肩口に露出の多い奇妙なチャイナ服を着た、白髪の男が東京の街を駆け抜けている。
細身だが筋肉質で背も高く、ただ者といった感じではない。
非常に目立つおかしな風体だが、こそこそと見つからず駆けるのが上手いのか周囲は誰も気にもされていなかった。
隠形にも長けたその男は、必要とあらば変装も得意だが今はそういった余裕もない。
「畜生、畜生、糞がっなんだよ聖杯戦争って、なんだよマスターって……ふざけんな糞がっ」
ブツブツと毒づいて怯えながら辺りをきょろきょろ神経質に見まわしている。繁華街の商人という適当極まりない役割で、人込みに紛れながらこのマスターは怯えていた。
やがて当然のごとくこのマスター……名前を夏忌(シァジー)と言う男は、別のマスターと出会う。
だが。
「ア……アサシン! どうしたアサシン! なんだよ! 見てるんだろ!?」
あわてて上ずった声で己の従僕のクラスを呼ぶが、夏忌の声に居るべきはずの「それ」は応えない。
令呪を切ろうにも、数少ない隠し玉であるそれを最初から使うという選択肢は気が引けた。
敵マスターは怪訝に思いながらも、なにやら怪しげな文言を唱え魔術を打ち、そして自らはスムーズにサーヴァントを呼び出す。
なんらかの不調によりサーヴァントを呼べぬこの状況を好機とみて、襲い掛かる敵。
あわや夏忌はひとりであっさりと討ち取られるかと思いきや。
情けなくも悲鳴をあげ――その主従の攻撃をするりと避けた。
は? と意外な声があがるも。
「うわあああああ!!!」
夏忌は必至で魔術やサーヴァントの小手調べの攻撃を潜り抜け逃げ惑うと、あっと言う間に路地裏に逃げ込んでビルの外壁をのぼっていった。
なんと手足をコンクリに平然と突き刺して無理やりかけあがっている。
ぽかん、と他方マスターはあっけにとられた。
デタラメな腕力とこちらをすりぬけるような動きでやることが情けない逃走というアンバランスさにひたすら困惑していた。
少ししてまんまと逃げおおせられたことに気付くが、それでもアレはなんだったのだろうとこの魔術師は脱落するまで不思議に思っていたと言う。
●
どうにか繁華街にある自分の怪しげな店(何を売っているのかもよくわからない雑然とした店である)に戻った夏忌は、片隅で震えていた。
「なんでだよぉ……俺がなにしたってんだよぉ……」
何も悪いことをしてこなかった、と言うにはこの男のそれまでの人生は暗殺と陰謀に彩られた巨悪と言っていいものだったが。
そんなことを全く悪びれもせず、ただ夏忌は己がなぜこのような理不尽な環境に放り込まれているのか理解しきれず泣いていた。
ただ一人で泣き続けていると――
「ほほほ。大陸に悪名高き彼の「蟲」の頭領になろうとする男がこれくらいでベソかいてちゃいかんの」
今は誰も居ないはずの店で、声がした。
ぎぎぎ、とさび付いたような動きで夏忌が後ろを振り向くと、そこには本来は唯一の手下……従僕と言えるはずの己のサーヴァントの姿。
丸いサングラスに赤いチャイナ服の上下。帽子をかぶり、皺で満たされた肌。背は低く、車いすにちょこんと座っている。
アサシンのサーヴァント。好々爺とした柔和な感じのその老人を、夏忌はよく知っている。
だが、だからこそ、このサーヴァントをあてがわれたという事実は彼からすると嫌だった。
強さがではない。この男の「強さ」に不満などはない。
それに、自分のような裏稼業の人間を平然と認めるくらいにはこの老人の懐は広かった。拳士としての側面を認めれば頓着しない部分は好都合と言える。
だがもっと別のところが、嫌だった。
中国武術界に長年……それこそ、人の一生分より長く君臨する妖怪にして頂点。おそらくはあの呉一族すら「人間をやめている」度合いだけなら遥かに劣るであろう存在。
地上最強の生物、範馬勇次郎と殺し合って生き延びた男。いや、死んでから蘇ったとすら聞くバケモノの中のバケモノ。
互いに知人というわけではない。別に仲間でもない。だが中華の武に属している以上その名を知らなければモグリもいいところである。
元々の世界で鉢合わせしそうになっていたのなら、決して喧嘩を売ってはならないと夏忌が怯え泣きじゃくりながら逃げ回っていただろう男。
齢、146歳の超武術家。
その名は郭海皇。
『どうしても無理な時は儂が出るから、お前もそれなりにこの状況に慣れておけい』
そう言いつけられ夏忌はおっかなビックリ外に出かけていたのだが、結局敵のマスターと出会ってもこのアサシンはスルーしっぱなしだった。霊体化して黙って観察していたのだ。
本当に助けてくれるのだろうか、と思いながらも強くは出られない。自身にとってこのアサシン、郭海皇の存在が生命線なのもある。
このかりそめの東京では身代わりになってくれる部下も逃げ込める組織も無い以上、アサシンにすがるほかないのだ。
「忌(ジー)よ」
「な……なんだ、です、か。なんでしょうか」
俺はマスターだぞ、なんでさっさと助けなかった、どうせこちらには令呪とやらがあるのだ従え、と怒鳴り散らしたくもなったが。
やはり怖かった。思わずたどたどしい丁寧語になってしまう。そんな奇妙な喋りを郭は流しながら。
「おぬしの所作やこれまでの動きから、おおむね実力や挙動はわかった。逃げた事を責める気は無い。中々どうして、悪くはない。筋はよい」
それは、夏忌の持つ無類のポテンシャルを見抜いての言葉だった。
「は、はあ。恐縮で――」
「しかしの」
「なぜそこまで才がありながら武をひたすらに求めぬ」
一転してこちらを叱責するかのようなサングラスの奥からもありありと見える眼光に、夏忌はヒッと息をのんだ。
あくなき執念。サーヴァントという「霊」であることを抜きにしてもなお、人ならざるものに睨まれているような、生きた心地のしない感覚。
正しく「人間」でありながら一世紀以上武を、技を、理合を貪欲に求め続けた怪物の境地は、同じく武に身を置く人間でありながら才能に溺れた怠惰かつ臆病な存在である夏忌にとっては強烈すぎるし、あまりに異質なものだった。
そして、恐怖の対象だった。
「理を欲さぬ」
「技を磨こうとせぬのだ」
「はよう基礎の站椿からでも習練をせい」
反論を許さぬ断定。
なぜサーヴァントに、なぜ聖杯戦争などをやっている時にそんな拳法の練磨を命じられなければ――とこのマスターは言えなかった。
中華に身を置く拳法の使い手にとって、海皇とは骨の髄まで畏怖の対象である。
676:武に身を任せい ◆ruUfluZk5M:2022/08/10(水) 19:01:01 ID:voprLp7U0
聞いたところによると余計なことをやらかした武術省の責任者はいきなり手首を纏めて手刀で切り落とされたと言う……
ましてや夏忌のような鼠の精神の持ち主ならば本能レベルでの『恐怖』が刷り込まれていた。
「は、ははは、はい……わかりました、郭老師」
素直に従い、彼は手慣れたように――それでいて、嫌そうに構えを取り武術の習練を開始した。
あるいは。これが冷静に勤勉な双子の弟である夏厭なら、淡々と「今そういうことやってる余裕のある環境ですかね?」とツッコミを入れながらもごく普通にその手ほどきを受け入れていただろう。
蟲において最上位の謎に満ちた存在「繋がる者」に対しても冷静でいられるあの弟ならば。
しかし、鼠の心を持った龍たる夏忌にとってはこのサーヴァントも、聖杯戦争も、なにもかもがただ「嫌なもの」でしかなかった。
(畜生ォッ~!!! なんで俺が、俺がこんな目にィ!!! ふざけんじゃねえぞっ怖ぇよお怖ぇよお!!)
困ったことに、それでも彼は拳法の天才である。魔術には疎いものの、裏の呪いや荒事をすり抜けることには普通の人間より遥かに適正のある……
そんな人間が、海皇と呼ばれる至高の中国拳法家をサーヴァントとして擁しているこの状況は紛れもなく脅威だった。
とてもそうは見えないが、間違いなく脅威は東京の片隅で育まれていた――
「よろしい。ではこれよりおぬしを海王候補生として日課としてイメージで関節を増やす修行を命じる。手本を見せるから超音速の突きを覚えい」
「エッ……!!??」
【クラス】
アサシン
【真名】
郭海皇@刃牙シリーズ
【パラメータ】
筋力E 耐久E? 敏捷E 魔力E 幸運C 宝具A
【クラス別スキル】
無し。強いて言えば全てが中国武術の内に統合されている。
【保有スキル】
中国武術EX
中華の合理。宇宙と一体になる事を目的とした武術をどれほど極めたかの値。
郭海皇は「存在が中国拳法そのもの」とすら言われる存在であるため、存在するだけでその一挙手一投足が武術と化す。そのためEXとなっている。
思念ひとつで腕を無限の関節を持った「超音速の鞭」へと変えることすら容易く、時には臨床学的な「死」すら平然と武術のための武器へと変える。
『消力』
ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:1 最大補足:1
あらゆる攻撃を脱力によって逃がす脱力と技の境地。これを体得するにあたりアサシンの耐久のランクは半ば破綻している。
その効力は100年の修行によりサーヴァントとして概念のレベルにまで到達。
また攻撃に転じれば完全に筋力や敏捷のパラメータを無視した攻撃性能、移動性能をもたらす。
【人物背景】
中国全土の拳法家の頂点である海皇の名を冠する老人。御年146歳。あくまで人類。
100年前はアジアで最も強い筋力を誇る怪力拳法家だったが老練の拳法家に「技」で負けた経験により筋力と決別し、長きにわたる異常な修行によりやせ細った肉体と脱力から発せられる筋力を超えた技と破壊力を会得した。
日常においては鷹揚な面もあるが、勝敗と武に関しては異常なまでの執念を持ち、平然と番外戦術や卑劣な手段、残酷なペナルティも辞さない。
【サーヴァントとしての願い】
中国拳法をこの聖杯戦争の場で余すことなく『試す』
【マスター】
夏忌(シァジー)@ケンガンオメガ
【マスターとしての願い】
死にたくない。蟲の頂点に立ちたい。安全が欲しい。痛いの嫌。
【能力・技能】
常人の2倍の筋肉の質を持つ超人体質(発揮しているパワーは明らかにそれより上)。裏組織に属する諜報能力。隠し武器を服や体内に仕込んでおり、諸々を応用する。
そして上記のそれらがただの飾りと断じられるレベルの拳法の才能を持ち、鞭のように腕を振るう戦法を得意とする。
また圧倒的に生き汚い逃走能力を持ち、例え隙の無い格上相手からも一瞬で逃げおおせることができる。
【人物背景】
古代より戦争や政治の裏で暗躍する中国秘密結社「蟲」の頭領の息子に生まれた男。
性格は一見するとクールで謎めいた暗殺者と言った風情だが、その実他人には冷酷な癖に臆病かつ痛がり屋の苦行や鍛錬が嫌いな怠け者。
なおかつキレやすく八つ当たりなども多い小物で、追いつめられるとすぐ泣く上になにをしでかすかわからない情緒不安定。
恵まれた筋肉による超人体質と双子の弟、夏厭(シァヤン)以上の圧倒的な拳法の才能を持つ天才だったが、部下を使い親を謀殺し頭領の座に座ろうとするも蟲の頭領の座はより遥かに強く有能な弟に与えられ、自身は幹部の極東本部長のポストに据えられる。
そのことを不当に思いつつも自分が弟やトップクラスの強者から見れば大したことのない存在であることもまた心の内では認めており、天才としての傲慢さと同時に持たざる者、脇役としての劣等感も抱いている。
……真面目に鍛えていればその「自分より圧倒的に強い弟」よりも普通に上になれたはずなのだが。
(才能と精神性のチグハグさは「鼠に生まれるはずだった龍」と評されている)
なお刃牙シリーズとケンガンアシュラのシリーズはある特別回において世界観がつながっていたため、アサシンとは互いに名前や存在を事前に知っていても矛盾ではない。
【方針】
郭老師の顔色を窺いつつ安全圏を逃げまくる。魔術?なにそれ怖い。
最終更新:2022年08月14日 01:23