壊れ果てた街。
つい先ほどまで辺り一帯に犇めいていた喧騒は、すでに消え去っていた。
しん、と墓所のように静まり返っている。
あるのは僅かな命の音だけ。
街の中心に、『それ』はいた。
その命は、確実な死へと向かっている。
致命の一撃を受け、倒れ伏し、起き上がれずにいた。
かつて、それが見せていた眩い栄光は、今となっては、もはやない。
何もかも失い、命さえ奪われ、死を待つだけの、ただの肉塊だ。
いまわの際になって、『それ』は見た。
視界の先にあるのは、どうしようもなく愚かなもの。
あるいは──眩しく輝く美しいもの。
そんなものを最後に目にし、そして──『それ』は死んだ。
それが簒奪者の末路。
あとに残ったのは、静寂だけだった。
◆
汎人類史を模した『異界東京都』は、あまりに広かった。
どこに目を向けても、ブリテンで見たことがないものばかりだ。
首を回し、瞳を動かすたびに新たな発見があり、物珍しさに心が動かされる。
時刻は夜だが、空に散らばる星々よりも強烈な輝きが、地上を埋め尽くしていた。
カルデアの人間から聞いていた通り、ブリテンの外の世界には未知の景色が広がっていたのだ。
こんな大都市を、あの憐れで汚くて弱々しい人間が作り上げたのだというのだから、驚かずにはいられない──
オーロラの名を持つ美しき妖精は、そんな街並みを眺めて微笑んだ。
彼女の肌は何千年もかけて磨き続けてきた大理石のように白く、街が放つ光を反射して輝いている。しかし、その一点には赤黒い紋様が刻まれていた。とはいえ、オーロラの美貌にかかれば、それもまた彼女の美しさを引き立てる装飾品のような役割を果たしているのだが。
この紋様こそ、この美しき妖精が『異界東京都』を舞台にした聖杯戦争の参加者であることの証左──令呪である。
オーロラはそれを目にし、少し不満げな表情を見せた。
ブリテンの外に連れてこられたのは、いい──元より出ていくつもりだったのだから。
人間たちの世界へと連れてこられたのも、いい──元より来るつもりだったのだから。
しかし、そこで開かれる聖杯戦争へと強制的に参加させられるのは、困る。
戦なんて、もうこりごり。
しかも今回は衛兵も側近も付けてない、自分ひとりだけの危険な戦いだというのだから、ちっとも面白くない。嫌になって来る。
「ああ、でも──」
オーロラは軽やかに振り返った。
そこにはちょっとした高さの建造物がそびえたっており、そのてっぺんにはひとつの影が留まっていた。
オーロラは影を見上げながら、にっこりと微笑する。
「──あなたが、私を守る騎士になってくれるから安心ね、アーチャー」
「……騎士……? おかしなこと言うね、あんた……」
影は、その細い首を傾げながら、陰鬱な声を返した。
「おれは、騎士じゃない……冒険者だよ……」
その影は、人の形をしていなかった。
オーロラの美しい翅とは真逆の、悪魔じみた凶悪な羽を生やした竜である。
幻想種に詳しい魔術師がこの場にいれば、ワイバーンの名を連想するだろう。
……いや、そうは言い切れない。
なぜなら、その影には一般的なワイバーンのイメージからも外れた特徴があったからだ。
腕──それが三本も、生えている。
人間の尺度から逸脱した竜種においても、奇形に分類される外見だ。
三本腕のワイバーンの名は、アルス──
星馳せアルスである。
『冒険者』という役職は、彼の自称に留まらない。
とある世界においてアルスは、誰もが認める最強の冒険者だった。
星馳せが倒した敵は数知れず、かき集めた宝は数えきれない。
神話や伝説に出てくるような英雄。それが、星馳せアルスという修羅だった。
彼は尋常ではない行動範囲の広さを誇る冒険者だ。
絶海の孤島に眠る宝であろうと、近づくだけで危険な高山地帯に潜む魔具であろうと、持ち前の飛行能力でもって、それら全てを暴いた実績がある。
しかし、ひとつだけ、そんなアルスであろうと辿り着くどころか、その発想さえなかった場所があった。
それは──“彼方”。
アルスにとってそこは、“客人”や魔具が流れてくる源であり、こちらから飛んで行く領域ではない。
しかし今、彼はいる。“彼方”に。
そこはアルスにとって、新雪の野も同然の世界だ。
「…………」
アルスは建物の縁に留まったまま、ゆっくりと周囲を見渡した。
視界の先に広がる迷宮の名は『異界東京都』。
その規模と文明は、アルスが知る最大の国家『黄都』さえも上回る。
そこに潜む敵は、数も強さも未知数。
アルスと同等、あるいはそれ以上の修羅さえ、いるかもしれない。
そこに眠る宝は、万能の願望器──聖杯。
「…………。……広いね、ここ」
自分が置かれた舞台を改めて認識し、アルスは静かに呟いた。
それは相変わらず、陰鬱な小声だった。
しかし、彼のことをよく知るものが──少なくとも彼のマスターであるオーロラではない──聞けばわかるだろう。
その声に、とある感情が混ざっていることに。
それは『期待』という感情だ。
『異界東京都』の何処かにある聖杯は元より、聖杯戦争の参加者たちが持っている文字通りの宝である宝具すらも手に入れたいという強欲が、アルスの小さな体躯に収まりきらず、舌先から声に乗って滲み出ていた。
「ええ、そうね。人間が、こんな街を作るなんて──きっと、すごく頑張ったんだわ」
アルスの呟きは、ただのひとりごとだったのだが、オーロラは感慨深げに言葉を返した。
「こんな素敵で、理想的な世界を、戦争で壊してしまうなんて……勿体ない」
「…………」
「戦争の過程で、サーヴァントを失ったマスターは、身一つでこの戦場に取り残されることになるでしょう。聖杯戦争に直接の関りがない一般人だって、危険に晒されることがあるかもしれません。そして私には、妖精として彼ら人間を守る義務がある──そう思わない? アーチャー」
「……さあ。おれには……義務とかそういう、難しいことは……よく分からないな……」
「それでね、とても良いことを思いついたのだけど」
アルスの響かない反応を受け流し、オーロラは言った。
「戦争の最中で行き場を無くした可哀想な人たちがいたら、優しく迎え入れてあげるのはどうかしら」
「…………? ……?」
オーロラの言葉を受け、アルスは疑問符を浮かべた。
生前は自身の独特な言動で数多くの他者を困惑させてきたアルスだが、今回は普段と真逆の構図が発生している状態だ。
しかし、彼がそんな反応を見せるのも無理はない。
聖杯戦争という状況でまず真っ先に出てくる考えが、他の主従との戦闘でなければ、自己の保身でもなく、他人の保護とは、どういうことだ。
しかも、その対象は何の価値もない弱者だと来た。宝も持っていないただの重荷、しかも聖杯戦争が終われば跡形もなく消えてしまう物をわざわざ背負う理由を、アルスは理解できない。
そんなことをして、何になる?
(ほめられたい、のかな……)
まさか、そんなことはないと思うけど。
他者から賞賛を浴びたいのなら、もっと他に方法があるのだから。
たとえば、アルスがよく知り、最も尊敬する人間であるハルゲントもまた、他者からの賞賛を求めていた。
彼の場合、自分の目標を達成すべく必死で考えて、『ワイバーン狩り』ただひとつに何十年も専心していた。
自分の欲するものに、手を伸ばそうとしていたのだ。
その点、オーロラは違う。
『ただそこにいること』が最大の存在価値となる妖精は、自己を高める為に何かに手を伸ばすことは絶対にない──自分より優れた他者の足を引っ張る為に手を伸ばすことはあるかもしれないが。
無論、現時点のアルスが、そんなオーロラの本性を知るはずがない。
それ故、彼は「珍しいことを考えるマスターに召喚されてしまった」程度に受け止めた。
「…………あんたがやりたいようにやれば、いいんじゃないかな。……おれも、好きなようにやるよ」
「ありがとうアルス。大好きよ」
ブリテンで最も美しい妖精であるオーロラが囁く愛の言葉は、通常なら効く者の心を溶かすほどの魅力を有していたが、アルスは大した感慨もなく飛んだ。
次なる敵を倒すため、次なる宝を掴むため──強欲なる冒険者は、『異界東京都』においてもまた、当然のように英雄譚を更新するのだろう。
「……ハルゲント」
先のマスターの言動から連想した友の名を呟いて、空を見上げた。
月がひとつしか浮かんでいない夜空が、目に入る。
──黄都でおれを倒した後、ハルゲントはどうなったんだろう。英雄になれたかな。
──……いや、ハルゲントは凄いやつだ。
──あいつの眩しい欲望が、おれを倒した程度で収まるはずがない。
──きっと、あれからも、もっともっとすごい偉業を成し遂げて、おれなんかより凄くなったに決まってる。
かつてアルスは、友との一騎打ちに敗北した。
しかし今、彼は英霊として仮初の体を手に入れ、もう一度冒険の機会を与えられている。
そしてアルスは思う。
聖杯戦争を経てもっと強くなり、もっと宝を集め、もっと凄くなった自分が、再び友と競い合う機会に恵まれたら──それほど、幸せなことはない。
英雄は、風ですら追いすがれない速度で、飛ぶ。
それは紛れもなく、空中最速の生命体だった。
◆
それは異常の適性を以て、弓兵の域を超えた武器を取り扱うことができる。
それは地平の全てよりかき集めた、無数の宝具を有している。
それは広い世界の無数の迷宮と敵に挑み、その全てに勝利している。
欲望の果てに竜(ドラゴン)の領域さえ凌駕した、空中最速の生命体である。
冒険者(ローグ)。鳥竜(ワイバーン)。
星馳せアルス。
【クラス】
アーチャー
【真名】
星馳せアルス@異修羅(書籍版)
【属性】
混沌・中庸・星
【ステータス】
筋力D 耐久B 敏捷A+++ 幸運B 魔力B 宝具A+
【クラススキル】
単独行動:A++
マスターからの魔力供給を断ってもしばらくは自立できる能力。
ランクA++ならば現界どころか宝具の使用であっても、自前の魔力で補える範囲内で発動可能。
ただひとりで地平のあらゆる迷宮を攻略し、あらゆる宝を集めたアーチャーはこのスキルを破格のランクで保有する。
対魔力:E
魔術に対する守り。
無効化は出来ず、ダメージ数値を多少削減する。
クラス補正で得たお飾り程度のランク。ただし宝具を使用した場合は、この限りではない。
【保有スキル】
鳥竜:A
ワイバーン。
アーチャーの世界では空の支配者と呼ばれるほどの飛行能力を持つ種族。
飛行時、敏捷ステータスに振られたプラス値が効果を発揮する。
詞術:A
とある世界においてそれぞれの生物が持つ独自の『言語』を他者に直接伝える法則。
あるいは対象に頼む事で発火や変形といった現象を発生させる技術。
アーチャーは保有する多数の武具を焦点に詞術を発動する。
無窮の武練:A+
ひとつの時代で無双を誇るまでに到達した武芸の手練。
莫大な戦闘経験の積み重ねにより、たとえ思考と記憶が曖昧な状態にあっても十全を超えた万全の戦闘能力を発揮できる。
アーチャーは最強の冒険者である。
【宝具】
『その手に栄光を』
ランク:E~A+++ 種別:対人~対国宝具 レンジ:魔具による 最大捕捉:魔具による
アーチャーが生前に地平の全てよりかき集めた無数の魔具がそのまま宝具になったもの。
あるいは全ての武具に適性を持つ常軌を逸したアーチャーの才能が宝具に昇華されたもの。
アルスはこの宝具によって多種多様な武具を保有しており、そのため、弓兵(アーチャー )で現界していながら、他クラスのサーヴァントのような戦闘を可能とする。
彼が保有している武具は、その一部を挙げるだけでも、マスケット銃及びそれから射出する数多の魔弾、巻き付いた対象の強度を無視して捩じ切る鞭、空間位相の断絶を生み出すことであらゆる攻撃をシャットアウトする盾、抜刀時に極めて強力なエネルギーの剣身を伸ばす剣、無限に湧く泥を刃や弾丸として放出する土塊、と多岐に渡り、そのどれもが伝説級の逸品。
彼は異常な適性によってこれらの魔具全てを十全に使いこなす。どころか、ひとつ扱うだけでも常人にとっては困難な魔具を組み合わせて発動することすら可能。
またアーチャーは聖杯戦争の最中で打ち倒したサーヴァントの宝具が自身も使用可能なものであった場合、簒奪し、己の宝具として使用できる。
【人物背景】
鳥竜の冒険者。
または強欲な簒奪者。
【weapon】
魔具の数々。アルスはその全てに適性を持ち、手足のように使いこなす。
【マスター】
オーロラ@Fate/Grand Order
【能力・技能】
妖精として超常的な能力を持つが、戦闘に役立つものは殆ど無い。
【人物背景】
妖精の氏族長。
または無垢な簒奪者。
【方針】
究極の自己愛に基き、『自分が一番愛されること』を求める彼女は、周囲から『心優しき人格者』に見えるよう動くだろう。──自分以上の人気者が現れない限り。
最終更新:2022年08月14日 01:29