異界都内某所。
マンションの一室にて。
12帖ほどのフローリングの部屋に作業台のような机が並んでいた。
部屋の周囲には本棚が並んでおり、その上には資料や漫画と言った本やキャラクターの人形が飾られており雑多な印象を受ける。
外の光を届ける窓は分厚いカーテンによって閉め切られ、昼だと言うのに僅かに薄暗い。
どこか息苦しさを感じるのはその薄暗さよりも、一番奥の作業机に鎮座る男が放つ雰囲気によるものだろう。
ボサボサの長髪を後に括り、薄後汚れたTシャツにGパン。
自分の身なりになど興味ない、と言うよりそんな事に気に掛けるよりも優先すべきことがあると言った風貌である。
部屋に響くのは男が一心不乱に筆を奔らせる音だ。
まるで命を削るような鬼気迫る様子で机に向き合い、その音だけを響かせていた。
戦いの様な有様、いや男にとって正しく戦場は机の上に広がっているのだろう。
「……なぁ。いい加減、戦いに出てもいースか? マスター」
そこに部屋の片隅から声がかかった。
退屈そうに椅子に座っていた少年が自信を示すようにコキ……と腕を鳴らす。
平凡な顔つきの少年だが、その額には勾玉のような文様が刻まれている。
黒いパーカーの上に白い羽織を纏い、その腰元には日本刀らしき柄が差されていた。
「…………すまないセイバーくん。俺には戦いよりもやるべきことがあるんだ」
謝りながらも、男は手元の原稿から視線を背けることなくペンを奔らせ続ける。
男がそこまでの情熱を注ぎ手掛けている物――――それは漫画だった。
何か拘りるのだろう、作画はデジタルではなくアナログによるもので、一筆一筆に魂を込める様に腕を動かし続けている。
そんなマスターの背中を見ながら、サーヴァントは露骨に溜息をつき、どうにもならない気持ちを乗せて椅子を回転させた。
聖杯戦争に参加するマスターであるからには、何か願いがあるはずである。
だというのに、このマスターは願いに背を向けて机に向き合っていた。
戦うために呼ばれたサーヴァントとしては不満の一つも沸くという物である。
どうしたものかという空気が流れたところに、ガチャリと玄関から鍵が回る音が聞こえてきた。
続いて錆び付いた玄関が開かれる重々しい音がゆっくりと響く。
「た……ただいまー……」
どこか自信なさげな声と共に玄関から現れたのは、両手にパンパンのスパーの袋を抱えた黒髪の少女だった。
和風の民族衣装のような衣服に身を包み、ショートカットの両脇に垂れる後れ毛を鳥の羽のような髪飾りで縛る。
目が覚めるような美人という訳ではないが、素朴な田舎娘と言った風な愛らしい少女である。
「お……遅くなってごめんね。言われた通り、しょ…食材買ってきたから、こ……これからご飯作るね」
そう言って少女が両手に抱えたスーパーの袋を降ろすべくキッチンまで足を運んだ。
もたもたとした足取りの少女の脇から、見た事もない犬種の大型犬が室内へと滑り込んで来くる。
機械犬は少女の護衛として同行していたのか、部屋に戻るなり主人である少年の元に駆け寄って行き嬉しそうにニャンと鳴いた。
犬の頬には何やら紋様らしき記号が刻まれており、機械のようなフォルムからして通常の生物ではないのは見て取れる。
「あっ。マ……マスターさん、お借りしていた財布……」
「ああ。そこに置いて……」
原稿の手を止めず少女に応えるマスターの言葉が言い終わる前に、玄関から今度は呼び鈴が鳴らされた。
少女がどもりながら「はーい」と返事を返して、慌てた様子でばたばたと玄関に向かう。
来訪者と少女のやり取りがややあって、玄関から戻ってきた少女の手には重ねられた重ねられた盆が抱えられていた。
「で……出前の人だったけど、こ……これって……?」
「へへっ。実はこっそりかつ丼とうどんのセット頼んじゃってました!」
してやったりと言う顔で少年が言って、少女から自分とマスターの分のかつ丼セットを取り上げる。
両手にそれぞれかつ丼セットの乗ったお盆を持ってマスターの元に向かうと、横から机の上に差し出す。
「マスター。食べようぜ」
「俺は……いいよ、かつ丼なんて食べる資格がないから…………これだけ貰うよ」
そう言ってセットから付け合わせの漬物だけをを受け取ると浅漬けをボリボリと食べる。
かつ丼を食べるのに何の資格がいるのか、碌な食事をとらないことに何の意味があるのか。
本人にしかわからないその拘りに、少年と少女は不思議そうに目を合わせる。
「け……けど、た……食べないと体に毒です」
この異界東京に来て以来、ろくに食事をとっていない。
漫画を描くという行為は男にとってそれ程の決意と覚悟が秘められた行為なのだろうか。
狂気すら感じさせる執念と情熱を注ぎ一心不乱に原稿に向き合っている。
「いいや、それよりも――――――」
男にとって為すべきことは異世界であろうとも変わらなかった。
犯してきた罪。その贖罪のため彼の為すべきことは一つ。
それは、
「この―――――ホワイトナイトを世界に届けないと」
漫画家志望であった男、佐々木哲平には罪があった。
創作者が決してやってはいけない、盗作と言う罪だ。
無論それは彼の意図したモノではない。
落雷を受けた電子レンジに未来のジャンプが届く。
そんな夢みたいな荒唐無稽な出来事が起きるなど普通は思わない。
だからそれを夢だと思いこみ、そのジャンプに書かれていた漫画を自身から出たアイデアとして描いても仕方ないと言えるだろう。
それが夢でなかったと気づいたころにはもう手遅れだ。
一度世に出てしまった瞬間、本来の「ホワイトナイト」は失われ、そのアイデアは哲平の物となった。
この稀代の名作が世界からなくなってしまう。
哲平は漫画を愛するが故に、それだけは許せなかった。
知らなかったでは許されない。
ホワイトナイトを世に出してしまった責任を取るには、その真実を知る哲平がゴーストライターとして代筆を続けるしかないのである。
例え世界が変わろうとも彼のなすべきことは変わらない。
この異界東京都でも、電子レンジには10年後のジャンプが届き続けている。
これではまるで神の意志が続けろと言っているようではないか。
そんなマスターの事情など知らぬサーヴァントたちはよくわからないと言った風な顔で首を傾げた。
「よくわかんないけど、願いがあるんならそれこそ戦って聖杯に願えばいいんじゃないの?」
「ッ! ダメだッ!!!!」
軽い調子で投げかけられた純粋な疑問を怒声が遮る。
ダンと机に叩きつけられた拳は震え、その激情を滲ませていた。
「……それじゃ…………ダメなんだ!」
贖罪はこの手で果たされなければならない。
都合のいい願望機に願ったところで、彼の贖罪は果たされない。
故に、哲平は原稿に向き合うしかないのである。
話は終わりだと言わんばかりに戦いに背を向け黙々と原稿に取り掛かった。
言葉の届かぬその様子に、サーヴァントたちは黙って見送る事しかできなかった。
○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
少年と少女、そして犬の二人と一匹は閑散とした朝方の街を歩いていた。
出で立ちからして現代の東京にそぐわない奇妙な一行であるのだが、聖杯戦争の開催されたこの異界東京においては見ようによってはマスターとサーヴァントというありふれた一行なのかもしれない。
「い……い……いいの八丸くん…………?」
少女が少年――八丸におずおずと尋ねた。
「いいって何が?」
「マ……マスターさんは、た……戦う気はなさそうなのに……か……勝手に」
原稿に勤しむマスターを一人置いて、八丸たちは表に出ていた。
言うまでもなく完全なる独断専行である。
マスターの意向を無視したサーヴァントとしては失格の行動だろう。
「大丈夫だって! 聖杯戦争なんだから戦わい方がおかしいんだから。
マスターがどう思おうが、戦うかどうかはオレが決めることにするよ」
八丸は戦うと決めた。
少なくとも聖杯戦争の参加者としては正しい行動である。
かといってマスターの事を全く考えていない完全なる身勝手という訳でもない。
勝利すればマスターの願いも叶うのだ。
よくわからない拘りを見せていたが、勝利することがマスターのためにならないはずがない。
少なくとも八丸はそう思っていた。
「それより、アン。真名じゃなくセイバーって呼んでくれよな。真名がバレちゃうよ」
「あっ。そ……そうだね。け……けど、私や早太郎はどうすれば…………?」
「あぁ……確かに。じゃあ、これからアンの事は姫って呼ぶことにするよ」
などと会話をしながら朝靄の晴れ始めた道を行く。
だが、このやり取りには一つ大きな勘違いがあった。
彼を召喚したマスターは原稿にばかり集中して彼とろくに向き合っていたにために発生した、本来であれば起こりえない勘違いである。
それは八丸と呼ばれたこの少年、その正体にある。
他ならぬ当の八丸自身ですら認識を誤っていた。
彼のクラスはセイバーではない。
八丸は武神・不動明王によって創られた存在。
世界を滅びから救うパンドラの箱そのものである。
すなわち、彼のクラスはセイバー(剣使い)ではなくセイヴァー(救世主)である。
本人ですら自覚はないが、その宝具は全ての争いを終わらせる力を持っていた。
「よーし! 行くぞー!!」
「お……おーっ」
「ニャン!」
手を上げて意気揚々と戦いに挑むサムライたちの結末は果たして。
【クラス】
セイヴァー
【真名】
八丸@サムライ8 八丸伝
【ステータス】
筋力:D 耐久:EX 敏捷:D 魔力:E 幸運:E 宝具:EX
【属性】
混沌・善
【クラススキル】
カリスマ:E
軍団を指揮する天性の才能。統率力こそ上がるものの、兵の士気は極度に減少する。
対英雄:D
英雄を相手にした場合、そのパラメーターをダウンさせる。
ランクDの場合、相手のいずれかのパラメーターを1ランク下げる効果がある。
反英雄には効果がない
【保有スキル】
鍵侍:-
「ロッカーボール」と適合し肉体をサイボーグかした人間の総称。
宇宙空間でも行動可能で、霊核を破壊されても消滅しない。「勇」や「義」を失った時に発生する「散体」という現象が起きない限り消滅することはない。実質的な不死身。
「義」を失ったかどうかは本人の認識によって判定されるため、傍から見て生き恥のような状態であっても本人が負けを認めなければ「散体」することはない。
三身一体:C++
侍、キーホルダー、姫は三つで一つの存在であり、いずれかが召喚された場合に残りの二つも必ず同時召喚される。
三体が一つになった時、本当の力が発揮され、絆の強さに比例してステータスが上昇する。
【宝具】
『パンドラの箱』
ランク:EX 種別:対銀河宝具 レンジ:∞ 最大補足:∞
銀河を滅ぼすマンダラの箱と対になる不動明王によって創られた銀河を救う力が封じされた箱。その正体は八丸そのもの。
解放するには鍵となる7人の侍が必要となるのだが、聖杯戦争内では7騎のサーヴァントを疑似的な鍵と見立てて発動する。
発動した時点で世界は救われ聖杯戦争は終了する。
『武神再び』
ランク:EX 種別:対自己宝具 レンジ:0 最大補足:1
悟りを開いた状態で「散体」した場合に自動発動する宝具。武神である不動明王として転生する。
全てのステータスがEXとなり、神霊レベルの権能が使用可能となる。その必殺の一撃は星を消滅させる威力となる。
【weapon】
『姫』アン
『キーホルダー』早太郎
【人物背景】
「サムライ8 八丸伝」の主人公。
詳細はサムライ8を読もう!
【サーヴァントとしての願い】
「義」を守る(銀河を救う)。
【マスター】
佐々木哲平@タイムパラドクスゴーストライター
【マスターとしての願い】
ホワイトナイトを世界に届ける。
ただしそれは罪を犯した自分自身の手で行わなければならない。
【Weapon】
未来のジャンプが届けられる電子レンジ
【能力・技能】
漫画が描ける
【人物背景】
「タイムパラドクスゴーストライター」の主人公
詳細はタイパラを読もう!
最終更新:2022年07月17日 01:11