はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ。

 雲に覆われ、星も月も見えない曇天の夜。街灯と建物から僅かに溢れる光以外は、何も明かりのない道を、一人の女が全力で走っていた。
 女は聖杯戦争のマスター『だった』。同盟を組んだ二騎のサーヴァントに襲われ、彼女のサーヴァントは襲撃してきた二騎のうち、一騎を屠ったものの、その隙を突かれもう一騎に致命傷を負わされた。
 最後の力を振り絞り、自身に致命傷を負わせたセイバーを抑え込んだ、己がサーヴァントに促され、女は全力で逃走を開始したのだった。

 目的地も無く、現在位置も分からずに走り回る事5分。

 「此処は、何処?」

 左側はビルが連立し、右側は四車線の道路。それは良い。
 だが、此処は、新宿区だ。都庁も見える中央公園にも近い場所だ。
 にも関わらず、誰一人として人が居ない。
 独りだ。その事を認識した瞬間。女の全身を凄まじい疲労感が覆い尽くした。緊張しきっていた精神が、孤独感により一気に憔悴し、それを機に肉体の疲労を正常に認識で来る様になったのだ。
 ぜいぜいと息を荒げながら、道にへたり込もうとした瞬間。女は背骨が氷柱と変わったかの様な感覚を覚えて飛び上がった。

 ─────追ってくる。

 間違いなく、自分を追ってくるものがいる。
 きっとあのセイバーだ。マスターである私を、聖杯戦争のセオリーに則って殺そうとしているんだ。
 そう悟った女は立ち上がり、先程よりも早いスピードで逃走を再開する。
 涙を流し、汗を流して、暗い夜道を走り続け─────。

 「灯りだ!!」

 10m程先のビルとビルの間の路地から、明かりが溢れている。その事を認識した女は、躊躇う事なくビルの間に飛び込んだ。

 「何よ…これ」

 100m四方の広場が其処には有った。月の明かりが広場を白白と照らし、中央にある満開の花を咲かせた桜の樹と、小さな舞台を、夜闇に浮かび上がらせていた。
 今は冬だ。桜が花をつける時期ではない。今日は曇天だ。分厚い雲が月明かりを遮り、地上には一片の光も刺してはいない。
しかし、現に女の眼は、月明かりに照らされて咲き誇る花を、宙を舞う薄桃色の花弁を見ていた。

 「唄……?」

 渋い唄声が夜気を震わせている。謡曲だと女には判るはずもない。
 女の眼は必然的に舞台へと向けられる。他に何もないのだから当然だ。
 そして─────一点に吸着した。

 真紅に染め上げられた平安貴族の装束に身を包んだ男が、舞台の上で舞っていた。

 「……………」

 女は呆然と立ち尽くした。精神も肉体も現界だったところへ、あまりにも奇怪な出来事に遭遇し、現実を認識出来なくなったのだ。
 この幻妖怪異極まる光景。常であれば夢かと思うだろうが、女はこの光景を現実だと認識していた。
 舞台で一人舞う男。その男の顔があまりにも美し過ぎたから。
 夢とは見るものの記憶、或いは想念により形作られる。ならばこそこの光景が夢では無いと認識できる。これ程の美を、女は今までの人生で見たことも、思い描いたことも無い。そして、これからも。
 目が有る。耳が有る。鼻が有る。口が有る。常人と何ら変わらぬそれらが、何故こうまで美しいのか。
 時代により、場所により、人の美醜は移り変わる。五百年前の美男美女と、現代の美男美女は全く異なる容貌だ。
 だがこの男の美は、古来より不変を誇り、未来に於いても変わらずその美を讃えられるだろう。
 壮麗なる山脈が、可憐に咲き誇る花が、果てより流れ来たりて果てへと流れ去る大河が、時代を超え、異なる地に生まれた者達を魅了した様に、彼等から讃えられ、崇拝されてきた様に。
 真に普遍にして不変の美。それは、人の形をしたものが持つ事が許されるのか?もし許されたとして、それは本当に人なのか。人のカタチをした人以外のものではないのか。
 呆然と、自我を喪失し、舞手の顔を見つめ続けていた女は、いつの間にか舞台の上で舞手と対峙していた。

女よりも頭ひとつ高い長身の舞手が、視線を女に向けている。
 顔を上げた女の視線が、舞手の視線と交差した。

 なんて、深い眼なの
 なんて、澄んだ眼なの
 なんて、冷たい眼なの

 舞手の眼差しに竦んだ女を救ったのは、舞手の美貌だ。
 夜天に輝く月は至近で見れば只の荒野でしかない。遠目に眺めれば神々の住居とも見える。荘厳にして神秘なる大山脈も、足を踏み入れれば、只の岩と雪ばかりの、断崖と急峻な坂だ。
 だが、この男の美は違う。至近で見ても粗というものが見つからない。白皙の肌にはシミひとつ、皺ひとつ存在しない。
 口づけをしたならば、死者ですら感動と興奮のあまりに蘇りそうな美を誇る、血の様に紅い紅唇が動いて言葉を紡ぎ出す。発声器官を用いて空気を震わせているだけのそれが、神韻縹渺と聞こえるのは、紡がれる声の美しさの故だ。

 「此処に来た。という事は、生者でも死者でもないか、それともそういったものと縁が有るのか。お前は『さーゔぁんと』では無し、つまりは『ますたー』か」

 女は我知らず後退った。舞手の美しさに忘却し果てていたが、そもそもがこの異常な空間にいるという時点で、舞手は尋常の存在ではなかった。

 「あ、貴方も…サーヴァン…ト?」

 こう訊いたのは、やはり男の美しさの故だ。
 こんな美しい男が、この世の存在である訳がない。ならば、この世ならざる存在。サーヴァントであるという結論に至るのは、至極当然の事だった。

 「いや─────」

 舞手が応えようとしたその時。

 「此処にいたか!!」

 新たに広場に入ってきたのは、漆黒の板金鎧に身を包み、手には夜の闇でもなお輝いて見える宝剣を引っ提げたセイバーと、そのマスターで、先程の声の主だろう、黒いスーツ姿の中年男。女を襲撃し、従えるサーヴァントを葬り去った二騎の内の片割れだ。

 「サーヴァントを失ったとはいえマスターはマスターだ。此処で仕留めさせてもらうぞ」

 薄ら笑いを浮かべた中年男に何を感じたのか、女の顔が酷く歪んだ。

 「用無しは始末した。一戦で死ぬ程度のサーヴァントのマスターなだけあって、実にあっさりと殺れたよ。貴様は奴に比べれば、少しは持ったがな」

 サーヴァントという対抗手段を失ったものを一方的に嬲り殺す。その愉悦に醜く歪んだ中年男の顔に、セイバーと女は嫌悪感を露にした。

 嫌な事はさっさと済ませるに限る。とは口にこそしなかったものの、ありありと態度で示したセイバーが、迅速に行動に移る。
 滑る様な歩法で距離を詰め、女の心臓を剣で突く。出来うる限り体に傷をつける事なく、速やかに死を与える。そんな配慮のもとに放たれた一突きは、しかし、女の胸に鋒が触れる寸前で止められていた。横から伸びた二本の繊指によって。
 セイバーが咄嗟に次の行動に移れなかったのは、本気全力では無かったとはいえ、己が剣を指二本で止められたことに関してか、それとも二本の繊指の美しさに見惚れた為か。
 我に返ったセイバーが動くより早く、剣に急激な力と方向が与えられ、セイバーの身体は宙を舞った。それでも無様に転がったりせず、着地を決めて立て直したのは最優のサーヴァントに相応しい動きだった。

 「御身は……」

 一分の隙も無く剣を構え、セイバーが陶然と舞手に呟く。この美しさ、この存在感、明らかにこの世のものでは無い。
 セイバーの頬が僅かに紅潮しているのは、舞手の美しさの故だ。男であっても、人類史に名を刻んだ英雄であっても、魅了するその美よ。

 「此処は我の舞台よ。狼藉は許さぬ。失せるか、観るか、どちらかを選ぶが良い」

 妖々と告げる舞手。その全身から噴き上げる濃密な鬼気よ。直に向けられたセイバーはたじろいで一歩後ろに下がった程だ。女と中年男は、舞手の周囲に漂う鬼気を感じただけで、体温が下がり、意識が漂白していくのを感じていた。

 「こ、殺せ!!」

 中年男の絶叫。聖杯戦争の関係者だと判じたからでは無い。舞手の鬼気に竦み上がり、恐怖に耐えきれなくなったのだ。
 マスターの号令に応じ、セイバーが動く。
 一歩を踏み出し、上段からの真っ向唐竹割り。正中線に沿って舞手の身体を左右に断割する一閃は、ちょうど切先が宙天を指し示した辺りで停まっていた。
 セイバーが止めたわけでは無い。そんな事をする理由は何処にも無いのだから。それに、見よ。セイバーの驚愕と疑念の浮かんだ顔が告げている。セイバーの意図により停まったものでは無い事を。
 セイバーが感じた感触は、凄まじい粘性と靱性。硬いという訳でもなく、加える力が霧散するという訳でも無いのに、どれほど力を加えても剣を引く事も降る事もできず、剣身が空中に固着したかの様に、引く事も叶わない。

 ─────蜘蛛、か?

 セイバーは己が剣を封じたものの正体を推測した。だが、現状の打開には全く役に立たないのもまた道理。

 「我の技を悟ったか。ならば判るだろう、お前では如何ともし難いという事が。なにせ我が糸は、かつてアルゼンチンなる国で起きた山崩れ、ざっと五十万トンに及ぶ岩を、谷間に十文字に張った二筋の糸で全て吸着し、止めてしまったのだからな」

 セイバーは動けない。剣を吸着した糸がどうにもならないというのもあるが、何よりも舞手の語った内容に心を打ちのめされたのだ。

 「ば、化け物」

 セイバーが絞り出した言葉を受けて、舞手は笑った。美しく。恐ろしく。

 「良い言葉だ。やはり化け物よ、魑魅魍魎よ、そう言われて怖れられるのは、我のみで良い」

 セイバーを見る舞手の眼よ。その深さ、その恐ろしさ、その美しさ。月明かりに照らされ、自らも湖面に月を写す、極北の静夜の深い湖の如き輝きの眼であった。
 その輝きに魅入られたものは、夢見る様な面持ちで湖水へと入り、光の差さぬ深淵へと沈んでいくのだろう。
 セイバーは深く昏い水の中を、何処までも落ちていく自身を幻視した。その顔には、紛れも無い恍惚の相が浮かび─────。

 「ウ…ウゥオオオオオオオオ!!!」

 忌まわしい想像を振り払う為にセイバーが吠える。渾身の力で、否。限界をすら超えた力で剣を振るい、剣を封じる糸を切断。間髪入れずに舞手の首に横殴りの斬撃を浴びせ、首を宙に舞わした。のみならず、未だに立ち続ける首のない胴体に剣を縦横に振るい、十文字に切り裂さいた。
 明らかに過剰な攻撃は、セイバーがどれだけの恐怖を舞手に抱いていたかを雄弁に物語っていた。
 鮮血をぶち撒け、四つの肉塊となって地に転がる身体と、離れた場所に落ちた頭部を見ようともせず、セイバーは女に向き直った。

 今だ恐怖に強張った顔のまま、セイバーは剣を引く。此の期に及んでも女への配慮を忘れないのは、やはり一角の英雄だ。引かれた剣の切先は、女の心臓目掛け、不可視の直線を引いている。線に沿って剣を突き出せば、女の心臓は致命の損壊を受けるだろう。
 一息吐いて、女に死を与えようとしたセイバーは、ふと足に違和感を覚えて下を見た。
 漆黒の鋼のブーツに覆われた両の足首から先がが、流れ出たばかりの鮮血を思わせる紅に染まっていた。
 驚愕と戦慄に身体を震わせて、セイバーは必死に目を凝らす。紅いものは小さな無数の紅蜘蛛であった。
 セイバーの足元から紅い帯となって伸びる紅蜘蛛は、首の無い、四つに断割された舞手の骸へと続いておる。
 セイバーは慄きながら理解した。舞手を斬ったときにぶち撒けられた紅いモノ。あれは鮮血などでは無く、紅蜘蛛であったのだと。
 足を覆い尽くした紅蜘蛛を見たセイバーは、同時に両脚全体に激痛を覚えて絶叫した。
 脚の皮膚を噛み裂き、肉を喰い千切り、骨にまで達して尚牙を突き立てる紅蜘蛛達の齎す苦痛だった。

 「マスター!!」

 蜘蛛共を引き剥がすことは出来る。魔力放射を行えばいくら群がろうと、蜘蛛如き簡単に吹き飛ばせる。だが、蜘蛛と共に脚の肉と血も吹き飛ぶ。確実にセイバーの脚は使い物にならなくなるだろう。
 此処は離脱の一手あるのみ。まず脚から蜘蛛を剥がし、マスターに令呪の使用を乞うて脱出。
 この異常な状況下に於いて最善の行動を速やかに選択できる。確かにセイバーのクラスを得るだけはある英霊だった。

 「…………!?………………ッッッ」

 だが、マスターもまた、窮地にあった。全身を白い糸に覆われ、僅かも動かぬ。未だ死んではいないがそれだけだ。一切の行動を封じられている。
 そして、セイバーもまた。いつの間にか首や腕に絡み付いた糸により、動きを完全に封じられていた。

 「これが英霊というものか」

 セイバーは背骨が氷の柱と変わったかのような錯覚を覚えた。この声、声に含まれた妖気。確かに首を刎ね、胴を四つに斬断したあの舞手だ。
 人であれば死んでいる。サーヴァントであっても死ぬ。ならば何故生きている。
 聞き違いなどあり得ない。これ程美しい声は世に二つと有る訳が無い。これ程恐ろしい声が世に二つと有る訳が無い。
 声の方に目を向けた女が目を見開く。視線の先にあったのは、巨大な蜘蛛。女を見て微笑したのは、頭部にある舞手の顔だった。

 「よく効いた。だが、振るう技は所詮、人殺しの為のもの。これでは人や獣は殺せても、我は殺せぬ。彼奴らのものと違ってな」

 「お、お前は…お前は一体…何なのだ!?」

 セイバーの言葉は、問い掛けというよりも絶叫に近かった。

 「藤原紅虫」

 とそれは言った。

 「では、座とやらへ還るが良い」

 一気に顔まで這い上がり、全身を覆った紅蜘蛛に貪り食われながら、セイバーの眼は艶然と微笑む紅虫のその顔から、最期まで離れる事は無かった。
 繭が引き絞られ、内部のマスターが全身を圧壊された事にも気付く事なく、セイバーは魂の奥底から湧き起こる恐怖と、恐怖を上回る、紅虫の美への陶酔を抱きながら消滅した。



───────────────────

 「脆いものよ。これが英雄、サーヴァントというものか」

 余りにも現実離れした光景を目にしたからか。礼も言わずに駆け去る女に、紅虫は視線を向けることもしなかった。
 その姿は、美しい平安貴族のそれだ。先刻の人蜘蛛の姿など、まるで夢か幻であったかのようだ。

 「千年前にはあの程度の輩、そこらに幾らでも転がっておったぞ」

 千年前、と紅虫は言った。紅虫の外見は二十半ば、到底千年の時を生きたものには見えぬ。
 だが、先程の主従を葬り去った一戦を見れば、そして紅虫の美貌を見れば、誰しもがこの男ならば、一千年の時を生きていても何もおかしくは無いと思うだろう。

 「あの程度であれば、我一人で充分。とはいえ、従僕が遊んでいるにも関わらず、主人である我が働くというのは気に食わぬ」

 もしもセイバーのマスターが生きていれば、紅虫の言葉に、恐怖と驚愕のあまりに言葉を失った事だろう。
 この美しい男は『従僕が居る』と言い。自身を『主人』と言ったのだ。
 ならばこの男はマスターだというのか。セイバーを苦もなく一蹴したこの紅虫が。

 「其れにしても,彼奴め、何処に行きおった」

 「此処に居るよ。危なくなったら手を出そうかと思ってたんだけど。なにもする必要がなかったからな」

 上空から声が降ってきた。紅虫よりも若い声だ、10代半ばといったところか。

 「当然よ。この我があの様な者に遅れを取るものか。むしろあの程度の輩に我の手を煩わせた事が腹立たしい」

 声の方を見る事もなく、紅虫は声を返す。

 「うんうん。同じ一族として鼻が高い」

 声の主は紅虫の前に降り立った。歳の頃は10代半ば、膝まで届く長く伸びた白い髪と、頭部の大きなリボン、真紅の瞳が記憶に残る少女だ。

 「お前の様なガサツな者が、我と同じ一族と名乗るで無い」

 僅かながら硬くなった声で、紅虫が言う。どうも目の前の少女に対して思うところは割と有るらしい。

 「はぁ、長幼の序というものを弁えない奴だな」

 紅虫は沈黙した。痛い所を突かれたらしい。その顔は、明らかに苦いものが浮かんでいた。
 藤原紅虫。その名が示す通り、そして『千年前』という言葉が示す通り、平安の都において、藤原摂関政治が絶頂期を迎えた、藤原道長の時代に生を享けた男である。
 “向こう側”の存在と融合して産まれ落ち、長じては数多の残忍無惨な振る舞いから、あらゆる歴史書・記録より抹消された存在である。
 並のサーヴァントなど、軽く屠る魔人。それがこの藤原紅虫という男である。
 それが、この少女に対しては、妙に腰が引けているのは何故なのか。
 サーヴァントであるから、紅虫よりも強い。という単純な理屈は成立しない。
 紅虫の戦闘能力と不死性は、聖杯戦争をサーヴァント抜きで勝ち上がる事も、相手次第では可能な程だ。ましてや令呪もある以上、サーヴァントを恐れる理由が存在しない。

 「…不比等めが、娘の躾も出来ぬとは」

 理由は単純。少女が正しく紅虫の目上だからだ。少女の名は藤原妹紅。藤原紅虫よりも三百年ほど前、平城の都で藤原氏の娘として生を享け、後に不死不滅である“蓬莱人”となった存在。
 アーチャーのクラスを得て現界したサーヴァントである。 

 「一族の不始末をキッチリとつけた道長の方がマシかもね」

 紅虫は凄まじい目つきで、妹紅を睨み付けた。先刻のセイバーであれば、恐怖に駆られて後退ったろうが、平然としたものだ。

 「ああ、悪い。今のは失言だった」

 妹紅の謝罪をどう受け取ったのか、紅虫は無言で月を見上げた。

 「気に障ったか」

 「いや、昔を思い出したのよ。我が地の底深くに封じられた千年前の夜も、……あの時も、こうして月が輝いていた」

 妹紅は『あの時』という言葉が引っかかったが、敢えて流した。触れれば紅虫との関係に修復不可能な亀裂が生じる。その事が理解できたから。

 「さっきの女、マスターだろ。逃がして良かったのか」

 話題を変える為に、話を振ってみる。この自信に満ち溢れた傲慢尊大な男の答えは分かっていたが、やはり直に聞いてみたかった。

 「あの程度のものに斃される様なサーヴァントしか招けぬ女。わざわざ我が手を下すまでも無い。新たにサーヴァントを従えて再起を図ろうが、この地で生涯を終えようが、我に挑もうが、どうでも良い」

 笑みの形に口元を歪ませる紅虫の顔は、どう見ても極悪人のそれだった。見た者すべてが怖気付きながら見惚れる程に。

 はぁ。と、溜息を吐いて妹紅も月を見上げる。
 紅虫は月から来たと言っていた事を思い出し、自分は月から来た奴によほど縁が有るらしいとしみじみと思う。
 そんな事を思ったら、腐れ縁。宿敵。そういう間柄の、マスターに負けず劣らずの美しい顔─────女だが─────を思い出して、少女はわずかに顔を顰めた。

 「あいつに見られたら未来永劫笑い話のネタにされるなぁ……」

 「あいつとは、お前の因縁の相手か」

 「そうさ、月から来たかぐや姫さ」

 「ふん。蓬莱など存在せぬ。そんな地にあるというものを要求された時点で、大人しく諦めておけば良かったものを」

 「叶えたかったんだろうなぁ」

 悔しいが認めざるを得ない。後世に美女の代名詞となるかぐや姫。その美しさは、比するものなしと名を持つ男でも、抗えぬものだったのだろう。
 なにせ同性である自分でも、最初に見た時は、その姿が夜闇に輝いて見えたものだ。今隣に立つ紅虫の様に。

 「お前が戦う理由はそれか?不比等の願いを叶えてやりたいのか?」

 「いや違う」

 即答であった。

 「私に叶えたい願いなんて言われても、思い付かないし、あいつとは自分の手で決着をつけたいし」

 そもそもが、このマスターに引き合った理由は判る。だが、サーヴァントなどという立場になった理由が判らない。
 サーヴァントは生前に偉業を成し遂げた存在が、英霊として『座』へと召し上げられた存在であるという。
 ところが妹紅は死んだ覚えがない。そしてそもそもが死なない。じゃあ一体今の自分は何なのか?何かの異変か?
 妹紅は頭を振って思考を中断した。いくら考えても解らないものは、考えても仕方が無い。

 「お前には無いのか?願い」

 「……無い」

 僅かな沈黙。先だっての『あの時』と言った時の紅虫を思い出したが、これもまた流す。
 紅虫は間違い無く、何かしらの未練を持っている。だが、その未練を聖杯に願う、などという事は決してしない。それが紅虫の矜持なのか、それとも誓約なのか、それは判らない。

 「お前と同じで、決着をつけねばならぬ相手は居るがな」

 そう言った紅虫は、何処か遠くを見る様な目をした。その眼差しの先に有るのは、決着をつけねばならぬ相手の面貌なのだろう。
 そして紅虫の事だ『決着』とはつまりは殺し合いを以って着けるのだろう。

 「なら、戻らないとな」 

 ならば自分と同じだと、妹紅は思った。尤も、自分も宿敵である蓬莱山輝夜も死ぬことは無いが。

 「そうよな」

 短く紅虫は応える。

 平城と平安と、二つの都に生きた二人の藤原は、まるで散歩に赴くかの様に、聖杯戦争という戦場へと踏み込んだ。

【CLASS】 
アーチャー

【真名】
藤原妹紅@東方Project

【属性】
中立・中庸

【ステータス】
筋力: D 耐久: EX. 敏捷: B 魔力:B 幸運: C 宝具:C


【クラス別スキル】

単独行動:A+
マスターからの魔力供給を断ってもしばらくは自立できる能力。
ランクA+ならば、宝具の使用などの膨大な魔力を必要とする場合ではない限り単独で戦闘できる。


対魔力:C
第二節以下の詠唱による魔術を無効化する。
大魔術、儀礼呪法など大掛かりな魔術は防げない。



【固有スキル】

蓬莱人:EX
老いず朽ちず、死なず死ねない。蓬莱の薬を服用する事で不死になった者の通称。
老いる事も病になる事も無く、死んでも肉体を再構築して復活する。如何なる毒も効かないが薬も効かない。
魂を打ち砕くような攻撃でもなければ即死攻撃も通じない。
戦闘続行スキルと対毒スキルの効果を待ち、あらゆる毒を受け付けないが、あらゆる薬も効果を発揮しない。
致命傷を負っても、例え肉体が消滅しても、任意の場所に肉体を再構成して復活する。この際マスター共々魔力を大量に消費する。
どちらかの魔力が足りなかった場合そのまらま消滅する。


命名決闘法:A
アーチャーの故郷、幻想郷で行われていた決闘方。
弾幕の美しさを競うもの。EXボスなんで最高ランク。
同ランクの射撃と矢避けの加護の効果を発揮する。


魔力放出(炎):A
魔力を炎に変えて放出する。拳脚に纏わせることや、飛び道具として射出。飛行時の加速といった使い方が出来る。
炎を使用する戦闘法が逸話となり、獲得したスキル。
なお、この能力を使うと、自身の身体も燃える。熱いし痛い。


妖術:B
妖術を用いて妖怪退治をしていた為、並の妖怪では太刀打ちできない妖術を複数身につけている。
炎を用いる戦闘法も此処から派生したもの。





【宝具】
激熱!人間インフェルノ

ランク:C 種別:対軍宝具 レンジ:1~10 最大捕捉:10人

深秘録で触れた都市伝説『人体発火現象』が宝具化したもの。
魔力放出(炎)を暴走させ、攻撃力や機動力を大幅に上昇させる。
荒れ狂う炎は近くにいるだけで熱によるダメージを与え、最大で3ターン後(期限内であれば任意でタイミングを選べる)に、周囲を巻き込み自身の体を灰も残さず焼き尽くす。妹紅自身は即座に再生するが。そして無茶苦茶痛い。
魔力放出の暴走からの自滅、そして再生までがワンセットになっており、一度発動すると、燃え尽きて再生するのは絶対に避けられない。この為に燃費は凄まじく悪い。




【Weapon】
妖術と自分の身体

【聖杯への願い】
無い。さっさと帰りたい

【解説】
幻想郷に存在する迷いの竹林に住む少女。かつて月の姫君である蓬莱山輝夜に生き恥をかかされた復讐する為に、人を殺し、蓬莱の薬を飲んで不老不死の蓬莱人となった。
一つの場所に留まる事ができず、妖怪退治をしながら各地をさすらい、幻想郷に行き着き、蓬莱山輝夜と再開する。
現在では同じ蓬莱人の輝夜と殺しあったり、竹林を訪れた人間を案内したりと、生を楽しんでいる様子。

【マスター】
藤原紅虫@退魔針シリーズ

【能力】
体内に無数に飼っている蜘蛛。鉄すら溶かす酸を出す涙蜘蛛や、紅虫の耳目となって物事を見聞する探り蜘蛛が存在する。

鋼すら断つ糸や、土石流すら吸着させて止める糸。

八つ裂きにされようが、身体の右半分が喰われて無くなろうが、平然と復活する再生能力。

人蜘蛛形態(仮名)。巨大な蜘蛛の頭部部分に、紅虫の上半身が生えている姿に変じる事ができる。

大摩流鍼灸術。
万物が陰陽の気に支配されつつ流転する。その流れを『脈』と呼び、経穴を打つ事で『脈』を操る技法。
元々は妖魔を滅ぼす為のものだが、鍼灸術としても用いる事が出来る。紅虫は妖魔を滅ぼす技としか使えない。
イメージとしては北斗神拳か鳥人拳鶴嘴千本。
ツボを千分の一ミリ角度や深さを打ち間違えると、刺された妖魔は一千倍も凶暴になり、万倍も強力になる。


ランク付けるならC相当。交渉事を有利に進めたり、気迫を込めると相手の動きが一瞬止まる程度。
洗脳とか出来ないし月にビーム撃たせるなんて夢のまた夢。





【武器】
身体から出す糸と蜘蛛。

【ロール】
そんなものは無い。普段は生者の生きる“こちら側”と死者が行く先である“向こう側”の間に有る中間地帯に居る。

【聖杯への願い】
無い

【参戦時期】
紅虫魔殺行終了後。

【人物紹介】
千年前、藤原摂関政治の絶頂期である藤原道長の時代に、“向こう側”の存在と融合して産まれてくる。
その性状と行状により、ありとあらゆる記録から存在を抹消され、当人は地中に封じられる。
千年後、ヨグ=ソトースの意を受けた者により復活し、己を封じた鍼師・大摩童子と拳士・風早狂里の子孫を復讐の為に付け狙う。
その後は紆余曲折を経て復活した、かつてムー大陸を海に沈めた、異界の破壊神ザグナス=グドを大藦たちと共に封じ、その際に自身がムーの神官であり、人外の存在と戦う役目を持っていた事を知る。


その後、大藦との決着を預け、世界を巡り「魑魅魍魎と恐れられるのは我のみでよい」という考えの元、世界中で妖魔を殺して回る。
韓国で最後の一匹を滅ぼした時、日本から吹いてきた風に妖物の気配を感じ、再び日本の地を踏む。
そこで『ワライガオ』という妖物に代々憑かれてきた家と、その家の一人娘のみふぉりと出会う。
みどりに求婚され、受け入れて、妻となるみどりの為、己が唯一の人外化生となる為にワライガオを滅ぼすべく戦うが、無限進化するワライガオを前に手の打ち用が無くなり、大摩に頭を下げて大摩流鍼灸術をみどり共々習得、 ワライガオとの決戦に臨むも、みどりがツボを打ち間違え、ワライガオが万倍の力を得る。
紅虫も大摩も成す術が無くなったその時、 ワライガオと繋がっていたみどりが自ら命を絶つことでワライガオを滅ぼした。
みどりを失った紅虫は、大摩と再会を約し、月へと昇っていった。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2022年07月22日 23:50