●PA×艦これ ファーストコンタクトⅡ
瑞雲から艦隊発見の報告が入った時、鈴谷は最初深海棲艦の事かと思ったが、瑞雲の視覚情報が脳内に投影された瞬間、何と言えば良いか分からないまま反射的に無線の送話ボタンを押してしまった。
報告内容が見切り発車のまま、鈴谷は友軍に呼び掛けた。
「こちら鈴谷…」
この瑞雲の現在地からおよそ30km向こうにある小島…天皇海山列の1つに友軍はいた。
全員が見た目も振る舞いも10代の少女達だが、第2次世界大戦時に運用された軍用艦艇の記憶と、その装備を等身大に凝縮したような艤装と呼ばれる道具を身に着けており、元居た世界では艦娘と呼ばれていた。
「鈴谷から入電です!」
金剛型高速戦艦3番艦の記憶を持つ榛名が、翔鶴型航空母艦2番艦が元の瑞鶴に向かって合図の右手を挙げた。
瑞鶴はすぐに無線を開いた。
「瑞鶴より鈴谷。どうしたの?」
無線越しの鈴谷は言葉選びに難儀していた。
「ぇえっと…ちょっちいややこしいけど…」
「見たままの事を、そのまま、落ち着いて、思った通り話して」
言葉を切る度に左手を縦に振りながら、瑞鶴は鈴谷に落ち着くよう促した。
鈴谷は一度深呼吸した。
その間に加賀が、鈴谷の声が全員の耳に入るよう榛名に指示した。彼女は空母加賀の記憶を持つ艦娘だ。
やがて鈴谷は報告を再開した。
「艦隊発見。深海棲艦じゃない。1分の1スケールの艦艇群…1隻がやたらでかい…艦橋が大和型みたい…」
鈴谷の言っているのは、大戦艦フィラデルフィアを指す。
「艦橋が大和型…?それって大和型そのものじゃないの?」
瑞鶴が問い返すと、鈴谷はきっぱりと否定した。
「いや。大和型よりもでっかい。2倍くらいある。あんなの見た事無い」
尚、リアルの大和型は全長263mなので、本当に2倍にしてしまうと526mとなり、435mのフィラデルフィアよりもオーバーな内容となるが、そう見えてもおかしくない威容を誇っているのは間違いないだろう。
「Twice?」
英語でこう言ったのは金剛だ。金剛型の長女である。「そんな軍艦は聞いた事が無いデース」
「鈴谷、それって本当に軍艦?」
瑞鶴が念を押すと、即答された。
「間違い無い。あれは軍艦だよ。それも戦艦に近い…いや戦艦だよあれ絶対」
「民間船なら400m越えは色々いますが…」
こう言ったのは神通。川内型軽巡洋艦3番艦がその元である。
例えばノルウェーが所有していたノック・ネヴィス号は、全長が458.45mを誇る超巨大オイルタンカーであった。今は解体されている。
他にフランスのバティラス級スーパータンカーは414.22m、エッソ・アトランティック級スーパータンカーは406mとやはり巨大だが、軍艦で世界最大なのは米軍のニミッツ級やフォード級原子力空母で333mであり、400m越えは存在していない。
艦娘の知識もこれに準拠していた為、鈴谷の報告はにわかには信じられない事であった。
だが、この直前に遭遇した謎の「急降下現象」と、それに呼応するように周辺にいた友軍が忽然と姿を消してしまった事実から、何らかの現象で元居た世界から「自分達の方」がいなくなったと朧気ながらも推論が組み立てられていた為、鈴谷の艦載機が見た超巨大戦艦「らしき」艦艇は
この推論の裏付けの1つと考える事も出来た。
「やはり…」
仮説を立てた張本人である加賀が一人呟いた。「別の世界というわけね…」
瑞鶴が言った。
「本当にそう思う?」
加賀は顔を上げた。
「分からないわ。もう少し情報が必要ね」
瑞鶴は頷くと、また無線機に手を触れた。
「瑞鶴より鈴谷。随伴艦艇に何か特徴は?」
「みんな巡洋艦クラスか駆逐艦クラス…でもうちらの時代のものじゃない…現代艦艇に近いと思う」
「了解。瑞雲をそのまま接近させて、詳細を調査するように」
「もし撃墜されちゃったらどうするの?」
しかし瑞鶴は、妙にそんな事は無いと直感的に思っていた。
但しそれなりの根拠はある。鈴谷の言に従い、相手が現代艦艇ならば、瑞雲を余裕で捕捉しているのは間違い無い。
「その距離なら、相手もレーダーでこっちを捉えている筈。でも攻撃してこないという事は、話が分かる相手かもしれない」
「かも…ね」
仕事においてもそうだが、とりわけ軍隊では「かも」は禁物である。確実な情報を入手していなければ作戦の成否に関わり、軍隊ではそれが人命や国家の存続にダイレクトに繋がってくるからだ。
だから加賀はそう言ったのだ。
もっとも、何もかも不確実な状況である為、確実性を求めるのは難がある。であれば、行動するしかない。
瑞鶴が応じる。
「手掛かりを得たなら、それを試してみる価値はあるわ」
「そうね」
加賀は小さく頷いた。「やってみるしかないわね」
瑞雲が更に接近を行う中、瑞鶴は鈴谷と直衛の矢矧と春雨を残して全員第2補給拠点へ戻るよう指示すると、自分と金剛、神通と神通が選出した駆逐艦2人を連れて鈴谷の所に向かう事にした。
だが、これに木曾が意見具申した。
「ちょっと待ってくれ。二水戦を半分こにするより、俺と吹雪と時雨が行った方が良いと思うぜ。今連携プレーを最大限に発揮できるのは二水戦だけだ。万一を考えて、二水戦は温存した方が良いんじゃないか?」
二水戦とは、神通と駆逐艦娘の陽炎、不知火、黒潮、霞、霰の6名で構成される水雷戦隊の事で、かつての大戦中では「華の二水戦」と呼ばれる程の精鋭部隊として知られていた。
神通は艦娘となってからも、この二水戦の名声を維持する為にスパルタとも言える地獄の猛訓練を実施、その結果、この艦隊内でもエース部隊の1つに数えられるようになった。
瑞鶴も、木曾の言葉はもっともだと判断した。
「分かった。じゃあ、木曾、吹雪、時雨はそのまま鈴谷と合流。私と金剛が後から行く。合流した後は、矢矧と春雨も第2補給拠点へ戻るように」
その後、加賀を見た。
「あんたに暫くここの指揮を任せるわ」
「まだ機関は直ってないけどね」と、加賀は自分の艤装を修理する夕張を見た。この軽巡洋艦娘は、兵装実験が主な役割だったが、工作艦娘の明石の手ほどきを受けて艤装修理も出来るようになっていた。
加賀は赤城とコンビを組む第1航空戦隊所属で、第2補給拠点ではなく第1補給拠点を受け持っていた。第2補給拠点は翔鶴と瑞鶴の第5航空戦隊の持ち場である。
そんな彼女がここにいたのは、機関部が帰投直前に異常を来し、更に第1補給拠点では演習後の会議が開かれる予定で明石もこれに参加する事になっていた為、明石を邪魔するのは悪いという事で、夕張のいる第2補給拠点へ舳先を向けたからである。
そういうわけで、この異常事態に巻き込まれる羽目となっていた。
異常事態は第2補給拠点を中心として起こったらしい。
「もう少しで直ります」
夕張が別の工具を持ちながら言った。
「そう」
加賀はまた瑞鶴に顔を向けた。「くれぐれも用心して」
「分かってるって」
段々と余裕が出てきた瑞鶴はそう返すと、金剛を連れて洋上へ出た。
※USSフィラデルフィアと国連艦隊が瑞雲との交信に発光信号を使う事にした後
三度艦娘側。
フィラデルフィアと国連海軍第3艦隊の「連合艦隊」から25km程離れた海上で、鈴谷は瑞雲による偵察活動を続けていた。今は専ら所属不明艦隊(即ちフィラデルフィアと国連海軍第3艦隊の事)への触接に集中している。他機からは目新しい情報は送られてきていない。
鈴谷の周囲を、矢矧、春雨、霞の3名が警護する。
「何だか寒くなってきましたね…」
春雨が左の二の腕をさすった。時刻は夕方近くである。太陽が影響力を弱め始め、スーッと吹き付けてくる風は海上ともあり、肌寒さをまとい始めていた。
そんな春雨に霞が振り向いて睨み付けた。
「ちょっと何してるの、集中して!」
霞の鋭い眼光に、春雨は反射的に背筋をしゃんとさせた。
「あ、す、すみません!」
霞は今度は矢矧に矛先を向けた。
「あんたも軽巡の癖に何を見てたの?それでも水雷戦隊旗艦?」
矢矧も気まずそうにした。部下に絶えず目を配るのが隊長というものだからだ。実を言うと、霞は春雨が寒そうにそわそわし始めたのをちょっと前から気付いていたのである。
暫く矢矧に気付かせる時間を与えたのだったが、いつまでもその動きが無いのでとうとう口出しをしたというわけだ。
「…御免なさい。気を付けます」
霞は不満そうに喉を唸らせ、また正面に注意を戻した。追い打ちを掛けなかったのは、大和の最後の出撃を共にし、凄惨な経験をした縁からか、はたまた新人だから仕方が無いところもあると考え直したからか。
或いはその両方か。
多少固まった空気を解そうと、鈴谷が口を開いた。
「…というわけで矢矧君。分かったかな~?」
不意を突かれた矢矧は一瞬口をパクパクさせた。
「え?あ、はい!」
「いやー、霞ってホント怖い怖い」
「当たり前の事してるだけよ」と、霞は憮然と返した。
鈴谷は矢矧と春雨の方に体を捻ると、右手の平を頬に当てて、まるで内緒話をするような調子で言った。
「霞ってね、色々世話を焼いてくれるから艦隊内じゃ『霞ママ』って呼ばれてるらしいよ?」
霞の顔がたちまち真っ赤に染まった。しかし言い返さない。鈴谷の術中にハマるのを恐れた為だ。
しかし霞にとって幸いだったのは、鈴谷が瑞雲5番機から入電を受け取った事である。
「うぉ、瑞雲から映像来た!…え、信号!?」
あっという間に4人とも任務に戻る。
瑞雲からの映像では、西進する艦隊の中央にいる巨大戦艦――フィラデルフィアの艦橋付近にある、
探照灯――サーチライトの事だ――が点滅し、信号を送ってきたことが分かる。
『其方ニ対話ノ意思有リカ。有リナラ右ニ1度バンク、無シナラ左ニ1度バンクサレタシ』
モールス方式で発信された発光信号は、瑞雲――ひいては鈴谷たちに、そう伝えていた。
「おおぅ…気が利くじゃん?」
「で、内容は?」
霞が問い質した。
「対話の意思があるか、だってさ」
「幸運艦は伊達じゃないわね」
幸運艦とはつまり瑞鶴の事だ。かつての戦争での武勲と長生きぶりから実際にそう呼ばれていたが、詳細はここでの趣旨では無いので割愛する。
『話の分かる相手かもしれない』という瑞鶴の言葉に、霞は口にこそ出さなかったが、内心では「無責任過ぎない?」と批判めいた事を考えていたので、結果として正体不明の艦隊が話の分かる相手だった事から『幸運艦』というワードを使ったという流れである。
「んじゃ幸運艦にれんらーく」
どうやら鈴谷は対話出来ると知って完全に安堵した様子であった。そのあまりの緊張の解れ様に、霞のみならず矢矧と春雨も呆れていた。安堵したのは3人も同じだったが、鈴谷みたいに分かりやす過ぎるのは疑問だったようだ。
尚鈴谷は全く気にしていない模様。
「鈴谷から瑞鶴、どうぞ」
鈴谷から連絡が入った時、瑞鶴は金剛と共に木曾、吹雪、時雨の3人と合流したところだった。
瑞鶴が全員にチャンネルオープンにすると、鈴谷の声が報告を始めた。
「艦隊から発光信号。対話の意思があるかどうかの質問。有りは右バンク1回、無しは左バンク1回だって」
瑞鶴の後ろで金剛達が希望一杯の表情で互いを見合わせていた。
勿論瑞鶴もこのチャンスを逃すまいと考えた。これが最大の手掛かりだ、と直感が告げていた。
「よし、右バンク、その後来るかもしれない質問も、全部対話の意思有りの方で返答して!」
「仰せのままに!」
鈴谷の声もすこぶる明るいものだった。
まるで世界の只中にぽつねんと一人ぼっちのような心細さがあったから、その反応は当然の結果と言えよう。
異世界に飛ばされた総勢22名の艦娘は、ここに来てから初めて明確な希望を持つ事が出来たのだ。
「おっしゃ。5番機、右バンク!」
瑞雲はググっと機体を右に傾かせてフィラデルフィアからの質問に答えた。