廃ビルに雨が降っていた。

雨漏りなどではない。
夜の空は蒼々と透き通っており雲一つなく、そもそも雨など降っていない。
星一つない都会の空には今も冴え冴えとした月が浮かんでいた。

降り注ぐのは赤い雨。
ネバついた鉄の匂いを漂わす、不吉な血の雨である。

廃ビルの地面には無惨としか言いようがない死が転がっていた。
死体はおよそ人間業とは思えぬ剛力によって首を引き潰され、間欠泉のように血を噴き出す肉塊となっている。
人は血の詰まった肉袋なのだとまざまざと見せつけてるように、噴き出す血液が天井を赤く染め上げてゆく。
その天井を染めた赤が重力に従いポタポタと降り注ぎ、室内に血の雨の降らしていた。

だが、その光景も源泉である死体が光の粒子となって消滅する事で終わりを告げた。
残るのは名残のように降り注ぐ血の雨だけである。

死体の消滅。
これは死した者もサーヴァントと呼ばれる超常の存在であるという証左である。

ならば必然、一つの疑問が沸く。
超常の存在をこれほど無惨に殺し尽くしたのはどのような化け物なのか?

血の雨の注ぐ廃墟に佇むは、淡い光を放つ槍を構える男だった。
現代東京に似つかわしくない西洋鎧に、寒さの厳しい北国の出身なのか分厚い蒼のマントを纏う。

眉目秀麗であっただろう顔つきは獰猛に磨かれ精悍な顔つきへと変貌していた。
砂金のように輝いていたであろう金の髪はすっかりくすんで光を失っている。
宝石のような光を放っていたであろう蒼い瞳はその片方が失われ、残った瞳もどうしようもなく乾いていた。

この惨状を作り上げたのは他でもないこの片目の蒼い獅子である。
彼が生物のように脈動する槍を振り下ろした瞬間、敵の体は弾け飛んだ。
次の獲物を求めるぎらついた瞳はさながら血に飢えた肉食獣のようである。

「ええ、父上、継母上、分かっています。ご心配せずとも必ず聖杯は手に入れます、あなた達の無念は…………」
「…………誰と話しているの?」

誰もいない虚空に向かって話し始めるサーヴァントに背後より声がかかった。
大切な人との会話に水を差されたと言わんばかりに不愉快そうな様子で、視線だけを睨むように向ける。

「……マスターか」

その視線の先に佇むのは一人の少女だった。
着ている制服からどこかの高校に通う女子高生なのだろう。
負傷しているのか頭部や服の隙間から覗く首元には包帯が巻かれていた。

色素の薄い肌に虚ろな瞳。絵にかいたような薄幸の美少女だ。
吹けば飛ぶような儚さは、ともすれば幽霊のような印象を受ける。
だが、その瞳は虚ろでありながら強い決意を秘めている、そんな矛盾した光を孕んでいた。

少女のウェーブがかった髪が揺れる。
むせかえるような血の匂いに少女は口元に手をやり表情を歪めた。
目眩でも起こしたのか足元をふらつかせ、頭を抱える。
ポケットから薬瓶を取り出し、慣れた様子で錠剤を水もなしに呑み込む。
それで症状が収まったのか、改めて自らのサーヴァントに向き直った。

「……残酷なのね。アヴェンジャー」

天井から降り注ぐ血の雨を挟み、マスターとサーヴァントの視線が交錯した。
マスターは感情のない声でそう素直な感想を述べる。
その言葉に、サーヴァントは心底オカシイと言った風に喉を鳴らして笑う。

「これは聖杯”戦争”なのだろう?
 己が願いのために死体を積み上げる畜生の宴だ。
 惨たらしく死ぬのも覚悟の上だろうよ」

吐き捨てるように言う。
己が願いのためにいくつも死を積み上げる儀式。
それが聖杯戦争という物だ。
願いに群がる畜生ども。己たちを含めて誰も彼もが残酷な死に値する存在でしかない。

「だいたい、敵を引き込んだのはお前だろう? この死は他ならぬお前の望みだ」

入り口に佇む自らの主に向けて、死を生み出した槍の穂先を突きつける。
引き留めるのも聞かず猪の様に飛び出し、無謀にも自らを囮にして敵をこの廃墟に誘い込んだのはマスターの方である。
アヴェンジャーはマスターの意に沿ってそれを討っただけにすぎない。
この結果は他でもないマスターの殺意によってもたらされたモノだ。

「……? おかしなことを言わないで。私はそんな事、していないわ」

少女は心底不思議そうな顔をして首を傾げた。
その返答にサーヴァントが眉を顰める。
意味のない虚言だ。
自らのサーヴァントにこんな事を誤魔化したところで意味がない。
それはつまり、少女は本当に自らの行動を覚えていないという事である。

――――東雲諒子。
彼女は記憶障害を患っていた。

世界を消滅せんと襲い来る怪獣『ダイモス』の脅威から世界を救うべく、機兵という巨大人型兵器に乗って戦う13人の少年少女。
彼女もその一人。14番機兵を操る機兵の操縦者である。

だが、彼女たちが乗る機兵にはDD426というウイルスが仕込まれていた。
DD426に冒されると脳内ナノマシンが剥離を起こし激しい頭痛と共に記憶障害が引き起こされるのである。
彼女は既に末期ともいえる程その症状が進行していた。
全ての記憶は曖昧で、もはや自身の名前すら危うい。

だが、そんな直前の行動すら曖昧な状況で誰もが混乱するような”戦争”に巻き込まれておきながら、彼女の行動には一切の迷いがなかった。
事実、本人が忘れているとはいえ、他の主従を狩るために自ら囮役を買って出るアグレッシブさを見ている。
何故なら迷う必要などないからだ。

「……まあ、いい。どうでもいいことだ。だが、まさか戦う理由までも忘れたとは言わないだろうな?」

サーヴァントとマスターの主従関係は互いの願いを叶えるための利害関係にすぎない。
その願望すら忘れたというのなら、この場で首を撥ねて別のマスターを見繕うまでだ。
返答一つに己が生死をかけられている事を理解しているのかいないのか、諒子はこれまでにないはっきりとした態度で首を振る。

「いいえ。忘れてなんかいないわ。私は……井田先生の望みを叶えるだけ」

井田鉄也。
1985年における彼女の担任教師であり世界の滅びに抗うために活動するエージェント。
それ以上に、彼女にとっての運命の相手である。

東雲諒子は井田鉄也を愛していた。
彼女の胸の中には狂おしいまでに燃え上ががる愛がある。

何を忘れようとも、この愛だけは決して忘れない。
それが己の記憶すら定かではない彼女にとっての道しるべ。
どれほど道が曖昧であろうとも、それさえあれば彼女は迷う事などない。

「ならば、今更キレイ事をほざくなよマスター。
 俺もお前も、自分の願いのために死体を積み上げる事を了承したのだろう?
 お前もとどのつまり、俺と同じ醜い人殺しだよ。
 化け物同士、道を阻む相手を仲良く殺し尽くすそうじゃないか」

復讐者のサーヴァントは凄惨な笑みを浮かべる。
諒子はその言葉を飲み込むことしかできなかった。

彼女は愛する人のためならば、その引き金を引くのに何の躊躇いを持たない
彼が自分を愛してくれるのならば、世界すらどうでもいい。
愛に狂った少女はそれこそ自分自身がゴミのように利用されて使い分されても構わわない。

「そうね。仲良くするつもりなんてないけど、私は私の願いを叶える。そのためならばなんだってするわ。あなただってそうでしょう?」
「無論だ。俺は聖杯を手に入れ――――死者たちの無念を晴らす」

死者たちの無念を晴らす。
それがこの復讐者のサーヴァント、ディミトリ=アレクサンドル=ブレーダッドの願望。

『ダスカーの悲劇』と呼ばれる悲劇があった。
フォドラ大陸を三分する大国、ファーガス神聖王国の国王がダスカー人に殺された事件である。

その悲劇の中で多くの無辜の民が虐殺された。
逞しかった父王は目の前で首を刎ねられた。
優しかった継母は炎の中に消えて行った。
親友であった騎士は彼を庇って死んでいった。
その全てが殺し尽くされた悲劇の中で、ファーガスの王子であったディミトリはただ一人生き残った。

「死者たちは救いを求め続けている」

あの日からずっと付きまとう死者たちの幻影がそう言っていた。
復讐を望むことすらできなくなった死者たちの代わりに、その復讐を果たさねばならない。
あの事件の首謀者を皆殺しにして、その首を捧げ死者に報いる。
そうしなければ死者は無念と憎悪に囚われたまま永遠に苦しみ続けることになる。

あの惨劇で生き残ってしまった彼の願いはそれだけだ。
そのためだけに人生の全てを捧げてきた。

だが、直接的に死者たちを救う、そんな都合のいい方法(きせき)があるのならば。
妄執に狂った王子は目の前に転がるその救い(きせき)に、手を伸ばしていた。

「………………」

そんな狂人の妄執など諒子に理解できるはずもなかった。
そもそも理解するつもりもない。
ただの利害の一致による関係、相互理解など元より必要としていない。
だいたい理解したところで、諒子はすぐさま忘れてしまうだろう。

記憶障害を引き起こし自身の行動すら忘れるマスター。
死者に囚われ幻覚や幻聴と会話するサーヴァント。
互いに活発で聡明であった人間性は、無惨にも塗り潰されていた。

それ故に、人間としてはどこまでも噛み合わない。
だが、利用し合う関係としては致命的なまでに噛み合っていた。
互いに全てを塗りつぶされた果てでも、決して忘れぬ願いがある。
その為ならばどのような手段も厭わないだろう。

月だけが照らす廃れたビルにて、未だ降りやまぬ血の雨の中。
皮肉交じりの暗い笑みを浮かべながら怪物は告げる。

「さあ醜い怪物になり果てたこの俺たちの願いを叶えようじゃないか、マスター」


【クラス】
アヴェンジャー

【真名】
ディミトリ=アレクサンドル=ブレーダッド@ファイアーエムブレム風花雪月

【ステータス】
筋力:A++ 耐久:B 敏捷:B 魔力:D 幸運:E 宝具:A

【属性】
秩序・悪

【クラススキル】
復讐者:A
復讐者として人の恨みと怨念を一身に集める在り方がスキルとなったもの。
周囲からの敵意を向けられやすくなるが、向けられた負の感情は直ちにアヴェンジャーの力へと変化する。

忘却補正:A
失われた物を、死んでいった者たちの無念を、復讐者は決して忘れない。
忘却の彼方より襲い来るアヴェンジャーの攻撃はクリティカル効果を強化させる。

自己回復(魔力):C
復讐が果たされるまでその魔力は延々と湧き続ける。魔力が僅かに毎ターン回復する。

【保有スキル】
怪力:A
一時的に筋力を増幅させるスキル。
本来は魔物、魔獣のみが持つとされる攻撃特性だがその身に宿る紋章(竜の血)の効果によって獲得している。

精神汚染:C-
精神が錯乱している為、他の精神干渉系魔術を高確率でシャットアウトする。
まれに死者の幻覚を視認して会話することがある。

ブレーダッドの小紋章:C
女神の眷属(竜族)の血を取り込んだ人間、又はその子孫に稀に現れる紋章。
ブレーダッドの紋章を持つ者は異常な筋力を持つとされている。
攻撃時に一定確率で発動。武器の消耗を早める代わりにSTR(筋力)を倍にする効果を持つ。

【宝具】
『我が復讐に無惨な死を(アラドヴァル)』
ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:1-3 最大補足:1
女神の眷属(竜族)の遺骨から作成された英雄の遺産と呼ばれる武器の一つ。
全てのサーヴァントに対して特攻を持つ戦技『無惨』が使用可能となる。
使用するたび消耗していき最終的には宝具自体が使用不可能となるという『壊れた幻想』に近い特性を持つ。
修復には魔獣から取れる特殊な鉱石が必要となる。

【weapon】
『アラドヴァル』
ブレーダッド王家に伝わる槍の『英雄の遺産』。
紋章を持たない人間が使用すると魔獣となる。

『キラーランス』
サブウェポン、クリティカル確率が高い。

【人物背景】
ファーガス神聖王国の第一王子。
ダスカーの悲劇で生き残ったことでサバイバーズギルトとなり、慢性的な頭痛、幻覚、幻聴、味覚障害などの精神障害を患っている。
死者の無念を晴らすため事件を引き起こした者たちへの復讐を誓い、その犯人を捜すべく士官学校に入学する。
本編ではその復讐心は一応の解決を見るのだが、復讐者としての全盛期の姿で召喚された。

【サーヴァントとしての願い】
死者たちの無念を晴らす。


【マスター】
東雲諒子@十三機兵防衛圏

【マスターとしての願い】
井田先生のためにダイモスを消滅させる。

【Weapon】
『フェイザー銃』
2100年製のショックガン。
威力を10段階まで調整可能で最大威力ならば象も一撃で殺傷可能。

『C0204』
DD426の抑制剤。症状を遅らせるだけで特効薬ではない。
DD426に汚染された諒子は定期的にC0204を摂取しなければナノマシン剥離により記憶が失われる。

【能力・技能】
機兵と呼ばれる搭乗型の二足歩行の巨大ロボットを操る。
機兵の召喚マーカーが左膝に刻まれているが聖杯戦争内での召喚は封じられている。

【人物背景】
破滅した2065年から1985年へとやってきた未来人。
DD426というウイルスに脳を冒され記憶障害を起こしている。
記憶が曖昧で人格も不安定になっているが、本来のとことん自己解決する性格からか異常なまでの行動力で即断即決で行動する。

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最終更新:2022年07月28日 20:55