.

【3】

 英国で長年のキャリアを積んだ後、引退後にアドバイザーとして日本の警察に協力している元刑事。
 南井に宛てがわれたその役割は、東京都内で発生した犯罪の捜査情報をある程度自由に引き出せるという点で、好都合であった。ホテルの室内で考察を重ねるこのスタイルを、推理小説では安楽椅子探偵と呼ぶのだったか。
 そして、南井は今日もまた、ある事件の情報を前に思考する。

 深夜の地下駐車場にて、当直の警備員を含む民間人複数名の遺体が発見された。脳天を撃ち抜かれた遺体、体の数割を欠損させた遺体など様々だが、いずれも射殺体であると見られる。
 現場は超電磁砲の乱射か戦車の暴走でもあったのかと思えるほどに痛ましく破壊され、何台もの乗用車の爆発炎上まで起きていた。
 間違いなく、聖杯戦争によるサーヴァント同士の衝突が起きたのだろう。こればかりは警察への説明を行うわけにもいかないなと頭を痛めつつ、南井は奇妙な点へと関心を向ける。
 深夜だというのに集まってきた周辺住民が野次馬となって騒がせていた最中、群衆の中に紛れていた一人の青年がその場で拳銃を取り出し、自分の顎へと押し当てて発砲したのだ。当然のごとく青年は即死、明らかな自殺であった。

 青年が聖杯戦争のマスターであったことを、南井は確信している。
 今回の事件よりも更に二日前、また別のマスターであると思われていた一人の女子高生と何らかのきっかけで接触・交戦した末に殺害した容疑者であるとして、南井は既に青年をマークしていた。愛用の手帳に記された数々の事項が、南井の青年への警戒を雄弁に物語っている。
 拳銃はある非合法のサイトで青年自身が購入したものであったようだ。因みに、サイト内で他者とメッセージのやり取りを行っていた形跡も確認されたが、相手の特定はサイトの構造上ほぼ不可能だろうとのことであった。
 ともかく、危険人物であることは明白。いずれ対処するべき相手であったと思われていた青年は、しかし南井と対面することなく、こうして死亡した。
 青年が引き連れていたサーヴァントもまた、今回の事件現場で既に倒されてしまったことだろう。

 この青年の主従を破った『正体不明のマスター』と『正体不明のサーヴァント』は、一体何者なのか。
 青年は何故、他殺ではなく自殺によって死亡したのか。

「恐るべき敵であると思わないか? バーサーカー」

 物言わず傍らに佇むバーサーカーへと、南井は語りかける。予想通りだが、バーサーカーからの返答は無かった。
 『狂人』のクラスのサーヴァントでありながら、南井の指示には的確に従ってくれるのが幸いだ。しかし、あいにく会話のキャッチボールが成立する相手ではない。ただの武力、強力すぎてやや扱いに困る銃として見倣すのが妥当なところだ。
 そう、バーサーカーは強力なサーヴァントだ。今回の事件を引き起こした『正体不明のサーヴァント』と同程度には。
 まるでバーサーカーと瓜二つの戦法を取る敵だと、南井は感じていた。いくら人の少ない場所とはいえ、高過ぎる攻撃力の持ち主が躊躇なく暴れた事実には目眩さえ起こしそうだ。

 何故、『正体不明のマスター』はこのような破壊行為を良しとしながら、青年のことを直接手にかけなかったのか。
 南井は考える。いつものように、犯人の気持ちになって。

 青年は、死んで当然の屑である。しかし自らの手で殺害したら、万が一にも第三者から疑念の目を向けられかねない。生き残って目的を果たすためにも、この青年には自殺という形で死んでもらった方が好都合だ。
 そのためには、青年を体よく唆したいところである。例えば……そう。遂に出会えた運命の相手と添い遂げられないなら、永遠を誓ったはずが一転して冷酷に見捨てられてしまったなら、もういっそ死んだ方がましだ……などというようなことを思わせながら。
 青年の召喚したサーヴァントは、彼の死を阻むだろう。あらかじめ処分する必要がある。しかし、何らかの理由により青年が令呪による自害の命令を行えなかったら。
 まあ、それでも別に構わない。倒せば済む話だ。やるならいっそ、設備を全て壊して、目撃者を全員殺して、自分達のことを特定不可能となるくらい盛大に暴れさせてしまおう。
 何より、このように思えるのではないだろうか。
 この青年のせいで不要な犠牲が出ることになった。だからこそ、彼が死ぬことへの清々しさが際立つものだ。

「……許せんな」

 不思議な感覚だった。
 ただの思考のシミュレートだというのに、本当に南井自身がその日その場所でそう考えていたかのように、追体験が一際スムーズに進んでいる。
 故に、憤りも大きく膨れ上がる。
 もし『正体不明のマスター』の心境が、この仮想の通りだとすれば。彼奴は自らの罪悪感を軽減または抹消するために、或いは己の手掛ける断罪の正当性を確信したいがために、新たな犯罪の発生を敢えて黙認したと言えるではないか!
 現に目論見は成功している。わざわざ舞い戻った青年の死は、それ自体がラブコール。死に場所にこそ、きっと大きな意味があったのだ。
 その愛情が一方通行であると、最期まで気付かずに青年は死んだのだろうかと思うと共に、南井は深い溜息をつく。
 遺憾ながら、この青年の死はすぐに忘れられていくことだろう。南井としても、これ以上手を出せる余地を見出せそうにないところであった。『正体不明のサーヴァント』が再度出現する機会に警戒するのが、現状の限界か。

 彼の死について、何より恐ろしい点がもう一つ。救えない悪は死すべしという思想それ自体は、南井としても心情的に賛同してしまいそうな部分があることだ。
 そして、この東京を舞台に行われるのが、個人へ過剰な殺傷能力を貸与しての殺し合い、戦争だ。人が培った倫理を投げ捨てることを許容する適当な名目が、南井達に授けられたのだ。
 ……屈してはならない。呑まれてはならない。正義の執行者である警察官の誇りにかけて、絶対に己を律しなければならない!

「お前がいれば、もっと心強いのだがな……右京」

 鮮明に思い出せる、英国での記憶。
 悪の繰り出す謎へと立ち向かう、輝ける頭脳を持つ逸材との再会。
 世界の誰もが憧れる創作上の名探偵、シャーロック・ホームズ。その生き写しと言っても過言ではない男。

 杉下右京。

 彼と過ごした充実の日々こそが、南井にとっての何より堅固な支柱だった。
 右京ならば、聖杯戦争での勝利など望まないだろう。人による解明、法による裁定という手続きを重んじる右京ならば、聖杯を得るための過程を嫌悪するに違いない。
 右京と、また肩を並べたい。二人で力を合わせて捜査し、闇に光を当てたあの環境へ、再び身を投じたい。そんな無垢な希望が、南井を善の側へと留めているのだ。
 異界の東京に右京もいてくれるなら、どんな醜悪な犯人が相手でも負けはしないだろうに。犯罪の無法地帯となる都市など、それこそ右京の出番ではないか。
 いや、むしろ。光の側に立つ名探偵を活躍させるためにこそ、闇の側の悪者達はこれから罪を犯していくのか……?
 と思ったところで、不謹慎かつ荒唐無稽な発想であると失笑し、南井は己を戒めた。



【1】

 『弓兵(アーチャー)』の名を携えて召喚された身だが、得物は弓矢ではなく拳銃だ。
 発砲するだけなら五本の指で誰でも成せる。工業製品としての量産が可能。人が絶命する瞬間を触覚で感じ取らずに済むため、ストレスが軽減される。
 殺人という行為を容易で身近なものとした銃の頼もしさと恐ろしさは、一角のガンマンとして承知しているつもりであった。
 そう、ここは恐怖の殺人合戦の会場。争いの熾烈さに常に身を震わせながらもプロとしての役目を全うする人生を遂げたアーチャーは、この地でも己のマスターの警護に身を捧げると決めていた。
 そんなアーチャーが今、いっそ戦場から逃げ出したい衝動と必死に戦っていた。
 轟々と周囲が燃え盛る、深夜の地下駐車場でのことであった。誰より銃を恐れるアーチャーが、いや、誰より恐れているからこそ、今夜の敵――バーサーカーに心を折られようとしていた。
 成人男性の体格のバーサーカーは、その顔面から銃口が突き出ていた。左肩から先が血の通った腕ではなく、真っ黒なライフルになっている。
 コンクリート壁を抉り取るほどの馬鹿げた威力の弾丸を撃ち続けるバーサーカーは、まともな言語を発しない。逃げ遅れた人々が巻き込まれるのもまるで気に留めず、対話によるコミュニケーションを取らず。薄ら笑いを浮かべながら、ただ恐怖だけを一方的に抱かせてくる、クラス通りの狂戦士。

 アーチャーはほぼ直感的に、バーサーカーをこのように形容した。
 奴は、『銃の魔人』だ。

 アーチャーの生涯において、魔人と呼称されるほどの驚異的なキルスコアを誇った銃士には、何名か心当たりはあった。僅かな隙を手繰り寄せてどうにか勝ちをもぎ取った、いずれも善い好敵手であった。 しかし、正真正銘の人外じみた敵と対面するのは今日が初めてで、こういう奴のためにこそ魔人の二文字はあるのだなと、アーチャーは痛く理解させられていた。
 どん、と。身を潜めていた軽自動車が撃たれ、爆ぜる。出鱈目な爆風と破片がアーチャーを襲い、逃避のための脚を焼いた。
 第二の生の終末がいよいよ近付き、意識をいっそ闇の中へ放り出したくなってしまう中、アーチャーは思う。
 何も望まない、帰りたいとすら思えないと告げた、生気の無い瞳のマスターに、鉄火場しか知らない自分が尽くせることは何かと考え、決めた。理想の生き方がわからないなら、私がこの戦争をいかに戦い抜くかを見届けてほしい。この姿に何か感じ入るものがあったら、その思い出を手土産に、お前のこれからの人生を歩んでみてはどうだろうか。
 ……あんな大言壮語を述べておきながら、ネガティブな一心に支配されるなど、恥知らずもよいところだ。口から笑いが零れて、一緒に恐怖心も少しだけ体内から出ていってくれたような気がした。
 このまま敗死するなど、ガンマンの名折れ。魔人が何だ、生涯の伴侶であった銃の化身など、この私が愛と敬意を以て弾丸を贈答するのにうってつけの相手ではないか。

 心を震わせる。高揚し過ぎてはいけない、深呼吸一つでクールダウン。コンディションは整った。
 身体を突き動かし、砲火の射線上へと身を晒す。生命の危機であればある程、精度は研ぎ澄まされる。
 標的は五メートル先。複雑な思考は要らない。肢体と脳が、すぐに適応する。
 バーサーカーは動きを止めていた。狙いを定められるまでにアーチャーを仕留められなかったならば、その時点で一秒の半分の間だけ、敵は死を待つ木偶の坊と化す。
 そして、引鉄を引いた。
 肉体の耐久性を最低限まで落とし込まれたバーサーカーの身体へと弾丸は吸い込まれ、心臓を貫通する。どれほどの頑強なサーヴァントが相手であろうと、必ずクリティカルヒットを確定させる一射。
 赤い血をどろりと流し、バーサーカーの身体が崩れ落ちる。それと同時に、アーチャーの愛銃は、手中で盛大に爆発した。
 ガンマンとしての死を引き換えに成し遂げる一撃。万に一つの勝ち目もない状況から一気に逆転するアーチャーの宝具、最後の切り札により、バーサーカーの討伐を果たしたのであった。
 ……指が全て潰れてしまった右手は、もう銃を握れないが。命あってのなんとやらだ。
 パートナーとして、マスターと共に時を過ごすことはまだできる。今日の戦いを土産話に聞かせれば、多少の感動でも与えられるかもしれないし……彼の最近の不信な言動、そして是正すべき価値観について、きちんと対話をするべきだ。
 そんな未来を思い描く時、アーチャーの胸には一片たりとも後悔の念など湧かなかった。

 だから、この決闘はアーチャーの負けに終わるのだ。

 消え失せたはずの気配が、また戻ってきている。空気の張り詰め方が、敵は未だ健在であると告げている。
 顔を上げると、そこにはバーサーカーが立っていた。胸に空いたはずの孔が、既に塞がっているのを視認する。贈ったはずの死は、無慈悲に拒絶されていた。
 ああ、流石は『魔人』だ。銃で撃たれたら人は死ぬという絶対の掟すら、覆してしまうのだ。
 アーチャーは呆れたようにくしゃりと嗤う。その表情は、直後、上半身ごと消し飛ばされた。



 バーサーカーは『銃の魔人』であり、『銃の悪魔』ではない。
 悪魔に遺体を乗っ取られた人間の軌跡に基づいた権能を、あり得ざる形の宝具として獲得したサーヴァントだ。

 バーサーカーは、最後には『最悪な死に方』を遂げる運命にある。
 つまり、言い換えれば。
 『最悪な死に方』でない限り、バーサーカーは死ねない。
 そういう存在に、なってしまっていた。



【2】

 アーチャーが消滅したというのに、至って平静であることを青年は自覚した。

「君の望み通り、アーチャーは始末した。これで、満足したかな?」

 青年は、人生で四度の死別を経験している。
 小学生の頃、ペットだった犬が老衰で死んだ。中学生の頃、妹になるはずだった小さな命が、流産で死んだ。高校生の頃、自動車で青年を迎えに行く途中だった母が、濡れた路面でスリップ事故を起こして死んだ。
 社会人三年目の頃。自棄を起こしたような生活を続けて久しい父が、青年との些細な諍いの末に突き飛ばされて箪笥で頭を打って、死んだ。
 いずれの場面においても、青年は涙一つ流すことなく事実を淡々と受け止めた。
 父が死んだ翌朝には何食わぬ顔で出社し、職場に押しかけてきた警察にも特に抵抗せず、弁護士に用意された反省の弁を法廷で気怠げに読み上げる。そんな性分があの日の父を苛立たせたのだろうし、ネットニュースの片隅で顔も知らない連中の反感を買ったのだろう。
 頭でわかっていても、仕方ないじゃないかとしか思わなかった。感じ入るものが無いのに、何を表現しろというのか。
 お前達のいうとおり、ああ、僕は頭がおかしい人なんだろう。

「バーサーカーはどうしても過剰に被害を出しかねない戦い方をしてしまう。場所と時間は選んだつもりだが……巻き添えは、出たかもしれないな」

 刑期が二年目に差し掛かった頃、気付けば聖杯戦争の参加者として異界の地へ喚ばれていた。免職されたはずの会社で今も勤務を続け、父は脳卒中で死んだことになっていた。
 特に、望みも無かった。死んだ家族に会いたいとも思えず、金も名誉も欲しくはなく。共に戦う中で何かの希望が見つかるかもしれないと提案したアーチャーに、とりあえず付き合っておくだけの、何も変わらない平坦な日々の始まりだ。
 刑務所に入る前、刺激を求めてスナッフフィルムを眺めるのが数少ない暇潰しの趣味だったので、当時と同じように非合法のウェブサイトを探してみたらすぐに見つかった。同じサイト内で銃や薬物も買えるのを覚えていたので、とりあえず護身用にでも取り寄せようと思ってのことだった。
 そんなある日、サイト内で何者かからメッセージを送られた。『M』とだけ名乗ったその人物は、管理人でもないだろうに購入の用途を尋ねてきた。
 どうせ信じられないだろうと思いながら、聖杯戦争のことも殺人の経験があることも明かしてみた。本物のマスターだとバレたらバレたで別に構わないという投げやりな思いも、まあ、幾らかはあった気がする。
 しかし、そんな与太話を『M』は随分と親身に聞いてくれた。相槌を示す文字が久しぶりで新鮮で、ほんの少しだけ、話すのが楽しかった。

「尤も、誰が殺したかなど最早わからないだろうが……」

 『M』は、青年に指示を出した。君と同じような立場と思われる者達がいるから、接触してみてはどうだろうかとのことだった。
 結果を言えば、青年とアーチャーは一組の敵主従を倒すことになった。街の住民相手に魂喰いとやらをしていたアサシンのサーヴァントと、それを従えていた女の子だ。
 アサシンは、アーチャーが討った。マスターの女の子は、青年が撃った。
 女の子がアサシンの所業に対してどのような思いを抱いていたのかは不明だ。ただ、止める機会がありながらそれを怠り続けている時点で危険だろうというのが『M』の見解であったので、だったら殺しても問題あるまいと思い手を下すことにした。
 赤の他人を殺すのは初めてであったが、悔恨も快楽も伴わなかった。
 その代わりに生じた問題は、アーチャーの反発だ。事情を満足に聞かずに命を奪うのはさすがに酷な話ではないか。最低限守るべき道徳があるのではないか。いや、そもそもどうやって彼女達のことを突き止めた、一体誰が我々に今回の戦いを仕向けたというのだ。
 同じ人殺しのくせに思いの外倫理観を重んじていたアーチャーとの主従関係も、これで破綻していくのだろうなと察し、また『M』へ相談した。仲直りへ向けて必死になるような心掛けなんて、青年は人生で持てたこともなかったのだ。
 そして今夜、アーチャーは『M』の連れてきたバーサーカーのサーヴァントによって粛清された。相棒を死に追いやって尚、心中に波風はまるで立たず、それがまた可笑しかった。

「どうかな、相棒を裏切った気持ちは……いや、聞くまでもないか。その顔を見ればわかる」

 意外だったのは、今夜の戦闘に際して『M』が自ら姿を見せたことだった。対面の方が意思疎通はスムーズに進む、という社交の原則に傚ってのことだろうか。
 享年の父よりも年上の、穏やかながら活気を感じさせる瞳の老紳士だった。
 『M』――南井、と名乗った彼もやはり聖杯戦争のマスターであり、しかし聖杯を求める意思は無く、それよりも罪なき人々の救命を目指すのだという。

「ともあれ、これで君の聖杯戦争は終わった。直接的にはアサシンのマスター、間接的にはアーチャーとアサシン……そしてこの地に来る前には、君の実の父親。最低でも四人の命を奪った。それが、君の人生だ」

 だから、南井はわざわざこうして姿を現したのかと、青年は悟る。
 南井は、罪を許さない正義の味方だ。ならば自分は、南井に裁かれる悪か。
 青年の罪は、少女の命を奪ったことか、彼女の言葉に耳を傾けなかったことか。この先の未来で平然と人を殺す可能性の排除か、或いは人を殺した過去を悔いることもできない現在の姿への、怒りか。
 なんでもよかった。どうでもよかった。
 目的の無い、感慨の無い、自分自身でさえ愛着の持てない人生を終える、丁度良い機会がやっと巡ってきただけのこと。死ねることが嬉しいわけではないが、気楽にはなれるかもしれない。
 ……もし、心残りがあるとすれば。この手で奪った生命も、無駄に終わるのだなあということくらいだろうか。

「…………辛かったろう」

 青年は、南井に抱擁されていた。いつか思い出せないほど遠い昔に感じた気のする、人肌の暖かさだ。

「君はアーチャーを令呪で自害させることができた。それなのに私に彼を殺せと依頼した」

 敢えて不要な手間を掛けて、民間人を巻き込むリスクを負った理由を、南井には語らなかった。誰にも理解されないものだと、諦めていたからだ。

「『罪悪感』を、抱きたかったのだろう?」

 心臓が暴発しそうな、そんな錯覚を覚える。

「他人が死んでも、悲しくも苦しくも思えない。そんな自分自身が何より悲しくて……君の本心を誰にも理解されないことが、苦しかったのではないか?」

 飽きるほど聞いた人でなしだのサイコだのといった罵倒とはかけ離れた、柔らかな南井の声色。
 連なって聞こえるのは、自らの声にならない声。やがて、心が震えて氷解していく。

「もういいんだ。君はこれ以上、傷付く必要は無い。私が……君を理解したから」

 ずっと小さな頃の、優しかった父の姿が、南井に重なったような気がした。
 青年は、南井の両腕の中でひたすらに嗚咽を漏らす。会話としては支離滅裂であるのも構わず、感情を言葉にして吐露し続ける。

「今はこの出会いを喜ぼう。たとえ今夜が、私達の最後の時間となったとしても……互いを、決して忘れないように」

 笑って、困ったと告げる。死への無頓着さに、一つの例外ができてしまった。
 彼と共に未来を歩めるなら、もっと生きたいと思ってしまった。



「……ああ。ところで、この後の君の処遇なのだが――」



【4】



――右京、また捜査をやろう。一緒に! お前となら、どんな悪も光のもとに引き摺り出せる!

――かつての貴方は…………人間の深淵をも…………

――右京、また一緒に……!

――もう、言葉もありません…………罪は、決して…………僕も、あなたのことを、忘れないでしょう。



 ……そういえば。
 南井が右京と最後に言葉を交わしたのも東京の夜だったのは覚えているのだが、詳細がどうにも靄のかかったように曖昧だ。
 まるで今生の別れを告げるような言葉は、一体どのような話の流れから出た言葉だったか。
 親しい戦友との一時で向けるものとは思えない、悲嘆に崩れ落ちそうなあの表情は、果たして何故に作られたものだったのか。

「…………うむ。最近物忘れが多い。いけないことだな、バーサーカー」

 これでは本当に老いぼれではないかと、南井は苦笑する。
 傍らに立つ従者は、相変わらず何も語らない。味気ないものだ。彼が一体どんな夢想をしているかなど知る由もないが、ウィットに富んだ会話ができる相手と組める方が、喜ばしいところだ。
 ああ、やはり。南井の生涯で相棒と呼ぶに値する人物は、杉下右京ただ一人だけなのだ。



【クラス】
バーサーカー

【真名】
銃の魔人@チェンソーマン

【属性】
混沌・狂

【パラメーター】
筋力:C 耐久:A 敏捷:B 魔力:B 幸運:C 宝具:B

【クラススキル】
狂化:C
幸運と魔力を除いたパラメーターをランクアップさせるが、言語能力を失い、複雑な思考ができなくなる。
バーサーカーは、正常な現状認識ができていない。真っ白い雪原で童心に帰って雪合戦を満喫するような夢見心地に、今も浸り続けている。

【保有スキル】
単独行動:C
マスターからの魔力供給を断ってもしばらくは自立できる能力。ランクCならば、マスターを失ってから一日間現界可能。
『銃の悪魔』がアーチャーのクラス適性を持つことに由来して、このスキルを獲得した。

千里眼:D
視力の良さ。遠方の標的の捕捉、動体視力の向上。
生前のバーサーカーが『未来の悪魔』と交わしていた契約の、名残。Bランク未満のため、未来視は行えない。

集中砲火:B
バーサーカーは標的への攻撃を執拗に繰り返すほど、付与ダメージ量や命中率にプラス補正がかかる。途中で別の相手を標的に変えても効果はリセットされず、各人へ累積されていく。
一緒に遊ぶ友達は多い方が楽しく、ずっとじゃれ合える友達がいたら嬉しい。そんな幼心の賜物。

無言の帰宅:A
覚醒した『銃の魔人』は、■■■■の住処を真っ直ぐに目指した。
たとえ別人の思惑によるものであろうと、家族のように強い絆を繋いだ仲間達のもとへ帰ることを望んだのだ。
バーサーカーは狂化した状態にありながら、自分を支配するマスターの指示には忠実に従う。
ただし、「生前に友好的な関係であった者を標的としている」間はその限りでなく、またこの時バーサーカーは外的要因による行動の制約への耐性を著しく向上させる。
本物の『支配の悪魔』の力でないならば、令呪による命令をもってしてもバーサーカーを引き止めることは叶わないかもしれない。

【宝具】
『銃の魔人(ガンマン)』
ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:1~50 最大補捉:100人
人々から恐れられた災厄の権化『銃の悪魔』が、ある人間の死体に憑依して誕生した、魔人としての姿そのもの。
悪魔から魔人へと身を堕としたことで凋落こそしたものの、その権威が未だ有効であることは、人間離れした高い身体能力や再生能力に限らない形でも示される。

バーサーカーと対峙する者が「銃」という概念に対して畏怖の念を強く持っているほど、バーサーカーの戦闘能力は更に強大化される。
尤も、この効果は当然ながら「銃」を知らない者、「銃」に馴染みの無い者、「銃」を恐れない者に対しては有効に働かない。

『最悪な死に方(トゥルーエンド・フォー・ユー)』
ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:- 最大補捉:1人
『未来の悪魔』と呼ばれる存在から「お前は最悪な死に方をする」と予言されていた■■■■は、確かに非業の死を遂げた。
しかしそれは、■■■■自身にとっての「最悪」を意味するのではなく。
慕っていた■■■■を自ら手にかけたことで心に消えない傷を残すという、ある少年にとっての「最悪」であった。
■■■■に課せられたそんな運命が、拗じくれた形で昇華された宝具。

バーサーカーを破った者が、その事実に対して後悔や無念、罪悪感といった類の感情を強く抱いていた場合に限り、バーサーカーは聖杯戦争から消滅する。
この条件を満たすことなく撃破された場合、バーサーカーはいかなる状態からでも復活することができる。肉体は霊核が破壊されていようと、完全に修復される。
そして、復活には血液の補給や特定の所作などといった余計な手間が一切必要とされず、魔力の枯渇による脱落でさえ、即刻の回復によってキャンセルされる。
糞でも喰ったかのように後味の悪い結末を迎えない限り、バーサーカーとの戦いは永遠に終わらない。

【weapon】
顔面または左肩の小銃から発射するエネルギー弾。

【人物背景】
悪魔が人間の死体を乗っ取って生まれた魔人。
死んだ人間が生まれ変わったから、魔人。
彼の名は、もはやただの、銃の魔人。

【サーヴァントとしての願い】
―――――――――――。



【マスター】
南井十@相棒

【マスターとしての願い】
正義を成す。

【能力・技能】
観察眼と経験から、犯人のプロファイリングと取り調べを得意とする。
老齢でありながら今なお精力的かつ健常な人間である。
本人も自覚しない、「ある病」を患っているという点を除いて。

【weapon】
南井自身は特に武器を持たないが、「異界東京都」でも用意された各種ネットワークが武器と言えるだろう。
それが光の当たる表側でも、そうでない裏側でも。

【人物背景】
元スコットランドヤードの警部。警視庁特命係・杉下右京のかつての相棒。
「犯罪者の中には贖罪の心を持つことができない者もいる。そんな犯罪者は自らの死で償わせるのが相応しい」
そう語った理念に従うように、犯罪者に私的制裁を下している疑惑があるが、右京にさえ証拠を掴ませずにいる。

【方針】
聖杯を求める意思は無い。聖杯戦争を口実に不当な犠牲を出す者、聖杯の悪用を謀る者と戦う。

【備考】
「相棒」シリーズ中で南井十が登場するエピソードは以下の通り。
season16……「倫敦からの客人」
season17……「倫敦からの刺客」
season18……「善悪の彼岸~ピエタ」「善悪の彼岸~深淵」

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最終更新:2022年08月16日 18:04