キン コン カン コン

「近ごろ交通じこがふえています。みんな車に気を付けてかえるのですよ。」

どこの学校でも聞くことの出来るチャイムが鳴ると、初老の先生の声が教室に響きました。
チャイムの高音も、先生の低い声も、もう二度と聞くことはないと思っていたからか、凄く悲しく懐かしく聞こえました。


ランドセルを背負って、帽子をかぶったぼくは屋上に出ました。
そこからは知らないのにひどく懐かしく感じる景色が広がっていました。
校舎の舌から聞こえるのは大人や子供の、男の人や女の人の話し声。時に犬の遠吠えなんかも混ざっています
富士の『天国』で見た、はりぼての東京ではなく、確かに生きた町が広がっていました。
空からは真っ白な雪が、道を染めるほどではないにせよ降っています。
何もかもが、もう二度と見ることの出来ないと思っていた景色でした。


思わず、涙が出そうになりました。
屋上では同じように、景色を見ている人がいました。
サラサラの金髪で、笛を吹いていました。
初めて聞くのに、どこか懐かしさを思い出す曲でした。
そう言えば、あの時未来キノコを食べた美川さんが、心まで怪物になる前に弾いていた曲に似ているような気がします。


曲が終わったようなので、僕はランサーのサーヴァントという彼に話しかけました。
「またあの話の続き、聞かせてくれない?」
「良いよ、マスター。確か僕が友達を追いかけて、ピラミッドに行く所まで話したよね?」


昨日も、そして今日も、ランサーは話を僕にしてくれました。
僕だけじゃなく、年頃の小学生のほとんどが憧れる冒険の話を。
その話はとても不思議な話でした。
全く違う世界なのに、ナスカの地上絵やムー大陸、万里の長城にアンコールワットと、ぼくも知っている地名が出てくるのです。

やがて話は佳境に入り、ランサーの顔が変わりました。


「バベルの塔に来た時に知らされるんだ。
僕達がいた世界の人間は、彗星のせいで間違った進化を遂げて、間違った形を作っていたんだ。」
「スイセイって、スイキンチカモク……ってやつ?」
「違う。魔物を生んで、人をおかしくする怪物のようなものだ。」


それからさらにランサーは話を続けました。


「彗星……ダークガイアを倒した時、地球は元の姿に変わった。ぼくたちが冒険した今まで冒険してきた間違った世界は歴史ごと消え去ることになった。めでたしめでたし。」

その話を聞いて、ぼくはなんとなく悲しい気持ちになりました。
だから聞きました。


「それで良かったの?世界が消えたってことは、きみの友達なんかも消えたってことじゃないのか?」
「そうだよ。でもそのおかげで君たちが生まれたんだ。悲しむことはないよ。」

納得のいかなかったぼくをよそに、ランサーは本当にうれしそうに話を続けます。



「マスターの教室にあった世界地図は、あの時宇宙から見た変化した世界の姿をしていた。こんな形でだけど、僕は記憶を持ったまま新しい地球の人達に会えてよかったと思う。」

そう話すランサーは、ユウちゃんのように人懐っこくて、大友くんのようにしっかり者で、それでいて咲っぺのように照れ屋でした。
なのでぼくはこの世界に来てからも時々思います。いや、ずっと思い続けてます。
向こうの世界に置いてきたあの人たちはどうしているのかなと。


そして、一番ランサーに伝えなければならないことがあります。
彼の力によって変わった青い地球は、やがて砂と石、怪物だけになって滅びてしまうことを。


「ぼくは知っているんだ。ランサーが変えた世界がどうなるか。」
「教えてほしいな。どんな世界になってるの?」

僕は一度息をのんで、それから無理矢理吐き出すようにいいました。
そう言えば、自分を犯人だと告白した大友くんは、こんな気持ちだったのかなと思います。

「色んなことが起こって、砂漠になってしまったんだ。」


予想通りというべきか、ランサーは驚いたような、悲しむような。
そんな表情を浮かべました。
無理もありません。僕だってつい3週間ほど前まで、そんなことを考えもしなかったのですから。
自分が変えた世界が、待ち望んでいた世界が、最後に何もない砂漠になってしまうなんて、信じたくないでしょう。
この学校の屋上から見える建物が、何もかもが砂と石に変わってしまうのです。


「じゃあ、新しい地球の未来を守るために、マスターは聖杯を狙うの?」
「違う。めちゃくちゃになった未来は、ぼくたちが種をまいてまた耕すつもりだ……。」


だから、あの砂漠の未来から帰れなくても良かったんです。
諦めとかそんな感情ではなく、ぼくたちがしなければならないことを見つけた。それだけのことでした。
だから幼いユウちゃんだけを元の世界に返して、生き残った大和小学校のみんなで、未来に捲かれた種になろうと決意したのです。
だというのに。


ぼくはずるいと思いました。
あの時二度と見ることが出来ないと思っていたものを目の前で付きつけられたら
あの時二度と聞くことが出来ないと思っていた音を耳元で鳴らされたら
思ってしまうのも仕方のないことだと思います。


「帰りたいんだ。あのとき喧嘩したまま出て行ったおかあさんの所に。
帰ってただいまって言いたい……ごめんなさいって言いたいんだ……。」

現代に置いてきた人にまた会いたいって。


もしも聖杯を手に入れて、願いが叶うなら。
元の東京に帰れるだけじゃなくて、未来の崩壊も無かったことに出来るかもしれない。
勿論友達の池垣くんたちの死も無かったことに出来るんじゃないか
あの時みんなで決めた想いを踏み躙ってでもやるべきじゃないか。
そんな風に思ってしまう自分がいます。

戦争に参加するということは、恐ろしいことをしようと考えているのは分かります。
平和学習で学んだとか、戦争ごっこを経験したから、そんな理由ではありません。
だってぼくは未来で食料をめぐって、小学生同士、友達同士で戦争をしたことがありますから。
恐ろしいことだと分かっていても、願いが叶うという、再びこの景色と雑踏を目と耳に入れられるという光明は眩いものでした。


でも一度決意した気持ちが、嘘というわけではない。そう思います。
未来の学校に置いてきた友達や、ぼくより小さい子供たちはどうなったのか。
願いを叶えたら、あの人たちは消えてしまうんじゃないか。
この世界から出たら、その先は現代の東京か、それとも砂漠になった未来の東京か。
決意することは出来ず、涙だけが出てきました。


「でもどうするか、まだ決められないんだ。」


今のぼくは、未来の大和小学校の総理大臣ではありません。
聖杯戦争の参加者で、ランサー・テムのマスターの、高松翔です。


それを聞いたランサーは、ただその手を握り締めてくれました。

「どうするか決めるまで、ぼくはただマスターを守ることにするよ。」



 ▲▼


「分かったよ、マスター。僕がなぜ君のサーヴァントに選ばれたのか。」

夢で見ていた。
夢と思えないくらい凄まじい轟音で揺れる学校、全てが石と砂に変わった世界。
暴走する大人、怪物、疫病、未知の植物、そして食糧の枯渇。
死んでいく、マスターの友達。
それが夢じゃなくて、マスターのたどった道だと分かった時にそう思った。


ぼくは知っている。
生きることは、悩み続けること、そして選び続けることだって。
ぼくだけじゃなく、あの日僕と共にサウスケープを出た仲間たちだって悩み、選び続けた。


リバイアサンになっても生きることになったモリスのように。
心が壊れた父親と一緒に暮らすことにして、代わりに僕との冒険をやめたロブのように。
そのロブの後を追って一緒にいることを決意したリリィのように。
そして死んだ両親に代わって貿易会社を受け継ぐことにしたニールのように。
そして何より、ぼくと一緒に世界を変えることを決意したカレンのように。


本当にバベルの塔で終わりを迎えたあの物語がめでたしめでたし、ハッピーエンドかと言われれば、ぼくは疑問だ。
辛いこともあったけど、それを補って余りあるほど楽しい思い出があったあの冒険が、消えてしまうのが悲しくなかったかと言われれば、嘘になる。
あれが彗星の力によって作られた間違ったものであったとしても。
ぼくにとってはかけがえのない、自分を作る糧だった。


もしも願いが叶うというなら、あの間違った世界を、本当だったことにしたい。
あの冒険を、仲間との大切な思い出を、無かったことにしたくない。
またカレンに会いたい。
会ってあのふわふわな髪の毛、柔らかな唇、ちょっと高いけど聞いていれば暖かい気持ちになるあの声、彼女を彼女づける全てを心行くまで楽しみたい。
あの時イカダで2人だけで漂流した時のように、今度はボートで海に出て魚釣りをしてみたい。


新しい世界では、たとえカレンや他の友達に出会ったとしても、気付かずすれ違ってしまうかもしれない。
ぼくは最後に地球に戻る前、千年かかってもカレンのことを必ず探し出すからと彼女に言った。
けれどそんなことは出来ないかもしれない。ただ彼女を励ますために言っただけの、根拠のない言葉だ。


だからこそ、新しい地球にはマスターのような人が生きていると分かって良かったと思う。
ぼくが聖杯に世界を元に戻すように願うことはできない。
今のマスターはいなかったことになってしまうから。


ぼくはマスターの葛藤が分かる。ぼくが聖杯を願わずに済むのは、ひとえにマスターのお陰だ。
そしてもう一つ分かっている。聖杯によって過去と未来を、原因と結果を改ざんするのは、ダークガイアの力で世界を歪めるのと同じことだということを。
マスターは未来の世界で役目を果たさなければならないということを。
でもぼくはその言葉をマスターに言わない。
生まれた場所に帰りたいという郷愁の想いは、使命という理由で決して捨てられるものではないと思う。


だから、ぼくはマスターの未来に賛成も反対もしない。
ただ、そうやって悩み続けることが出来るように、選べるその時まで守るだけだ。




【クラス】
ランサー

【真名】
テム@ガイア幻想紀

【ステータス】
筋力D 耐久D 敏捷C 魔力D 幸運D 宝具EX

【属性】
秩序・善

【クラススキル】
対魔力:C
魔術への耐性。二節以下の詠唱による魔術は無効化できるが、大魔術・儀礼呪法など大掛かりな魔術は防げない。

【保有スキル】
仕切り直し:C
戦闘から離脱する能力。また、不利になった戦闘を初期状態へと戻す。

超能力:C
透視能力や、手で触れずにある程度の重さの物体を動かすことが出来る。ただし、それらの対象は非生物のみである。


【宝具】
『ガイア幻想紀(イリュージョン・オブ・ガイア)』
ランク:EX 種別:対人宝具 レンジ:― 最大捕捉:1人
ガイアの力を借りて、ヤミの力を持つ戦士に変身出来る。
変身できる戦士は以下の2人である。

  • フリーダン
剣を持つ長髪の剣士(筋力C+ 敏捷C 魔力B相当)であり、エネルギー弾『ダークフライヤー』、闇の力で二枚の壁を発生させて体の周囲を回転させる技『ダークバリヤ(対魔力B相当)』、地震を起こす『アースクエイカー』を使える。
  • シャドウ
揺らめく人型の影の姿を持つ闇の戦士(筋力A- 敏捷B 魔力B相当)であり、対魔力A相当の力を持つ『オーラバリヤ』、液状化してひび割れた地面に入ったり抜けたりできる『オーラの玉』を使える。
また、テムがこの形態に変身している際に、マスターが令呪を使えばヤミの戦士の究極奥義『ファイアーバード』と飛翔能力を手に入れられる。本来ならば光の戦士の力が必要なのだが、この聖杯戦争ではその力はマスターの令呪で代用できる。

『不思議な笛』
ランク:D- 種別:対人宝具 レンジ:1人 最大捕捉:100人
テムの父が遺した笛。武器として使っても壊れない頑丈さを持つほか、楽器としての本来の要素を持つ。
鎖を切ったり敵の攻撃をガードしたり出来るが、攻防の力はそこらの武器に毛が生えた程度でしかない。
かつて彼が使った時のように、然るべき場所で吹けば何かが変わるはずだ。

【人物背景】
探検隊の父、オールマンの息子。
サウスケープという町に住んでいたが、愛用の笛から聞こえてきた父の声に導かれて、世界中の遺跡に散らばっている土偶「ミステリードール」を集める旅に出る。
旅の果て、バベルの塔で、オールマンの幻影から、テムの正体は、古代人が邪悪な彗星を破壊するために作りだした生物兵器「闇の戦士」の末裔で、対の存在である「光の戦士」の末裔であるカレンと心を1つにすることで『対彗星兵器ファイヤーバード』として完成する。
やがて彗星を破壊したのち、彗星によって作られた世界と共に消えていった。

【願い】
自分には不要であると諦めている。
けれど、マスターが望むのならば戦うことも辞さない。


【マスター】
高松翔@漂流教室

【願い】
まだ決めていない。未来に捲かれた種として生きるためにも、この世界から出るか、聖杯を入手してその使命を破棄し、母の下に帰るか。

【能力】
特になし。
運動会では毎回リレーの選手に選ばれる運動神経を持っているが、ありふれた小学生よりかは運動が出来るといった程度。
ただし仲間をまとめ上げる能力があり、状況に咄嗟に対応できる判断力がある。

【人物背景】
大和小学校6年3組。元気で明るいごく普通の少年。親にも迷惑をかけてばかりいたやんちゃな子供だったが、荒廃した未来の世界に飛ばされ、頼れるはずの先生たちが次々に発狂・死亡した中で、小学生ながらにリーダーになる。
終盤で大友と和解した後、現在へ帰還しようとするも失敗する。
落胆するも、世界再生の片鱗を未来世界の中に見出す。
自分達が未来にやって来た意味が『荒廃した未来を再生させるためだ』という結論に行き付く。そして彼は生き残った仲間と共にこの世界に生きる決意を固めるはずだったが……

【武器】
錆びたナイフ

【方針】
まずはランサー以外にも、聖杯戦争の参加者を集める。それでどうするか決める。

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最終更新:2022年08月14日 20:15