に秘めていたからこそ、魔人に堕ちる前の彼女は親衛隊の門戸を叩いたのであるから。
「アーチャー、あなたの目には私がどう映ってるのか解らないけれど、一応これでも、国家公務員なの。木っ端も木っ端だけれどもね」
「公務員(ベアムター)? 貴様がか、世も末だな」
成程、変に頭が回るのはその為かとエレオノーレが納得する。
官僚と言い公務員と言い、公務に従事する者には最低限度の知性がなければならない、と言うのは何もナチスに限った話じゃない。
やけに小賢しいと思ったら、成程、そう言った事情があったのか。
「二次大戦の頃とは随分戦いの在り方が様変わりしたけれどもね、私だって、第三次世界大戦の戦中を体験した、歴史の証人よ。それなりに、戦時下を語るだけの資格はあるわ」
ほう、とエレオノーレは嘆息した。
今でこそ、ナチスが台頭していた時代に彼らが起こした、或いは、巻き込まれていた戦争、その全てをひっくるめてWW2と呼ぶ事は常識となっているが、
当然戦争に組み込まれている兵士は勿論上官達も、自分達が参戦している戦いが二次大戦と呼ばれている事など知らない。と言うより、その様な名前はまだ名付けられていなかった。
戦争の名前とは並べて、後世の歴史家や世論が決める物だ。講和条約が結ばれ、参戦した国々とその陣営を制定し、死亡者・負傷者・行方不明者を統計し。
そうして初めて、戦争の名前と言うものが決まる。あの時の戦いを第二次世界大戦と言う名前である事を知ったのもエレオノーレは大分後になってからだし、実際そう名付けるだけの規模ではあった事も理解している。
第三次、世界大戦と来たか。
同世紀に二度に渡って、世界規模の影響を与えた大戦を引き起こした反省から、人類は戦争そのものを起こすべきではない、封をするべきだと言う機運に向かって行った、
と聞くが、所詮人間の知性など鶏より多少マシな程度だったようだ。三歩あるけば何とやら、よりは酷くないとは言え、たったの数十年を経るだけで。
代を二代、三代と代替わりするだけで。嘗ての誓いを忘れてしまったようである。三度目の世界大戦とはどんな風だったのか、何が使われたのか、開戦の切っ掛けはなんだったのか。色々と聞きたい事はあったが、今は、黙っておいてやる事にしていた。
「貴様に戦場の何が解る?」
エレオノーレが問い質したい事は、其処であった。
「貴様が戦士でない事など、一目見るだけで解る。89個、その理由が私には説明出来るが、そんなものは時間の無駄だ。正直に認めろ。事実、貴様は軍属でも何でもなかろうが? 違うか?」
「そうよ。戦場に出た事はないわ。プログラマー、と言って伝わるかしら?」
「小馬鹿にするのも大概にしろよ。旧い時代の骨董品に思われているのならふざけた話だ」
ラインハルトと共に城に残らざるを得なかったエレオノーレは、現世に留まる他なかった他の団員達に比べ、現代の事情に疎い面がある事は自覚している所ではある。
が、疎い事と愚鈍である事はイコールではない。聡明な頭脳の持ち主である彼女は、現世に姿を見せたその一瞬で、今の世の中の在り方を理解出来る位には知性的なのだ。
流石に、プログラマーが何であるのか位は講釈されるまでもない。無論、彼らが戦場に於いて何を果たすのか、と言う事も。
恐らく第三次世界大戦、とやらは、極めて高度に電子制御された次世代のハイ・テクノロジー兵器が活躍する場所だったのだろう。
最先端の知識を有する数学者やコンピューター学者、生物学者、物理学者が軍人の帷幄に所属し、己の理論を利用して、楽に何万人も殺せる兵器を開発したのであろう。
彼らの頭脳はミサイルを生み出し、恐るべき生物兵器も創造するにいたり、小銃や拳銃などの持ち運びが出来る武器をより強力にもしたのかも知れない。
頭脳だけが取り柄で、殴り合いもした事がなく、上官に頭を軍靴で踏み抜かれた事もない軟弱者が、戦場に介入出来る時代か、とエレオノーレは呆れる他ない。
尤も、その様な気風は彼女が生きていた時代から既に顕著であったし、彼女が保有する聖遺物であるところの、ドーラ列車砲だとて、元々はナチス肝入りの科学者達が作り上げた代物だ。
科学者共が戦場に参戦出来る事については、諸手を上げて肯定は、個人の心情としては兎も角、全面的な否定もしない。そうする事によるメリットがある事も、解っているからだ。
「戦場の華とは、前線で戦う命知らず共だ。馬鹿みたいに重い装備を装備して、靴擦れに股擦れ、水虫に苦しみながら、100㎞以上も行軍を寝ずに行い続ける歩兵達だ。眠れる時間もなく、当然集中など出来る筈もないのに、それでも正確な仕事をしろと要求され怒鳴られ続ける工兵達だ」
話を、エレオノーレは続けて行く。
「仇花を咲かせるしか最早なく、その過酷な運命を受け入れ、雄たけびを上げて命を燃やす者共はいつだとて美しい。終わる事はないのではないか、我々は目的地に到着する事はないのではないかと思いつつ、それでも歩み続け耐え続ける者はいつだとて美しい。戦争の主役はいつだって彼らであるのと同時に、それらを率いる指揮官だ。彼らの全滅と共に、自らもまた死を選べる気高い黄金色の精神の持ち主なのだ」
エレオノーレは沈黙し、鋭い目線を、ユリカに向かって投げ掛けた。
ゾワッ、と、百万の銃口を一斉に己に向けられる事以上の恐怖を、ユリカが覚えた。殺意を放出している訳でもない。敵意を剥き出しにしている訳でもない。
ただ純粋に、詰問する。それだけの意図しかないのに、魂の内奥すら震え上がらせる、この眼力は。どんな死線をくぐっていれば、こんな領域に、達する事が出来るのか。
「翻って貴様は何だ。技術職ではあるのだろうが、戦場に携わっていた訳でもないのだろう。庶務と雑務、保守を担当するだけの典型的な役人の臭いしかせんぞ。挙句の果てには淫らな売女の悪臭を漂わせ、何が戦場を語る資格がある、か」
エレオノーレは何につけても、半端が嫌いであり、覚悟もないのに戦場に首を突っ込む輩が嫌いだった。
確かに淫売は嫌いだ。反吐が出る。だが、自分の知らない所で、その役割を徹底しているのなら、己の業を見つめているのなら。嫌い以上の感情はない。
時に母であろうとし、時にヒロインであろうとし、時に己の不幸な身の上を利用してパイを奪おうとし。己のサガを見ないふりをして、都合の良い事をベラベラと口にする、真の意味での尻軽こそが、エレオノーレは嫌悪するのである。
当然、覚悟も何も抱いておらず、ただただ軟弱・柔弱、弱音しか吐かない兵士など殺してやりたい程に嫌っている。
大した戦果もない役立たずが、したり顔で戦場の何たるかを語っているのを見た時には、銃床で頭蓋骨が凹む位に思いっきり殴ってやったものだ。
死のリスクが限りなく低い遥か後方の公務員。その上に淫売。
そんな女を、エレオノーレが好感を抱く筈がない。徹底して嫌悪の対象、侮蔑するべき屑であるとすら思っている。
こんな女に従う事など、真っ平御免であり、マスターの乗り換えすら、いよいよ視野に入れ始めている段階なのだ。
「今一度、問う」
エレオノーレは、言った。
「貴様は戦場の、何を知っている」
目線だけで、人を殺せる。
これを地で行くような、エレオノーレの目線を真っ向から受け入れながら、ユリカは、臆する事無く言い切った。
「私の旦那を人殺しにした場所よ」
地獄と言うのではない。天国だなどと、口が裂けても言うつもりもない。
ユリカにとって戦争とは、戦場とは。馬鹿だが、愛するべき夫に人殺しの咎を生涯背負わせ続ける事を宿命づけた、憎むべきものでしかなかった。
「笑わせる」
ユリカの言葉を、嘲弄で返した。
「女と言う奴はいつもそうだな。どいつもこいつも、判を押したように、話のタネが男の話題しかないのは何故だ。それほどまでに、男が大事か」
「そうよ!!」
そこだけは、ユリカは、譲らなかった。
「何が戦場の華よ、何が美しい仇花よ!! 知ってる? 産まれた瞬間から、その人が将来どんな人物になるのかが解る遺伝子があるって事。そして、それに異常があると、絶対に犯罪者になるんだって!!」
二十一世紀が始まって間もなく、八角清高によって提唱されたM型遺伝子理論は、知る者から見れば、遺伝学の拡大解釈としか思えない突飛な理論だった。
人間の一生、即ち、その人間が将来どのような者になるのかと言う情報が詰め込まれたその遺伝子の異常、即ちM型遺伝子異常が確認された場合、その人物は絶対に犯罪者になるのだと言う。
人間の柔軟性、フレキシブルさ、多様性を根本から否定するこの理論は、来たる第三次世界大戦に備え、国民の意思の統一並びに、国家の全権の掌握を目論む者達によって、都合よく利用された、『政策』でもあった。
「私の夫がそうよ!! 産まれた時から犯罪者の烙印を押されて、国家の存亡を左右する激戦地に自分の意思で赴いて――!! どんだけ頑張って戦果を立てて凱旋しても、与えられたポストが私と同じ下っ端の役人!! 最下級の巡査職しか与えられなかった男よ!!」
小松ユリカの夫。婚姻関係を法的に結んだ訳でもなければ、式を挙げた訳でもない。
そんな旦那である、廻狂四郎は、M型遺伝子異常と言う遺伝子のエラーのせいで、産まれたその時より将来的には犯罪者になる可能性が高いと診断され、
そのせいで生後間もなく厚生病院と言う名前の軍事訓練施設に預けられ、大戦の開戦と同時に激戦地に投入され……。
そうして生きて還ったその時には、何らの昇級もなく、地方の下級巡査としての地位をお情けで与えられたに過ぎず。
差別、差別、差別差別差別。何処に行っても偏見の目で見られ、差別的な扱いを受ける日々。30億あると言う人間の遺伝子の中の、たった一つ。
異常や欠陥があると言うだけで、重要な要職には就く事が出来ず、学問・宗教・職業選択・転居、ありとあらゆる自由が剥奪される。そんな異常な政策が罷り通っていた国家で、
狂四郎もユリカも生まれ育ち、かく言うエリカもまた、そのM型遺伝子に少なからぬ異常があったせいで、下級公務員以上の役職に就く事も出来ない身の上なのである。
「ならば跳ね返ってみれば良かろうが。国家に対する裏切り者……犯罪者になる事が怖くて唯々諾々と従うだけか。貴様の男は」
「もうなってるわよ、お生憎様ね!!」
この言葉は、流石のエレオノーレも予想はしてなかった。瞳が、僅かに細まった。
「酷い国になったわ……。男女は性別で厳密に分けられ、国が作った大農場に男女が別れて、事実上の断種法が施行されてるの。貴方達で言う所の、アウシュビッツよ」
「待て。まさか貴様ら、自分の国の国民にそれをやっているのか?」
流石のエレオノーレも驚いた。
当然の話、彼女に対してアウシュビッツがどういう施設で、そして実際に何をやっていたのかを説明するのは、釈迦に説法どころの話ではない。
黒円卓に嘗て所属していたヒムラーも深く関与していた施設であり、現存する黒円卓の何人かも、実際に関与していた。
現にシュピーネの保有する聖遺物はまさしく、そのアウシュビッツで用いられた絞首の為の縄であった。
だが、アウシュビッツとは、当時ヒトラーが目の仇にし、民族浄化を本気で目論んでいたユダヤの民に対しての施設であり、断じて、ドイツ国民の為の物ではない。
当たり前だ、如何に末期のヒトラーが強迫観念に捕らわれた怪物であったとしても、自国民を粛清して行けば結果として国家がどういう末路を辿るのか、知らぬ程愚かではなかった。
まさか、あれを自分の国の民に?
正気の沙汰ではない。何のメリットもないし、そんなものを男女の別にやって行けば、総人口が急激に落ち込んでいき、最終的には国家の衰亡を辿るしかないではないか。
――いや、メリットはある。魔人の思考回路を持つエレオノーレは瞬時にその意図を読んだ。
形は違えど、ヒトラーも、その宿敵であったスターリンも、同じ事をやっていたではないか。
独裁者に必要なものとは何に於いても、自分が全権を握っていても許される、と言うカリスマ性。卑近な言葉で言うのなら、人気である。
だからこそ彼らは、自分と同じ位に、或いは、それ以上の人気や有能さを持った幹部や側近を嫌う。ヒトラーもスターリンも、それは変わらない。
己の権勢の邪魔となる有能な側近を、彼らは排除していった。ヒトラーはSA(突撃隊)の幕僚長であり盟友でもあったエルンスト・レームを処刑した。
スターリンは軍の有能な司令官の実に9割以上を粛清した。独裁者とは、国民の人気に於いて成り立つ。それを知っているからこそ、このような常軌を逸した選択を彼らは選べるのだ。
では――粛清対象を有能な側近ではなく。
己の権力基盤を盤石のものとするべく、『自らの側近や友人以外の全国民を粛清』するとしたら?
普通に考えれば、気が触れたような発想であろう。だが、その失った分の国民を、補える何らかの手段があったとするのなら?
そして、ユリカはそのヒントを既に口にしていた事にエレオノーレは気づく。遺伝学……。ああ成程、優生学を散々、祖国は利用していたじゃないか。
レーベンスボルンに所属していた団員も、思えばいたな……。そんな事を、エレオノーレは思い出した。
とどのつまり、小松ユリカと言う女は。
『総人口の1%を満たすか満たさないかと言う一部の特権階級と、これに奉仕する遺伝子改造によって産み出された残り99%の新たなる民族』と言う構図が成立しつつある国家から、やって来たのであろう。
「解るでしょう? もう私達は、自由な恋愛は勿論、国家であれば奨励する筈の子作りだって出来ないの。男女が出合い、落ち合う。それ自体がもう、死に値する重罪なの」
国家が指定した大農場(プランテーション)に、男女を隔離させ、其処で農業に従事させる法案。
直球に、男女隔離政策と言う名前で施行された人間は、オアシス農場から脱走した場合、死刑が確定する。
否、そもそも脱出するまでもないのだ。農場の敷地から出た瞬間、監視塔に常駐しているスナイパーが、脱走犯を狙撃するのであるから。
この時のスナイプで即死していれば、まだ幸運な方だ。生き残っていた場合、その脱走犯を待ち受ける運命は公開処刑の末の、晒し首なのであるから。
このような処遇は、主権を剥奪された一般国民だけの話ではない。役人であっても、そのヒエラルキー上、下級の役職であった場合は粛清対象になってしまうのである。
「ならば――貴様らは何処で知り合った」
それは、明晰な頭脳を持つエレオノーレであれば、当然抱いて然るべきの疑問。
男女が隔離され、出会って恋愛するだけで処刑対象の世の中で、何処で、ユリカ達は出会えたのか。
話を聞く限りなら、隔離方法はかなりの完成度を誇る筈。物理的な遮断は勿論の事、ネット上、コンピューター上でのやり取りすら、出来ないと見て間違いなかろう。
「教えてあげるわ。セックスを目的としたバーチャル空間での事よ」
冷笑で、エレオノーレは返した。
「現実にあった事のない男を、伴侶と呼ぶか。呆れる程に滑稽な生き物だよ、貴様は」
「それの、何が悪いのかしら」
ユリカの返事は、強かった。何らの悪びれも感じておらず、一切の恥も感じてないようであった。
「そうよ。式はバーチャル空間内で挙げた、神前式よ。その後に待ちきれないでセックスだって飽きずに何回も何回もやったわ。江戸時代の日本を模した空間で、私達は毎日毎日出会って、何度もおまんこをハメ倒したわよ」
本質的にエレオノーレは、品のない言動を嫌う。
だからユリカのその、場を弁えない下品な言葉に怒喝を飛ばしてやりたくなったが――ユリカが余りにも鬼気迫る風に言うものだったから、黙って聞いてやる事を選んでしまった。
「でも現実には、私達は出会ってない。だって私達は、隔離されてるから。私は北海道の中央政府電子管理センター。旦那は国家の反逆罪を課せられて、場所を転々としてて。追っ手を撒きながら――殺しながら向かってるわ」
ユリカの生きる時代、北海道の電子管理センターと言えば、日本の最高機密を司る最重要施設であった。
永田町及びそこに建てられている国会議事堂や首相官邸は戦火によって焼け落ち破壊され、国家の機能が日本全国に分散され、北海道はプログラム担当の公務員が集中する省庁となった。
当然、お尋ね者の身である狂四郎がそこまでたどり着く為には並ならぬ労苦を覚悟せねばならないし、辿り着いた所で、センターの周りには地雷原が敷かれ、敷地内には日本が誇る精鋭軍隊が巡回し、マジノ要塞を参考にしその欠点を完全に克服したセンターと言う建物自体が物理的にも電子的にも強固な鋼の要塞となっている。だからこそ、スーパーコンピューターの中のスーパーコンピューター、飛鳥は、狂四郎とユリカが出合える可能性を0%と断言したのである。
「あなたの言う通りよ、アーチャー。私は淫売よ。15歳で職場の上司に無理やり犯されて初めてを散らされて、その後は来る日も来る日も、望まない男にレイプされて!! でも見返りはあったから、耐えて、大丈夫、まだ頑張れるを繰り返して!! ほんと、自分でも嫌悪する位の売女だわ!!」
公務員及び特権階級の家族、全部の国民の主権が剥奪された、ユリカの世界に於いて、その公務員ですら、役職によっては婚姻の権利を剥奪されていた。
つまるところの、生身の女との性交が、出来ないという事である。だが、性欲食欲睡眠欲の三欲が、人間のサガである事は論ずるまでもない事で。
自分よりも役職の下の女性に無理やり肉体関係を迫り、性的虐待を行うケースは、何も彼女の勤めるセンターに限った話ではなかった。
当然の様にパワハラが行われ、その一環で性交渉が行われていた。レイプ被害にあった多くの女性が泣き寝入りするように、黙って耐える者もいれば、勇気をだして諮問機関に訴える者もいる。
だが、殆どの場合黙殺され、握り潰される。その様な事で人員を潰していれば、機関が、組織が。回らなくなるからだった。
そんな、世の中の暗黒と理不尽を見続けた結果、ユリカは、慣れてしまったのだ。犯される事に。そして、黙って耐えていれば、遺伝子的には劣等に近い自分にも、出世の芽があるし、餓える事もないからだ。
「男なんて、どれもこれも異常な性欲を隠し続けてる野蛮で酷い生き物で……。セックスを目的としたバーチャルソフトの開発と保守もしてたからね、言葉にするのも嫌になるセックスをしていた男なんて沢山いた。見続けて来た。だから私には、男なんて、言葉を喋る男性器にしか見えなかったわ」
「――そんな中で」
「旦那の狂四郎に、バーチャル空間で出会ったわ。セックスが目的としたバーチャル空間の中で、取り合えずヤればそれでいいソフトなのに。感情のないバーチャルの女を必死に口説いて、勝手にバツの悪さを感じて……、ソフトを閉じて、バーチャル空間内で剣術を学べるソフトを起動して修行に打ち込むあの人の姿に……初めて、普通で……まともな、男の人を見たの」
男女の交際が一切禁じられた世界に於いて、男女共に性欲をどうやって解消するのか?
性欲は男だけの欲求ではない、女にだってある。フラストレーションの蓄積は、普段の農事にだって差支えが出て来る。
ために、国はバーチャマシンと呼ばれる機械を与え、これによる本物そっくりの仮想空間を性サービスに特化したそれに改造、国民の性欲を解消させようとしたのだった。
種々様々なソフトが、其処にはある。SM、レイプ、ロリコン・シニア向け。ベイビープレイに、寝取り・コスプレ・スカトロジー。
凡そ人類が想起し得るありとあらゆるシチュエーションのセックスソフトが用意されていて、人の性欲に対する執着の強さと欲深さが、ソフトの数だけ存在する。
そんな、セックス向けのソフトであるのだから、バーチャル空間内のキャラクターは全て男女の性欲の解消の為に存在するのであり、つまりは人の醜い欲望の解消の為の付随物なのだ。
だから、狂四郎のように、回りくどい口説き文句だとか、セックスに持ち込む為の前口上も努力も、要らないのである。
「狂四郎は不器用で、下品で、スケベだけど……。でも、付き合うまで、ちゃんと、順序を守ったわ。出羽の庄内藩を模したバーチャルの世界を一緒に歩いて、何気ない話をして、仲良くなって……2年目にキスをして。で、それから紆余曲折があって、バーチャルの世界でシた」
「……」
「狂四郎、だけだった。私を犯そうとしなかったのは。私の周りの現実の男達はいつも、暴力や権力を笠に着て、セックスを迫って来たのに……。旦那だけは、違った」
すぅ、と息を吐いてから、決然とした光を更に強めて、ユリカは口を開く。
「私にとって、狂四郎は太陽だった。北海道のセンター何て言う、冷たくて暗くて、陽の当たらない場所に閉じ込められていた私を、温めてくれた唯一の太陽よ」
出会った事のない、バーチャルの中でしか絆を育んだ事のない男女が、愛を語る。
それは、エレオノーレが言った『滑稽』の一言が何処までも当て嵌まる。顔を突き合わせた事もないのに、手だって繋いだ事がないのに。
バーチャル空間内でのセックスで結婚した気に、夫婦になった気になる。成程、哀れで無様で、愚かしい。
本来は、それで満足していればよかったのだ。二人は絶対に出会えないのだから、二人は現実の世界にいる、と言う事を受け止めた上で、バーチャル空間で1日の内何時間かを過ごす、と言う日常を続けて行けばよかったのだ。
「それでも――夫は逢いに来てくれるの。私の所に、向かって行っているの」
――死出の旅である事は、誰ならぬ狂四郎自体が解っていた筈なのに。
殺される可能性の方が遥かに高い事など、ユリカだって解っていたのに。現に国家の反逆者への烙印を押され、日々追っ手に追跡されていると言うのに。
それでも、旦那は、私の事を迎えに来てくれている。今も、北海道目指して旅を続けている。
ああ……ならば。
「『太陽に近づかれて、拒める女なんていない』のよ!!」
心の底から愛する男が、自分を救いに来てくれていると言うのに、そのまま大人しく待つだけのジュリエットになるなど、死んでも御免だった。
狂四郎に出会う為ならば、弱い自分を幾らでも変える。一日の運動の時間を大幅に増やしたのも、相変わらず男に犯されそうになっても心を強く持てるようになったのも。
狂四郎が、北海道に向かって来てくれていると言う事実を知っているからだった。だから、自分も、救いに来てくれた狂四郎の為に鍛える、備える。彼の邪魔に、ならないように。
自分を照らし、そして、愛の炎で焦がしてくれた狂四郎に、私のまんこを味合わせるその為に。
「こんな所で私は死なない。絶対に生きて還る。今も地獄の底で苦しむ夫の下に、私は行く。その為に私は、アンタの力が必要なの。解ったなら協力しろ、アーチャー!!」
捲し立てるようにそう告げるユリカは、自分がどれ程の非礼を働いているのかを認識していない。
エレオノーレがその気になれば、小松ユリカの命など、1秒を数万分の一に分割した時間よりもなお早く、殺される。
恐らくエレオノーレが本気になれば、ユリカが元居た世界の日本など、壊滅に持ち込ませる事だとて造作もない。個人で、それだけの暴力を有するのだ。
成程、人間を遥かに超越したサーヴァントである。そうと解っていても、殺されるかもしれないと解っていても、ユリカは譲らなかった。私の夫の為に、戦え。そこだけは、決して曲げなかったのだ。
「……………………ククッ」
顔を俯かせていたエレオノーレが、そんな忍び笑いを漏らした。
「……ッハハ、ハハハハハ、ハハハハハ……」
笑いが、どんどん強まって行く。
「ハハ、ハハハハハ、フハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!」
顔を上げ、その顔面を、手袋をはめた右手で抑えながら、躁病の患者のような爆笑を、エレオノーレは上げ始めた。
ある種狂的な風すら感じられるその哄笑は、誰に対しての物だったのか。ユリカの馬鹿さ加減か、呆れ返る程の滑稽さ、淫乱さか?
それとも、彼女の思いもよらぬ強さのエゴ、肝っ玉の太さに対してなのか?
違う。
エレオノーレは、自分自身に笑っていた。それは、自嘲の念からくる爆笑だった。
「まぁ確かに……城で過ごした50年の間、貴様と喧嘩が出来なかったから、張り合いがないなと思った事もある、それは認めようさ」
瞼を閉じると、あの、泣き黒子の女の顔が思い浮かぶ。
ああ、思い出すと張り手を喰らわせてやりたくなる。サーヴァントになっても思い出せるぞ、貴様の顔は。
同じうら若き青春を、ユーゲントで過ごした腐れ縁。朝の早くから夜寝るまで、ウンザリする程に一緒にいた敵同士。
何につけても貴様とは張り合ったな。朝起きる時間、食事のスピード、学業の成績、トイレを済ませる早さ。ユーゲントの生活だとて厳しかったのに、
何日寝ずにいられるか、などと言う馬鹿もやったな。一生分の時間を、その下らない争いに費やしたような気がしたよ。お前はレーベンスボルン、私はSAに行って、別々の進路を選んで。もうこれっきりだと思って清々した。
「どうしようもない下種で、屑で、女の腐った奴と思った事だとて一度二度じゃないが、それでも、ハイドリヒ卿の御許に導かれたのなら、また、あの時みたいに喧嘩してやっても良いとは、少しは思ったよ」
ククッ、と口元を歪め、苦笑いを浮かべながらエレオノーレは言った。
「だが、よりにもよって、別の淫売を宛がってくれるとはな。やってくれたなブレンナー。貴様はそんな風だから――」
大淫婦(バビロン)と呼ばれ、他の団員からも嫌われ、疎まれるのであろうがよ。
「太陽に近づかれては、拒めない、か」
ゆっくりと瞳を開け、紅色の瞳をユリカに向けるエレオノーレ。
あいも変わらず苛烈な光を、眼球の奥底に湛えていたが、不思議と、その表情は穏やかだった。
「成程、貴様が正しい。この世界に、太陽に求められ、差し伸べられた手を払い除けられる者は、いないのだ」
そう、何せ、自分がそうだったのだから。そうと続けたかったが、其処は、意思の力で抑え込んだ。
憧れが向けて来た手は、握ってやりたくなる。あの時、何かの間違いで自死すら選びかねなかった自分の下に現れたラインハルトは、
軍人として最早これまでと自分自身ですら思っていたにも関わらず、自分を誘ったのだ。それが修羅の道であろう事は、解っていた。
だがそれでも、その手を払い除ければ、後悔する事も解っていた。だから彼女は、選んだのだ。黄金の獣の鬣になる事を、爪牙になる事を。
永劫、その御許でラインハルトの発する熱に焼かれ続け、その威光を浴び続ける道を、迷いなく。幸福であると信じたのだ。
「私は太陽に焼かれ続ける事をこそ至福と捉え、其処に近づこうと必死になったが……。お前もまた、そうなのだろう」
「そうよ。もう、冷たくて暗い場所なんて嫌。地上に太陽なんてもうないの。だから私は、地獄の底の太陽に向かって、走って行くの」
ああ糞、とエレオノーレはむかっ腹が立ってきた。
何だこの女は。紛う事なき淫売で、自分とは徹底して反りが合わないと思っていたのに。男の愛と庇護がなければ、立っていられない程に弱くて女々しい小娘だと言うのに。
何でこうも、肝心の魂の部分が。
抱く願いを、否定出来ないのか。そんな事、私自身が良く分かっている。人種も違う、生きた時代も違う。まして、生き方だってまるで違う。
だが、同じなのだ。赤騎士(ルベド)と呼ばれ、恐れられたこの私と、この淫売は――根の部分が、同じであるのだ。
――同族嫌悪、か――
まるで鏡合わせ。
成程、聖杯戦争とはただバディをランダムで組むだけじゃないのか。似た者同士を、勝手にマッチングしてくれるのか。
舐めた事をする。貴様も絡んでいるのか副首領(メルクリウス)。だとするのならば、貴様も殴ってやりたくなったな。
「恐るべき炎が周りを取り囲む館に囚われたブリュンヒルデと、それを救いに行くシグルド……か」
「? 何故ワーグナーを?」
ドイツが産んだ天才作曲家。
後世に於いて絶大な影響を与えた音楽家であり、かのアドルフは、総統を目指す遥か以前の、貧乏作家だった時代、貧窶を極むる状態である事を事実として認識しつつも、
ワーグナーのオペラに足繁く通っていた程のワグネリアンであった事は有名な話だ。そして、エレオノーレが口にした言葉は、そのワーグナーの最高傑作。
ニーベルングの指輪のシーンの一つだった事を、ユリカは知っていた。シグルドは英雄、ブリュンヒルデは囚われの姫であり、戦士達の身体と心を癒すワルキューレだった筈だ。
「何だかんだ言っても、私も、ニーベルングの指輪は嫌いじゃない事を、思い出しただけだ」
ワーグナーが楽劇の王である事については異存はないし、ニーベルングの指輪が名作である事も異論はない。
だが、琴線には触れない作品だなと、嘗て黒円卓のメンツの中にヒムラーやハウスホーファー、ルーデル達が所属していた頃、付き添いで観に行って、退屈だった事を思い出す。
今は、少々見方を変えられる。成程、考え方を少し変えた今なら、少しばかりは、良い作品だったと、思う事に、思い直す事にしたのだった。
だが――
「待つだけの女など私は認めん。黄金は、手足をちぎれんばかりに動かす者にのみ微笑む」
瞳に、剣呑な光が宿った。覚悟を問う目。
「殺せるか? 人を。己を殺そうとする者を、殺り返せるか?」
「――殺るわ」
目を、ユリカは逸らさなかった。愛する者を、思う目。
「私は、世界で一番旦那を愛してる、早く出会ってハメ倒したい淫売だから」
「ならば、大変に不服だが使われてやる」
剣呑な笑みを浮かべ、エレオノーレは言った。
「私は、永遠に炎に抱かれて焼かれていたい、永遠の処女(こども)であるから」
「お熱い相手がいるのね」
「下種の勘繰りは命を縮めるぞ、馬鹿者め」
ユリカの事は少しは認めてやるが、其処だけは間違われると怒る。
リザにしてもそうだが、女は愛と恋とだけに、熱を上げる訳では、ないのであるから。
「貴様の決意は兎も角、戦争に組み込まれる人間としては落第だ。地力が足りん。今日この瞬間から開戦まで貴様を鍛えてやる。荒療治だが、多少はマシな新兵にはしてやるよ」
「狂四郎との逃避行にも?」
「それが楽に思える位、私の訓練は厳しいぞ」
「やるわ。だったら、階級で呼んだ方が嬉しいでしょう? 最終的な階級は?」
「少佐だ」
率直に凄いと思った。見た所エレオノーレの年齢は、かなり若い。二十代の後半位にしか見えない。
その年齢で佐官にまで、しかも女性の身で上り詰めるとは。かなりの切れ者かつ有望株、そして有能な人物でなければ、到達し得ぬ階級であった。
「親切ですね、少佐。さっきまではあんなに手厳しかったのに」
「よく思えば、貴様より酷い淫売との腐れ縁があった事を思い出しただけだ。アレに比較すれば、まだ貴様は良い」
「でも、訓練じゃ私、出来が悪いわよ。拳銃だって扱い全然下手だし」
「……」
一瞬だけ、遠い目をするエレオノーレ。
脳裏に思い浮かんだのは、黄金色の髪を、自分のように後ろに纏めた嘗ての部下。
戦乙女の仇名を貰っておきながら、どうしようもなくダメだった女であり、頭の悪い駄犬のように、自分に付き従ってきた女。
「……不肖の娘の相手も、慣れているよ」
ブレンナーと言い、キルヒアイゼンと言い。
私の周りには、思えば、ロクな女がいなかったなと。普段葉巻を忍ばせている所をまさぐりながら、エレオノーレは思った。
「先ず最初の指令だ、葉巻を調達しろ」「……パシリ?」、葉巻が、ないのであった。
【クラス】
アーチャー
【真名】
エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルク@Dies irae
【ステータス】
筋力C 耐久A++ 敏捷B 魔力A++ 幸運A 宝具A
【属性】
混沌・善
【クラススキル】
対魔力:A
魔力への耐性。ランク以下を無効化し、それ以上の場合もランク分効力を削減する。事実上、現代の魔術師ではアーチャーを傷つける事は出来ない。
単独行動:A+
マスターからの魔力供給を断ってもしばらくは自立できる能力。このランクならば、宝具の使用などの膨大な魔力を必要とする場合ではない限り単独で戦闘できる。
【保有スキル】
エイヴィヒカイト:A
極限域の想念を内包した魔術礼装「聖遺物」を行使するための魔術体系。ランクAならば創造位階、自らの渇望に沿った異界で世界を塗り潰すことが可能となっている。
その本質は他者の魂を取り込み、その分だけ自身の霊的位階を向上させるというもの。千人食らえば千人分の力を得られる、文字通りの一騎当千。
また彼らは他人の魂を吸収し、これを自己の内燃エネルギーとして蓄えられると言う都合上、魔力の燃費が極めて良い英霊にカテゴライズされていて、
具体的には、余程ノープランな運用をしていない限りは、魔力切れのリスクがかなり低いと言う事。
肉体に宿す霊的質量の爆発的な増大により、筋力・耐久・敏捷といった身体スペックに補正がかかる。特に防御面において顕著であり、物理・魔術を問わず低ランクの攻撃ならば身一つで完全に無効化してしまうほど。人間の魂を扱う魔術体系であり殺人に特化されているため、人属性の英霊に対して有利な補正を得るが、逆に完全な人外に対してはその効力が薄まる。
魔力放出(炎):A+
武器ないし自身の肉体に魔力を帯びさせ、瞬間的に放出する事によって能力を向上させる。
自在にオンオフが可能であり、オンの状態にした場合、アーチャーの一挙手一投足は勿論、彼女が産み出した道具による攻撃の全てに、炎の発生がエンチャントされる。
銃器創造:A
努力で身に着けた能力。アーチャーは向こう側にストックされている、当時のナチスで用いられた火器及び重火器を、それを扱う兵団ごと引きずり出す、或いは再現し、
これを行使する事が出来る。ランクAは、戦車砲や高射砲、地雷に手榴弾にメッサーシュミットなど、極めて広範な火器・重火器、果ては爆撃機までをも再現する事も出来る。
またこれらの武器は、サーヴァントが産み出した兵装の為、勿論神秘を保有している為他のサーヴァントにもダメージが与えられるし、そもそもその威力からして、魔人であるアーチャーが産み出した物の為、格段に威力及び規模が跳ね上がっている。
修羅への忠:EX
生涯をかけて、傍に仕える。永久に、その光に焼かれ続ける。それを選んだアーチャーの、絶対の忠誠。
高度な精神防御として機能する他、極限域の鋼鉄の決意、勇猛、戦闘続行スキルを兼ねた複合スキル。
いや愛じゃないの?と突っ込むと昔程じゃないとは言え滅茶苦茶怒るから気を付けような!!
【宝具】
『極大火砲・狩猟の魔王(デア・フライシュッツェ・ザミエル)』
ランク:A 種別: レンジ: 最大補足:
聖槍十三騎士団黒円卓第九位であったアーチャーの操る聖遺物。武装形態は武装具現型。
素体は第二次世界大戦でマジノ要塞攻略のために建造された80cm列車砲の二号機。
その運用には砲の制御のみで1400人、砲の護衛や整備などのバックアップを含めると4000人以上もの人員を必要としたとされる文字通り『最大』の聖遺物。
幅7m、高さ11m、奥行き47mというあまりの巨大さのため殆ど形成されず、普段は空中の魔法陣から炎熱の砲弾を発射する活動位階の能力のみが使用される。
ただし、戦略兵器として造られた来歴に違わず、活動位階での運用でもその火力は、サーヴァントになった現在でも、容易く耐久に鳴らした相手を死傷させるほどに強力。
近代の物ほど神秘が薄く、宝具としてのランクが低いと言う原則に則って考えれば、異様に宝具ランクが高いが、事実、この宝具の本来のランクはE相当に過ぎない。
にも拘らずこれだけのランクを誇るのは、生前のアーチャーがこの宝具を使って多くの人間の魂を簒奪して来たからに他ならず、言ってしまえばこの宝具のランクは魂の量のランク、という事になる。
『焦熱世界・激痛の剣(ムスペルヘイム・レーヴァテイン)』
ランク:A 種別:対軍~対国宝具 レンジ:常時拡大 最大補足:常時拡大
創造位階・覇道型。
能力は『標的を着弾の爆発に飲み込むまで爆心地が拡がり追いかけ続ける』と言うもの。聖遺物である極大火砲・狩猟の魔王から発射された砲火が着弾した瞬間、宝具は発動する。
例え爆心地からの逃走を果たしたとしても、対象に着弾するまでその爆心が燃え広がり続ける。やがて地上に逃げ場は消え去り、対象は焼き尽くされる他ない必中の業。
絶対に当たるとはこう言う事、何処まで逃げても追い続け、星の全てを爆心地が多い尽くすまで、熱が止まらないと言う事なのだ。
『焦熱世界・激痛の剣(ムスペルヘイム・レーヴァテイン)』
ランク:EX 種別:対人宝具 レンジ:- 最大補足:-
創造位階・覇道型。上述の宝具はアーチャーの有する宝具である事は間違いないが、真の切り札ではない。此方の方が本当のワイルドカード。
『黄金の輝きに永劫焼かれていたい』と言う、アーチャーの渇望の
ルールを具現化した覇道型の創造。
能力は『逃げ場の一切ない砲身状の結界に対象を封じ込め、内部を一分の隙間もなく炎の壁で焼き尽くす回避不能の絶対必中の攻撃を放つ』と言うもの。
絶対に逃げられず、絶対に命中し、総てを焼き尽くす炎が凝縮した世界。
対象と自身をドーラ列車砲の800mmの砲弾が走り抜け長さ30mに達する砲身内部……を模して展開された固有結界に取り込み、逃げ場なく己と相手を燃やし尽くす。
発動すると紅蓮の炎が周囲を包み込み始める。一度発動してしまえば、1秒以下の速度で酸素が消滅し、隠れ場所も存在しない場所の為、
ただ一寸の隙間すらなく業火のみが埋め尽くす溶鉱炉と化す。その様相は正に、あらゆるものが沸騰し、溶岩の数百倍を上回る熱風が吹き荒れるムスペルヘイムそのもの。
また固有結界内の炎は当然アーチャーは自在に操ることが可能で、着弾と共に弾ける炎弾を撃ちだしたり、念を込める事で炎を凝縮させた、
摂氏数万度に達する炎の槍を砲弾の勢いで放つ。さらにその火槍を雨のように降り注がせる、と言った小回りすらも利くのである。最大火力で極炎の砲弾はの燃焼とその威力は、核に等しい熱量ともなる。
逃げ場がないとは、こう言う事。必殺とは、即ち之也。
初めから逃げ場などない空間を展開し、相手を殺せる程の熱量の一撃を、飽和するが如き勢いと数をぶち込んで、殺すまで攻撃し続ければ良い。
真の絶対必中、絶対必殺が具現化した、アーチャーの究極の宝具。それが、これと言う事になる。
【weapon】
剣:
普段は銃を用いた攻撃をする事が多いが、実際は剣術に於いても恐ろしい程の達者。取るに足らないサーヴァントであれば、相手がセイバークラスであっても圧倒する。勿論、格闘術に於いても類まれな実力を発揮する。
【人物背景】
処女
【サーヴァントとしての願い】
ない。手に入れた聖杯は、ハイドリヒ卿へ献上する。
【マスター】
小松由利加@狂四郎2030
【マスターとしての願い】
狂四郎と出会う
【weapon】
【能力・技能】
プログラマーとしての知識:
本来ユリカは、M型遺伝子にかなりの割合の異常を抱えているのだが、それでも彼女が公務員としての地位を得られているのは、
天才的なまでのプログラミングの知識があるからに他ならない。超高度演算装置などの修理すらも、彼女は可能としている。
【人物背景】
淫売。
【方針】
聖杯の獲得には乗り気。殺す覚悟もある。が、それは向かってくる相手のみでありたい
【人間関係】
エレオノーレ→ユリカ
淫売。ロクでもない女だと思っているし、色ボケしてるとも思っているが、リザやベアトリスと何処か被ってしまい、どうにも切り捨てられない。精液臭いから風呂に入れシャワーを浴びろ
ユリカ→エレオノーレ
サーヴァント。恐ろしい相手だと思っているが、面倒見は良いのだろうなとも推測している。その服装気合い入り過ぎじゃない?
ベアトリス→エレオノーレ
少佐なんか私に対する扱いよりも優しくないですか!? 差別ですよ差別!!
リザ→エレオノーレ
大分丸くなったみたいで貴女にビンタした身として鼻が高いわ……
ラインハルト・ハイドリヒ→エレオノーレ
最も信頼する部下の一人。鬣の一本だなどとは謙遜が過ぎる、私の代理人でも良い位だ。話は変わるがこの駄菓子は中々美味いなカール
最終更新:2022年07月12日 23:03