8章第5話より。
仙台湾のゾイドテロ現場。
仙台に向かう謎の襲撃者――ウォディックとハンマーヘッドの集団を索敵した国連軍第3艦隊は、
これを阻止するために海上防衛艦隊と共に仙台湾に展開していた。
ウォディックに搭載された長距離ビームキャノンによる“艦砲射撃”によって、
すでに湾岸の港湾施設に被害が出ており、これを持って敵性行動だという確信がもたらされており、
追撃を阻止するために、石巻軍港から“カットイン”した形であったが、
しかし“敵”の戦闘能力は予想以上に強大なものだった。
1機1機の攻撃力は、メーサーショックカノンを搭載したアーク級戦艦などと比べれば弱いものだが、
海上保安庁の警備艇と大差ないサイズでしかも高い機動性を持っており、
それでいて中型ミサイル艇と同等かそれ以上の火力を持つ相手は、やりにくい存在だったに違いない。
東京湾の防衛艦隊が、シンカーに翻弄されたのと状況は良く似ている。
ゾイドは“妨害”する防衛艦隊や国連艦隊にも反撃しており、既に何隻か被弾して戦線離脱していた。
更に国連艦隊旗艦ナガトの艦橋では、別の“騒動”が勃発していた。
「――海に降りるって!? この弾が飛び交う真っ只中でか、何を考えてるんだ!?」
『私達は艦娘デス、海で戦うために生まれたんデス!』
『お願いします有賀艦長、豊田司令、行かせてください、機動力ならあの敵艦隊に負けません!』
金剛を中心とした艦娘たちが、“洋上支援作戦”を志願したのである。
寝泊りしている戦艦フィラデルフィアの通信機越しに、少女たちの切実な声が響いてくる。
だが有賀や豊田には、それは余りにも無謀な提案に思えた。
ミッドウェイ海域で初めて遭遇した際に、彼女たちが自力で洋上作戦を展開する能力を持つことは、
有賀たちもある程度は分かっていたが、見た目はセーラー服や和装の少女たちなのだ。
そんな彼女らを、砲弾やビームが飛び交う“戦場”に放つことは、
有賀たちの軍事的な常識から言う限り、文字通り「正気の沙汰ではなかった」のである。
『この国を守るために、オレ達艦娘は生まれたんだ……相手は深海棲艦じゃないが、
突然現れて攻撃を仕掛けてきているじゃないか……深海棲艦と同じだ、絶対に阻止しなきゃダメだ!!』
金剛や榛名に混じって、鬼気迫る表情で訴えかけるのは木曾だ。
彼女に限らず、艦娘は多かれ少なかれ、“祖国”の荒廃を目の当たりにしてきた経験や記憶がある。
加賀や瑞鶴も石巻を離れる前、「まだ戦火で荒廃していない祖国」に複雑な感情を吐露していた。
その“異世界の祖国”が敵性勢力の攻撃を受けているのを、黙って見過ごすことは出来なかったのである。
『豊田司令……石巻に上陸した時、この事態を解決するタメに、一緒に頑張ろうって言ったじゃないデスか。
だったラ、私達にもこの戦いに参加スル権利、与えて欲しいデス!』
金剛の目尻にうっすらと光るものがある……普段の陽気な彼女からは信じられないほど真剣な表情だ。
豊田は眉間に深いシワを寄せ、目を閉じて黙り込んだ。
彼女らが普通の人間ではないことは知っているつもりだが……まさに前例のない提案であり、
極めて難しい判断を迫られている……常識が通じない非常事態でも、人はしばしば常識に縛られるものだ。
「だが……キミらの指揮官は今、東京にいる……無断で戦闘行為を行うことを、彼女らが許すのか?」
『加賀や瑞鶴がココにいたナラ……出撃指令を下すはずデス!』
だが金剛は、異論を発した有賀の目を真正面から見据えてそう言い切った。
更に付け加えて言う。
『それに瑞鶴は(ここを発つ前に)言いました。万一の時は、全力で協力せよ、と。正に今がその、万一の時デス!』
ここまで情熱と誠意を見せられると、有賀も顎を引いて再考せざるを得ない。それにこの状況で、彼女達がいい加減な事を言う筈も無い。
だが…と、まだ迷いがあった。
と、その時、有賀の横で黙っていた豊田が、再び口を開いた。
「金剛さん」
『はい!』
「やれるかね?」
『やれます!』
金剛は即答した。
少し目を伏せて沈黙した豊田を、金剛達は固唾を呑んで見守る。
2秒後、豊田は決断の眼を上げた。
「……分かった、参戦を許可する」
『――本当ですカ!?』
「ただし……くれぐれも無謀な行動には出ないように。君達は“元の世界に戻る任務”があるはずだ。
我々もそんな君たちの任務を支援するために、こうして同じ空気を吸っているんだ、良いね?
海に出たら我が艦隊のミサイル艇が君達を誘導する……極力、そこから外れぬよう行動して欲しい」
『――了解!』
通信機の向こう――フィラデルフィアの副艦橋で、金剛たちが敬礼をした。
「司令……本当に、大丈夫ですかね?」
「信じるしかないな……こちらも今回の襲撃者に対して優勢とは言い難い、彼女らの主張は確かに1理ある。
ミサイル艇と同等以上の戦力を本当に彼女らが持つなら、賭けてみる手はある」