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PA×艦これ エピソード集 次元スリップ

●艦これ×PA

誰よりも驚いたのは、事件に巻き込まれた当の本人達だったに違いない。
その日、連合艦隊は来るべきAL/MI作戦に向けて大演習を展開していた。しかも大胆な事に、この大演習は深海棲艦が陣取るMI海域の比較的目前で行われた。
深海棲艦は人類にとって恐るべき敵だ。突如として出現し、電撃的侵攻によって人類から制海権を奪い取ってしまった。
記録によると、初出現地点は南太平洋だとされているが、これは最初に深海棲艦の存在が確認された場所であり、定かではない。

海は人類にとって輸送の要だ。その輸送量は陸運や空運のそれを遥かに凌駕し、1隻の大型船を建造するだけで大量の物資を運搬出来る。
そのシーレーンを抑えられた人類は互いの連携を失い、物資の往来を大幅に制限された事によって力をジワジワと奪われて行く運命にあった。
そこへ現れたのが艦娘だった。正体について諸説あるが、実態は不明である。
艦娘は人類にとって深海棲艦に対する最大の対抗手段だ。艦娘とは第2次世界大戦時代に運用された軍用艦艇が、その艦歴を記憶に持って人の形を取ったもの、と説明できる。

さて、今回の大演習の目的は、MI作戦実行に向けての橋頭保確保である。臨時の補給・整備施設を構築する事でMI作戦を継続的に行えるようにするのだ。
本土からMI海域までは非常に距離があり、この間は補給艦を編成に加えない限りは補給を望む事は不可能である。
そこで各鎮守府では、横須賀鎮守府提督(以後Y提督とする)の主導の下、MI海域における作戦行動及び同海域の永続的確保を可能とする補給・整備拠点を設ける事で意見の一致を見た。
大本営もこの作戦計画を承認し、早速連合艦隊は訓練に入ったわけである。


「…どうしました加賀さん?」
しきりに自分の足元を気にする正規空母娘の加賀に、第1艦隊旗艦の赤城が声を掛けた。赤城は加賀と一緒に第一航空戦隊を組む正規空母娘だ。艦隊内では一航戦はエース中のエースとして名高い。
第1艦隊は橋頭保確保の時間を稼ぐ為の壁として、小島より更に先の地点で五航戦を中核とする第2艦隊と共に展開しており、橋頭保確保完了の報告を受けて持ち場の第1拠点に帰投する途中だった。
因みに五航戦とは、翔鶴型航空母艦姉妹の翔鶴と瑞鶴で構成される空母部隊の事である。
「ちょっと…機関部の調子が悪いようです」
顔を上げた加賀は、着用する青い袴からイメージされる通りのクールボイスで言った。ただし今回は微かに困惑の色が含まれている。「おかしいですね。何度も点検したのですが…」
「機械はいつも完璧では無いですよ?」
「しかし実戦だと致命的です。敵の良い的になります」
「確かに、今回が訓練で良かったとは思いますね」
赤城は首肯すると、右前方に見える小島に顔を向けた。第1艦隊が受け持つ第1拠点だ。そこから横に数キロ離れた地点に、第2艦隊が担当する第2拠点の小島が浮かんでいる。
どちらにも山があり、海上からの艦砲射撃による直接打撃を防げる地形となっている。最大の脅威は空爆だが、集積ポイントはいくつかに分散されており、おいそれと簡単に壊滅させられないよう考慮されていた。
そもそも拠点を複数に分けてあるのも同じ理由からである。
「赤城さん。私は第2拠点に行きます」
「え、第1拠点の方が近いですよ?」
驚く赤城に、加賀は続けて説明する。
「明石さんは会議に参加するので…それを邪魔する事は出来ません。第2拠点には夕張さんがいます。そして私の艤装の調子は、航行不能までには至っていません。となれば第2拠点に立ち寄るのが論理的かと」
「…なるほど、加賀さんの言う通りですね」と、赤城は同意した。「では、島風さん…」
赤城が第1艦隊で唯一の駆逐艦娘に加賀の護衛を命じようとしたが、加賀が止めた。
「いえ、赤城さん。第2拠点周辺を哨戒中の娘達の中から選びます。私の為に巻き込む事はありません。それに、休ませないと」
「ふーむ…でも島風さんを第2拠点で休ませても良いのでは?」
「いえ…あの…」
そこで加賀がやや困ったような顔をしたので、赤城はその理由を瞬時に理解した。奔放な性格で知られる島風と、堅物の加賀はそりが合わないのだ。
島風が第1艦隊に組み込まれていた理由は、最大速度が時速40ノット以上と連合艦隊最速を誇っており、強行偵察等に利用出来るからであった。
今回の大演習の責任者の一人として、赤城と加賀は今現在第2拠点周辺を巡回しているのが第3水雷戦隊である事を知っていた。
第3水雷戦隊には、川内型軽巡洋艦娘の川内を旗艦として、吹雪型駆逐艦娘の吹雪、白雪、初雪、深雪、叢雲で構成されているわけだが、その中で吹雪と白雪は実直で真面目な性格として知られる。
仕方ありませんね、という風に赤城はにっこりした。
「分かりました。では川内さんにお願いして、一人割いてもらう事にしましょう」
赤城は通信をオンにした。「こちら赤城。川内さん聞こえますか?」
すぐに応答があった。
「こちら川内。何ですか?」
「加賀さんの艤装が不調です。それで第2拠点に向かわせるのですが、護衛を一人回してもらえませんか?」
訓練後の総括があるのは川内も知っていたので、加賀が最寄りの第1拠点に向かわなかった理由は何となく察しがついたが、やはり1つ気になった事があった。
「…別に構いませんが…そっちに駆逐艦いませんでしたっけ?」
「それは聞かないで聞かないで」
小声で催促する赤城に、川内は「あ~」と笑いながら応じた。
「了解。んじゃあ吹雪を回しますね」
「助かります。赤城終わり」
通信を切ると、赤城は加賀に頷いて見せた。「吹雪さんを護衛につけてくれるみたいです」
加賀は静かに息を吐いた。僚艦に隠れて見えなかったが、島風も額の汗を拭っていた。どうやら知らないうちに互いの利害が一致していた模様。
「では赤城さん。私はこれで」
「気を付けてね?」
「はい」
小さく頷くと加賀は隊列を離れ、第2拠点に向かった。


「ここからなら第1拠点がよく見えますよお?」
高台から第1拠点のある方角に向かって指差している青葉に追いついた瑞鶴は「ヒューッ」と口笛を吹いた。
心地良い海風に吹かれて、ツインテールが旗のようになびく。
「翔鶴姉見えるかなーっと」
瑞鶴は首にぶら下げていた双眼鏡を握った。
五航戦は一航戦より一足早く拠点に戻ったものの、翔鶴は瑞鶴に指揮権を委ねると第2艦隊のメンバーを残して、会議の為に第1拠点に向かった。
指揮権を委ねられたとは言っても、殆ど留守番みたいなもので、事実上「暇」であった。
そういうわけで上陸後の瑞鶴は手持無沙汰となったが、金剛型高速戦艦娘の金剛が第2拠点のメンバー全員に紅茶とお茶菓子を御馳走してくれるらしく、今は3番艦の榛名と共に準備中だった。
金剛は他に手伝いはいらないと言ったので、とりあえず瑞鶴は青葉に声を掛けて、第1拠点がよく見えるポイントを探してもらった。
青葉とは青葉型重巡洋艦の1番艦で、艦隊内ではプロ顔負けのカメラマンとして有名だった。彼女の愛用する黒色の一眼レフカメラのレンズ内には、連合艦隊の歴史が何枚も収められた。
そしてさすがは青葉である。ものの一発でスポットを特定してみせた。それが瑞鶴と青葉が今いる高台である。
最も高い山頂よりは低いが、山頂に行ったからと言って見晴らしが良いわけではない。木々や岩に阻まれて眼下の光景が見下ろせない事は多々あるのだ。
双眼鏡を目に当てた瑞鶴を見て、青葉は頭を掻き掻きした。
「さあ、司令部が丸見えだと撃たれ放題なんで、見えないんじゃないかとぉ…」
しかし瑞鶴は諦めなかった。
「でもまだ会議は始まってないわけだし、どこかを翔鶴姉が歩いてたらワンチャン…ってあれ?」
瑞鶴が眼下に偶々映った人影を見つけた時、横からシャッター音が響いたので、不意を突かれた瑞鶴はビクッとしてそちらに目を向けると、いつの間にか青葉が片膝立ちでカメラを構えていた。
「良いポーズでした!」
青葉は立ち上がった。「それで、何を見つけたんですか?」
「あれよ」
「どれどれ」
瑞鶴の指差す先を目で追った青葉は、「あらら」と言った。
「あれは加賀さんじゃないですか?」
双眼鏡を覗き直すと、果たしてそれは加賀であった。隣に吹雪を伴っている。
「何しに来たんだろ」
そう言いながら、瑞鶴は直感で事情を察した。「…そっか、エンジンがおかしいのか」
すると青葉が意外そうな表情をした。
「あの加賀さんがですか?あり得ないですよ…でもホントだとしたら、妙ですねえ」
「いじり甲斐がありそう」
瑞鶴の口元は無意識にニヤニヤしていた。「そうと決まればやるしかない」
「え、何がですか?」
質問を無視して高台を駆け下り始めた瑞鶴を、青葉は目を丸くして見送った。「まさかと思いますが…でも殺されますよ?」
しかし青葉はジャーナリストでもある。そう言った瞬間、青葉の顔からもニヤニヤがこぼれる。
「…これは見逃せません!」
青葉も喜々として高台を駆け下り始めた。脳内は早くもニュースのタイトルと記事が組み立て始めていた。


第2拠点に上陸した加賀を、最上型航空巡洋艦娘の鈴谷と熊野が敬礼して出迎えた。正確に言えば最上型「重巡」だが、姉妹4人とも航空巡洋艦仕様に改装した為、このクラス名に変更された経緯がある。
鈴谷と熊野は浜辺で何かを話していたようで、加賀と吹雪を真っ先に出迎える形となったようだ。
熊野が金剛の紅茶を勧めたが、加賀は丁重に断った。
「ごめんなさいね、ちょっと急いでるから」
答礼するとすぐに歩き出そうとした加賀だったが、酸素魚雷の如く突っ走って来る瑞鶴と青葉を不審げに目を留めた。
「イエーイ、加賀ったらどうしちゃったわけ!?」
そう言えば翔鶴も会議に参加する事を加賀は思い出した。いつも姉と一緒の瑞鶴としては退屈だったのかもしれない。
となると自分は退屈凌ぎのサンドバッグか。
「まったく…」
加賀の前で立ち止まると、瑞鶴は恭しく敬礼した。
「第2拠点へようこそ!隊長代理の瑞鶴が御挨拶申し上げます!」
「わざわざ挨拶どうも。でも用事が済んだらすぐ帰るから」
そう言うと加賀は吹雪の背中を軽く押して先導させた。その吹雪は苦笑している。
予想通り瑞鶴は後ろからついてきた。鈴谷は面白がるように、熊野は心配そうに互いに目を合わせた。
「大丈夫だって熊野」
「本当でしょうか?」
「鈴谷が保証するよ」
「何を保証するのです?」
「まあとにかくリラックスして見てなって」
熊野が心配するのをよそに、瑞鶴は尚も加賀に絡んでいる。
「もう、つれないわねえ」
頬を膨らませる瑞鶴。「世間話くらい良いじゃん」
「あなたと与太話しようとここに寄ったんじゃないわ」
「ほう、それでは何の為です?」
瑞鶴のおとぼけと、パチパチと青葉の押すシャッター音に辟易を増幅させながら加賀は適当に答える。
「…あなたとは関係無い理由。それだけよ」
「おやおや、ここは我らが五航戦が受け持つ第2拠点。関係はあるんじゃないかしら?」
「それならついて来ると良いわ」
「素直に答えたら良いのに」
既に加賀と瑞鶴の不毛な言葉合戦は周りの注目を集めていた。談笑していた二水戦所属の駆逐艦娘達も2人を視線で追い、ティータイムの準備をしていた金剛と榛名も作業の手を止める。
元々対立関係だった2人が和解してからのやり取りは、もはや漫才か何かのイベントみたいに捉えられていた。
何も言わない加賀を、先導する吹雪が肩越しに見上げた。怒っているのでは無いかと心配したらしいが、加賀は吹雪に向かって両眉を上げたので、吹雪は胸を撫で下ろした。


少し離れた所にいた艦娘達も遅れて気付いた。
向かい合って話をしていたのは、阿賀野型軽巡洋艦娘3番艦の矢矧と球磨型軽巡洋艦娘5番艦の木曾だ。
今回研修として、数名の新参艦娘が演習に参加しており、ここの補給拠点にも3名が配置されている。
その1人が矢矧で、木曾は研修部隊の一教官に任命されていた。
他の研修生は、陽炎型駆逐艦娘10番艦の時津風と、白露型駆逐艦娘5番艦の春雨であり、それぞれには直属の教官として、時津風には陽炎型7番艦の初風、春雨には白露型2番艦の時雨が当てられている。
今回この6名編成で、一研修部隊として訓練に参加していた。
「あの方…」
「ああ、加賀だ。そう言えば初めてだったか?」
木曾の問いに、矢矧は慌てて否定する。
「いえ、以前に一度お会いして挨拶しています。ただ、久し振りに見たものですから…」
「そうか」と、木曾は言いつつ、「そう硬くなるな。隊長というもんは、リラックスしとかなきゃダメだぞ。まあ、敵を目の前にして欠伸できるくらい余裕こいてりゃ、部下も安心するってもんさ」
「神通さんはそう仰らなかったのですが」
「あいつはあいつで、部下から信頼される手段を持ってる。お前はお前で、信頼を得る何かを作り上げる事だな」
通り過ぎていく加賀と瑞鶴を顔で追いながら木曾は言った。「恐怖は伝染する。だから隊長は、肝が据わってなきゃダメなんだ。良いな?」
「はい」
矢矧と木曾から数メートル離れた所では、初風がひたすらボヤいており、時雨は困り笑いをしていた。
「大体なんで私なのよ。時雨はベテランだしエリートなんだからまだ分かるけどさ…」
「時雨は第一線にいる方が似合ってると思うんだけどな~」
「うっさいわね、分かってるわよ」
終始のんびりした口調の時津風に、初風はつい苛立ってしまった。「…ごめん」
「うんうん。これだから初風は可愛いんだよね~」
初風は渋面で隣に座る時津風を見た。
「あんた、嘘でも私先輩よ?」
「ごめんごめん」
「でも、僕も春雨の教官になるとは思わなかったな…」と、時雨が肩をすくめた。「でも勉強にもなるから、嫌いじゃない」
「雪風が教官に欲しかったな~」
「絶対教育が成り立たないと思う」
時津風は笑いながら初風を指差した。
「あ~、やっぱそう思う?」
初風は憮然と返した。
「誰が見てもね」
「時雨さんは本当に教え方がお上手で、感謝しています」と、春雨が時雨に頭を下げた。
「いや、僕は単にやれる事をやってるだけだから」
しかし嬉しいものである。時雨の右手は自然と春雨の頭の白い帽子を優しく撫でていた。
それを見て時津風も初風におねだりする。
「ねー、私の頭を撫でてよ~」
「…あんたにはトンカチがお似合いよ」
「えーひどいなー、時津風怒っちゃうぞー?」
しかし時津風は気分を害したというよりは寧ろ面白がっていた。


そんな漫才みたいなトークを後ろに聞いて、平和だなと思いつつ加賀は、吹雪に案内されてハンドサイズの石ころがたくさん転がっている浜辺に出た。
「あそこです」
いくつかある物資集積地点の1つで、2人の艦娘が物資をチェックしていた。
と言っても、大量のドラム缶や弾薬箱や道具箱があるわけではなく、上陸時に艦娘が持参した物資が少々であって、後は『物資集積予定地』と書かれた札が立て掛けられてあるだけだ。
「夕張さーん!」
両手をラッパのようにして呼ぶ吹雪の声に、藍色のセーラー服とメロン色のスカートを着た方が立ち上がりながら振り返った。
夕張は明石と一緒に工廠で働いており、主に兵装実験を請け負っているが、明石の手ほどきで艤装の整備と修理も出来るようだ。
「なーにー!?」
「加賀さんの艤装を見てあげてください!調子がおかしいそうです!」
「おっけー!そこで待ってて!」
右手を振ると、夕張はもう1人に何か言ってから工具箱が載せてある箱の所へ走って行った。
もう1人の方は青葉と同じ色のセーラー服で、青葉型2番艦の衣笠である。
加賀は瑞鶴に振り返った。
「…まあ、そういうことよ」
「あらまあ」
信じられないというように口元に手を当てた瑞鶴を、加賀は時化たように見返した。
「…知ってたでしょ」
「まあね」と、瑞鶴はあっさりと認めた。
「じゃあなんでそんな回りくどい事するの?」
瑞鶴は肩をすくめた。
「良いじゃん別に。退屈だったから」
加賀は遠巻きにこちらを眺める面々を見回した。
「否定しないわ。でもそれが任務でしょ」
「どこまでも愛想無いねえ」
「あなたこそ自重すべきよ。これでも限界寸前だから」
「これは失礼」
瑞鶴は一歩引き下がった。「でも隊長代理として、あんたを見送る義務はあるわ」
このセリフは大真面目である。加賀もそれは分かっていて、表情を緩めた。その瞬間を青葉がシャッターに収める。
すぐに夕張が到着して、工具箱を使って艤装のチェックを始めた。彼女の艤装の中に隠れていた水兵服の妖精も数体出て来て夕張をサポートする。
「すぐに出るわ。このままでごめんなさい」
「良いってもんです。お安い御用ですよ」
笑いながら夕張は工具を艤装の中に突っ込んで弄り始めた。
機関部は足に履いている下駄と船体を組み合わせたような艤装にあり、それを履いたままの応急修理となったので、まるで召使が主人の世話をしているように見えた。
その光景も貴重なのか、青葉があらゆる角度から撮影する。
「まあ…良い教訓にはなったわね」
「え、何が?故障が?」
「ええ。不測の事態は思わぬ所から生じる、という事をね」
「…確かに」
さすがの瑞鶴もそう言われると考え込む表情になる。「あんたの言う通りかもしれない」
「あなたの茶々は想定内だったけど」
「それはどうも」
「褒めてるんじゃないのよ」
「あら、違うの?」
「当たり前でしょ」
その時、ティーポットを持った金剛が手を振った。ポットからは湯気が出ている。
「ヘーイ皆さん!ティータイムに…」
言い終わらないうちに異変が起きた。

最初、太鼓を打ち鳴らした時のような腹に応える低い音と同時に、島が一段落下したように縦に揺れ、ある者はバランスを崩して尻もちをついたり転倒し、ある者はよろめいて隣の艦娘に支えられた。
「え、な、何!?」
尻餅をついたままキョロキョロする瑞鶴。
「Earthquake!?」
あやうくティーポットを守り切った金剛が地震を意味する英単語を叫んだ。
しかし縦揺れはそれっきりとなり、その代わりに今度は垂直に急降下するような感覚に襲われた。
「Whaaaaaaat!?」
「お姉様危ない!」
倒れそうになった金剛を榛名が支えた。
「これは…」
バランスを取ろうと足を踏ん張る加賀は、空の色が目まぐるしく変化するのに気付いた。下から上に向かって、赤や青、緑や紫といった色が、まるでフィルムが巻き上げられていくように変わるのだ。
何が起きているか分からないまま、艦娘達は茫然としてこの怪奇現象を見守るばかりだった。
おしまいには辺りを闇が支配した。お互いの顔を見合わせる事も出来ない程だ。
この間30秒も経っていなかったが、艦娘達には1時間のように感じられた。
彼女達は暗闇で暫く動く事も口を利く事も出来なかった。その場の全員の脳内を占拠していたのは、得体の知れぬ事態に対する混乱で他は何も無かった。

 

その日、連合艦隊は蜂の巣を突いたような騒ぎとなった。
それもその筈だ。第2拠点の艦娘が、持ち込んだ少しの物資と一緒に何の前触れも無く一人残らず姿を消したのだから。哨戒していた三水戦でさえ気付かなかった程である。
どうやら先の異変は、第2拠点にいた艦娘だけしか知覚していなかったようだが、何故かは知る由も良かった。
深海棲艦の策略かとも疑われたが、原因は一切不明で、赤城はとにかく訓練を中止し、横須賀鎮守府と後詰艦隊の両方に連絡を取った。

 

最初に口を開いたのは、第二水雷戦隊旗艦の神通だった。川内型軽巡洋艦娘の末っ子だが、艦隊内では彼女が最も長女らしい振る舞いをする事で知られている。
「…現状を報告してください!」
これに、同じ二水戦の駆逐艦陽炎が返事した。
「陽炎、無事です!」
「か、霞、無事よ!」
霞も同じ二水戦のメンバーだ。陽炎は陽炎型、霞は朝潮型である。
誰かが立ち上がる音がした。
「不知火、健在」
「黒潮、多分平気です!」
「多分って何さ?」と、陽炎が右側にいたらしい黒潮にツッコミを入れた。
「霰…無事…です…」
部下の点呼を終えると、神通の声が大きくなる。周りにいる筈の艦娘達の耳に十分聞こえるようにする為だ。
「皆さん!無事ですか!」
一瞬の沈黙があり、返事が次々と上がる。
「熊野、無事ですわ!」
「鈴谷、無事です!」
「はい、榛名は大丈夫です!お姉様は?」
「Don`t worry! I`m OK!」
「青葉、問題ありません!」
「衣笠、損害認められず!」
「こちら加賀。無事だけど、まだ暗くて動けないわね」
「瑞鶴、無事です!」
「夕張、こちらも問題ありません!」
「吹雪、無事です!」
「木曾だ、こっちは全員無事だ!」
そうは言ったものの、矢矧達も返答する。
「矢矧、無事です!」
「初風、無事よ!」
「時津風、平気平気!」
「時雨、無事だよ!」
「春雨、無事です!」
その間、神通が部下達に声を掛ける。
「フラッシュライトを」
「了解」
陽炎が答え、内ポケットに入れていた小型のフラッシュライトを取り出してスイッチを入れた。
他の二水戦メンバーも同じようにしたので、6本の光の筋が闇を切り裂いた。
「ちょ!いきなり人の顔照らさないでよ!」
「ごめんごめん。知らんかったんや」
霞の抗議に、黒潮が慌ててフラッシュライトに手で蓋をした。
「みんなは…?」
霰が後ろに向かってフラッシュライトを向ける。微かだが、金剛と榛名が浮かび上がった。
「何があったのよ?」
同じくフラッシュライトを灯した瑞鶴が、加賀の横に立った。
加賀は瑞鶴の質問には答えず、代わりにこう言った。
「…妙ね」
「何が?」
「波の音が聞こえないわ。それに風も、海鳥の声も」
瑞鶴は、海が広がっている方向に顔を捻った。が、目の前は暗闇で分からない。でも加賀の言う通り、聞こえるのは艦娘達の話し声と、誰かが地面を歩く音だけだ。

この頃には、全員がフラッシュライトを点灯していた。
「お二人さん、ここでシタカ」
加賀と瑞鶴の元にやって来たのは金剛だ。後ろに榛名が従っている。
「金剛さん」
加賀が金剛に体を向けた。
金剛は唸った。
「What`s time?」
「え?」
「何時デスカ?」と、金剛は言い直した。「私のは〇〇〇〇時デス」
加賀は自分の懐中時計をパチンと開いた。
「…同じです」
「瑞鶴も同じよ」
「…それなら夕暮れまでにはまだ時間がアリマスガ…」
金剛は真っ暗闇の空を見上げた。そして気付く。
「星が1つも見えまセンネ…」
「え?」
加賀、瑞鶴、榛名は同時に空を見上げた。金剛の言う通りだった。
「鈴谷、意見具申!」
いつの間にやら熊野と一緒に4人の背後に立っていた鈴谷が敬礼した。「通信を取ってみてはどうでしょう!」
「Oh、失念してマシタ!」
あまりの現象に、基本的な行動が頭から抜けていた…と思ったら、向こう側で神通達が通信を試みていた。
「…さすがは二水戦」
加賀が言った。


「こちら陽炎、聞こえますか!?応答願います、どうぞ!?」
「…駄目みたいですね」
神通が首を横に振った。「でも呼び掛け続けて下さい」
「はい」
陽炎は頷くと、また通信機に向かって呼び掛けを始めた。「第1補給拠点、第1補給拠点、こちら第2補給拠点、送れ!」
無線は間抜けな空電音で返事するばかりだ。
この様子を見て、加賀が金剛に提案する。
「通信出力の大きい戦艦で試してみてはどうかしら?」
「Oh, nice ideaデスネ。榛名、頼みます」
「はい!」
榛名は通信機をオンにした。「榛名より比叡姉様、霧島、聞こえますか!?こちらは榛名、現在第2補給拠点で異常事態が発生しています!聞こえますか!?」
榛名の通信機も空電音しか鳴らない。横で金剛が榛名に角周波数を試してみるよう言い、榛名がそれに従う。
加賀が再び夜空のような上空を見上げた。
「…航空機は無理ね」
「水上機ならどう?」と、瑞鶴が意見を言ったが加賀は唸っただけだった。
「…どのみち動かない方が良いわ。ここで隊を分断させるわけにはいかない」
そこへ神通が歩いて来た。
「隊長代理」と、神通は瑞鶴の事をそう呼んだ。「無線が通じないので全周波数を使って呼び掛けさせています」
「分かった。こっちも榛名にやらせてるわ。今のところ、ここにいるみんなは無事のようね」
「はい。今は離れない方が、得策かと」
「私もそう思うわ。でも、何か手を打たないと」
「同感です」
「照明弾はあったかしら?」と、横から加賀が尋ねた。「それに信号拳銃も」
「…夕張に聞いてみよう」
瑞鶴、加賀、神通は、陽炎の近くに立っていた夕張まで歩いて行った。
「夕張、照明弾と信号拳銃はある?」
瑞鶴の質問を聞いた夕張は、すぐに意図を察した。
「あー、確か2箱あります」
そう言うと夕張は、物資集積所までついて来るよう促した。夕張はフラッシュライトを方々に照らして、ようやく木箱の上に乗っていた黒い小さな箱を見つけた。「あったあった」
夕張がロックを解除して蓋を開けると、はたしてそこには信号拳銃と信号弾、そして取扱説明書が入っていた。
ここにはいないが、陸軍艦娘のあきつ丸が持って行くよう勧めたものだ。
「えーっと、確かこうだったかな…」
夕張はあきつ丸に教えられた通りに、中折れ式の信号拳銃に信号弾を装填し、安全装置を解除した。その後、銃口を空に向かって上げる。「行きますよ、良いですか?」
瑞鶴、加賀、神通は耳を塞いだ。
夕張も左手で左耳を塞ぎ、引き金を引いた。

 

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最終更新:2017年11月04日 22:29