櫛森遥香は、夢を見ていた。
竜の顔が付いた、真っ赤な船に乗って、広い広い海を渡る夢。
その船はお世辞にも大きいとは言えないが、優れた緑帽子の船長によって、どんな波を受けても大きく揺らぐことは無かった。
揺りかごの様で昼寝をしている赤ん坊のような、安らかな気持ちになる。
見上げると、青一色の空をバックに、空を飛ぶウミネコが見えた。
やがて、島が見えてくる。
近付くにつれ、徐々にシルエットから実体を帯びてくるその島は、彼女が良く知っている場所だった。
良く知っている場所と言っても、浜の方から海を見るばかりで、海から浜の方を見たのはこれが初めてだ。
季節は冬だからか、観光客はほとんどいない。
その浜の、さらに向こう側で、自転車を漕いでいる人を見つけた。
ずっとずっと遠くにいたが、それが誰なのかすぐに分かった。
「お兄ちゃん!!」
声が届かないくらい遠くにいたけど、それでも声を張り上げる。
向こう側から、トラックが走ってきている。
それでも、彼女の兄はブレーキを切ることは無い。むしろ、一層加速させていく。
「お兄ちゃん!!!」
その声を張り上げ続ける。
お腹の中から声を出すのが、こんなに難しいことだなんて思ってもいなかった。
「マスター!!マスター!!」
緑帽子の少年の、少し高めな声で、彼女はハッと目を覚ました。
見慣れない天井が目に入る。
窓からはこれまた見慣れない、都会の景色が広がっている。
ここは彼女の家ではない。場所も鎌倉ではなく東京。
地理的にはさほど離れてはいないが、随分と遠くに来てしまったような気がした。
「うなされていたよ。大丈夫だった?」
夢の中で見た、金髪で猫目の少年が、心配そうに声をかける。
その態度は、彼女より年下なのにも関わらず、彼女の兄を彷彿とさせた。
「大丈夫よ。ライダー。それより着替えてくるから、放っておいて。」
彼女は1人で洗面所へ向かい、寝汗でぐしょぐしょになったパジャマを脱ぎ捨てる。
顔を洗い、歯を磨いて、寝ぐせでボサボサになった髪を整える。
私服に着替えて洗面所から出ると、部屋に良い匂いが漂って来た。
「おはよう。マスター。朝ご飯にスープを作ったけど、食べる?」
「そうするわ。ありがとう。」
ライダーのマスターに催促されて、食卓に置かれた黄色いスープを一口啜る。
刻んだ香草の匂いが鼻孔をくすぐる。
口の中に、ふんわりとした甘い味が広がり、頭を活性化させる。
寒い季節だというのもあり、全身が暖かくなっていくような気がした。
どこか母親が作ってくれたスープのような味がした。
「ありがとう。マスターは料理も上手なのね。」
「この世界はボクがいた島より、食材が充実してるからね。」
東京という町は、ライダーのサーヴァントから見ると、極めて異例な場所だった。
彼が元居た島より異様なほど広く、それでいて鉄の動物が所狭しと走り回っている。
店の数は商人の島と言われたタウラ島よりはるかに多く、見たことのない物を売っている店も両手で数えきれないほどある。
そのため、スープを作るのにしても、どの食材を買うべきか苦労した。
結局、いくつかの野菜や調味料を混ぜて作ってみて、彼の祖母が作っていたものに似た味の物を彼女に出してみた。
元々彼がいた世界の人々は、点々とした島の上で生活を営んでおり、海と陸の比率は、七対三どころではない。
現実で言うなら、島国というよりも群島国家といった方が近いぐらいだ。
この聖杯戦争の舞台と同じ国出身のマスターに、この世界について教えてもらうことでようやく事なきを得たぐらいだ。
だが、彼が驚いたのは、彼女の世界の地理的情報ではない。
「ごちそうさま。」
遥香はスープを飲み終わった後、皿を流しの下に置く。
あのスープは、彼女にとって美味しいか不味いかで言えば、間違いなく美味しかった。
けれど、彼女の心を満足させるものではなかった。
彼女の心を満たすのは、どんな豪華な料理でもなく、兄と母とで食べる料理なのだから。
「良かったら、お昼も作ろうか?いくつか本も読んだし、この世界の料理も作ってみるよ。」
そんなライダーの何気ない言葉を聞いて、彼女はあるやり取りを思い出した。
――じゃあ、行ってくるな
――お兄ちゃん
――何だ?
――お昼には、帰ってくるんだよね?
――ああ。昼飯は、みんな、一緒に食べよう
――うん。じゃあ、行ってらっしゃい
――おう。
あの時、彼女は分かっていた。
兄はもう戻ってこないのだと。
それでも、見送った。見送ることしか出来なかった。
「作らなくていいよ。その代わり、私に協力してくれない?」
「キミが望むなら、ボクは戦うつもりだよ。」
強いまなざしで彼は答えた。
「いいの?」
彼女がやろうとしていることは、すなわち戦争に参加するということだ。
それが褒められたような行為ではないのは、彼女自身も分かっている。
けれど、罪を犯すこと以上に、何も出来ないまま大切な人を失うのが嫌だったのだ。
もしも自分が、父がもうじき死ぬことを兄に伝えていれば、兄は父を殺さなかったかもしれないから。
もしも自分が、罪の意識に苦しむ兄の気持ちを分かち合えば、兄は遠くへ行かなかったかもしれないから。
彼女は、かつての物語では観客でしかなれなかった自分から変わろうとしていた。
「囚われている妹を助けるのは、ボクの役目さ。実の妹じゃなくてもね。」
噛み合わない会話。
けれど、事実として、櫛森遥香は囚われている。
魔獣島の牢獄に囚われていたライダーの妹アリルの様に、物理的に囚われている訳では無い。
しかし、彼女の心は、もっと真っ黒で悲しい何かに囚われている。
それはライダーにも分かっていた。
「ボクは認めたくない。家族を守るために戦うことが間違っているなんて。」
ライダー、リンクの物語も妹を助けようとしたことから始まった。
彼が12歳の誕生日、妹アリルが怪鳥ジークロックに攫われてから、初めて故郷の島を出た。
そして冒険の果てに、海に沈んだハイラルの王や海賊テトラの協力も経て、妹を助けた。
そして風の勇者として大成し、妹を攫った怪物の裏にいた魔王ガノンドロフを討伐した。
始まりはマスターの兄と同じで、終わりはマスターの兄とは真逆だった。
だから、妹を守るために戦った兄が、悪として裁かれなければならない彼女の世界を、受け入れられなかった。
この世界は、マスターのいた世界に似た姿をしている。
けれど、力がモノを言う構造は、ライダーの世界に似ていた。
だから一人のマスターは、この世界ならば兄のしたことが肯定されるのではないかと思った。
「ありがとう。お兄ちゃんの為に協力してくれて。」
「けれど、一つだけ言っておきたいことがある。ボクが剣を振るうのは、相手がどうしようもない悪の時だけだ。」
聖杯戦争で戦わないということと、聖杯を手に入れるということは相反する。
ライダーの発言に、遥香は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。
「もしもこの戦争に参加するのが少し前なら、違っていたかもしれない。」
旅の果てに、妹を故郷に返した後、彼が選んだ道は故郷で人生を終わらせることではなく、再び海に出て、新天地を見つけることだった。
彼は家族だけではなく、旅の間に知らない生き物や建物を見て、世界の広さを風の勇者ではなく1人の人間として、味わいたかった。
「気になるんだ。この戦争にいる人が、どんな願いを叶えてもらおうとしているのか。」
彼としては、マスターの願いも大切だったが、新天地で出会う者も気になった。
「もし聖杯に似合う人がいるなら、その人に乗り換えるってこと?」
「違う。でもボクは、マスター1人の為に全てを捨てきることは出来ない。」
彼は風の勇者リンクだから。
1人の人間の為に全てを殺し尽くすことも、傷付けることも出来ない。
「分かった。でも私を守って。お兄ちゃんに会えるその日まで。」
マスターはライダーに手を出す。
「それは任せて。君の兄にはなれないかもしれないけど、やり通してみせるよ。
風の勇者ではなく、一人の兄としてね。」
2人で握手を交わす
かつてアリルの手を掴み損ねた時と違い、今度はきちんと握れた。
(ねえ。お兄ちゃんがしたことってさ。正しくなかったかもしれないけど……
間違ってもいなかったよね。)
【クラス】
ライダー
【真名】
リンク@ゼルダの伝説 風のタクト
【ステータス】
筋力B 耐久C 敏捷C 魔力D 幸運C 宝具EX
【属性】
善・中庸
【クラススキル】
騎乗:B
海賊船、小型船、漁船など、船関係の騎乗ならば右に出る者は無し。
その反面、動物の騎乗は不得手。
対魔力:B
魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。
大魔術、儀礼呪法等を以ってしても、傷つけるのは難しい。
また、タイミングが合えば彼の盾「ミラーシールド」で跳ね返すことも出来る。
【保有スキル】
単独行動:C
マスターからの魔力供給を断ってもしばらくは自立できる能力。
ランクCならば、マスターを失ってから一日間現界可能。
怪力(B) 一時的に筋力を増幅させる。本来ならば魔獣にしか適用されないスキルだが、「パワーリスト」によって、巨大な岩でさえも持ち上げられることが出来る。
【宝具】
『風の勇者』
ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:- 最大捕捉:-
時の勇者の生まれ変わりで、勇気のトライフォースに選ばれた力を持っている。
風に乗って、船を動かし、海に沈んだハイラルを冒険することが出来る。
ここはハイラルではないためその力は制限されているが、風向きを変える『風の唄』、心を通わせた相手を自由に動かせる『操りの唄』、決まった場所に移動できる竜巻を起こせる『疾風(はやて)の唄』を使える。
『マスターソード』
ランクA: 種別:対人宝具 レンジ:- 最大補足:-
ハイラルに眠りし剣。勇気のトライフォースを持つ者にのみ、抜くことが出来る聖剣。
元々確かな力を持っているが、令呪を使えばその力をさらに増大させることが出来る。
その際には剣の柄の翼が開いたようになり、持っているだけで光を放つようになる。
その状態だと、いかなる結界を破ることが出来る。
【weapon】
マスターソード
【人物背景】
時の勇者」の生まれ変わりで12歳の少年。妹アリルと祖母の三人暮らしだった。
誕生日にアリルが怪鳥ジークロックにさらわれてしまい、海賊の頭であるテトラに頼んで妹を助けるために魔獣島に向かって旅立ったが、妹を助けるための旅がいつしか世界の命運に関わる旅へとなっていく。その後、時の勇者が所持していた「勇気のトライフォース」の持ち主として、風と共に大海原を駆け巡った事から「風の勇者」となってガノンドロフとの最終決戦に挑み、見事にガノンドロフを倒す。その後のエンディングでは新天地を目指すためにテトラ達と共に旅に出る。
【サーヴァントとしての願い】
聖杯はマスターの為に欲しいが、悪人以外殺したくはない。
【マスター
櫛森遥香@青の炎
【マスターとしての願い】
もう一度お兄ちゃんに会い、家族3人で幸せな暮らしを取り戻したい。
【weapon】
特に持たない。
【能力・技能】
身体能力も知力も歳相応で、特に逸脱したところはない。
あるとするなら、何があっても気遣える優しい心か。
【人物背景】
優秀な兄を持つありふれた妹。
それゆえ、彼の苦しみを背負うことは出来ず、彼の殺人も止めることが出来なかった
※本編終了後の参戦です。
【方針】
兄の様に戦う。
たとえ自分の手を汚すことになっても。
最終更新:2022年07月17日 01:07